検査を終えた愛の身体には異常が見られなかった。だが完全に身体が成熟しきっており、視力もハッキリと俺達を認識し、歯も全て永久歯が生え揃い、生殖機能も発達していた。エドは医学的な問題は何もないとして、ただ健康であることだけを喜んだ。
「珍しく健康な少女だ、少々皮膚が過敏なのが気になるが」
エドは愛を褒めたが、愛はというと暁人にくっつきぱなしである。全裸に等しい状態で、タオルを抱えて暁人に隠れるようにくっついていた。検査の時もずっと手を離さずにいた。
「病衣を服を着せようとはしたが、縫い目に反応して嫌がってダメだった。皮膚が敏感すぎるのも困ったものだ。アレルギーは今のところは確認されなかったが」
愛は暁人の陰から顔だけ出して、じっとエドを見つめるだけで一言も話さない。
「大丈夫だよ、愛が元気なのをあのおじさんが喜んでくれているだよ」
愛が心配そうな上目遣いで暁人を見上げる。エドはそんな二人の様子を微笑ましく見ていた。
「それに愛はいい子で検査を頑張ったから、えらいえらい」
「うあぅー」
愛は暁人に頭を撫でられて嬉しそうに笑う。
「まんまー」
「どうしたの?」
愛は暁人に抱きつくと、その胸に顔を埋めて甘え始めた。
「愛はぎゅーってされるのが大好きなんだね」
「・・・しゅき?しゅきってなに?」
「えっと、好きってのはね」
暁人は優しく教える。
「心がぽわって温かくなって、胸がぎゅーってなる感じかな?」
「・・・んっ!」
愛は暁人の胸に埋もれながら頷くと、それが正しいと言わんばかりに強くしがみついてきた。そんな仕草が可愛くて、暁人は思わず頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
「うー」
愛はとても気持ちよさそうに、目を細めてされるがままになっていた。
「まぁまぁしゅき!」
「じゃあパパは?」
「・・・ぱぁぱも!」
愛が俺の方を向くと、俺も頭をぽんぽんと撫でてやる。
「愛、よく頑張ったや」
「ぶぁー!」
愛はご機嫌に笑い、もっと撫でろと言わんばかりにせがんでくる。暁人の胸に頭を擦り付けるその顔は幸せ一色だった。
「やっと着いた・・・渋滞に巻き込まれてもう散々で」
「あ・・・」
不意に扉が開き、凛子が麻里と絵梨佳を連れて帰ってきた。しかし凛子が目にしたのは、暁人に抱かれながら胸に顔を埋めている愛と、そんな愛を愛おしそうに撫でる暁人の姿だった。
「・・・何してるの?」
「あ・・・その・・・」
俺は慌てて説明をしようとするが、上手く言葉が出てこない。
「KK、無事に出産できたんだから」
「出産って・・・この子が?」
「そう、産まれてからいきなり成長したのに中身は赤ちゃんなんだもの・・・」
独り言のように呟く。愛は暁人の腕の中で麻里の方をじっと見る。
「うぉー?」
「私?」
麻里に興味を持ったのか、愛は暁人から離れて麻里に近寄る。
「私が見えるの?てか、喋ってる?」
「なー?」
目をキラキラと輝かせてじっと見つめてくる愛に、麻里は思わず後ずさる。しかし愛は逃がすまいと距離を詰めてきた。
「うわわっ・・・!」
「おい、落ち着け愛」
愛を抱き上げると、愛は急に大人しくなる。
「・・・へっ?」
「そう怖がるな。愛もお前のことを気に入ったみたいだから」
「そ、そうなの?えと・・・私の名前は麻里っていうの、よろしくね」
「ま、り・・・まり!」
戸惑いながらも麻里が挨拶すると、愛は嬉しそうな笑顔で麻里を指差した。
「私の言葉がわかるの?」
「あい!」
「私、絵梨佳って言うの」
「え、り、か・・・えーか!」
今度は絵梨佳の方を指差すと、やはり同じように名前を口にして名前を呼んだ。
「ま、まぁ!」
「暁人くんも凄いわね。こんな子供を産んだのだから」
「おー?」
「私の事が気になるの?」
愛は凛子に興味があるのか、凛子に向かって這って行く。
「なー?」
「ふふ、私は凛子よ」
「りーこ!」
愛は今度は凛子に抱きつくと、すりすりと頬擦りを始める。
「ちょっと!くすぐったい!」
最初は驚いていたが、やがて凛子は楽しそうに笑いながら愛を撫でた。
「これから宜しくね、愛ちゃん」
「あい!」
どうやら無事に打ち解けてくれたようだった。
「あと、出産祝い」
麻里が鞄から何かを取り出す。
「おー?」
「女の子って聞いたから・・・」
照れ隠しなのか、麻里は目を逸らしながらそれを愛に手渡した。
「・・・うぁ?」
それは白い兎のぬいぐるみだった。愛は両手でそれを抱えると、じっとそのぬいぐるみを見つめた。
「兎か」
「うしゃぎ?」
「愛みたいな可愛いうさぎさんだよ」
「うしゃぎしゃん!」
愛はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。どうやら気にいってくれたようだ。
「・・・これから大変だな」
新しい家族が増えたと思うと、俺は楽しみに思いつつも不安が拭いきれなかった。だがそれでも、俺達はこの幸せを手離すなんて考えもしなかった。
「・・・むわぁ」
愛があくびをし、目蓋が下がってくる。眠気が襲ってきたのか俺の方に倒れてくる。
「おっと」
「むぅ」
すーすーと寝息を立てて寝る姿はまさに天使だ。愛が寝入ったのを確認してから、暁人は愛をベッドに寝かせると毛布をかけた。
「そういえばどれくらいで退院するの?」
「3日くらいすれば、できるならクリスマスはちゃんと過ごしたかったのにな~」
「な、なんだよ・・・」
暁人の視線が刺さる。多分、あの事故がなかったら俺はベッドの上であれこれさせられていたのだろう。
「淘汰・・・」
「麻里?」
「ううん、なんでもない」