プロポーズの日① 乱凪砂 リビングで本を読んでいると、近くに来た彼がくっついてくる。日常茶飯事なので「くすぐったいよ」と言いながらも受け入れる。
彼はいつも私が本を読み終わるのを待ってくれる。待っている間、静かに私の髪を触ったり肩に頭を乗せたり、抱きしめたりしてるが、それが楽しいらしい。
待てをされている子犬のようで可愛い。しっぽが見えるなあ。なんてことを考えていると、丁度キリのいいページに来たのでパタンと本を閉じる。
「お待たせ。終わったよ」
「……今日、何の日か知ってる?」
「え、今日? 六月六日って何かあったかな」
思いつかずにいると、彼は口角を上げ、目に見えないはずのしっぽが先程よりも動いていることが分かる。
「君も知らないみたいだね」
「……うん。凪砂くんは知ってるの?」
「今日、仕事中に耳にしたんだけど。6月の第一日曜日は『プロポーズの日』らしいんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「うん。だから君にプロポーズしようと思って」
「そっかぁ……え? い、今?」
「うん」
「プロポーズの意味、知ってる?」
「……私を何だと思っているの?」
突然そんなことを言った彼に、思わず変な質問をしてしまう。当然、彼は不満気に眉を顰める。
「いや、ごめんね。もちろん知ってるだろうけど、今はダメじゃないかな」
「どうして?」
「凪砂くんはアイドルで、今は大事な時期だよ」
黙って少し考えた彼は、私の左手を取り、静かに薬指にキスをした。
「指にキスをすると『独占欲』の表れらしいね。薬指にキスをしたのは、いつかここに、指輪をはめて欲しいから。私の活動が落ち着いたら、君を必ず迎えに行くから。……待ってて」
これは紛れもなくプロポーズだ。いつもは多くを語らない彼がこれほどまでに情熱的に話す様は珍しい。
返事をしなくては、そう思っても彼の真剣な瞳に魅せられて、動くことができない。
「……返事はないの?」
「え、あ。えぇっと、その。私も凪砂くんと結婚したいよ。つまり……」
拙い言葉を少しずつ紡いでいくが、彼はそんな私の言葉を聞き逃すまいと真剣に聞いてくれている。
「つまり、凪砂くんをいつまでも待ちます」
幸せそうに柔らかく微笑む彼を見て、私もつられて微笑み返す。
未来はわからないけれど、彼と共に人生を歩めたらなんて幸せなんだろう。そうやってまだ見ぬ未来を思い描いたのだった。