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    8_sukejiro

    @8_sukejiro

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    8_sukejiro

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    双子ノ星ヲ浄化セヨ
    な文アル夢小説
    まだ作成途中です

    #夢小説
    dreamNovel

    仲直りの双子幼児文学と仲なおりの双子
    ――
    中原中也
    ――

    赤玉。
    貝の火。
    蛙のゴム靴。
    風の又三郎。
    蜘蛛となめくぢと狸。

    あいうえお順で綺麗に並べられた本棚ならば、"春と修羅"という本はここのスペースにあるはずだ。
    絵画も詩も小説も一緒に並べられているのは少し思うとこもあるが、今はそんな事どうでも良い。

    尊敬する宮沢賢治先生の春と修羅を久しぶりに読みたくて、壁一面が本棚となっている無駄にデカい図書館の二階にまで来たのだ。
    あってくれなきゃ骨折り損のくたびれもうけというものだ。
    酒も飲めねぇ、つまみも食えねぇこんな退屈な場所はさっさとおさらばして、早く自室で酒を嗜みながら春と修羅を読み耽りたいものだ。

    早く早くと急かす自分の心に、無意識に作品名を繰り返し口にしながら探す。

    「春と修羅…春と修羅……なめとこ山…楢ノ木…ネコ……ん?………?」

    "猫の事務所"と"文語詩稿 "。本があるとしたらこの間に絶対あるはずなのだ。
    司書だってそう言ってた。この間にあるはずだと。
    宮沢賢治の棚にあると。
    それでも一応端から端まで確認してこの場所を探しているというのに…。

    「…無いじゃねぇかよ」

    俺は、大きな声で「オイ!!モモノハナ野郎!」と叫ぶと、下の階から「うわ!んだよっ」と太宰治の声がする。
    二階の柵から身を乗り出し、下階を見遣れば太宰治は眠たそうに目を擦りながらこちらを見上げている。

    「んだよ、中也。俺めっちゃ良い夢見てたのによ。芥川先生と楽しくサーフィンしてたんだぜ」
    「うるせぇ。オイ、春と修羅が何処探してもねぇんだけど、どうなってんだよ。第3集までまとめてねぇのはどいう事だ?侵食か?消されたのかぁ?」
    「侵食者に消されたんなら中也が覚えてるわけないだろ。どっかに貸し出されてんだって、たぶん」
    太宰治の言葉に俺は「はぁ?どこに?」と返す。
    「さぁ?街のどっか?」
    「まともに答えろよ、ぶん殴るぞ」
    「答えてんだろ!!」

    貸し出される?そんなことがあるのか?
    帝国図書館には確かに一般公開用の図書館が備え付けられている。
    表の帝国図書館は大きな敷地内の門構のように、人々の目につきやすい場所に置かれ、
    木々と図書館に隠れるように置かれているのが、宿舎や食堂、俺達がいる本の倉庫といえる裏の帝国図書館だ。

    表の図書館なら借りにくる奴がいるのも頷ける。
    だが、此処はそうじゃない。
    此処は、関係者以外立ち入り禁止域となる裏だ。
    つまり、俺たち文豪、特務司書、アカやアオや館長やらしか入れないようになっているのだ。

    「んなわけねぇだろ。一般人がここに入れるわけねぇんだからよ」
    俺が苛立ちを含めそう言えば、「いいや」と声が聞こえた。
    1階の本棚の隙間から姿を現した安吾が、本を手にして太宰治の向かいに座る。
    「ここの本は時々、表に貸し出されることがあるからな。表に在庫がないとか、故障したとか。おそらく、お前が探してる本も今頃貸し出されてるんじゃないのか?」
    「はぁ?!じゃあ、読めねぇじゃねぇか。どうすんだよ、オイ」
    「知らねぇよ」と太宰治が呟いたのを見て、俺は太宰に声をかける。
    ビクリと肩を上げた太宰に、俺は顎を図書館の方へと向けた。
    「探してこいよ、太宰」
    「人を顎で使おうとするな!お前失礼だぞ!だいたい、なんで俺?!」
    「今まで暇そうにぐーすか寝てたじゃねぇか。暇だろ、行ってこい」
    「暇じゃねぇよ!!いや、暇っちゃ暇…いやいや!てか貸し出されてんなら表にあるかどうかも分からないだろ」
    太宰のその言葉に、安吾は人差し指を立てて「分かるぞ」と言った。
    「分かるの?!」
    「あぁ」
    その指を大ホールの端に向ける。

    指さされた場所には、幾つもの液晶が横一列に配置されていた。
    「パソコンを使って、本の貸し出し履歴を見ることが出来る。貸出日から返却日、誰が借りて何処に住んでるか…までな」
    「ばちばちの個人情報じゃねぇか」
    「まぁ、ここに出入りできる俺らのような重要人物しか閲覧は出来ないがな。俺らも此処の持ち物みたいなものだし、問題ないんだろ」
    安吾は本に鍋柄の栞を挟むと、立ち上がってパソコンの方へと向かう。

    「お前なんでそんな事知ってんだ?」
    2階から俺がそう問えば安吾は立ったままパソコンをカタカタと操作しながら「織田作がな」と言う。
    「織田作之助?あいつが?」
    「織田作が"読みたい本がないんやぁ〜!"ぴえ〜んて泣き喚くから蜂巣ん所に連れてったら、探し方教えてくれたんだよ」
    「あいつ泣いたわけ?あの見目で?てか、ぴえんってなんだよ」
    「泣く程読みたい小説てなんだよ、ぴえんもめっちゃ気になるんだけど!」
    「いやぁ、あの時のぴえんぴえん泣くアイツは、堕落してて良かったぞ。お前らにも見せてやりたかった」
    安吾はそう言うと、「お!あったぞ!」と俺を見上げて手を招く。
    降りてこいってか。仕方ねぇな。

    「春と修羅だったか?これ今日が返却日だな」
    「じゃあ、明日にはここに戻ってくんのか」
    「いや、もう返却されてるっぽいぞ。日時は11時42分…お、20分前に返ってきたんだな」
    「じゃあ、表に行けばあるかもな。あ!俺は行かねぇぞ!中也が行けよ!俺は忙しいんだ」
    「暇つってたろ」
    「言ってない!とっても、とーーっても忙しいの!サボると蜂巣にボコボコにされちまうの!」
    「司書にボコボコにされるだ…?アイツそんなに強いのか?」
    俺がそう呟くと、安吾は鼻で笑うように「しらねぇが、中也は弱いから蜂巣にも倒されるだろうよ」と言いやがる。
    「ンダとコラァ!!テメェもういっぺん言ってみろゴラ!」
    「なんべんでも言ってやるよ。喧嘩は俺の方が強いからな、怖くもなんともないしな〜」
    「?!!?!」
    「もういいから、表に行ってこいよ、中也」

    あ、壇だ。
    太宰がつぶやいたその言葉の後、安吾は壇に投げ飛ばされた。
    太宰が壇に説明したみたいだった。
    安吾が俺を揶揄って遊んでると。
    正直、俺が投げ飛ばされると思ってたもんで唖然と立ちすくしてしまった。

    「ったくよ。腹立つぜ、まっくよぉ」
    そう呟きながら、裏口から表の図書館へと足を踏み入れる。
    裏口の窓から見える外の華やかな景色でさえも苛立ちを増幅させるようだった。

    アルケミストから作られた文豪は、帝国図書館の敷地内から出る事は出来ない。
    禁止されているから従っている、というわけではない。出ることが不可能なのだ。
    敷地外に一歩踏み出そうにも、薄い膜のようものにあたり出ることが出来ない。
    無理して出ようものなら、俺らの思念体は消えて無くなり、その意識は本の中に吸い込まれてしまう。
    つまり、現実世界に残されるのは路上に捨て置かれた本のみということになる。
    何故、政府やアルケミスト達がここまで俺らを図書館内に閉じ込めるのか。
    それは、俺達が無闇矢鱈に現世へと介入し、文学というものへの影響を与えないようにするためだそうだ。
    今世を作り上げたといっても過言ではない俺達文豪は、それだけ存在自体が脅威になる得ると館長は言っていた。
    大袈裟すぎるだろ。と最初は皆で笑ったもんだが、司書もネコも誰一人、あの場で茶化す者も笑う者もいなかった。

    裏道から薄暗い廊下を進んで、途中に見えるスタッフルーム、倉庫や食堂にも目も暮れず、図書室へと足を進める。
    図書室のガラス扉を開ければ、受付の姉ちゃんの米笹と目が合う。
    瞬間に、米笹は花を咲かすような笑顔を俺に向けた。
    「中原中也さん!ようこそいらっしゃいました!」
    尊敬する文豪は中原中也だと言っていた彼女は、えらく俺に懐いている。
    素人目線の感想ではあったが、それでも好いてくれていると分かる言葉には悪い気はしなかった。

    むず痒さを覚えながら、よお。と手を上げる。

    「今日はどうされましたか?」
    「本を探しにな。春と修羅ってやつなんだけど」
    そう言えば、米笹は「あぁ!さっき返却されましたよ」と言って、係の者に持ってくるように伝える。
    「すぐ来ると思いますよ」
    「おお、助かるわ」

    カウンターへと背中を預けるようにして立てば、やつれた風貌の女が図書館の男性職員に頭を下げているのが目に映った。
    なんだ…あいつ…。と無意識に声に出した言葉を、受付の彼女が拾う。

    「あの方…またいらしてたんですね」
    「また?またってなんだよ」
    彼女は眉を下げ、困ったように「えっと…」と口を開く。

    話を聞けば、あの女は一週間前から此処に来ており、その理由は双子の娘の1人が行方不明になっているからだという。
    娘はこの図書館に来るのが好きだった事と、家からこの図書館への行き道しか覚えてないはずだから、毎日この図書館へ来て情報を聞いているそうだ。

    "なんでも…なんでもいいんですっ。淑子…娘のこと何か知りませんか?!"
    焦りを含んだ女の声が耳にはいり、眉を顰める。
    「何度いらっしても同じです。教えれる事は全て言いました、私共にはもう何もできません」
    男性職員は縋り付く女の肩を抱いて「警察の方に任せましょう」と言った。
    悲痛に歪む女は、男性職員の腕の中で崩れ落ちるように座る。

    静かに米笹の目を見れば、俺と目の合った彼女は首を横に振る。
    「私達にはもう何も出来ません。職員全員の目撃情報はもう話したし、相談にこられた日は職員総出で捜索の協力もしました。でも、何も見つからなくて…。だから、あとは警察の方に任せるしか…」
    「…まぁ、そうだろうな」
    俺はやるせない気持ちを隠すように、素っ気なくそう返した。

    人攫いか、事件か、事故か。
    未来だと言っても悪い事を企む奴がきえたわけじゃない。俺らの過ごした時代に比べたら、そりゃ少しは治安も良くなったか知れないが、それでも悪という存在は消える事はないのだ。
    なんとも言えない嫌な気持ちが胸に渦巻き、俺は視線をカウンター席にやった。

    ――
    宮沢賢治
    ――

    黄色い野原を歩いていると前方に人影を見る。
    僕の視線に気が付いたのか、小さな二つ結びの女の子が此方を見た。可愛らしい色とりどりの水玉をあしらったその服は寝巻きのようであった。
    その小さな背丈の女の子の顔は、ぼうっとモヤのかかったように見えず、どんな表情をしているのか、その子が誰なのかも分からない。
    女の子は手を顔に持っていき、目を擦る。
    その仕草はまるで、泣いているようだった。

    どうして泣いているの?
    そう声をかけようと口を開いた時、女の子は此方を見た。
    目のない顔が、口のない顔が、こちらに向けられているような気がした。


    「兄さんなぜあたいの青いおべべ裂いたの」


    ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……。
    異常な程大きな心音が自身の身体に響き渡る。

    寝起きだというのに限界まで目を見開いて、視線の先にあるナイトテーブルを僕は見つめていた。
    ナイトテーブルには先日、草野心平くんから借りた本が無造作に置かれていた。

    僕は布団の上で、横向きで丸くなって寝ていた身体を起こす。
    寝巻きが全身びしょ濡れになるほど、僕は汗をかいていたようだ。
    カラカラの喉を潤すように、ごくりと喉を鳴らせど口は乾燥し、ただ喉がチクリと痛むだけだった。

    懐かしい夢を見た。悲しい夢も見た。
    彼女の名前は分からない。彼女の顔も分からない。
    ただ、ずっと一緒にいた大切な人だという事だけは夢の中でも理解していた。

    少し夜更かしして、少し朝寝坊をしただけだというのに何故こんなにも夢見が悪くなるのだろうか。
    ため息を吐いて、洗面所へ向かい、身支度を始める。
    シャツにサスペンダーのついた短パン。自身の小さな身体を隠してしまうようなマント。チェック柄の帽子。
    衣装鏡の前で僕は自分を見つめる。
    鏡に映った反対の時計は、ちょうど12時を指していた。
    「大遅刻しちゃった」
    僕はそう呟いた。
    誰かと約束しているわけでも、今日は助手や巡回任務も潜書も何もない。
    一日自由な日なので、僕が遅刻しても誰も困らないし何も言われない。それはわかっていても、12時に起きるという行為に罪悪感を覚えてしまうのは何故だろうか。
    僕は軽くため息を吐いて、部屋を出た。

    ――
    中原中也
    ――

    「おっさんチュウヤってぇの?変ななまえー」
    幼い声にそう言われたのは、本を受け取ってすぐだった。
    「?」と振り向けば、3人の子供が俺を見上げていた。

    「おねーさんをナンパしちゃダメなんだぜ!おねーさんの彼氏、プロレスラーだからボコボコにされんだぞ!」
    「するか!どう見てもナンパなんかしてねぇだろ。俺は帰るからあっち行け」
    そう言うと彼女も焦ったように否定する。
    「そ、そうよ!ナンパだなんて…!中原中也先生にされるなんて嬉しすぎるじゃない!」
    「ガキに何言ってんだ!彼氏いんだろうが、喜んでんじゃねぇよ!」
    照れたように身体をくねらせる彼女へと叱責すれば、子供達もフリンだー!ウワキだー!エンコウだー!と騒ぎ出す。
    誰が援交だ。何処でそんな言葉覚えんだ、最近のガキは。
    うるさいガキの1人が「おれしってる!」と俺を指さし、俺は思わず顔を顰める。
    「なかはらチューヤって文字書く人!」
    「あ?まぁ、そうだな」
    「文字ならおれも書けるよ?」
    「そんな簡単じゃねぇんだよ」
    「あと、死んでるひと!」
    「?」
    「まじ?!おばけじゃん!」
    「?!」
    とことん失礼なガキ共だな。
    俺は苛立ちを露わにしながら、「誰がお化けだコラァ!」と威嚇するように手を高く上げればガキ共は楽しそうに走り去っていった。
    「おばけが怒ったー!」「呪われる〜!」とキャッキャと走り回る子供達を見て溜息が溢れる。
    少しは怖がるかと思ってやった行動で、逆に楽しませてしまった事に少し悔しさを感じるが、何故だか怒りも、嫌な気持ちも感じなかった。
    「最近の子供は全然ビビらねぇんだな…」
    泣くと思ったのによ。と悔し紛れにそう呟けば、米笹は、はははと笑う。
    「多分、近くにお母さんやお父さんがいるからだと思いますよ」
    微笑ましいというように俺を見ていた彼女は、「ほら」と図書館の奥を指をさす。
    その先には、母親に抱きつく先程の子供がいた。
    俺を指さして楽しそうに何かを話している姿。
    俺の視線に気づいた母親がお辞儀する姿。
    子供はたくさん借りた絵本と、母と帰るようだった。
    こちらを振り向き、母親と繋いだ手の反対側で手を振っている。
    俺は手を上にあげた。
    子供ってもんは、親がいればあんなに無防備に無邪気になるもんなのかと呆れると共に関心もした。
    「私からみたらの話ですが、子供にとって親は絶対的な防御力なんだと思います。親が近くにいる、そう思うだけで1人だと怖いものも怖くなくなるんだと思います」
    俺は彼女の言葉を聞きながら自身の過去を振り返り、「ガキっての気楽なもんだな」と呟いてカウンターから身体を離した。
    帰ろうと裏口へと足を向けた時、くんっと何かに裾を引っ張りれる感覚に身体を止める。
    下から引っ張りれている…と言うことは、またあのガキ共か…?と振り返れば、そこにいたのは先程の子供よりも小さな4歳程度の女児だった。
    小柄な子供が持っているからか、手に持つ本はやたらと大きく見える。
    くりくりとした目を此方に向ける女児は、首を傾げて「おにいちゃん、おばけなの?」と言う。
    またか…とわざとらしい溜息をつく。

    たしかに俺達は死んでいる…といえば、死んでいる。
    だが、アルケミストから生を受けたので生きているともいえる。
    なんとも言えない立場だが、おばけと言われる事はなんとなくいやであった。

    「おばけってほんと?」
    もう一度そう聞かれて、なんと答えるかと迷い肯定とも否定ともとれない頷きを返した。
    女児は微かに瞳を広げた。
    「ほんとにほんと?!」
    「うるせぇな!だったらなんだよ」
    女児は持っている本を一生懸命抱え直して、両手で持つと俺へと本を差し出した。
    「おばけはね、どこでもいけるって絵本にかいてあったの!だから、だからね」
    意味のわからない言動に、?と言葉が漏れる。
    「トシコをね、たすけてほしいの!」
    女児は力強くそう言った。
    「は?」


    ――
    山岳特務司書
    ――

    「おい!なぁ!」
    騒がしい足音に、声。
    この聞き覚えのある声は、おそらく中原中也だろうと予測する。
    なにかと太宰治をいじり倒し、その後必ず壇に投げ飛ばされる。彼はトラブルメーカーの1人といってもいいだろう。
    あの無遠慮で超天然なトラブルメーカー、蜂巣司書に次いで苦手な人である。
    嫌いというわけではない、ただ苦手なのだ。
    あの乱暴な口調も、彼から漂うアルコールの香りも。

    「おい、待てよ!司書!」

    一層声色が強くなった事で、私は足を止めた。
    呼んでたのは私だったのかと少し申し訳なく思う。
    ため息を吐いて、脇に持つ本を抱え直すし振り返る。
    中原さんは不自然なほどの小走りで私の近くへとやってくると「さっさと気付けよな」と悪態をついた。
    彼の言葉に少しムッとするが、それを隠すように笑顔を貼り付け、「どうされましたか?」と問えば、彼は優碍書を見つけたと言う。

    「宮沢賢治先生の双子の星だ。あれが侵食者に襲われてる可能性がある」
    「双子の星が?何故それだと?」
    「ガキが本の中にいるみたいなんだよ」
    「子供が?中に入るところを目の前で見たんですか?」
    「いいや」
    首を横に振る中原さんに、私は首を傾げる。

    中原さんの言っていることが嘘だと思うわけではない。けれど、彼の言うことはおかしなことばかりなのも確かだ。

    まず一つ、人間の子供が本の中に入ったということ。
    本の潜書は、基本アルケミストから作り出された文豪達でしか行えない。
    有碍書に潜書する為に本の概念から抽出され作り上げられた彼らは、謂わば本の思念体である。
    そんな彼らだからこそ行える行為だ。

    もちろん、例外は存在する。
    人間も潜書する事は可能だが、それは極稀な事態だ。
    人間の意思で潜書する事は私が知る限りではほぼ不可能であり、人間が潜書するか否かは本が決めるのだ。
    本がその人間に思い入れがある場合でしか、人間が入ることなどまず無いに等しい。

    「ほんとだって!お前信じてねぇだろ!!」
    苛立ちを含む中原の言葉に「いや、そういうわけでは…」と返し、足をまた前に動かした。
    歩き始めた私に続くように中原も足を進める。

    「ただ、そんな事が可能なのかなと。中原さんの仰っている事は非現実的なことです。図書室で調べてみるつもりですが…」
    「やっぱり信じてねぇじゃねぇかよ、オイ」
    顔を歪め睨む彼に私はどう説明しようかと頭を悩ます。
    そもそも、彼は何故そこまでその話を信じるのだろうか。目の前で見たわけでもないのに。

    それともう一つ。
    私は疑問に思う事を口にだす。

    「もう一つ疑問なんですが、双子の星というのは宮沢賢治さんの短編小説です。今では、文語詩未定稿という本に所収されてますが…」
    「そんな事知ってるっての。俺を誰だと思ってるんだよ」
    「現代に出ている本では、双子の星はこの文語詩未定稿や、他の短編集にしか乗ってません。つまり、今現在、紙媒体の文庫で双子の星のみを販売しているところは無いんです」
    私がそう言うと、中原さんは眉を顰めた。
    「それが絵本であるなら別ですが…。宮沢賢治さんの作品はその純粋さからよく絵本にされますから」

    絵本であるなら、可能性はある。
    実際、書店でも双子の星の絵本は何度か見かけたことがある。
    絵本が侵食されるのかという疑問はあるが、倉庫の巻物や、錬金術の資料集が侵食されていたケースもあるので、絶対に無いとも言えないだろう。
    だが、中原の答えは否だった。

    中原は首を横に振り「絵本じゃねぇな」と言った。
    「中身はどっからどう見ても小説だ。ちょっと紙がデケェが、絵もなければ可愛さのかけらもねぇしよ」
    ん?紙が大きいとはなんだろうか。
    「新装版ということですか?」
    「いや…あー、どうだろうな」
    こういうのもあんのか?と呟く中原を見て、私は足を止めた。

    「中原さん、その本を見せていただけませんか?」
    そうだ。最初からこうしておけばよかったのだ。
    潜書室で確認などしなくても、目で見ればどのくらいの侵食かも分かるだろう。
    中原は、脇に抱えていた本を私に手渡す。

    私はその本を見た瞬間に、その本が何であるかを理解した。
    文庫のような縦に長い長方形ではなく、それは横に長い長方形。
    両手で持たなければバランスの悪い大きさ。
    「これ…絵本じゃないですか」
    「は?それが?でも、絵なんて一つもねぇぞ」
    ぱさり、とページをめくれば、確かにそこには文字があった。

    "双子の星一" という見出し。
    その次に、"天の川の西の岸にすぎなの胞子ほどの小さな二つ星が見えます。"という書き出し。

    少し大きな文字で書かれたその文は確かに双子の星であり、確かに絵本ではなく小説であった。
    そして、その次の文におかしな点を見つける。

    口を開いたその時、「お前たち!!!」という怒声が耳を抜ける。
    中原と2人で肩を震わせて後ろを振り返れば、そこにはネコがいた。
    「ネコちゃんさん」
    そう呟くと、ネコは鋭い瞳で私を睨みつける。
    「お前!!司書という自覚がにゃいのか!侵食者から本を守るだけが司書の仕事ではないのだぞ!!」
    「へ?」
    何をいっているのか分からず、思わず間抜けな声がでる。
    何に対して怒られているのか、私には理解できずに中原を見遣る。
    すると、中原は咄嗟に私から顔を逸らした。
    まるで、悪いことをした子供のように。
    「へ?!」
    何をしたんだ?!何が起きてるんだ?!と混乱し目を見開けば「山岳!!」と呼ばれ「はいっ!!」と声が上擦る。
    「たとえ、子供とて部外者を入れるなど言語道断だ!!」
    子供…?
    そう言われ、私はまさかと中原の後ろへと回り込む。
    そこには、中原の裾をしっかり握っている小さな女の子がいた。
    私よりも短いふたつ結びを揺らして、くりくりとした可愛らしい目で私を見上げる女の子。
    「お嬢ちゃん、お名前は?」
    女の子は、もじもじと中原の足にしがみつきゆっくりと手をあげる。
    小さな手で4を示し「ナミコ…」と言った。
    4というのは、歳を表現しているのだろうか。
    「4歳なの?」ときけば、こくりと頷いた。

    「おい、山岳。聞いているのか」
    ネコの声を聞き流し、私は絵本と彼女を交互に見つめる。
    オイ!と強めに声をかけられたタイミングで、私は膝をおって彼女目線と合わせる。
    地面についた膝が冷たく感じる。
    「ナミコちゃん、この絵本は貴女のかな?」
    そう聞けば彼女はこくりと頷いた。
    「この中に子供がいるのかな?」
    また、こくりと頷く。
    「それは誰かな?」
    「妹…」
    「それは、トシコちゃんかな?」
    私は迷うことなく"トシコ"と名前を出した。
    それは私が見つけたおかしな文だ。

    "あれはチュンセ童子とトシコ童子という双子のお星さまの住んでいる小さな水精のお宮です。"

    宮沢賢治、双子の星の主人公は双子のお星さまである。
    名前をチュンセ童子とポウセ童子という。
    そう、"トシコ"という名前はこの本には存在しない名前なのだ。
    故に、私は彼女の妹の名前がトシコだと思ったのだ。

    彼女はぎゅっと裾を掴む力を強めると、真っ直ぐに私を見つめ、こくりと頷いた。
    「トシコをね、たすけてほしいの。シショだったらトシコをたすけてくれるって…おばけのチューヤくんがいってたの」
    不安そうに私を目上げる二つの瞳は、次第に潤み始める。
    「だからね…」と不安そうに声を溢す彼女の頭を中原の大きな手が撫でる。

    あぁ、なんてことだ。只ならぬ事態だ。
    本当に本当に、本が人間を取り込んでしまった。
    それだけじゃない。
    絵本が有碍書になるという今までにないケースだ。

    私は静かに立ち上がると、ネコを呼んだ。
    「にゃんだ。さっきまで無視していたくせに」
    「ネコちゃんさん、すみません。ですが、貴方にお願いしたいことがあります」
    「それは、にゃんだ?」
    「館長に、ナミコちゃんを裏図書館に入る許可を取ってください。そして、この有碍書、双子の星の絵本を潜書し浄化する許可も」
    私の言葉にネコは「にゃんだと?!」と声を荒げる。
    部外者を入れることなど出来ない。と先程と同じことを言うネコに、私は落ち着いて「館長の許可が降りれば可能です。そう定められていますから」と返す。
    思いのほか声が低くなってしまい怒っていると思われたのか、ネコは口を閉ざして踵を返す。
    「何が起きても知らんぞ」
    そう言うと、猫の脚力で館長の元へ駆けて行った。

    それを見送った後、私は絵本へと視線を落とす。

    "ある朝、お日様がカツカツカツと厳かにお身体をゆすぶって、東から昇っておいでになった時、チュンセ童子は銀笛を下に置いてトシコ童子に申しました。
    「トシコさん。もういいでしょう。お日様もお昇りになったし、雲もまっ白に光っています。今日は西の野原の泉へ行きませんか。」
    トシコ童子が、まだ涙を流し、半分眼をつぶったまま、銀笛を吹いていますので、チュンセ童子はお宮から下りて、沓をはいて、トシコ童子のお宮の段にのぼって、もう一度云いました。"

    トシコちゃんは、この絵本に沿っている。
    自らそうしているのか、強制されていのかはわからない。だが、"まだ涙を流し" そう書かれて居たのは確かだ。
    これが元々そうなのか、そうではないのかは分からない。だけれど、泣いている。
    彼女は確かに、今、泣いている。

    私は絵本を閉じると、中原に絵本を渡す。
    受け取ろうとした手に、力を込めて絵本を押しつける。
    「お、おい…?」
    訝しむ中原の声も気にせず、私は「助けましょう」と彼に言った。
    「絶対に、助け出しましょう!中原さん!!」
    顔を上げ目を見つめそう言えば、彼は一瞬目を見開いたが瞬時に力強い眼で「当たり前だろ!!」と私よりも大きな迫力のある声で返した。

    「中原さんは、絵本とナミコちゃんを潜書室へ持っていってください。潜書台のやり方は分かりますね?いつでも潜書出来るようにしていてください」
    「俺も行くからな」
    「ええ、勿論です。最後まで貴方には付き合って頂きますよ」
    私はナミコちゃんに目線を合わせて「チューヤ君に付いて行ってくれるかな?」と問えば、彼女は頷いた。
    中原と手を繋いだのを見て、私は足を進める。
    それを追いかけるように中原も足を進める。
    少し小走りになった私達に着いてくるようにナミコちゃんも必死に足を動かしている。
    「お前はどうすんだ?」
    「私はこれから図書室に向かいます」
    「図書室なら安吾と太宰がいるはずだぜ」
    「それなら丁度良かったです。お二方にも手伝っていただきましょう」
    「何をだ?」
    「双子の星の捜索と、その本が侵食されてないかの確認です」

    侵食には2つある。
    一つは、
    ある本が侵食された時、
    同様の作品が載っている、又は、同様の本も、同時に侵食されるケース。
    もう一つは、
    その本のみが侵食され、同様の本は侵食されてないケースだ。

    今回の侵食がどちらなのかでまたやり方も変わってくる。その為に、この図書館内にある本棚という本棚から"双子の星"を見つけ出し、その中身の確認と侵食の有無の確認をする必要があるのだ。

    中原はケラケラと笑い「非番なのに可哀想な奴らだなぁ」と笑う。
    私もその言葉に苦笑し「それは私達もですよ」と返した。
    私も中原さんも今日は休みだったはずだ。
    とんだ休みの日になってしまったとも思うが、それが私達の仕事だ。
    困ってる人、助けを求める本を救う、世の中を侵食から救うのが私達の使命なのだから。

    潜書室と図書室の分かれ道で私は足を止めた。
    「私は図書室に行った後、宮沢賢治さんも呼んできます。少し遅れると思いますが、勝手な潜書は控えてくださいね」
    念のために中原に釘を刺す。
    彼は以前、坂口安吾が本に取り込まれたとき勝手に潜書を試みようとしたことがあるのだ。
    あの時は有碍書が織田作之助、芥川龍之介、太宰治以外を拒絶した為に中には入れなかったが、1人で何かあってからでは遅い。
    本の侵食が加速するだけではなく、中原自体も絶筆という恐れもあるのだ。

    中原はうるさいと言うように顔を顰め、「わかってるよ」とぶっきらぼうに返事を返した。
    私は「頼みましたよ。彼女のことも」と伝え、彼と別れた。


    図書室に入ると坂口安吾が本から顔を上げて此方を見る。
    机に突っ伏したまま太宰治も此方をみた。
    「どうした?山岳」
    そう聞かれ、私は「有碍書が現れました」と今起きている事を伝える。
    「それでお二人にも協力をお願いしたいんです」
    そう言うと太宰は勢いよく椅子から立ち上がって目を輝かせる。
    「俺らも潜書か?!行く!行きます!天才的な俺が全部解決してやるぜ!!俺がいるんだ、もう解決したようなもんだな!!」
    「いいえ」
    「へ?」
    「太宰さん、坂口さんには他に大事な仕事を任せたいんです」
    「へ?潜書、じゃねぇの…?」
    ぽかんと口を開けて固まる太宰の肩を坂口は軽く2度叩き、「違うってよ。ほら、座れ」と席に戻すと太宰は机に倒れた。

    「で、その仕事ってのはなんなんだ?」
    「宮沢賢治さんの双子の星。この本を表、裏、両方の図書館から全てをかき集めてきて欲しいんです」
    私がそう言うと坂口は何かを察したように、ー…。と声を漏らす。
    「なるほどな、また悪夢の大捜索ってわけか」

    前に記述したように、有碍書が現れると同様の本も同時に侵食されるケースがある。
    というよりも、有碍書というのはこちらの方が多い。
    報告書を見る限りでは各地にある帝国図書館でやり方は異なるようだが、此処では手の空いてる文豪達で同様の侵食されている本を探すのだ。

    坂口はやれやれと言うように、一度ため息をついて立ち上がる。
    だが、太宰は机に突っ伏したまま「ヤダ」と言う。
    唇を尖らせ、拗ねた子供のように「ヤダ!」ともう一度大きな声で拒否する。
    「なんで休みの日に仕事なんてしなきゃなんねぇの!ヤダね!俺は、ヤダね!!」
    「さっきはやる気満々だったじゃねぇか」
    「あれはあれ!これはこれ!」
    「そんなに行きたいんですか?」
    「本探しなんかするより潜書の方が良いに決まってるじゃん」
    私は、ふむ…と少し考えて、わざとらしくため息を吐く。
    その行動に坂口は訝しげに首を傾げるが、私の悪巧みに気付いてほくそ笑む。
    「はぁ〜、わかりました。では、太宰さんにも手伝っていいただきましょう。そんなに潜書の方がいいと仰るなら。やる気満々な太宰さんを見れば、中原中也さんもさぞ張り切ってくれることでしょう」
    私が"中原中也"と名前を出した途端、太宰は大袈裟なほど肩を震わせ、顔を引き攣らせた。
    「ち、ちゅーや?!」
    「ええ、中原さんです。宮沢さんの本ということもあり今回の中原さんは張り切ってますから、きっとやる気満々な太宰さんを見ればさそがし、」
    喜ばれるでしょうね。と続く言葉は、太宰の「ムリ!」という声でかき消される。
    「お、おれ、急になんだか本探ししたくなってきちゃったからさぁ〜?!」
    太宰は席を立ち、よろよろと出口へと向かう。
    「探すから!探してくるから、俺の事中也には言わないでよ?!絶対!絶対な?!」
    それだけ言うと逃げるように図書室から走り去った。
    我慢していた笑いを堪えきれず、坂口は声を出して笑い始める。
    「あー、ほんとアイツ可笑しいよな」
    「可哀想なことをしましたね。後で、キャロルさんに芥川さんの写真を渡してあげるようにお願いしてみますね」
    「司書達ってなんで太宰の事甘やかすかね」
    たしかに、司書も館長も太宰治には甘いと思う。
    太宰治だけでなく、宮沢賢治や新美南吉といった見た目の幼い子も。
    小さい子供を甘やかしてしまい、他の文豪に甘やかすなと教育論争のような事をしてしまう時が度々あるが、母性本能というやつだ。仕方ない。蜂巣さんも仕方ないって言ってた。
    呆れたというようにこちらを見る安吾に、「太宰さんは小さな子供のようで…」と弁解すると、坂口にも甘やかすなよ。と言われる。

    「じゃあ、俺はこっちを探すか。他の文豪も寄越してくれるんだろ?」
    「ええ、もちろんです」
    「なら良いさ。で、山岳は今からどこにいくんだ?」
    「私は宮沢賢治さんを呼びに行ってきます。きっと、宮沢さんならこの絵本の侵食者のことも分かるかとおもいますので」
    「思想と概念…か。まぁ、頑張れよ」
    坂口は山岳の頭を二度軽く叩いた後、図書室の階段を登っていった。
    それを見て私も図書室から出るために踵を返す。
    早く、宮沢さんを探さなくてはいけない。

    ――
    宮沢賢治
    ――
    「中也くん!待たせてごめんね!」

    僕の本の有碍書が出たと知らされて、司書さんと別れて潜書室へと向かい、其処に着いたときには中也くんが潜書台に僕の絵本を載せていた。

    少し乱暴に扉を開けたので中也くんは一瞬目を大きくさせたが、僕と目が合うとその顔を緩ませた。

    「先生!来てくれたんだな!」

    彼は顔を明るくさせそう言った。
    司書さんには有碍書が出たとしか聞いていなかった為、僕は中也くんに今起きてることを知ろうと尋ねる。
    「中也くん、僕の本はどうなってるの?」
    「侵食はどんどん進んでってるぜ。早くしねぇと本もガキも取り返しの付かない事になる」
    「ガキ…って?子供がどうかしたの?」
    そう尋ねると中也くんは、ぽかんとした顔を僕に向ける。
    「司書から何も聞いてねぇのか?」
    「司書さんは今日の当番を探しに行くようだったから、あまり詳しくは聞かなかったんだ。僕の双子の星が侵食されているということしか聞いてないよ」
    「それで、どうしたの?詳しく教えて?」と中也くんに聞けば、中也くんは今まで起きたことを説明し始めた。
    そして、その言葉に呆然とし目を見開いた。

    彼の言葉を聞いた時、いや、その名前を聞いた時、今朝見た夢の内容が一気に脳内に流れた。
    顔のない女の子と一緒に遊んだ映像。
    一緒に笑って、時には怒って、悪戯も沢山して、意地悪もした。走って、遊んで、喋って、歳の近いあの女の子と、たくさん過ごした。あの夢を。

    中也くんは心配そうに此方に近づいた。
    そして、"彼女"の双子の姉だというナミコちゃんも心配そうに此方を見ている。

    あぁ、どうしよう。なんて事だろう。

    説明しなくちゃいけい。これは僕のせいだから。
    僕のせいで、ナミコちゃんは大事な妹を失いかけている。僕が書いてしまったから…。
    僕が震える口を開いた時、勢いよく潜書室の扉が開いた。

    「お待たせしました。一緒に潜書していただけるお二人を連れてきましたので、皆さん準備をお願いします」
    小さく息を切らす司書は、僕に気づくと近づいた。
    そして、僕の様子を伺うように声をかける。
    「宮沢さん…?どうかされましたか?」
    僕はなんと言えばいいのか分からなかった。
    「もし、体調が優れないようでしたら、」
    彼女の言葉をわざと遮り、僕は「行くよ」と言った。
    留守番だなんて、そんな事出来やしない。
    中也くんや他の子達が潜書の準備を整えて行くのを見ながら、僕は司書さんに謝罪の言葉を放つ。
    「え?」
    不思議そうに首を傾げる司書さんを見上げる。
    「これは、…僕のせいだ…」

    ――
    中原中也
    ――
    俺がトシコの事を説明してから、先生の様子がおかしい。
    眉を下げて、今にも泣きそうな顔でこの幻想的で色鮮やかな世界を見渡していた。
    「目がチカチカするね」
    新美南吉の声で俺は視線を先生から外へと移した。

    ここの景色は普段潜書する世界よりも色鮮やかだ。
    土は茶色、空は青といった固定観念に拘らない色彩になっている。ここから見上げる空は青と薄く黄と赤が混ざる色合いで、キラキラと輝く地面の石は星形で可愛らしい。
    孤島のように周りが青色になっているが、青色の正体は海ではない。孤島の下には青空が広がっているのだ。
    端まで行って下界を見下ろせば、いつか司書の部屋で見た航空写真と似た景色が広がっており、ここが空の上だと再確認できる。
    雲よりも高いこの場所からは、下界の様子は伺えないが遥か下から微かに鳥の鳴き声が聴こえる。

    視界を下界からこの場所へと移せば、淡い色鮮やかな色彩に目をしばらせる。
    この場所は、よく言えば幻想的、悪く言えば目が痛いといったところか。
    南吉の声に同意したのは、ぼっさんこと、若山牧水だ。
    「確かに、えらく目に痛い場所だな。こんな景色じゃ酒も進まねぇ」
    「なら、早いとこ侵食者共をぶっ倒して、帰るのが一番だな」
    「そうだな。で、俺らは何処に行けばいいんだ?宮沢賢治先生」
    牧水に名前を呼ばれた先生は、びくりと肩を跳ねらせる。
    困惑した顔で3人をみたあと、その顔を苦笑に変え「そうだね、どこに行けばいいんだろうね?」と首を傾げた。
    「ケンちゃん大丈夫…?ゴンも心配してるよ?」
    「南吉、大丈夫だよ。ゴン君も心配させてしまってごめんね」
    先生は、うーん…と考えた後、近くの川を指さした。
    「この川はきっと天の川だよ。きっとこの川を伝っていくと泉が現れるはず。双子の物語が動き始めるのは泉からなんだ。だから、まずは泉に行ってみよう!」
    「結構距離がありそうだが、大丈夫か?」
    「弱音吐いてても仕方ねぇだろ。先生がこう言ってるんだ、行ってみるしかねぇよ」
    「そうだな」
    「僕もゴンもみんなも、ケンちゃんの意見に賛成だよ」
    「さぁ、行こっか!」と南吉が一歩踏み出した事で、俺らも歩みを始めた。

    ――――
    山岳
    ――――
    潜書台に手をついて、本を見つめる。私は、安堵の息を一つこぼした。

    彼らは無事本の中に入れたようだ。
    侵食傾向も落ち着いており、侵食者の気配も今はみられない。すぐ戦闘になる事はないだろう。

    潜書台から離れて、椅子に座る女の子…ナミコのもとへ向かう。
    私が隣に座ると、ナミコは無言で此方をみた。
    不安そうに眉を下げている。
    彼女の乱れた頭をそっと撫でる。
    「大丈夫だよ。今、中也君達がトシコちゃんを探してくれてるからね」
    私がそう言うと、ナミコはいっそう眉を下げて俯いた。
    短い二つ結びのひとつが解け、可愛らしいゴムが椅子に落ちる。
    「ナミコちゃん?」
    「………」
    ナミコは小さく何かを呟いたが、私には聞こえず「なにかな?」と顔を近づけ聞き返す。
    「…かえってこないかも」
    ナミコはそう言った。
    「帰って来ないって?」
    「トシコがきえたのは私のせいなの」
    ナミコは、先程宮沢賢治が潜書する前に言ったことと同じ言葉を言う。
    「それはどうして?」と聞けば、瞬きをしたナミコの目からポタポタと涙が溢れていく。
    「トシコとケンカしたの。わたしね、トシコにね、っ、きえちゃえって言ったの…っ」
    ナミコは次第に声を震わせ引き攣らせる。
    私は少しでも落ち着くようにとナミコの頭を撫でて、相槌をうつ。
    「きえちゃえって言ったら、ホントにきえちゃったの」
    「どうしてそんな事を言ったの?」
    「パパのこというから。パパはわるものだっていうから、わたし違うよってトシコにいったの。でもきいてくれなくてっ」
    「悪者?どうしてパパは悪者なの?」
    「ママとよくケンカしてたの。ふたりともオオカミさんみたいに大きなこえで。それでね、ママがパパにきえてっていったの…そしたらパパが消えて、ママかなしくて毎日ないてるの」
    ナミコは止まることのない涙を流しながら、ゆっくりと私に伝える。
    溜めていたものを吐き出すように、支離滅裂ではあったが全てを山岳に伝えた。

    ナミコとトシコの両親は毎日のように喧嘩していたそうだ。
    家の事情。育児方針や仕事や生活の疲れ。
    身近に信頼できる人がいれば、弱さを苛立ちを口に出してしまうもの。
    よくある家族の喧嘩だ。
    2人はそれを見ていたのだ。こっそりと、部屋の隙間から。

    ある日、母親が父親に「きえて!」と言った。
    喧嘩のはずみだろう。本気で消えて欲しいなんて思っていなかったはずだ。
    ただ、1人になりたかっただけ。考える時間が欲しかっただけ。
    だが、次の日父親は消えた。
    ナミコの話によると、母親は子供達に対して父親が消えたことを「お星様に乗って遠くにいっている」と言ったそうだ。
    つまり、父親は何かしらの原因…恐らく事故により亡くなったのだろう。
    それから毎日、母親は悔やんで泣いているのだという。

    「だから、トシコちゃんはパパが悪者だって言ったのね?ママがパパのことで泣いているから。だから、パパとママを仲直りさせるって言ってたのね?」
    ナミコちゃんとトシコちゃんの喧嘩は、母親を思い遣ってのものだった。
    母親と父親がケンカしたままで離れ離れになったから、トシコちゃんは父親を呼び戻して仲直りさせようとした。
    「トシコがね、そういうとね、ママすごくかなしい顔するの。とおくにいるからムリだよっていっても、トシコきかないの」
    ナミコちゃんは心のどかでわかっているのだろう。父親はもう戻ってこないと。
    だが、トシコちゃんはまだ分からなかったのだ。
    「ママがかなしいのナミコはイヤだからね、もういわないでっていったの」
    「それで、喧嘩になったのね?」
    ナミコは小さく頷いた。

    トシコちゃんは母親のためにやったことだ。
    ナミコちゃんも母親のために言った。
    どちらも、家族を助けたくてやったのだ。

    そして、ナミコちゃんが"戻ってこない"と言っているのは、父親が戻ってこなかったからだ。
    母親が"消えて!"と言った言葉で、父親が戻ってこなくなったように、自身が言った"消えちゃえ!"という言葉でトシコは消え、父親のように戻ってくることはないと思っている。

    私は手を胸にやり、胸の痛みをおさえた。
    ナミコちゃんを抱きしめるように寄り添う。

    その時、潜書室の扉が開いた。
    勢いよく開けられた扉から転がり込むように入ってきたのは、太宰治であった。

    ――――
    中原中也
    ――――
    「誰もいないみたいだな…」
    牧水が泉を見渡してそう呟いた。

    泉には誰もいなかった。
    そこにあるのは、小さな星で円く大きく囲まれた石畳からキラキラと癒しの水を輝かせる泉と、そこから見える地上の赤色に染まった雲だけだった。
    地上から見る何気ない景色を、先生はこうも美しく表現している。
    尊敬の念でほぅと無意識に息を吐いた。

    南吉は、パタパタと小走りで泉の方まで近寄る。
    「もうみんな移動しちゃったのかなぁ?」
    「どうだろうな。侵食されてっから何が起きててもおかしくねぇし、侵食の影響で物語が変えられてる可能性もあんだろ」
    南吉の問いにそう答えれば、南吉はうーん、と周りを見回した後、何か見つけたようで「あ!」と泉を指差して走りだす。

    ぼっさんの「こけるなよー」という声にちゃんと返事をして、泉に浮かぶ何かを手に取り空へ掲げた。
    「大きなカラスの羽みたいだね?」
    「確か、話の中では此処は大烏と蠍が喧嘩をする場所だったよな」
    南吉の持つ羽は、黒くて大きい羽だった。
    「これ、大烏の羽じゃねぇのか?なぁ、先生」
    「うん、そうかも知れないね。こっちの地面は鋭く穴が出来ているから、もしかしたらこれは蠍星かもしれないよ」
    牧水は先生が覗いてる穴をみて「こりゃまたデカい穴だな」と呑気に感心の声をもらした。
    2人が覗くものと似た穴は、あと5つある。合わせると6つだ。
    蠍の足は6つ。間隔と、穴の形、そして何かを引きずったような一本の線。蠍のもので間違いなさそうだ。

    「ここで大烏と蠍が会ったってんなら、もう喧嘩した後だな」
    「ケンちゃんの双子の星だと、二匹が喧嘩した後、双子の星に連れられて家にかえるんだったよね」
    「大烏は自力で帰るだろ?残るは蠍だけだな」
    「お前よく覚えてるなぁ。いや、さすが先生と慕うだけはあるな。だが、どこへ行ったんだ?」


    その時、大きな物が倒れたような轟音が響いた。
    空気と地面が激しく揺れる。
    「な、なに?!」と悲鳴のような声を上げる南吉。
    俺も瞠目したまま、周りを見回せば周りの雲がいやに赤く赤く色づいていくのが見てとれた。
    それを先生に伝えようと口を開いた時、咆哮のようなカラスの鳴き声が耳をつんざく。
    「っっ!!!」

    「なんだってんだよ!!」と半ばキレながらそう言えば、牧水は「あっちからだ!」と走り始め、皆もそれに続いた。

    鳴き声がした方へと走り、段々見えてきたのは二つの大きな物。いいや、大烏と蠍の大きな身体だった。
    大烏と蠍は、赤い血を空に流しながらも取っ組み合っていた。
    蠍の尻尾を避けた大烏は、蠍の身体へとクチバシを当てる。
    いくら硬い皮膚であろうとも、何度も突かれたであろう傷だらけの身体では破かれるのも時間の問題のように見えた。
    キラキラとした土埃が舞い、牧水は咳き込みながら「聞いてた話と違うみたいだ。まだ喧嘩の真っ最中だ」と俺に言う。
    「あ?知るかよ、あの話だったらもうとっくに終わってるはずなんだ」
    「中也君のいう通りだよ。僕の話では、2回も争いは起きないんだ」
    先生は「見て!」と蠍を指さした。
    「蠍星の頭、怪我をしてるね。双子の話では蠍星と大烏が喧嘩した時、蠍星は頭に怪我を、大烏は胸に毒針を刺されるんだ」
    土埃を払いながら、よく目を凝らしてみれば蠍の頭には深い傷が、大烏の胸には刺し傷が見受けられる。
    つまりは、先生の言うとおり蠍と大烏はもうすでに一戦交えた後なのだ。
    「でも、どうしてかな?双子の星が2人を叱って改心させるはずたよね?」
    「双子の星はどこにいるのかな?」と南吉はあたりを見渡した。
    「いや、まて。何か聞こえないか?」
    蠍と大烏の激しい衝突音の間に、微かに何かが聞こえる。
    "…めて!"
    "…か……し…"
    「本当だ。誰かの声が聴こえるね。こっちからだね!行ってみよう!」
    先生はそう言うと走り出した。

    「やめて!」
    「ケンカはダメだよ!」
    近づいてみれば、その声はかなり幼く甲高い声だった。
    二つ結びにした黒髪に、カラフルな水玉模様の寝巻きを着た幼い女の子は、必死に蠍と大烏に呼びかけていた。
    「やめてよぉ!」
    そう叫んだ女の子に、1人の少年が「トシコ童子さん、だめですよ」と言う。
    みればその姿は、可愛らしい妖精なような格好。
    おそらく、こいつはチュンセ童子だ。
    「君は、チュンセ童子かな…?」
    先生がそう聞けば、少年はこくりと頷いた。
    「どうして、ケンカを止めないの?」
    「どうして止める必要があるんですか?」
    チュンセはトシコの肩に手を置いた。
    「どちらかが死ぬまで暴れれば、もう2度とケンカなんてしないじゃないですか」
    「そんなのダメだよ!」
    チュンセの言葉にトシコは咄嗟に否定をしたが、チュンセは首を傾げ「なぜ?」と問う。
    「トシコさんだってそうじゃありませんか。姉とのケンカの末に、消えて欲しいと願われた。きっと、ナミコという人は今頃嬉しくて仕方がないんじゃないでしょうか」
    チュンセはそう言い終わると、涙を流し始めたトシコを見遣りカラカラと笑い始める。

    「それは違うよ!」

    先生の大きな声に、チュンセは笑いを止めた。
    トシコの見開かれた大きな瞳から波がぼろぼろと溢れる。

    「ぼくたちは、トシコちゃんを助けるためにここにきたんだよ。ナミコちゃんに頼まれて此処に来たんだ!」
    「ナミコに…?」
    「そうだよ、トシコちゃん。ナミコちゃんは君がいなくなって凄く悲しんでるんだよ!」

    先生はトシコに手を伸ばし「一緒に帰ろう?」と言った。
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    8_sukejiro

    DONE私的に泉鏡花の星あかりは、幽霊視点で描かれた作品だと考えています。最後、医学生を見た幽霊の意識は寝ている医学生自身へと視点変更します。それは取り憑いからじゃないかなと。

    青空文庫さんに「星あかり」「幼い頃の記憶」がございますので、そちらを読んでいただけると分かりやすいと思います。又、「かもめの本棚」さんの解釈が私の中でしっくり来たので参考にさせていただきました。是非、両方読んでみてください。
    星アカリヲ浄化セヨ星アカリ
    一章
    ――――


    " もとより何故という理はないので、墓石の倒れたのを引摺寄せて、二ツばかり重ねて台にした。
     その上に乗って、雨戸の引合せの上の方を、ガタガタ動かして見たが、開きそうにもない。雨戸の中は、相州西鎌倉乱橋の妙長寺という、法華宗の寺の、本堂に隣った八畳の、横に長い置床の附いた座敷で、向って左手に、葛籠、革鞄などを置いた際に、山科という医学生が、四六の借蚊帳を釣って寝て居るのである。"


    ――――


    カラカラと音を立てたキャリーケースは、ある建物の前で止まった。
    蒲田哲也は、そのビルを上から下まで舐めるように見渡し、満足そうに頷いた。

    「うん、上等だな」

    口元に弧を描き、目を輝かせた。
    39686

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