1日1K暁③21
雨上がりの渋谷を照らすネオンが水たまりに反射して極彩色に光る。最後の霊を送り、電話ボックスから出て夜空を見上げた。静かだ。霊の話し声が聞こえず、ヒトはもう自分だけなのだと思い知らされる。
「行くぞ、今日をこの世の終わりなんかにはさせねえ」
力強いその声に背を押され、僕は走り出した。
『終末の、過ごし方。』
(終末の終わりに)
22
ゆっくりと息を吸い込むと、チリ、と微かな音と共に赤い灯りが二つに別れる。
「様になってきたな」
煙を燻らせKKが目を細めて笑った。肺を満たす煙を細く吐き出す。体の中からKKの香りに包まれるような、満たされるような、犯されているような、そんな気分になり唇を舐めた。
「KKがそうしたんだよ」
『シガーキス』
(羽化)
23
「煙草ってそんなに良いの?」
あの狂騒の夜にそう尋ねたことがある。あの時KKに、お子様にはまだわかんねえかと笑われたことを覚えている。酸いも甘いも噛み分けられるようになったら教えてやると言われたことも。
東の空が白むのを眺めながら慣れない手付きで火を着けた煙草に口づけた。
「嘘つき」
『酷い男』
(嘘つきたち)
24
僕の話?聞いても面白くないと思うけど…じゃあ少しだけ。
初対面は良くなかったかな、二人して冷静じゃなかったからしょうがないのかもしれないけど。でも一緒に過ごすうちに、不器用なだけで本当は優しい人なんだなってことに気づいて…いつの間にか好きになってた。
…ふふ、そうアンタのことだよ。
『初恋の人でした。』
(泥酔の告白)
25
畳で寝こける暁人の顔を覗き込む。今日泊まる旅館は鍋が美味く、思いの外酒が進んでいたから飲みすぎだのだろう。ほんのり頬が赤く染まっている。
「飲み方を覚えないとオマエいつか襲われそうだな」
閉じられた目元を撫でると、ピクリと肩が揺れた。その様子に口角が上がる。
「…起きないと食うぞ」
『ね、狸寝入りさん』
(襲われ待ち)
26
随分遅くなってしまった。今日はアジトに泊まる日だから早く抜けたかったが、流石に顔面洪水してる奴は放っておけない。
迎えの場所へ向かうためアジト近くのホテル街を抜けたとき、急に腕を掴まれた。知らない男だ。何やら勘違いをしている。困っていると、こちらに走ってきたKKが鬼の形相で言った。
『とりあえず殴っておく?』
(最強のセコム)
27
一人での見回りは久しぶりで、浮足立っていたのは自覚している。けどまさか、こんなことになるとは思わなかった。
腕の中から僕を見上げる怪我をした仔狐曰く、明日迎えが来るのだとか。今日はKKは遠出していて帰宅は明日のためアジトに匿えなくもないが…KKごめんでも僕この子を助けてあげたいんだ。
『でも、明日怒られそう。』
(仔狐事件)
28
『罪などはない、ただし愚鈍を除く。』とはよく言ったものだ。
深夜に食す焼きそばのソースは背徳の味であるが、罪ではない。シンクにぶち撒けられた麺を見下ろし頭を抱える。
「これは罪だ…」
深夜の可笑しなテンションのまま湯切りなどするものではない。成功作と箸2膳を持ち萎れた声でKKを呼んだ。
『よくいったものだ、』
(背徳の罰)
29
KKは時々僕を置いていく。
それは主に偶然友達と会ったときだ。挨拶だけ済ませてすぐ追いかけるが、ゆっくり話してても良いんだぞなんて言うのだ。先約はKKの方だと言っても若人の邪魔はしねえよと。
アンタさ、わかってないよ。僕は声を大にして皆に自慢したいんだ。
この人は僕の愛しい人ですって!
『愛されてるのに、気付いてよ』
(大きな愛)
30
長い夜が明けた。
バイクを取りに交差点まで向かうと、見慣れた姿が見え走り出した。
「暁人」
「KK…、生きて会うのははじめましてだね」
「ふ、はじめましてか」
そう笑う彼の姿に目の奥が熱くなるのを耐え微笑む。
何度繰り返したって何度だって言うよ、それにこれは嬉しいはじめましてなんだから。
『はじめまして、を繰り返す』
(最後のはじめまして)