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    Kzs

    @IzumiKzs

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    ツイッターでしてるネタ整理のひとつ。🦈💀。
    イデアがややこしい疑似夢男子(?)なフロイデ。
    冒頭パートの配役はアンケートを参考にしました。ありがとうございました!

    イデアが疑似夢男子(?)な🦈💀 コンコンと規則正しく響いたノックに、イデアは手にしていた書類の束を机に置いた。そのまま立ち上がると、窮屈なジャケットのボタンを外し始める。入室の許可を得て開いた扉からは、黒いタキシードに身を包んだ男が銀のトレー片手に入ってきた。

    「お疲れ様ですね、イデア坊ちゃま」

     にこーと笑いながら近付いてくる長身の男――フロイドが、イデアの傍らの応接テーブルにトレーを置く。ティーポットの注ぎ口からわずかに立ち昇る芳醇な香りは、イデアお気に入りのアールグレイだ。さすが長年執事として仕えているだけあって、主の気分に合わせた紅茶の選別もお手の物である。まあ、同じく執事としてシュラウド家に仕える双子の片割れとは違い、フロイドのこの能力はイデアとその弟であるオルトにだけに発揮されるものだったりするのだが。実質的に彼はイデア専属のようなものなので、特に問題はなかった。

    「ほんとだよ。もう暫く人前には出たくない。ていうか一週間ぐらい引き籠もりたい」

     イデアが窮屈なジャケットを脱ぎタイを解く間に、フロイドは慣れた手つきで繊細な模様の描かれたティーカップに紅茶を注いでゆく。ドサリと革張りの応接ソファに腰を下ろした主人の前に、音もなくティーカップが差し出された。子どもみたいな手つきでそれを飲む青年の少し乱れた髪をさりげなく整えると、フロイドは主人がソファに投げたジャケットへと手を伸ばした。

    「明日には旦那様たちも戻られますし、イデア様も少しはのんびり出来るのでは?」
    「だといいけど。……それよりお客さんたちは帰ったんだから、もうその話し方やめてくれない?」
    「そんなこと言われましても、オレ……私はあくまでもイデア様の執事ですので」

     皺にならないようにジャケットとタイをハンガーに掛けながら、海色の髪をオールバックに撫でつけた男は慇懃無礼に微笑む。イデアからの要求にわざとらしい敬語で答えた彼は、あきらかにこの状況を楽しんでいた。
     執事という立場にはあるものの、本来の彼はこのような口調で喋る人物ではない。今日は、両親の不在中にアポ無しでやって来た厄介な親戚の相手をするイデアの補佐として、とりあえず執事然とした言動をしていただけだ。ちなみに、イデアの婚約話を勝手に持ってきたその親戚たちには先程漸くお帰り頂けた。
     それなのに話し方を改めないフロイドの姿は、普段から丁寧な物腰の彼の双子の片割れと重なる。その違和感が、親戚相手で疲れ切ったイデアの脳には意外なほど心地悪かった。
     むぅと唇を尖らせて、ティーカップを置いたイデアはソファの上で膝を抱える。「行儀が悪いですよ」と飛んできた注意に、よく言うよと心の中で舌を出した。
     そのまま両腕で抱えた膝の上に頬をついた金色の瞳が、右側に黒いメッシュの入ったターコイズブルーを見上げる。視線に気づいたのか。にこりと微笑み返してきたフロイドは、まだこの遊びを続行するつもりらしかった。
     こうなっては仕方がない、と。イデアは早々に白旗を上げることにした。

    「ねぇ。あの親戚たちの相手、僕にしてはよく頑張ったと思わない?」
    「それはもちろん。いつもなら決して自室から出られることのない坊ちゃまの雄姿、旦那様や奥様にもお見せしたかったです」
    「だよね。君に対応すべて任せても良かったんだけど、話の内容が内容だったし本人の口から断った方がいいかと思って、こんな窮屈な服まで着てあの人たちの相手を四時間もしたんだけど。……それって誰のためだと思う?」

     こてんと首を傾げながら、イデアは自分を見下ろす色違いの瞳をじぃっと見つめる。確かに完璧な執事を演じるフロイドは貴重だし、いつもとのギャップもあって、その立ち居振る舞いに何度かドキドキしてしまったのも事実ではあるのだが。疲れ切ったイデアが今欲しいのは、そんな見慣れない姿のしもべではなかった。
     オッドアイが見つめる先。差し出された不健康な色を纏うてのひらを、白い手袋をつけたままの指先がツゥ…となぞる。くすぐったさに身を竦めた主人の傍ら、革張りのソファに片膝を乗り上げたフロイドが白い耳元で囁いた。

    「へぇ、どなたのためだったんですか?」
    「……知ってるくせに」
    「イデア坊ちゃまの、この可愛らしいおくちからお聞きしたいんです」

     白い上質な生地に包まれた指先が、青い唇をゆるゆると撫でる。

    「このワガママ執事め」
    「ワガママな執事は嫌いですか?」
    「そのワガママ執事のために頑張った僕に、それを聞く?」

     むぅぅ、と。先程よりも子どもっぽいふくれっ面をしたイデアが、目の前のターコイズブルーをわしゃわしゃとかき回す。きっちりとセットされた髪を崩された従僕の唇から、鋭いギザ歯がニィィと覗いた。

    「フロイド。頑張った僕に、ご褒美をちょうだい?」
    「それを言ったら、オレだって頑張ったと思うんだけど」
    「あー確かに。じゃあ、優秀な執事殿にもご褒美あげないとだね?」

     主のおねだりを聞いて一度立ち上がったフロイドが、両の手袋を器用に噛んで外す。乱れ切った髪を素早く整えた青年の利き手が、首元を窮屈に締めるボウタイを緩めた。
     主人と従者であるという事実は大前提として。それとは異なる関係性をも持つ二人の影が、重厚な革張りのソファで重なり合う。ちゅ、ちゅ、と可愛らしく啄むようなキスの後で、執事の顔を脱ぎ捨てた男がにんまりと笑った。

    「それじゃあ遠慮なく、イタダキマス」

     至近距離で見つめ合った瞳の奥。これから訪れる時間への期待に揺らめく炎を閉じ込めた青い唇を、熱い舌がこじ開けてゆく。絡み合う粘膜の濡れた感触に震えた細い身体を、素手になった男の指先がなで上げる。ぞくぞくとした感触に、イデアは己の中心に熱が集ってゆくのを自覚せずにはいられなかった――。
     


     * * *


    「いやいやまって! 拙者うちの応接室でなにしようとしてんのさ!?」

     目覚めは唐突に訪れた。
     焦りまくった自分へのつっこみと共に目を覚ましたイデアは、思わず周囲をきょろきょろと見回す。今ではすっかり馴染んだ無機質な天井も本やガジェット類が散らばった室内も、間違っても古めかしい実家のものではない。自分が現在学生として身を置くナイトレイブンカレッジの、イグニハイド寮の自室にいることを確認したイデアは、肺の奥からハァ~っと重苦しい溜め息をついた。
     溜め息の原因はもちろん、先ほどまで見ていた夢である。舞台となっていた応接室は間違いなく実家のもので、シュラウドの家にいれば自分が坊ちゃまと呼ばれても致し方ない立場にあるのは確かな事実ではあるのだが。問題は、決して現実ではありえない配役で登場していた後輩人魚の存在だ。
     実のところ、彼が夢に出てきたのには明白な理由がある。というか、彼がイデアの夢に出てきたのは今日が初めてではない。だが、これまでの夢であんなにあからさまな暗転的展開になったことはなかったのだ。少なくとも、イデアが覚えている限りでは。
     好きな相手とのエロい夢を見てしまう。そんな思春期の青年にありがちな展開は、イデアだって二次元の世界で何度も見てきた。だが、夢に出てきた相手――オクタヴィネル寮所属のフロイド・リーチは、イデアの想い人という訳ではない。いや、正確に言えば全く違うとも言い切れないのだが、少なくとも肉欲を伴う熱情を傾けている相手ではなかった。
     簡単に言えば、彼はイデアにとって疑似恋愛のアバターなのだ。
     この少しばかり複雑な関係性を紐解くには、イデアのオタクとしての成長とそれによって培われた恋愛的思考について触れる必要があったりする。


     オタクであれば多くの人間が多かれ少なかれ通る道――厨二病。それは言わば、自分では持ち得ない能力や辿り着けない世界への憧れだ。実は悪魔の生まれ変わりだった、天使の力を持つ戦士、誰も敵うことのない魔力の持ち主、異世界で超つえー俺ヤベー展開などなど。その多くは自分が現実では持ちえないものへの憧れが妄想化したものと言って良いだろう。
     だが、生まれついて付与された属性が並のライトノベルが裸足で逃げ出すレベルのイデアは、幸か不幸か人びとが黒歴史と呼称するようなオレつえー展開を妄想のうちに生産することはなかった。
     代わりに彼が求めたもの。憧れた世界は、決して自ら手を伸ばすことの出来ない存在――外の世界で自由に生きる存在との恋愛だった。
     別に、映画やアニメで描かれるような壮大で燃えるような恋がしたいという訳ではない。ただ、自己肯定感が低く、自由を諦めリアルをクソゲー扱いする時間の中でイデアが憧れたのは、自分という存在を全面的に肯定して愛してくれる相手との、満ち足りた関係だったのだ。
     とはいえ、あまりにも雁字搦めに絡みついてくる現実に逆らえないイデアには、恋愛に積極的な自分を妄想することすら難しく。そんな彼が持て余した憧れの昇華先として選んだのが、少女漫画と乙女ゲームの世界だったのだ。
     こうして「拙者恋バナは得意ですぞ」と豪語する、情報源は全て二次元という悲しいオタクが爆誕したのだが、その恋愛観は総じて乙女目線だったりする。なお、以前イグニハイド寮生との会話中、自分ならフラッシュモブでプロポーズとか絶対にされたくないと言い切り、される側なんだ……とみんなに思われていたことも本人は全く気付いていなかったりする。
     そんな訳で、一般的なオタクがせっせと黒歴史を製造するのに費やす熱量を少女漫画や乙女ゲームのヒロインへの共感に注ぎ込んだイデアは、限定的とはいえ外の世界へのアクセスを許されたカレッジライフの中で、ちょっとした疑似恋愛を夢想するようになっていた。
     最初のうちは自分の投影先である主人公的人物もその相手も、想像の中にしか存在しなかった。自分に似た、未来に明るい展望の無い境遇にある一人の生徒が、もう一人の生徒と運命的な出会いを果たし、ありふれた学園生活を送りながら温かな恋愛関係を築いてゆく。自分とは違って最後にはハッピーエンドに辿り着く二人を想像しては、人びとの視線に晒されることを避けて外との関わりを断つ現実の自分に沈む心を慰めたりもした。
      所詮は虚しい妄想だと知りながら。それでも当初、確かにイデアは自分で生み出した二人の恋愛を疑似体験して満足していたのだ。彼らの幸せな行く末を心ゆくまで夢想し、ふと、妄想の中でなら自分自身がハッピーエンドを迎える結末を夢見てもいいのではないかと考えてしまった、あの時までは。
     そうしてイデアの妄想は、自分の恋愛物語へと一段階の進化を遂げた。なお、相手は相変わらず実在しない想像上の人物だった。実在する相手との恋愛を妄想するなんて当時のイデアにはハードルが高すぎたし、なにより恋愛対象という視点で周囲の人間を見たことがなかったのだ。
     こうして始まった新たな疑似恋愛妄想に、暫くの間、イデアは再び満足する日々を送るようになったのだが。またある時、ふと思ってしまったのだ。自分の妄想にはリアリティが欠けている、と。妄想なのだから別にリアリティを追求する必要はないのだが、想像の産物である相手が自分に都合の良い言動ばかりするのに納得が行かなくなってきてしまったのだ。
     妄想の疑似恋愛だというのは分かっている。だというのに、全てがとんとん拍子に上手くいくことが腑に落ちなくなり、妄想にも支障をきたすようになってしまう。魔導工学の研究で培われたリアル思考が、不必要な形で発揮された瞬間であった。
     それからのイデアは、実在するナイトレイブンカレッジの生徒の中で自分の疑似恋愛のアバターになりそうな相手を慎重に物色し始めた。ほとんどの授業でタブレット出席が許されていることを逆手に取り、カメラ越しに恋愛妄想が捗りそうな相手を探しまくった。オルトには様子が変だと気付かれていたようだが、ブロット関係の研究の一環だと誤魔化した。
     そうして半年ほどの時間を費やしてイデアが白羽の矢を立てたのが、フロイド・リーチだったのだ。
     正直なところ、他にも疑似恋愛アバターに相応しそうな相手は何人かいた。その中で最終的に彼に決めたのは、リアルでは絶対に自分に優しくしてくれなそうだったからである。
     イデアが疑似恋愛の相手を決めるにあたって重視した点はいくつかあったのだが。その中でも特に慎重な検討を重ねたのが、万が一妄想の影響で自分が相手を好きになるような事態になった時、リアルの対応で自分の目を覚まさせてくれる相手――つまり、勘違いの余地もない程にお前なんて眼中にない、という態度を取ってくれそうな相手だったのだ。
     その点において、フロイド・リーチは他の候補者から頭ひとつ抜きんでていた。歩く暴力、気分屋のトラブルメーカー、指定暴力団オクタヴィネルの鉄砲玉。他の生徒たちが彼につけたあだ名は、ある意味でイデアにとっては理想的なものだった。
     そんな風にある意味立派な黒歴史的に拗らせまくった妄想オタク活動を、フロイド・リーチという疑似アバター相手に展開する日々は、思った以上に楽しいものだった。
     他の相手には態度の厳しい相手が、自分にだけ優しい。そんな少女漫画の王道展開にも彼はうってつけだった。実際、多くの人間に対して興味なさげに振る舞うウツボの人魚は、彼の双子の片割れと幼馴染のタコの人魚に対しては態度が一変する。自分とオルトのように、他者が絶対に立ち入れない領域に入り込む妄想は流石に出来なかったが、身内に対するのと同じような甘い対応をされるという想像は楽しかった。
     リアルな世界でうっかり対面した際の、フロイドの自分を見る剣呑な目つきがこちらの勘違いの余地を打ち砕いてくれるのも、イデアにとっては有難かった。
     正直、リアルな存在を基にしているために極端な妄想は恥ずかしくてできなかったし、ぼんやり考える二人の疑似恋愛の結末は何度やってもハッピーエンドにはならなかったけれど。ある意味難易度激高ゲーと考えれば妄想のし甲斐もあるというもので、卒業までの間、こんな無意味な妄想をゆっくり育てながら楽しむのもありだなあ、なんて思っていたのだが。
     ボドゲ部の部活中、モストロ関係のことでアズールを探しに来たフロイドと対戦するなんていう、ありがちな導入展開の発生によってなんとなくフロイドとの距離が近付いてしまってから、イデアのゆったりのんびり疑似恋愛妄想ライフにも色々な影響が出始めるようになってはや数か月。
     最近になって遂にフロイドが夢に出てくるようになったと思ったら、今日の堂々たる暗転オチ展開である。しかも設定もヤバかった。少女漫画であればお嬢様相手に展開される、王道とも言える執事と主人のシチュエーションなんて、ずっと一緒に側にいてくれる相手の具現化だ。
     もう一度言うが、フロイド・リーチはイデアの想い人ではない。ただの悲しく無意味な妄想の犠牲者であり、今でもあまりリアルでは関わり合いになりたくない人物だ。妄想の中でトキメキは感じるものの、現実世界で恋愛感情を抱いている訳ではない。
     だというのに、夢だと分かった今でも落ち着かない心臓を抱えながら。異端の天才と呼ばれる青年は、これが欲求不満ってやつ…?と、ぐしゃぐしゃのシーツに包まりながら頭を抱えることしか出来なかった。





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