可愛いあんたが 瀬名泉「ちょっと、泉ちゃん。飲み過ぎよォ〜?」
「うるさぁい! 俺の誕生日なんだからいいでしょぉ」
俺の誕生日。彼女は仕事が忙しくて遅くなると言っていたため、Knightsのメンバーと共に祝ってもらうことにした。日付が変わる頃に帰ってくるらしい。
「んもぅ、あの子が来れないからって拗ねないの」
もちろん、仕事だから仕方ないということはわかっている。今日の朝も、申し訳なさそうな表情をしていて、「しっかり働いてきなよねぇ」なんていつもの調子で小言を言って送り出した。
俺が無理をしているんじゃないかと心配しているみたいだったが、「俺の誕生日なんだからそんな辛気臭い顔しないでよねぇ!」なんて怒ると今にも泣きそうな表情をして「ごめん」と弱々しい声で呟いた。
今日の彼女は謝ってばかりだ。いつもであれば、「えへへ」なんて呑気な顔をしながら仕事に向かうはずなのに。気を遣わせていたようで何だか申し訳なかった。
「彼氏の誕生日に仕事なんてありえないんだけどぉ!」
「セッちゃんヤケ酒しすぎ」
「こんなに飲んでる瀬名先輩、初めて見たかもしれません……」
「……あら? あの子から連絡来てるわよ……って! 泉ちゃん!」
なるくんが言っていることなんて耳にも入らず、俺はお手洗いへと向かった。何が起こっているかも知らずに。
「ただいまぁ」
「ちょっと、大丈夫なのォ?」
心配するなるくんを他所に、未だに注文をやめない俺は今度は淡々と語りたい気分になった。
「俺は、あいつのこと理解しているつもりだけどさぁ。あんな表情されちゃったら、どうすればいいのかわからないんだけどぉ……。俺は可愛い言動にいつも癒されていて、明るい笑顔に救われてるのに。何もできないわけ? あぁ〜! 思い出したら可愛すぎて意味わかんないんだけどぉ……!」
メンバーは俺の話を真剣に聞いてくれているのか、何も言わずに静かに頷いていた。一人を除いて。
「ちょっとくまくん! 何で笑ってるわけぇ?」
「ふふふ、セッちゃん後ろ」
「は?」
言っている意味がわからず、くまくんが指した方向を見るために振り返ると、そこには今にも爆発しそうなほど顔を真っ赤にしている彼女がいた。
「なっ!」
完全にまわっていたお酒は一気に抜けて、先ほどまでふわふわしていた思考は瞬時に回復した。
「あんた、いつからそこにいたの!?」
「え、えぇっと……。『可愛い言動に〜』あたり、かな」
照れ臭そうに笑う彼女は俺と目を合わせたがらなかった。まさかいるとは思わなかったため、俺はあまりの衝撃に固まってしまう。
「て、ってか、今日は帰ってこれなかったんじゃないのぉ?」
「日付が変わる前に会いたくて、頑張って仕事を早めに終わらせたの。連絡したけど、返事がなかった代わりに凛月くんからここにいるって連絡が来て」
「く、くまくん〜!」
「俺は返信しないと可哀想だから伝えてあげただけ〜」
「まあまあ、泉ちゃん。せっかく彼女が迎えに来たんだから。もう解散しましょう」
メンバーと分かれてから、俺たちは酔い覚ましも兼ねて涼しい風あたりながら歩いて帰ることにした。
「……ねえ」
「何?」
「私のことそんなに可愛いって思っていてくれてたの?」
「……はぁ? 違うから! あんたの幻聴じゃないのぉ〜?」
「ふふ、そういうことにしておくね」
彼女に聞かれていたという事実が恥ずかしくて、知らないフリをするが、今の状況ではどんな言葉も通用しない。ニヤニヤとこちらを見ている彼女に「チョ〜、うざぁい!」なんてそっぽを向いて照れ隠しをする。
一方、そんな俺の言葉を気にしていない彼女は、楽しそうに笑いながら俺の腕に抱きついた。朝見た暗い表情とは違う、明るく楽しそうな彼女を見れたというだけで、まあ良いかという気持ちになれる。
帰ったら絶対離さないでおこう。今日ずっと放っておかれた分、覚悟してよね。