「凄いじゃないか!連覇の快挙だよ!」
「い、いやそれほどでも、先輩の指導があってこその優勝です・・・」
「謙虚なんだな、君は。そのハングリー精神とガッツさえあればもっと上まで行けるぞ!」
先輩からお褒めの言葉を頂戴した。・・・とはいえ、僕の頭は家ことで一杯だった。この勢いで勝ち抜いていこうという高揚感で満ちているのに、なぜか頭には、麻里の顔が浮かんでしまう。こんな大事な時期なのに、ちゃんとコミュニケーションがとれていない。僕が忙しいせいで家事を任せてしまっているから、疲れているはずだ。・・・早く家に帰って、麻里をいたわってあげたいものだ。
「あ、そうそう」
先輩がスマホを取り出して、画面を見せる。そこにはショートタイツ姿の男性がリングで拳を上げている画像だった。顔は三十代後半くらいだろうか、渋い笑みを見せている。
「先輩、これは?」
「ああ、所属は別だけど結構有名な選手さ。KKって言う名前で相手は一方的にやられるから『リングの鬼』って二つ名がついてるんだ。ぶっちゃけ俺も関節技をかけられたから、まず勝てないと思うくらい実力がある。あと、リングネームのKKが凄く渋いだろ? 渋すぎてこの画像を待ち受けにしてるファンも多いんだよ。あの歳でやる格闘家って珍しいよね」
「へぇ~知りませんでした」
「で、そのKKがね、君に挑戦状を出したらしくて・・・」
「・・・え!? ぼ、俺にですか!?断りとかは?」
「いや、面白そうだからとの理由で承諾しちゃいました」
「先輩!!」
「もし負けたら君はマスクを剥がされる約束だけど」
「ま、マジですか!? そんな無茶苦茶な!?」
「ああ、でも君なら勝てると思うよ」
「いや、無理ですって! 僕、ただの学生ですよ!? そんなベテランとか出たことないですし・・・」
「でもこれ見て・・・」
動画投稿サイトに掲載された1本の動画を見せる。
《おい『女狐』見てるんだろうな?お前に挑戦状を出す。リングでお前の化けの皮を剥がしてやる。俺に殺される覚悟で来い。・・・まあ、逃げるとは思っちゃいねえがな》
「な、なんか・・・ヤバい感じですね」
画面越しに圧が伝わって来る。
「ああ、こいつには気をつけろと言っておきたいとこだけど・・・。まあ、君なら勝てるんじゃない? 俺が保証するよ」
「あ、ありがとうございます。・・・でも、もし負けたら、マスク剥がされちゃうんですよね・・・?」
「あぁ、そういうことになるね・・・」
「だ、大丈夫かな?全国ネットで素顔晒されるとか・・・ちょっと恥ずかしすぎて死ぬかも・・・」
「まあ、大丈夫さ!君強いし!」
「え、ええ・・・」
「じゃあ、頑張ってね!」
「はい、頑張ります・・・」
****
試合当日。俺は黒いマントを羽織り、コスチュームに身を包んで、リングの中央で相手を待つ。
「お前が『女狐』か?」
リングの外から野太く、威圧感のある声がした。声のした方に目をやると、黒のショートタイツを身に纏った、ガタイの良い男がいた。
「俺はKKだ。デビュー戦からお前のことを見ていたが、あの身のこなし・・・ただの素人の動きではない」
僕は両手を広げて首をかしげる。
「ふん・・・まあいい。今日はお前の化けの皮を剥がさせてもらうぞ」
「・・・」
僕は羽織っていたマントの紐をほどくと、肩からするりとマントが地面に落ちる。
そこに現れるのは、白のレオタードに、紺のストッキング。腰には申し訳程度の朱色のミニスカート。そして、頭部には狐のような、耳がついたマスクを被っている。僕の試合姿だ。お互いにリングに上がり、一定の距離を保ったまま、睨み合う。
「・・・」
ゴングが鳴り、KKはジリジリ距離を詰めてくる。僕はその場でジッと構える。試合序盤、互いに相手を探るように探り合う感じで、牽制しあうという展開が続く。そして、ある程度距離をつめると、KKは一気に距離を詰めてくる。僕はそれを躱して、タイミングを伺う。相手の動きが大振りになったタイミングで、僕は身体を反らし、腕を首に絡めようとするが、僕の動きに反応し、それを躱す。
「くっ!」
その後、流れるような攻撃が来て、僕はそれを受け流そうとするが、攻撃の重みで、少し体勢を崩されてしまう。KKは、それを見逃さずにどんどん攻めてくる。そして、ロープに僕の身体を押し込むと、ついに蹴り技が飛んでくる。僕は思わず、腹をガードしてしまう。すると、ガードした腕を避けて蹴りが当たるが
「っ!!」
予想外の出来事に相手も驚いていた。なんせ当たったところが、ちょうど金玉だった。僕は思わず前かがみになって、急所を押さえる。KKも流石にこれは想定外だったようで、僕から距離を取る。想像以上に痛みがくる。
「・・・あ、あ」
痛みのあまり、押さえた状態でリングに倒れこむ。僕の顔は苦痛に歪んでいるため、観客からどよめきが聞こえてくる。足はガクガクに震え、呼吸もままならない。KKはそんな僕に追撃をするわけでもなく、僕を心配していた。
「おい大丈夫か?」
試合どころではなくなり、救護まで来てしまった。意識が朦朧とした状態で、僕は担架で運び出された。