かっこいいオレでいたい。でも 漣ジュン「彼女に可愛いって言われるのどう思います?」
仕事の合間、車で二人きりになったオレたち二人はあまり会話もなくただただ沈黙が流れていた。スマホを触っている間、ナギ先輩はいつもの如く何やら珍しいらしい石をじっと眺めていた。
ナギ先輩と二人になることは珍しい。この時間を無駄にするのは気が引けたため、何か話してみようという気持ちになった。会話を探しているうちに、何気なく彼女のことを話してみようと思った。
「……可愛い?」
「はい。最近彼女に『可愛いね』ってよく言われるんすけど、喜んで良いのかわからないんです。オレはどっちかと言うとかっこいいって思われたいんですよねぇ」
「……私は可愛いしか言われたことない、かな」
「え。そうなんすか? ナギ先輩可愛いっすかねぇ……」
怖いくらいのオーラを放つナギ先輩はむしろかっこいい部類だと思っていたので意外だ。でもふふっと笑うナギ先輩を見ると確かに、素の状態のナギ先輩しか見ていない彼女からすると可愛いと感じるのかもしれない。
「……可愛いって言っている彼女が可愛いから。私も嬉しいよ」
「そ、そうなんですね」
何気なく言ったことから惚気話へと発展しそうになる。彼女の話をするナギ先輩は柔らかい笑顔で、愛する人を見ているような優しい目をしていた。ナギ先輩のこんな表情を見るのは初めてだ。
「そうだ。彼女に、可愛いって言うのをやめてほしいって頼むことはできないの?」
「うぅん……。いつも言われてるわけじゃないんすよね。ただ、稀に『可愛い』って言って抱きしめてくるから、子供扱いされてるみたいで」
「……へぇ、ジュンは幸せなんだね」
「……」
こういう展開を望んでいたわけではないが、この際だから相談してみようと思ったオレはツラツラと言葉を並べていた。彼女にかっこいいって言われたい、彼女にとってかっこいいオレでありたい。不思議とナギ先輩が聞いていると何でも打ち明けれるような気がして、自然と口が動いていた。
しばらく話していると、ナギ先輩は真剣な表情で頷いている中、オレが長々と話しているこの状況がだんだん恥ずかしくなってきた。すると先ほどまで真剣に聞いていたナギ先輩が「ふふっ」と笑い出す。
「……ジュンがここまで彼女の話をするのは、珍しいね。えぇっと、こういうの何て言うんだっけ?」
「こういうの?」
何故か楽しそうに笑うナギ先輩にオレは困惑する。こういうのって何だ。
「あぁ、思い出した。『惚気話』だったね」
「なっ!」
そんな単語がまさかナギ先輩から出てくるとは思わず、オレは唖然とする。ていうか、ナギ先輩だけには言われたくなかった。
「ジュンは彼女のことを愛しているんだね」
「そ、そうですけど……」
ゴニョゴニョと声が小さくなるオレの様子を見て、ナギ先輩はさらに楽しそうに笑う。すると突然ドアが開き、おひいさんが入ってきた。
「あれぇ? 楽しそうだね!」
「日和くん、ちょうど良かった。今ジュンと彼女の話を――」
「ちょ、ナギ先輩!」
恐らく先程まで話していた内容をおひいさんに話そうとしていたため、オレは勢いよくナギ先輩の前に身を乗り出した。
「……何?」
「そんな顔しないでくださいよぉ。さっきの話は忘れてください」
オレは騒ぐおひいさんに構わずシートへと座り直した。車が動いたかと思えば、オレとナギ先輩の間に妙な空気が流れていた。それは決して居心地の悪いものではなく、以前よりは幾分か柔らかいものだった。