オレとダンスをラムダで再会を果たし、忘れられた塔を知ってしまった。
大樹が一度落ちた事、双子の片割れを失ったことを取り返すことができる術を知ってしまった。
イレブンはそのまま過去に渡ろうとしたが、せめて一晩、心の整理をさせてほしいと仲間に請われ、受け入れた。
宿屋では七人が一部屋に泊まることは難しいことと、イレブンがカミュの作ったキャンプ料理が食べたいと言ったことで一行はキャンプへと飛んだ。
皆、旅をしていた頃より口数が少なく、静かなキャンプ地。
食事を済ませ、セーニャの奏でる優しいハープのメロディはとても心地よかった。
イレブンが一番にテントへと入った。それにつられるように皆、ぞろぞろとテントへと入る。
しばらくしてイレブンがテントから出てきた。
火の番をしていたカミュは振り向くことなく、話しかけた。
「眠れないのか?」
「んー、そうだね、そうかも。眠れない気もするし、眠りたくない気もする」
「そうか」
いつもなら「もう寝ろ」というカミュはそっと立ち上がり薪をくべ、座っていた丸太の端に腰掛け直した。
座る許可とスペースを貰ったイレブンはそろりそろりとカミュの横へ座った。
二人の間に会話らしいものは生まれない。それが苦でない間柄だったのに、今夜ばかりはどうにも居心地の悪さを感じ、イレブンは口を開いた。
「この前のイシの村、あ、最後の砦」
「あぁ」
「今までで一番楽しく踊れた気がする」
「そうか」
「まだまだ君の知らない一面も見られた」
「あぁ?」
「母さんと踊るの、とても緊張してたでしょ。エマと踊りながらちょっと笑いそうになった。ふふ、いや、笑ったかも」
「そりゃ緊張するに決まってるだろ」
「何で?僕はマヤちゃんとペアになっても緊張しない」
「それとはまたちげーよ」
カミュがガシガシと後ろ髪をかきながらイレブンを見やると、焚火を見つめていたその双眸がカミュの方へと向けられる。
イレブンは痣を下に向けた左手を差し出した。
「一曲お相手できますか、相棒殿」
生まれ持ったものなのか、王族のふるまいを思わせるその素振りに大きく目を開きながらそっと彼の左手にグローブを付けた右手が添えられた。
二人だけに聞こえる四分の二拍子。星々だけが二人を見守っている。
「ねぇカミュ、また一緒に踊ってくれる?」
「今度はオレから誘いに行くよ」
「ふふ、本当かなー?僕の相棒は恥ずかしがり屋さんだからなー」
「言ってろ」
互いに触れる指先がひどく冷たい。
次のパートナーなどいないのに、を震える指先をそっと離し、一礼をする。
イレブンはさらさらと髪を揺らしながら顔を上げ、カミュは地面を睨みつけているかのように顔を上げることができなかった。
翌朝、勇者は時を渡った。
ニズゼルファを倒し、世界に再び平和が訪れた。復興を果たしたイシの村では二年ぶりの収穫祭が行われることになった。
イレブンも、そしてカミュも村の一員として朝からかぼちゃを運び、木材を運び、飾り付けや舞台の設置など早朝から次から次へと仕事をこなしている。
「カミュ、大丈夫?疲れたらこっそり休憩してね」
「疲れてはないが……旅をしてた頃より体、なまった気がするな」
「あはは、それは僕も」
気候は幾分か涼しくなったが、二人とも額にじんわりとかいた汗を肩からかけた手ぬぐいで拭っている。
「お祭り始まる前にお風呂入りたいね」
「そうだな。とっとと終わらせようぜ」
「イレブン、カミュさん、お疲れ様。あとは料理を運ぶだけだから、日が落ちるまでゆっくりしてね」
そうエマに声をかけられ、二人は肉体労働の充足感と共に帰路へと着いた。
「祭りの準備ってのは、結構大変なんだな」
「ほんとだね。僕も成人してから初めてのお祭りだから、飾り付けとかは子供の時にも手伝ってたけど、こんなに大変だったなんて知らなかった‥‥それにしてもお腹空いた」
昼頃に配られたサンドイッチは多めに貰えたとはいえ、若い胃を満たすには少なく、その後もしっかり体を動かしたイレブンは先日ダーハルーネで買ったビスケットの入った戸棚を見やる。
「後でしっかり料理出るんだから今食べるなよ」
「ちょっとだけ」
「ペルラさんがシチュー作ってるんだし。アレはほぼお前用だろ」
「それはそれ。シチューは別腹」
「セーニャみたいに言ってもダメだ。食べすぎて動けなくなるだろ」
途端にイレブンは戸棚の前に立ったカミュから目を逸らした。
「そうだね、やめとく」
「ん」
やけに聞き分けの良くなったイレブンに違和感を覚えたカミュが「イレブン」と呼ぼうとした丁度その時、収穫祭の始まりを知らせる音が村中に響いた。
「おじいちゃん、話は短くって言ったでしょ」
朗々と話すダン村長の話はエマに止められ、村人皆で乾杯をした。
今年のワインの評価をしながら飲む者、ぶどうジュースを早速こぼして着替えに戻る母と子。祭りらしい、にぎやかな光景が広がっている。
カミュとイレブンもまずは空腹を満たそう、とバゲットにウサギ肉のロースト、根野菜のソテーなど次々に皿に乗せていく。
「あら、イレブン、たっくさん作ったからたーんとお食べ」
「ありがとう、おばさん」
「カミュさんも村の一員なんだから遠慮しちゃいけないよ」
そう言われながらカミュの皿に次々に料理ご追加されていく。
「あ、ありがとう‥‥ございます」
「いいのいいの、朝から働かされてお腹も空いたでしょ。イレブンは食べすぎないようにね」
女性はケラケラと笑いながらイレブンにシチューをよそっている。
「それは子供の時今は大丈夫」
またも食べ過ぎないよう注意をされたイレブンはシチューの入った器とたくさんの料理が盛られた皿を持ってテーブルの並ぶスペースへとスタスタ歩き出した。
「おかわり待ってるからね!」
人の良い笑顔を向けた女性にシチューを受け取ったカミュはイレブンの後を追う。
「子供の頃の失敗って大人になっても言われるんだ……」
「食べ過ぎて踊れないなんて、お前らしいな」
はは、っと笑いながらカミュがイレブンを見やると大きく目を開いてこちらを見ている。
「おばさんが言ったの?」
「いや?ん?違ってたか?」
「いや、合ってるけど……」
何かに引っかかりながらも食事を進めているとフィドルとピッコロがチューニングしている音が聴こえてきた。
食事もそこそこに中央へと人々が集っていく。
昼間、カミュとイレブンたちが設営したステージに楽器が並び、音楽を奏で始めた。
イレブンは少しそちらに視線を向けたかと思うとシチューを流し込む。皿に乗せられた料理たちはすでに胃の中へと収まっている。
空になった器が机の上へ置かれた。
「行くか?」
「僕はいいよ、ちょっと準備で疲れちゃった」
軽快な音楽が二人の間に遠く流れている。
「僕、ちょっとトイレ行ってくる」
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ、トイレ行ってくるだって」
カミュは空の食器を返し、イレブンが我が家へ戻る後ろ姿を見送った。
一人残されたカミュはぼんやりと踊りの輪を眺めていた。
──何かなかったものがあって、何かが足りない。
旅の最中、何度か感じた違和感の正体は未だ掴めない。その違和感を口にする度、彼は決まって大樹の方を向いて口元だけで微笑んでいる。
「クソッ」
何に対してか、誰に対してなのか分からない苛立ちを吐き出していると、踊りの輪から外れ駆け寄ってくるエマの姿がそこにあった。
「カミュさん一人ですか?」
「あぁ、イレブンはトイレに……」
「イレブンが戻ってきたら二人ともちゃんと踊りに来てくださいね!新婚さんなんですから!」
エマは「絶対ですよ!」と念を押し再び輪の中に戻って行く。
「来いっていわれてもなぁ……」
その相手がまだ戻ってこない。
「ちょっと遅いな」
仲間には過保護だと散々言われていたし、自覚もある。しかし、待っているだけは性にあわない、とカミュは祭りの会場を離れた。
祭りの会場から少しばかり離れた木の下にイレブンはいた。
「何してんだよ」
「あ、カミュ」
「あ、カミュ、じゃねぇよ。待ってたんだぜ」
「あぁごめん、ちょっとぼーっとしてた」
そう言いながらイレブンは踊りの輪に視線を向ける。
──またあの顔だ。
何を見ているのか、何を思っているのか、イレブンの事なら大体のことは見当がつくのに、この顔をしている時は全くと言っていいほどわからない。
「エマちゃんも呼んでたぞ」
「そっか」
「とりあえず戻ろうぜ」
「僕はもうちょっと休憩しとく。カミュ先戻ってて」
「そんな疲れたのか?楽しみだって言ってたじゃねぇか」
照れてるのか?と少し茶化しながらイレブンの右手をとってみるものの、ブンブンと振り切られる。
しかしカミュもここで折れるわけにはいかない。何故かはわからないが、とにかくイレブンをあの輪に加わらせたい。少しむっとしてしまった顔を作り直し、コホン、とひとつ空咳をついてカミュは左手を差し出す。
「お相手頂けませんか、勇者様」
大きく見開かれた目に耳まで赤くなっている自身が映っている気がして、イレブンの右手をさっと取り、村の人々が集い踊っている方へ足を向ける。
イレブンも手を振りほどこうとすることもなく、おずおずとではあるがついてきた。
二人が輪に戻るとちょうどパートナーチェンジのあとだった。
するりと輪の中に入り、右手で勇者の痣があった左手を捕まえ、左手は右腰へと添える。イレブンも弱々しくはあるが同じように右手を左腰に添えてくる。
村人たちと同じように右へ左へ、くるりくるりと回りながら飛び跳ねる。
浅葱色の服を着ているはずなのに、紫のコートがひらりと舞う様子が見えた気がしてカミュはかぶりを振った。
「カミュ、……なんでそんなに、ちゃんと踊れるの……」
俯きながら音楽に掻き消されそうな声でイレブンに言われ、カミュはふと考える。
「ん?さっきお前がいない間ずっと見てたしな……」
自分でも腑に落ちない答えを告げると繋いでいた手を放し、手で顔を覆った。
「え、ちょ、イレブン!?そんな、泣くほど嫌だったか……?」
「やっぱりカミュはずるい……思い出してくれたのかと思ったのに……」
みるみる声が小さくなるイレブンは何を言っている?思い出す?何をだろう。カミュには何も心当たりはないが、イレブンが顔を覆っていた手をどけ、顔を見せてくれたことに少し安堵する。赤らめた目元に涙の跡はない。
「思い出すって何だ?」
「いいんだ、僕が勝手に思ってるだけだし、思い出さないことがいいこともたくさんあったし」
「気になるだろ」
「そうだよね、ごめん。まだちょっと話せないけど……で、でも!君はちゃんと約束を果たしてくれて……」
「オレが約束守れそうになかったから拗ねて逃げたのか?」
「そうじゃなくて……何かさびしくなっちゃって……」
俯くイレブンの赤くなった耳にそっと唇を落とし、振り付けなど無視して抱きしめる。
ひゃぁ、と子猫のような声を出したかと思えば下を向いた顔を勢いよく上げ、お互いの次のパートナーになるはずだったエマとペルラに声をかける。
「エマ、母さん、カミュともう一周踊りたいから二人で踊って!」
「あらあら、さすが新婚さんね、ご馳走様」
「カミュさん、大丈夫かい?イレブンが悪いね」
「カミュは母さんとは緊張しちゃうからほっとしてるでしょ」
「オレは別にそんな……」
「おばさま、新婚さんのお邪魔しちゃ悪いわ。いきましょ」
「そうだね、カミュさん、イレブンをよろしくね」
にこやかに笑いを告げるペルラに会釈を返し、イレブンの方を向きなおす。
「改めて、お相手いただけますか、勇者様」
「喜んで」
カミュがリードしていた一週目とは違い、のびやかにイレブンは踊る。
さらさらと舞う髪の毛と楽しそうなイレブンを見て、ふと思った事を口にした。
「前にもお前と踊ったことがある気がする」
「うん。あったよ」
「そっか」
「聞かないの?」
「言えねぇんだろ。言えるようになるまで待つさ」
「~~~~やっぱり君は最高にずるい!」
その後も村の人々に「新婚さんの邪魔しちゃ悪いわ」や「馬に蹴られたくねぇからな」などと揶揄われながら他の誰とも踊ることなく、二人で踊った。
さすがにマノロに「カミュ兄ちゃんと踊るとイレブン兄ちゃんに”しっと”されるんでしょ?」と言われたときにはイレブンは俯き両手で顔を覆い、カミュは顔を上げ左手で顔を覆った。
「来年はマヤちゃんも誘おうね」
イレブンはそう言いながら土産に持って帰りなさい、と大鍋ごと貰ったシチューを温めている。
「誘ったところでアイツ来るか?」
「君の妹だしね、一回じゃ無理かも。シチューいっぱいあるし、明日行って一度目の説得をします」
「早くないか?何もそこまで……」
「勇者とは諦めない者のことなので。上手くいけば後片付けから逃げられるかもしれないし」
「小狡くなったな、お前」
「それはそれはよくできた相棒がいますので」
「オレのせいかよ。それに呼ぶならマヤよりまずロウのじいさんも呼んでやれよ」
「そうだね、どうせならみんな呼びたい」
「シルビアのおっさんは踊るより楽器隊の方入りそうだな」
「にぎやかでいいね!」
「マルティナ呼ぶとグレイグのおっさんと王サマまで付いてきそうだぜ」
「それは……エマのおじいちゃんが焦るところを見られそうだね」
悪戯な笑みをこぼしながら、温まったシチューを器によそっていく。
カラトリーと飲み物はカミュが準備済みだ。
「それでは相棒の見事なダンスに」
「小狡賢くなった勇者様に」
「「乾杯!」」