年に一度じゃ足りない 乱凪砂 七夕の日の夜は少し特別な気がして、凪砂くんとベランダに出て星を眺めていた。
「今日、ESで短冊を書いたんだ」
「ロビーに大きい笹置いてあったよね。私も書いたよ。あ、内容は秘密」
「ふふ、そうだね。言葉にしては、叶わないかもしれないから」
「星、綺麗だね」
「うん」
「織姫と彦星はどこにいるのかなぁ」
「……一般的に織姫と言われているのが、織女星であること座のベガ。彦星と呼ばれているのが牽牛星であるわし座のアルタイル、みたいだね。以前、本で読んだ」
「あ〜、知ってるよ! はくちょう座のデネブを入れたら夏の大三角、だよね」
「うん。この織姫と彦星は結婚すると遊んでばかりで、働かなくなった。だから天帝が彼らを引き離したんだ」
「嫌だな、年に一回しか会えないんでしょう? ずっと会えないのって辛いよ」
「……君と一年に一度しか会えないというのも、良いね」
「どうして?」
「君が愛おしい気持ちを、確かめられる」
「うぅん……そう?」
「君と毎日いることも幸せだけど、君を待ちつづけて時を過ごすのも、君のためなら私は平気」
思っていたよりも重く強い思いを抱く彼に驚く。意外な回答だ。離れたくないと言うと思っていたから。
「……もしかして、拗ねたの?」
「拗ねてないよ」
「じゃあ、その顔は何?」
楽しそうに笑う彼とは裏腹に、私は唇を尖らせて拗ねる。そんな私を宥めるかのように私の頬を優しく撫で、「でも」と話を続けた。
「……でも。平気なだけで、幸せではない、かな。君と共に過ごしたいし、毎日君を感じていたい」
そう話す彼の顔をチラリと見ると、愛おしそうな顔をして私を見ていた。痺れるかのような感覚に陥ったと思えば、照れて思わず目を逸らしてしまう。
「……拗ねていたということは、私と共にいたいってことだよね。私も、同じ気持ち」
彼を舐めていたのかもしれない。毎日愛を囁き、私を慈しむ彼が離れるのも良い、など言うわけがなかった。拗ねていた自分が恥ずかしい。彼にそう言われてしまったら、何も言えない。我ながら簡単な女だ。
「ふふ、君とこうやって夜空を眺めていられる方が楽しいね」
「うん」
しばらく静かな空気が流れ、冷たい風が優しく頬を撫でる。薄着で外に出たから少し肌寒い。
「入ろうか」
「え?」
「冷え込んできたから、家の中に入ろう」
私が肌寒いと感じたのを察してくれたのか、私の手を取り窓へと誘導する。「座って」と言われたので窓辺に座ると、彼もしゃがんで私の脚に触れる。
「え、凪砂くん?」
慌てる私をよそに、彼は優しく私が履いているサンダルを脱がせた。
「君といると、こういうこともできる」
「……う、うん?」
「これをするのは、私だけ」
「そ、うだね」
淡々と話す彼が何を思っているのかははっきりとはわからなかったが、優しく微笑んでいるように見えた。
「これが独占欲というもの、なのかな」
嬉しそうに口角を上げる彼に、私は何も言えず。ただ彼に身を委ねることしか出来なかった。