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    8_sukejiro

    @8_sukejiro

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    8_sukejiro

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    とうらぶ夢小説です。刀剣男子が見えない審神者の話。歴代審神者の過去や、刀剣達の過去、長く本丸があるとそういうのいっぱいありそうよねって話です。

    むっちゃんの喋り方をご教授してくださった澪ちゃんに大感謝!また教えてください!!

    ##夢小説

    見えないみえ子本丸審神者と本丸
    桜が舞い散る季節。
    いろいろな所で新たなストーリーが始まる。
    そして、この本丸でも新たなストーリーが始まろうとしていた。

    庭に植えられた桜の木々が開花し、一面を桜が包む圧巻の景色。
    春の花が咲き誇る庭から、玄関にかけての石畳の通路を桜が舞えば、玄関に佇む幾多もの刀剣男士の姿がそこにある。
    審神者交代のこの時、刀剣男士は正門から玄関までの通路を開けた状態で新しい審神者を迎えるために整列していた。

    一ヶ月前。前任、月宗が審神者業を辞任し、その娘であるみえ子という三十路前の女がここの審神者となることとなった。


    この時、この瞬間、皆は胸を逸らせた。
    主となる審神者に気に入られるだろうかという少しの不安も、これから先の自分達が彼女の采配により役目を受け、戦場を駆け抜けると思えば気にもならない些細なものである。

    その刀剣男士の一人。
    舞い散る桜の一つが目の前にゆらゆらと落ちるのを、平野藤四郎は小さな両の手で受け止めた。
    可愛らしい小さな花弁に笑みをこぼし、その胸に抱く。
    何万分の確率でこの掌に落ちたのだろうか、これは幸福の知らせだと平野は思った。
    これから出会う主君に見せよう。主君は笑顔を向けてくれるだろうか。それとも、月宗様のように不思議がるだろうか。
    これから来る主のことを思うだけで、平野のその胸はいっぱいになっていくようだった。 

    時空の扉が開く音がして、平野はぱっと顔をあげた。
    瞳に光が宿り、頬は仄かに朱へと染まる。

    「もう少しで…主君に…」

    平野は煌々とした眼差しを、スーツという現代の正装に身を包んだ審神者へと向けた。

    ――――――

    審神者になると決めたのは二十歳をとうに過ぎてからだった。

    優等生として生きてきたみえ子は、この家名に恥じない振る舞いを心がけてきた。
    先祖代々、この審神者業を行なってきた一族は、二八八一年現在では由緒ある高貴なお家柄としてこの名を轟かせている。
    と言っても、武田信玄本家や、織田信長本家の武将本家の方々、神の子である皇族の方々に比べたらちんけなものである。

    この家、そして偉人の家系が高貴なものと扱われ始めたのは二二〇五年から始まった時間保護法によるものだ。

    日本国が新たに作った政策"時間保護法"は、時間遡行軍なる正体不明の奇襲者により、人類史の書き換えが多発し、大勢の人がその存在を消され、先の未来を作る現代の偉人たちが殺されていった。
    そうなれば人類史は崩壊するばかりである。そこで作られたのがこの政策である。
    その時間保護法に伴い、時間を統治する存在として"時の政府"が作られた。

    それにより戦国時代、室町時代、過去の歴史を作り上げていった武将や偉人はもちろんのこと、それを代々守ってきた家柄も高貴なものとみなされている。

    みえ子の家系を遡れば、初代審神者は第二次世界大戦前の大正の生まれである。
    戦争経験者である初代審神者は、夫を戦争で亡くし、子供達を本丸に疎開させ身を守った。時には、あの異空間を防空壕と称し幾多の人々を受け入れたともいう。
    そして、彼女は初期刀と恋に落ち、新たな命を生み出した。刀の神力を混じらせた審神者力の強い血筋を。
    と、話に尾がついて増幅したお伽噺話とも思える内容であるが、真実は分かりはしない。
    現実的なこの家系は、その神力の血が薄れたのかそれとも最初からそんな事実はなかったのか、審神者力は平均値程しか存在しない。普通の人間とそう大差ないのが現状である。

    そんな代々続く審神者業を受け継ぐこととなったみえ子は、三十路前の一般女性である。
    大学を卒業し、国家公務員となり時の政府に就職したのが二十四歳の時。

    我が家が審神者業を生業としていたのは知っていたが、自分には関係のないものだとみえ子は思っていた。
    その理由は、父である月宗による「審神者の血筋はここで終わらせる」という言葉からであった。
    幼い頃から月宗には「お前は審神者にならなくて良い」「自分のしたい道を進め」と言われていた。
    みえ子もそう聞き育ってきたものなので、自分は審神者にはならないのだと確信したいたのだ。

    だが、去年のニ八八〇年。
    一つの法が作られた。
    審神者力のあるものを審神者にするという法である。
    日本国民は出生後、審神者力の検査を受ける事となり、力が認められれば審神者として働かなければならない。
    審神者力が少ない者等には審神者養成学校なるものに通うことを義務付けられており、その学校を卒業すれば正式な審神者としての活動が開始される。
    そんな法案が去年の冬に成立され、みえ子は有無を言わさず審神者になる事が決定付けられたのだ。
    昔から父の仕事を聞いていたので、養成学校に行くほど分からないわけではない、審神者力も申し分ないと検査結果が出ている。仕事は時の政府であるし、ある程度のことは理解していたのが不幸中の幸いというところだ。

    「しかし、まぁ、なんというか…」

    みえ子は、自宅の転送機から本丸の正面玄関に来て、その大きく立派な門構えを見て呟いた。

    「まさか、…私が審神者になるなんてね」

    そう苦笑すると、拳をぎゅっと握りしめて「よし!やってやる!負けてたまるか!」と小声で、しかし力強くそう自分に言い聞かせた。

    父の話によれば"生意気な奴が数名、悪戯っ子が数名、その他はみんな良い子だけど中には人妻好きや露出狂、ほぼほぼヤクザな見た目の奴がいる"と言っていた。
    露出狂とはどんなものかと父に聞いた時、その刀剣の物真似をしてくれたが「脱ぎまショウか?」と服に手をかける父を直視するのが難しいぐらいに私は引いていた。恐らく、噂の彼に会っても同じ反応をしてしまうだろう。

    総勢九十振の大所帯。
    全員と仲良くなれるとは思っていないが、出来る事ならそれなりに平穏にくらしたい。

    実家から少し離れた山の中。外観は寂れた日本家屋。その古びた扉に手をかけた。
    元々は立派な家があったのだろうと思わせる大きな塀の中に、大きな廃屋が存在している。これが、本丸に繋がる時の扉である。

    この正門を開ければ玄関が見えると言う。

    みえ子は深呼吸をして、その扉に手をかけた。
    重々しく開いたその扉の先を見て、みえ子はその先の景色に目を見開いた。

    ――――

    髭切

    通路の両脇に立つ刀剣達は、それぞれ思い思いの表情を浮かべている。
    その中の一振。待ち遠しいといったようにそわそわと手遊びをする隣の秋田藤四郎に、髭切は笑みをこぼした。
    頬を染め、愛らしく審神者を待つ秋田の頭を髭切は撫でた。二回ほど優しく撫でれば、秋田はくすぐったそうに目を細めて、髭切を見上げる。

    「とても楽しみにしているみたいだね、秋田」

    「あ、はい!幸いなことに僕は先頭近くに並ぶ事が出来ましたし、誰よりも早く声をかけることが出来るって思うと…な、なんだか緊張して…。それに、とても嬉しくって」

    「うんうん、早起きして陣取ってた甲斐があるというものだね?」

    髭切のその言葉に秋田は、ぶわっと頬を染めて「み、見ていらしたんですか?!」と驚愕の表情を浮かべる。
    かっかっと頬を染めて恥ずかしがる秋田をみながら、髭切は今朝の様子を思い出した。

    日が登ったばかりのまだ肌寒い早朝。
    秋田は誰よりも早く身支度を整えて、この先頭部分に立っていた。
    二階の自室からそれを見ていた髭切は、膝丸にもその様子を見せて微笑ましいと笑みをこぼした。
    皆がそわそわとし始めたのを見て、二人は秋田の朝食(おにぎり二つ)を燭台切から受け取り、秋田の後ろへと並んだのだ。

    「余程、主に会いたかったんだね」

    「は、はい…。僕は、前任の主君、月宗様が御愛用してくださった刀剣男士ですから…、月宗様の一人娘であるみえ子様にも…その…」

    段々と声の小さくなる秋田の言葉に、隣に立つ膝丸が「次の主にも愛用して欲しかったと?」と問えば、秋田は小さく頷いた。

    刀剣男士なら誰もが主に愛されたい。使ってもらいたいと思うのは当然のことだ。膝丸も髭切もその気持ちは同じであり、秋田の思いは理解出来た。と言っても、自分のその願いは潰えたわけだが…。
    だが、もしも自分も秋田と同じ立場であれば、娘御にも気に入られたいと思うことだろう。

    先代の月宗は、就任時から殆どずっと秋田を近侍にしていた。だが、それは秋田の見た目年齢と同じ歳の時に月宗が就任したためだ。
    前審神者であった母親…二十一代目審神者が急死した為、突然の審神者交代で右も左もわからない月宗に、歳の近い秋田藤四郎を近侍にし、この本丸に慣れてもらうのが狙いだった。そう言ったのは、たしか三日月宗近だっただろうか。
    だが、月宗が本丸に慣れ親しみ、審神者業をこなしはじめた頃にはもう既に、二人の絆はかたいものとなっていた。特別仲の良い秋田に嫉妬する刀剣男士も居たが、月宗は年を重ねても秋田を親友と呼び続け、隣に置いていた。

    「欲深い奴だな」

    そう飽きれたように呟いたのは、へしきり長谷部であった。彼は嫉妬していた刀剣男士の一人である。
    秋田はうぅと項垂れて反省しているようだった。
    だが、彼は『僕ばかり良くしてもらって…』と一期一振に相談していた事を髭切は知っている。贔屓目にみられている事を秋田はそれなりに気にしていたのだ。

    髭切は秋田を庇うように、秋田の肩へ手をかける。

    「まぁまぁ、良いじゃないか。長谷部の気持ちも分かるけれど、僕には秋田の気持ちもわかるよ」

    髭切は「長谷部だって秋田と同じ立場になったら、同じことをしたんじゃないのかい?」と、長谷部に問い掛ければ、長谷部は眉を顰める。
    審神者に気に入られるということは、少なからず彼にも経験がある事だ。彼がこう嫉妬深くなったのもその経験からきているものもあるだろう。
    顔を逸らした長谷部に、図星というところかな。と思ったところで、門が開くのを感じて顔を門へと移す。

    「ほら、新しい主が来たよ。楽しみだねぇ、次はどんな癖のある人なのか」

    ――

    門を潜った新しい審神者は、右へ左へと首を動かし敷地内を見つめる。
    口を一文字のように閉ざし、辺りを見回す姿はどこかとっつきにくさも感じるが、見ようによっては緊張しているようにも見える。

    段々と近づく二十三代目審神者…みえ子は、髪を後ろで結い、現代の正装服であるスーツに身を包んでいた。
    ゆっくりと玄関へと歩みを進めるみえ子に皆が釘付けになっていた。

    目を輝かせた秋田藤四郎は、目の前にみえ子が来た時に緊張しても声を振り絞って、声をかけた。

    「あ、あの、主君!!ぼくは、っ…」

    秋田の言葉は途中で途切れた。
    あきらかな無視である。
    みえ子の口からため息が吐き出された。わずかに浮かぶ眉間の皺は、そのため息が良いものではないと物語っていた。
    唖然とただ通り過ぎるみえ子を、秋田は見つめた。

    「まるで、僕たちが見えていないかのようだね」

    「聞こえていないのか、聞く気がないのか。此方には目もくれなかったな」

    「あぁ…だが、仕方ないだろうな。月宗の話によれば、みえ子は審神者を継ぐつもりはなかったらしい。嫌々就任したとも考えられる」

    髭切は視界の隅で震える短刀を目にした。
    平野藤四郎。彼もまた、審神者を待ち侘びる刀剣男士の一振だった。
    大事そうに両手で包み込んだ何かを胸に当て、悲しそうに俯いた。

    何振かの周りの刀剣男士達もざわめき始め、髭切は微かに口角を上げる。

    「まぁ、良いんじゃないかな。また一癖も二癖もある審神者が来て、楽しくなりそうだしさ」

    秋田や平野を気遣ってか「お前な」と髭切を咎める長谷部に、重ねるように「僕達はこれまで通り楽しく傍観させてもらうよ。ね?膝丸」と弟へと問い掛ければ、膝丸は何か言いたげだったが口を閉ざしたまま頷いた。



    八六〇年前、令和の時代。

    その時の審神者に言われた言葉を髭切は思い出していた。
    まだ幼かった双子の審神者。その片方の男児は、そっぽを向いて当時の髭切に怒っていた。

    『おまえはイジワルだ…っ。ぜんぶわかっているのに、何もしてくれない。笑ってオレを見てるだけで…性格悪いぞ、おまえ!』

    ふふ。主、僕はまだこの性格が直らないみたいだ。

    「此処に那由多様がいらしたら、また兄者は怒られていただろうな?」

    第六代目審神者の片割れ、丹羽那由多の御愛刀である髭切は儚く笑みを浮かべた。

    「うん。そうだね、膝丸…」

    ―――

    陸奥守吉行

    陸奥守吉行は、騒めく刀剣男士と歩みを止めない審神者みえ子を交互に見遣り、苦笑を浮かべた。

    秋田藤四郎、平野藤四郎の呼びかけを無視し、他刀剣男士の呼び声にも一切の反応を示さなかった審神者は、本日近侍を務める陸奥守も例外ではなくその声かけに応じなかった。
    決して友好的とはいえないその態度に、不信感を持つ刀剣男士も数名出始めている。

    予てより巷で問題視されているブラック本丸なるものを誰かが口にした事で、その不信感は徐々に広がり続けているようにも思えた。

    陸奥守は「参ったのぉ…」と額に手を当てる。
    此処は、古参の一振である自分がどうにかしなければ!と意気込み、陸奥守はみえ子を追いかけた。

    みえ子の後を追いかけたのは陸奥守だけではなかったようで、みえ子の部屋の前にはみえ子の他に、鶴丸国永、薬研藤四郎、燭台切光忠、他数振がそこにいた。

    鋭い眼光をみえ子にぶつける鶴丸国永に、陸奥守は驚いた。まさか、鶴丸が審神者を敵視するとは思わなかったからだ。

    「いや、けんど…」

    そういえば、ブラック本丸の話を持ち帰ったのは鶴丸国永ではなかっただろうか?
    先代月宗と共に行った演戦での帰りに、神妙な顔持ちでブラック本丸なるものの話を皆に聞かせていた。月宗もその話を聞き入れ、上層部に掛け合った後、そこの本丸は解体される事となったのだ。
    その上、鶴丸の過去を思えば、彼がこの新しい審神者がブラック本丸に仕立て上げるのではないかと危惧していても、なんら不思議ではないだろうと陸奥守は考えた。

    微量の殺気が含まれた鶴丸の視線を遮るように、陸奥守はみえ子との間に割ってはいった。
    誤解があるのではないかという考えが払拭出来ずにいる陸奥守は、みえ子に話しかけようと口を開いた。

    「…使えない」

    その言葉に陸奥守の喉元から出かかった陽気な言葉は引っ込んでいった。
    あまりに衝撃な一言。そして、この先予想される刀剣男士の反応に冷や汗が流れた。

    スマホなる物を弄っていたみえ子は、一つため息をついてそのスマホを鞄へと収めた。
    そして、今日からみえ子の部屋となる審神者部屋を開ける。近侍である陸奥守を置いて、一人はいり、閉めた。

    この行動に陸奥守をはじめとする皆が唖然とした。
    次第に鋭い視線が背中から感じられ、頭を抱えた。

    「これは…いかんぜよ…」


    ――

    近侍たるもの主のそばにいなければならない。
    故に、陸奥守は閉ざされた襖をゆっくりと開ける。
    まるで自分達を居ないかのように扱っていたみえ子なら、陸奥守が入ったところで気にはしないだろう。
    だが、先ほどの発言もあり、恐る恐るというふうに襖を開けてしまう。

    部屋の中で一人作業を開始したみえ子を見つけると、陸奥守はごくりと生唾をのんで中へと足を踏み入れる。
    まるで悪い事をしているかのような緊張感に苛まれながら、ゆっくりと、そして静かに襖を閉めた。
    そのまま、襖の近くに膝を折り座る。

    「主、ちくっと…話を聞いてくれんかの?」

    陸奥守は緊張した面持ちでみえ子に言った。
    だが、みえ子は無反応である。
    此処で退いてはならんぜよ!と自分を鼓舞し、みえ子に少し近づいた。

    「あー、…はは。ちと耳を傾けてくれんがか?本丸務めは初めてじゃと月宗から聞いとるき、わしらに出来ることがあれば手伝うぜよ」

    うんともすんとも返さないみえ子に、陸奥守は冷や汗を流しながら首を傾げる。
    もっと近づいて、ひと一人もない感覚で陸奥守は斜め後ろに膝を付いた。

    「あー…あるじ?」

    そう問いかけても反応はなかった。
    少し、引っ張ってみるか?とみえ子の襟元を見つめ、ゆっくりと手を伸ばす。
    襟元を指先できゅっと掴み、二回、くいくいと引っ張る。
    すると、みえ子は肩を震わせた。

    その動きに、引っ張った張本人の陸奥守自身も驚き「わー!ななんじゃ?!」と声を上げ、咄嗟に自身の両手で口を抑えた。
    怒られるか、冷たい目で見てくるか、と思った陸奥守だったが、みえ子の反応はそれらとは全く違う物だった。

    みえ子はキョロキョロと周りを見回し、眉を下げて「な、なに…さっきの…」と呟いた。
    身体を捻って後ろを振り向き、頭を上下させて部屋の隅から隅まで確認し、また身体を元の体制へと戻した。

    これには、陸奥守も目を見開いて驚いた。

    みえ子と陸奥守の位置は近い。
    みえ子が振り向けば、陸奥守は絶対に見える。
    無視をするための演技にも到底思えなかった。

    「まさか…」

    陸奥守はもう一度、みえ子の襟を引っ張った。
    今度はもう少し強く。

    みえ子はまた肩を震わせて「わ!なに?!!」と、咄嗟に襟元を押さえた。
    陸奥守は襟を掴んだままであったにも関わらず、みえ子の手は襟元を押さえている。

    「まさか…まさかじゃ…」

    みえ子の手から自身の手がすり抜けている状態を目にして、更に驚愕した。
    そして、確信をした。

    現審神者の丹羽みえ子は、刀剣男士を認識していないという事を。

    ――――

    みえこ


    「…やっぱ、古いからお化けでもいるのかな…」

    そうこぼしたのは、本日審神者を就任した丹羽みえ子だ。

    長い歴史がある丹羽の本丸は、折れた刀も多く、この本丸で命を落とした審神者も少なくないと聞く。
    正確な年数は定かではないが、おおよそ九百年以上と言われているこの本丸は、六十五歳で役職を終えるとしても十四回、十五回が普通の交代回数であるだろう。
    しかし、みえ子の代は二十三代目。
    みえ子の代になるまで、どれだけ審神者交代があったかが伺えるだろう。

    みえ子は、先程幽霊と思しきものに引っ張られた襟元を撫でた。

    思えば、ここの屋敷に来た時からおかしな感覚はしていたように思う。
    最初は、立派な日本家屋に圧倒され、奥に見える庭先に満開に広がる桜に見惚れ、キョロキョロと周りを見るのに忙しかった。その為あまり気にならなかったが、確かに、あの場所には何かの気配を感じていた。
    なんと表現すれば良いのだろうか、とても大勢の視線に見つめられているような感覚。変にうろつけば怒られてしまうような目線の糸に絡め付けられる感覚を感じていた。だが、それは門を潜った時に刀剣男士のお出迎えがあるのかも。と少し期待していた気持ちのせいだと思っていた。

    屋敷の中に入っても刀剣男士の姿は見えず、事前に聞いていた父の話と少し違うことに違和感を覚えた。
    なので、電話して聞いてみようと携帯を取り出したが、圏外。使えない…と落胆したのはつい先程のこと。

    刀剣男士との親交について頭を悩ませていたが、それが空振りに終わり、なんとも言い難い感情を覚える。だが、先代の審神者か、折れた刀剣か、幽霊と共に暮らすのならそれも一興かと考える。
    ホラー映画は嫌いではないし、むしろ好きの部類である。いつか、降霊術の人でも呼んでくるかとふざけた考えを思いつき、くすりと笑った。

    「でも、びっくりしちゃうから、あまり悪戯はしないでくださいね?」

    みえ子は、きょろきょろと見えない幽霊を探しながら言う。
    だが、そうは言っても幽霊には分かるはずもないだろうとみえ子はため息をついた。

    「なんて、聞こえるはずもないよね」

    そう呟き、執務を再開させた。
    審神者交代の引き継ぎの書類が山のようにある。
    ほとんどが名を書いて判を押すだけの簡単なものだが、稀によく読まなければ面倒そうなものまである。

    黙々と執務を再開させたみえ子の後ろ。
    その後ろに、まさか自分を「お化け」呼ばわりされるとは思っても見なかった一振の神が、唖然としていたことなど知る由もなかった。

    ――

    ぐぅ…とお腹が空腹をうったえたのは昼時をとうに過ぎた、十五時過ぎであった。
    早朝六時に朝食をとってから何も口にしていない。
    鞄に入れていた好物のエナジードリンクも昼前には飲み切ってしまっていた。

    引き継ぎの書類も終わり、次はこの本丸の活動履歴や歴代審神者の日誌、刀剣男士の特色などを確認していた。これは審神者しか書く事が出来ないようになっている為、遠征や出陣などで誰を使えばいいのかという事を把握することが出来るだろうと考えたのだ。


    これらを読んでいて興味深かったのは、彼らが何振目かということも審神者達は書き記していた事だ。

    初代の審神者の時は、彼女が生涯を終えるまでに折れた刀は一、二振程である。だが、四代目の審神者はページをめくるごとに出陣先で刀が折れていた。
    その彼の日誌は殆どが支離滅裂であり、不気味さが醸し出される。
    はて、この時の本丸に何が起きていたのか…想像したくはないが…恐らく、彼はブラック本丸なるものを作り出したのだろう。
    何がそうさせたのかは分からないが、気がおかしくなった。そう思うしかない。
    その時の生き残りである、陸奥守吉行や髭切などは、その時どう思い、どう過ごしたのだろうか。

    彼は…四代目は、恐らく五代目の審神者の手によってその命を散らせた。
    五代目審神者は、就任してから鍛刀や解刀、演練や出陣などの業務を一切していなかったようだ。
    四代目が亡くなった同じ年、平成二八年に就任後から令和一年までの活動履歴は残っておらず、あるのは刀の手入れを行った回数表記のみである。
    日誌は、その回数表記と令和一年の最後の『すまなかった。命を持って償う』という綺麗な字で書かれているものだけであった。

    そこまで読んで、みえ子は違和感に気が付いた。

    初代審神者と二代目審神者の交代期間が空き過ぎている事。その上、刀剣男士の記述がおかしいこと。

    初代で折れた刀は一振、二振程しかなかったはずであるのに、二代目の審神者の時には、既に全ての刀が二振目であったのだ。初代で生存していたはずのへし切長谷部、陸奥守吉行、浦島虎徹、鶯丸など、数振りの刀の存在も此処では消えている。刀解や戦死などの記述も何もないのにも関わらず。
    初代審神者の初期刀である陸奥守吉行までも、二振目と記述されていた。まるで、何かを消し去るかのように全てが入れ替わっていた。
    流し見しただけでは分からなかったが、初代と二代目の間は不気味なほど不可解なことが多いように思う。

    やはり思った通りだったと、みえ子は肩の力を抜いた。
    長い歴史があれば、黒い歴史も存在する。
    二十三代目という多過ぎる交代回数には、訳があらるのだ。
    あながち、幽霊がいるというのも間違っていないのかもしれないとみえ子は思った。

    重たい過去に気分が僅かに沈む。恐らく読み進めれば似たような重たく不気味な過去が幾つか出てくるだろう。

    今までの審神者を見てきた刀は、私を見てどう思うのだろうか。そう思うと気持ちは更に憂鬱になってくる。

    みえ子はかぶりを振ってその考えを散らした。
    気分転換も兼ねて、そろそろ昼飯を食べよう。そう思い、手にしていた日誌を机の上に置いて、みえ子は立ち上がった。

    食堂へと向かう道中、辺りを見回してみたが、やはり人っこ一人いない。
    相変わらずどこからか視線は感じるが、見た先には誰もいない。気配がして振り返っても誰もいない。
    目に映るのは廊下、襖、障子、庭の桜の木々だけである。

    「本当にお化けと同居する事になっちゃったなぁ」

    みえ子は小さな声でそう呟き、食堂の襖を開けた。

    大広間にたくさんの長机が置かれたそこは、一人で食べるには広すぎる空間だ。
    入り口から見て、部屋の右奥に厨房を見つける。そこの隅には扉が設置されており、あそこは裏口なのだろうとわかった。

    幾つのも机を縫って向かい、厨房へとたどり着く。
    味噌汁だろうか、いい香りが鼻を抜ける。
    やはり。鍋を開けるとそこには汁があった。その隣のコンロには煮物が入っていた。

    厨房は一般家庭よりも遥かに大きく、四人で作業をしても余裕があるだろう。冷蔵庫はレストランなどでしか見たことがない業務用。その隣にある小さな冷蔵庫は、先日父親に頼んで置いてもらったみえ子の私物である。その中には好物の強炭酸エナジードリンクが敷き詰められている。
    カラフルな筒缶がびっしりと入れられたそこから一つ抜き取ると、プルタブをひっかけ開ける。プシッと炭酸の弾ける音、弾けた炭酸が微かに指に付着する感触を感じながらエナジードリンクをゴクゴクと飲んでいく。口の中で炭酸が弾け、喉を刺激する。
    朝の緊張と、飲まず食わずの作業ですごく喉が渇いていた為に、たまらなく美味しく感じられた。

    エナジードリンクを飲みながら厨房を見渡すが、やはり私の昼飯は無さそうだとみえ子は思った。
    誰が作ったか鍋に料理があるが、恐らくこれは違う。なんとなくだが、そう思った。
    無いのなら、エナジードリンクだけで済まそうかな。と考えた時、数ある机の一つにお膳が置かれているのに気がついた。

    「あれって……もしかして、私の?」

    近づいてみるとお膳には蝿帳がかけられており、隣には"みえ子さんの昼餉"と綺麗な字でメモ書きされていた。無いと思っていた昼飯は、誰かによって用意されていた。
    まさか用意されてるとは思わず、みえ子は「うわ、すご」と驚きの声を漏らした。

    座る場所に置かれている座布団は、丹波家の家紋があしらわれており、これが審神者の場所という証なのだなと理解した。

    エナジードリンクを机に置き、蝿帳を取り、箸を持って合掌した後、その料理を一口食べた瞬間、みえ子はまた驚きで目を瞬く。

    とてつもなく美味しい。

    こう言ってはなんだが、母親の料理よりも美味しいと思った程だった。
    何やら視線を感じるが、今はそれどころではない。お化けさんに構ってる暇はないのだと。それぐらい夢中になる程に、この料理は美味しかった。
    みえ子は箸をすすめた。

    ――

    歌仙


    今朝方、本丸にやって来た審神者が部屋から姿を表したのは、十五時を回った時だった。

    前審神者…月宗の時は、皆で飯を囲い、皆で食事をするのが主流だった。多少の時間差はあれど、殆どのものが顔を合わせて喋り食事をし、交流を楽しむ時間となっていた。
    それは性格も人柄も明るい彼が、皆を家族のように接していたからだ。一振りの刀とはいざこざがあるようだったが、それでも皆が楽しく過ごせる本丸だった。


    「それに比べ、今の審神者はどうだい」


    そう愚痴をこぼすのは歌仙兼定だ。
    本日の夕食担当である歌仙兼定と堀川国広は厨房の隅で、もう一振の夕食担当である加州清光は何処に行ったのかと話していたところに、今しがた部屋に入ってきた審神者へと話題が切り替わったのだ。

    正直言って歌仙は、今回就任した審神者をよく思っていなかった。

    昼になっても姿を現さず、せっかく燭台切が丹精込めて作った昼飯も冷めてしまった。月宗の娘なら、月宗のように良い人間なのだろうと期待していたがそれは間違いだったと歌仙は思えた。

    「本当にあれが審神者で良いのだろうか…」と呟けば「まぁまぁ」と隣に立つ堀川は苦笑した。

    「主さんも忙しいんだと思いますよ?月宗様の審神者交代の時もばたばたしてたって兼さん言ってましたし」

    「いや、どうだろう。僕は月宗が就任した時にはもうこの本丸にいたがね、彼は就任時も僕達をこんなふうに蔑ろにはしなかったよ。小さかった彼は、不安で仕方がないという風ではあったけどね」

    はぁ……と歌仙はため息をこぼした。

    「月宗の娘だって?その話が本当かどうかも怪しいものだね、こんなに親との差があると」

    ご飯だと呼びに行った燭台切は、帰ってくると「今は食べないみたい」と悲しげに笑っていた。
    その一部始終を見ていた刀剣は、審神者は一言も返事をすることなく無視していたと言っていた。
    近侍の陸奥守吉行もご飯を食べていない。無理強いをしているのだろうか、それとも、昼食に間に合わない程に仕事の捌きが遅いのか。
    まったく、彼女はどこまでこの本丸を乱すつもりなのか。

    また、無意識にため息がこぼれる。
    堀川は「何か理由があるんですよ。大丈夫ですって」と呑気なことを言う。なんの確証を得てそう言うんだと問えば、「だって、陸奥守さんが誤解だって言ってましたよ」と返される。

    「誤解?誤解ってなんだい?」

    「さぁ?僕にも詳しくは分かりませんけど、多分主さんのことだと思います。詳しく聞く前に、こんのすけを探さにゃならんのじゃー!て走って行っちゃって話は聞けなかったんですけど…」

    陸奥守の真似をする声や仕草に思わず笑みをこぼした。

    「こんのすけを?」

    こんのすけに直接用事がある時は、大抵が時の政府に用事がある時だ。こんのすけと戯れたいと探すこともあるが、今回の場合はそうではないだろう。

    「やっぱり、審神者に何かあるんじゃないのかい?」

    歌仙は自身の顎に手を当ててそう呟けば、二人の後ろから「まぁ、そう思っちゃうのも分かるなー」と声がする。

    「みんなの噂じゃあ、ブラック本丸を作る可能性がある審神者だって言われてるらしいじゃん?」

    第三者の声に顔を向け、堀川は「加州さん!」と顔を明るくさせた。それに対して加州は手をひらひらとふり「やっほ」と気の抜けた返事を返した。

    「つい最近もブラック本丸が摘発されたって知らせが来たし、みんなピリピリしてるよね」

    「あぁ。この本丸にも昔は居たという。今回のが違うとは断言出来ないさ」

    「でも、三代目からずっといる髭切さんや膝丸さん、陸奥守さん、小夜くん達はみんな大丈夫だって言ってますよ?彼らがそう言うのなら、ブラック本丸の可能性は低いんじゃないですか?」

    「なら、堀川。審神者のあの態度を君はどう見てるんだい?彼女の態度はとても友好的とは思えないけれどね」

    そう問われ、堀川はうーん……と首を捻る。

    「僕にもよく分かりませんけど、もしかしたら……見えていない……とか?」

    へへ、と苦笑する堀川に、歌仙は、は?と眉を顰めた。加州も「なにそれ、笑えないって」と苦笑した。

    だが、審神者が厨房に入ってきたところで二人の表情はみるみる引き攣っていった。


    恐らく己の昼飯を探しているであろう審神者に、歌仙は呆れながらも声をかけた。
    君の昼餉は机に置いてあるよ、と。
    しかし、審神者はそれを無視し、鍋を開けたり冷蔵庫から飲み物を取ったり、キョロキョロと周りを見回した。
    もちろん、周りを見回せば厨房にいる三振の刀剣男士が目につく筈であるが、審神者はそれを無視した。

    いいや、無視というにはおかし過ぎる。むしろ、彼女のその行動は見えていないに等しかった。

    加州はその事実に「うっわ……マジかよ……」と呟き、歌仙の腕を自身の腕で小突いた。
    トン、トン、と加州に小突かれた歌仙は、呆気に取られていた意識を戻し、煩わしい加州の腕を叩き落とした。ふらふらと厨房を出た審神者の後を追うように数歩踏み出す。

    「……」

    審神者が昼餉の場所まで行くのを見届けた後、ゆっくりと堀川へと振り向けば、堀川は「ね?」とニコニコと笑みを向けるものなので、少しの悔しさを覚えたのだった。

    ――――

    「いただきます」

    手を合わせて合掌し、遅めの昼ごはんを食べ始める審神者を少し離れた場所から鶴丸国永は見つめた。
    その視線は、鋭利な刃物のよう鋭く、見つめたというよりは睨み付け、監視していると表現するのが適切だろう。
    近寄る事さえも嫌悪してしまうほどに、彼は審神者を警戒していた。

    鶴丸国永がこれほどまでに審神者を警戒するには理由があった。
    それはひとえに、仲間を守りたいからである。
    彼は先先代、月宗の母である丹羽月子の代からの刀だ。彼女の元に行くことになった経緯を鶴丸自身はしっかりと覚えている。
    普通、刀剣男士というものは鍛刀、もしくは歴史の狭間で彷徨う思念体を連れて帰ることで得る事が出来る。
    だが、この鶴丸国永はそのどちらでもなく、ブラック本丸が解体された事により政府が各本丸に配当した刀の一振なのだ。勿論、全ての本丸というわけではなく、時の政府が選定した本丸であるが。
    この本丸にいる燭台切光忠もそのうちの一振である。

    物を大事に出来ない人の成れの果て、醜い物欲心、自己愛に歪み、綺麗な物以外は見ようとしない人の皮を被った化け物。
    彼はそんなブラック本丸を経験した刀だった。
    故に、鶴丸はみえ子が皆を、要らないものだと無視しているのだと思った。
    脳裏に浮かぶのはあの忌まわしき化け物の女だ。
    要らないと数えきれない程の短刀を折った。
    綺麗じゃないと折られていく刀達、気がおかしくなるほどに増えていく己の顔。

    『みて、鶴ちゃん』

    『やっと三日月宗近が来たのよ』

    『宗近を見てると……』

    『ふふ。なんだか、鶴ちゃんも霞んで見えるわね』

    彼女の大きな瞳が鶴丸を見る。
    甘い香を身に纏う、長い髪の女は、目を弧に描いて沢山の鶴丸に向けて、その綺麗に色付いた口を開いた。


    鶴丸は唇を噛み締め、審神者を睨みつけた。




    ――



    審神者の机を挟んだ正面に座るのは、五虎退である。主の席の前にいれば、主に会える。話が出来るかもしれないという期待で五虎退はその場所にずっと座っていた。
    その隣に座るのは、彼の兄である厚藤四郎。彼は五虎退に付き添う形でその場にいた。
    審神者を待つ間、五虎退が寂しくないように話しかけ、からかって遊び、五虎退と共に審神者を待っていたのだ。

    五虎退は審神者が机にやってくると、顔を明るくさせて喜んだ。だが、その表情は次第に萎れていく。
    審神者は五虎退と目を合わせようともせず、挨拶も言葉も交わすことがなかったからだ。

    審神者が目の前の昼餉を見つめ、"うわ、すご"と呟いたことで、五虎退は話しかけるのは今しかないと「あ、あのぉ……」と声をかけた。
    だが、審神者から返事が返ってくることはなかった。
    五虎退は眉を下げて俯く。
    胸に抱いていた審神者に渡そうと思っていたメッセージカードも、力を無くした腕により、膝に落ちた。

    それを見ていた厚藤四郎は、眉を顰め「なんで、なにも返事しないんだよ。この人」と呟いた。

    「き、きっと、何か理由があるんだと……思います」

    「理由って?」

    厚にそう問われ、五虎退はえぇと……と口籠る。
    理由は何か?と問われれば、五虎退も返すことは出来なかった。ただ、漠然とした印象しかなかったからだ。

    五虎退はこの審神者が悪い人、怖い人には見えなかったのだ。
    刀剣男士を無視し、関わりを嫌っていると言われているが、どうしてもそうは見えなかった。

    五虎退はもう一度、審神者に目をやった。項垂れた格好から上目遣いのように見れば、彼女は黙々とご飯を食べていた。
    とても幸せそうに、美味しそうにご飯を食べていた。
    その表情に五虎退も自然と顔を綻ばせた。

    「あっ」と声を出した五虎退に、厚は首をかしげる。頬杖を突いて五虎退の次の言葉を待っていた。

    「あ、あの、小夜さんが、言ってました」

    「なにを?」

    「主様は、とても優しい目をしてるって。復讐も怒りも感じない、優しい目だって」

    その言葉に厚は苦笑し、「なにそれ」と呟いた。

    「ぼくも、そう思うんです。主様は、じつは……とても優しい人なんじゃないかなって」

    それに厚はふーんと返し、五虎退のそばに寄った。わっと声をあげる五虎退を気にすることなく、顔をぴたりと寄せて、五虎退と同じ目線で審神者を見つめた。

    「優しい目を、してますよね?」

    「……うーん、わっかんねぇ」

    厚はそう言うと身体を離して、また元の位置にもどった。

    「分かんねぇけど、敵意は感じられないと思った。それに、五虎退がそう言うんなら俺は信じるぜ!」

    へへ、と五虎退は審神者をまた見つめた。
    その時、審神者の髪の一房がはらりと落ちた。気がついていない審神者は食事を進める。箸がおかずをつまみあげ、口元に持って行くと、はらりと落ちた髪がおかずを撫でる。
    髪の毛を食べてしまうのではないかという不安から、五虎退は身体を起こした。

    メッセージカードを机に、その上に手を置いて重心を支える。もう片方の手を審神者に伸ばして、髪を掬おうとしたその時だった。
    メッセージカードが滑り、五虎退の重心は崩れた。伸ばされた手は引っ込める間もなく、自身の手は重力に従い審神者の顔を狙う。当たる!!と肝を冷やした直後、厚が五虎退の身体を支えた事で、その危機を逃れた。

    だが、五虎退は、驚きにより目を見開いた。

    「えっ……」

    そう小さく声をこぼした五虎退に、厚は顔を上げる。そして、厚も同じく驚くことになる。

    五虎退の手は、審神者の眼球の目前にあったのだ。
    あと少し前に出ていたら、目を突いていただろう。そんな場所に手があるのにも関わらず、審神者は顔色一つ変えることなく、先ほどと変わらずにご飯を食べ進めていた。

    五虎退はサッと急いで手を引っ込めた。

    「わ、わわっ」

    勢いが余って後ろに倒れかける五虎退をまたも厚が支えるが、バランスを保てなかった厚は巻き込まれる形で「うわ、ちょ!!」と、後ろに倒れた。

    机に後頭部を打ち付け、ゴンッと音がした時、審神者は「ん?」と周りを見渡した。
    頭を撫でながら起き上がる厚が目の前にいる。「よい、しょ」と起き上がり、涙目で厚に謝る五虎退が隣にいる。
    それなのに、審神者はきょろきょろと周りを見て、首を傾げ、食事を再開させた。

    それを見た厚と五虎退は、目を丸くさせ、お互いの顔を見合わせた。なんてことだ、と。


    「おい……アンタ…」

    そう声がした方へと、顔を向ければ鶴丸が立ちあがろうとしたのか、中腰で、驚きに満ちた顔で審神者を見つめていた。
    五虎退が声をかけようとした時、箸が鳴った。

    審神者は昼飯を食べ終えて、箸をお盆の上にのせた。両手を合わせ「ごちそうさまでした」と、合掌するとお盆を持って厨房の方へと向かう。

    審神者の近くにいた三振は、それを見つめることしかできなかった。

    彼女が歩いて行くのを目で追いかけていると、ドタドタドタと慌ただしい足音が聴こえる。

    「主〜!まっとーせぇ!!」

    この声の主は、陸奥守吉行である。

    「主殿は何処ですか?!陸奥守さん!」

    そう叫ぶ声は、ここの本丸のこんのすけである。

    此処ぜよ!と開けられた襖からは、陸奥守吉行が顔を出す。
    陸奥守吉行は必死な形相で部屋を見渡し、審神者を見つけると顔を明るくさせた。
    「主!こんのすけを連れて来たきに、もう心配ないぜよ!」と歩きながらそう言うが、審神者は何も反応しなかった。

    五虎退は不思議に思って審神者の近くに行けば、厨房には歌仙、堀川、加州の三振がいた。
    三振も同じく困惑した表情をしている。
    そして、審神者は食べ終えた食器を洗っていた。

    陸奥守吉行が審神者に近づき審神者の近くまで来た時、審神者は部屋を見渡してお辞儀をした。

    「おばけさん、お昼ご飯ありがとうございました!」

    そう大きな声で感謝を述べた。

    その瞬間、静まり返っていた部屋中が途端に騒がしくなる。それぞれが思い思いの言葉を吐き出していた。「なんだよそれ〜!」「ぼ、僕を!お、おば、おばけだって?!」「僕当たってましたねぇ」などと、騒ぎ始める。

    その中でひとり、鶴丸はドサッと大の字で畳に転がった。

    「はは……これは……、驚きだなぁ」

    呆れ果てた。困った。そんな表情の中に、嬉しさが混じった苦笑であった。


    ――――
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    8_sukejiro

    DONE私的に泉鏡花の星あかりは、幽霊視点で描かれた作品だと考えています。最後、医学生を見た幽霊の意識は寝ている医学生自身へと視点変更します。それは取り憑いからじゃないかなと。

    青空文庫さんに「星あかり」「幼い頃の記憶」がございますので、そちらを読んでいただけると分かりやすいと思います。又、「かもめの本棚」さんの解釈が私の中でしっくり来たので参考にさせていただきました。是非、両方読んでみてください。
    星アカリヲ浄化セヨ星アカリ
    一章
    ――――


    " もとより何故という理はないので、墓石の倒れたのを引摺寄せて、二ツばかり重ねて台にした。
     その上に乗って、雨戸の引合せの上の方を、ガタガタ動かして見たが、開きそうにもない。雨戸の中は、相州西鎌倉乱橋の妙長寺という、法華宗の寺の、本堂に隣った八畳の、横に長い置床の附いた座敷で、向って左手に、葛籠、革鞄などを置いた際に、山科という医学生が、四六の借蚊帳を釣って寝て居るのである。"


    ――――


    カラカラと音を立てたキャリーケースは、ある建物の前で止まった。
    蒲田哲也は、そのビルを上から下まで舐めるように見渡し、満足そうに頷いた。

    「うん、上等だな」

    口元に弧を描き、目を輝かせた。
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