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    izmi_fairy

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    キスの日の不倫ベカミ(ベに妻がいる)。

    ##ベカミ

    俺と跡部のこと 仕事が終わって、その足で高級レストランに行く。どうして俺が高級レストランに行けるのかって、そりゃあ跡部だ。このレストランは跡部財閥傘下の飲食店のひとつで、跡部は時々俺にご馳走してくれる。そんな高いところは不相応だと、最初のうちは招かれるたびに言っていたが、今は考えを変え、大人しくご馳走になっている。俺にふさわしい店は、跡部には不釣り合いだからだ。渋る俺に対して「じゃあお前がよく行く店に行くか?」と言われたとき、俺が行くような狭くてうるさい居酒屋に跡部が行ってはいけないと気づいた。跡部が跡部であり続けるように、跡部の世界に入れるものは選ばなければならない。
     俺だって本来は跡部の世界にいてはいけない。住む世界が違いすぎて、跡部の話は異国のようだ。だから、俺は跡部の不倫相手の座に甘んじているんだ。
    「遅かったな」
    「悪ぃ、終わり際に急ぎの仕事入っちまって!」
     レストランに着くと、いつもは俺よりも後に来る跡部がもう席についてワインを飲んでいた。今日は赤、肉料理だ。ワインは全然詳しくないが、跡部と過ごすうちに肉料理には赤、魚料理には白が合うということだけは覚えた。
    「今仕事忙しいのか?」
    「いや、そういうわけじゃないんだけど、今日だけ急に。昨日なんか定時二時間前から暇だった」
    「お前呪われてるんじゃねーか?」
    「たしかに。この間も電車が止まって遅れたんだよな」
     この間というのは、前回跡部と遊んだときのことだ。久しぶりに休日の昼間から会うからと張り切って早すぎる時間に家を出たのに、高架線の異常だかなんだかで電車が止まってしまい、大幅な回り道を強いられた結果、待ち合わせ場所に着いたのは約束の時間を十五分過ぎてからだった。ギリギリの時間に出ていたら一時間は遅刻していた。
    「跡部はどうなんだ、仕事?」
    「来週からドイツに出張だ。二週間」
    「手塚さんに会えるんじゃね?」
    「ああ、ちょうど空いてる日に手塚の試合がある」
    「俺の分までよろしく言っといてくれよ」
    「覚えてたらな」
     俺だったらもし海外出張なんてことになったら楽しみで仕方ないんだろうけれど、跡部は明日の予定を話すみたいに平然としている。まあ日本を拠点にしながら一年の四分の一も海外にいる跡部にとってはいつものことなんだろう。
    「俺も海外行ってみてーな」
    「行くか? 今度」
     跡部の言葉を聞いて俺の手が止まった。跡部との旅行。大学生の頃は日本国内、色々なところに行った。海外にも行くかと跡部が言ってくれたときに行けば良かった。
    「いや、さすがに悪いよ。海外行くってなると一泊二日じゃ済まないから休み取りづらいし、跡部も忙しいだろ」
     奥さんがいるのに愛人が海外旅行なんて夢を見過ぎ――それが本音だ。
    「会社員も大変なもんだ」と跡部は肩をすくめた。跡部は頭が良いから、きっと俺の本意ではないことくらい気づいている。でもそれ以上踏み込まないのは跡部なりの優しさなのか、後ろめたさなのか。

       ***

     食事の後はホテルに行く。その辺の繁華街の裏にあるようなラブホテルではなく、一等地に建つシティホテルだ。
     いつまで経っても、部屋に入ってすぐはぎこちない。高校大学のときはあんなに自然に触れ合っていたのに。ソファに座ってしばらくテレビを見る。飲み足りないときはワインとオードブルを頼む。仕事の話とか趣味の話とかをだらだらとする。そうしているうちに、跡部がおもむろにシャワーを浴びに行く。それが合図だ。俺は跡部が出てくるまでに浣腸を済ませて、跡部と入れ替わりに体と中を洗いに行く。

     跡部の奥さんは跡部が愛人を作ることを否定しない。財閥の息子とどこかの社長令嬢。今どきマンガですら見ないような結婚は、愛よりも政治が優先される。跡部や跡部の奥さんの意思は二の次、どうしても相性が最悪な場合しか破談にならない。
     愛人の可否については跡部の奥さんが言い出したそうだ。「好きに愛人を作って良い。その代わり私も自由にさせて」と。跡部は了承し、俺は愛人の座に収まった。まあ愛人と言うとあまりにも生々しいから、デート相手と言うそうだ。外野から見たら一緒だ。俺の存在は跡部の奥さんも知っていて、会ったこともある。姿勢が良くて、動き方が上品で、すごく良い人だった。景吾さんを支えてくださいね、と言ってくれた。
     でも、跡部の奥さんはきっと跡部を愛していて、愛人なんていらないと思っている。なぜって、俺が跡部の結婚を知った日の夜に見た、鏡に映った俺と同じ顔をしていたからだ。奥さんにも愛人はいる。高校のときから付き合っていた人だそうで、俺も会ったことがあるけれど、跡部並みに奥さんに釣り合う人だった。あの場で俺だけが浮いていた。だけれど、その愛人はきっと今ではカモフラージュだ。自分から言い出した結婚の条件。政略結婚した夫を愛してしまった自分を知られないための愛人。
     俺が跡部に別れを告げれば解決するかというと、そうでもない。俺がいなくなったとしても、跡部が奥さんだけを愛していないと意味がないし、俺だって跡部を手放せない。そもそも、手放せたらこんな関係になんかなっていない。跡部の見合いが決まった段階で終わらせただろう。

     ベッドに上がり、跡部に寄り添って寝転ぶ。髪の間から見る跡部の顔はいつでも大好きで、つらい。回数を重ねるたびに胸を締めつける痛みが強くなる。三十になる頃には痛みで死んでしまうんじゃないか。
     今日もまたはじまりのキスをする。これはみんなを不幸にするキスなのに、やめられない。今の俺はきっと跡部と同じ顔をしている。
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