Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    冷や酒🍶

    @hiyazakeumai

    カヲシンとか書いてる

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 48

    冷や酒🍶

    ☆quiet follow

    ちょっとまとめておく

    #偽装婚
    shamMarriage

    偽装婚カヲシン⑪どうしてこんなことになっちゃったんだろう。ちらりと視線を上げれば楽しそうに談笑する人達が見える。人目を避けるようにして柱の陰に隠れた僕は、目の前で繰り広げられている煌びやかな光景に震え上がっていた。
    まるで別世界に入り込んでしまったみたいだ。広い吹き抜けのホールの中央では華やかなドレスやスーツを着込んだ人々が生演奏で楽しそうにダンスを踊っていた。踊っていない人達もお酒の入ったグラスを手にしてお喋りに夢中になっている。
    ここはどこ? そんな中に、たった一人で放り込まれた僕は泣きそうだった。
    「……かえりたい……」
    どうして僕はここにいるんだろう? 僕はただカヲルさんと一緒に迎えに来た車に乗ってお祖父さんに挨拶をしに来ただけなのに。サングラスをしてた銀髪のお祖父さんに挨拶をして……僕はほとんど喋れなくてカヲルさんの横に立ってただけだったけど。
    それから用が済んで帰ろうとしたらお祖父さんに引き止められ『婚約披露宴』お祖父さんの口から出た単語に僕は目を見開いた。確かにカヲルさんと婚約したことになってるし、証拠として婚姻届にもサインしたけど、なぜそんな大事になっているのか。
    しかももう手配は終わってるらしく、後は主役の二人が揃えば準備完了という状態で。思わず隣に立っているカヲルさんの顔を見つめてしまった。視線が僕の方へと向けられる。格好良い顔がほんの少し引きつっていた。
    「その少年を一族に迎え入れるつもりがあるのなら挨拶くらいは済ませておかねばならん」
    「……仕方ありませんね」
    お祖父さんの言葉にカヲルさんは渋い顔をしながら頷いて、僕の手を取る。どうやら僕の運命が決まったらしい。ここまでついてきたのだから覚悟は出来ている、つもりだった。
    カヲルさんがとてもお金持ち、という事くらいしか僕は知らなくて。一族とか披露宴の規模とか、普通に暮らしてきた僕とは感覚が違うってことを忘れていた。お祖父さんと面会した部屋から出て、カヲルさんが僕に言う。
    「ごめんね、シンジ君」
    「どうして謝るんですか?」
    「少し面倒なことになりそうだ。祖父に呼び出された時点で、もう少し警戒するべきだった」
    「……カヲルさんの御家族の方に挨拶するだけ……ですよね?」
    問いかける僕にカヲルさんが曖昧な笑みを浮かべる。急に不安が襲ってきて、僕はカヲルさんの手をぎゅっと握りしめた。
    何があってもカヲルさんが守ってくれるって言ったんだ。だから大丈夫。それに僕だって男だし、自分の身は自分で守れるようにしないと。たぶん、歓迎はされてないだろうというのは予想がつく。嫌味を言われるくらいなら我慢出来るし全然平気だ。
    「必ず僕の側にいるんだよ」
    「……はい」
    そう、言ってたのに。
    会場に入って五分もしないうちにカヲルさんが人波に攫われてしまった。最初は髭の生えた偉そうなおじさんと挨拶をしてて、長くなりそうだから邪魔にならないように気配を消して近くにいたんだ。けどいつの間にかカヲルさんの周囲におじさんだけでなく着飾った女性の輪ができ始めた。
    周囲は大人ばかりで、身長の低い僕がいくら飛び跳ねてもカヲルさんの視界に入れない。気づけばどんどんカヲルさんとの距離が開いて僕は逃げるようにホールの隅っこに移動したわけで……。僕に視線が集まらないのは有難いけど、唯一信頼出来る人を早々に失ってしまって僕は途方に暮れた。
    「…………はぁ」
    このパーティーがいつ終わるのかも分からない。カヲルさんが気付いてくれるだろうけど、あの人混みをくぐり抜けるのは容易ではないだろうし。離れすぎないように、じっとしているのが多分正解だと思う。
    知り合いなんていないから、僕みたいに地味で目立たない人間なら上手くやり過ごせるはずだ。カヲルさんの婚約者として来ているけれど、僕の方からあの人混みに飛び込んで彼の隣を死守するのは絶対に無理。
    握りしめた左手の指輪が虚しく光って見えた。所詮僕は偽物だもん。後ろ盾になってくれるカヲルさんがいなきゃ何も出来ない。ホールの柱を背にしながら僕はまた溜息を吐いた。
    離れちゃった僕が悪いんだろうけどさ。カヲルさんがずっと手を握っていてくれたら、離れずに済んだかもしれないのに。その場合は僕もあの人混みの中心にいることになったと思うと、かなりぞっとするけど。
    どうしよう。待つだけならいくらでも待てるけど、お祖父さんに会って帰る予定だったからお昼食べてなかった。立食パーティーらしく、ホールの端にたくさんの料理が並べられたテーブルがある。談笑しながら食べている人を見かけるし、喉も渇いてきたし、少しだけ食べちゃおうかな。
    その気持ちに賛同するようにぐぅぅ、とお腹の虫が鳴いた。他の参加者の人達は自分たちの事に夢中で周囲なんか気にしてないみたいだった。緊張してお腹なんて減らないと思ってたけど。誘惑には逆らえず、僕はもう一度カヲルさんがいる方を見た。
    もちろん視線は合わない。まだまだ戻ってきてはくれなさそうだから、ちょっとだけなら……いいよね? 目立たないように、そろそろと壁伝いにテーブルまで移動した僕は取り皿を手に取った。食べやすい一口大の料理を急いで乗せる。そして料理を盛ったお皿を手にして、僕はまた壁際に戻り取ってきた料理を口に運んだ。
    ホテルの料理なだけあって、一つ一つが綺麗で美味しかった。今度はデザートを食べようかな。お喋りに夢中な大人達は用意された料理にほとんど手をつけていなくて勿体ない。残したりするのは良くないもん。空っぽになったお皿を持って、もう一度テーブルに向かおうとした。僕の目の前に薔薇色のドレス姿の女性が勢いよく飛び出してきて、踏み出そうとした足で急ブレーキをかける。
    「きゃっ」
    「わっ」
    運良くぶつかる前に止まることが出来たけど、短い悲鳴と同時にパシャッと水が跳ねる音がした。胸元にパタタッと水滴が飛んできて赤い染みを作るのが見える。ドレスの女性が持っていたグラスが傾いていて、中身が零れていた。カヲルさんが用意してくれた高価なスーツに染みが出来てしまった……!
    「まあっ、ごめんなさい……! ぼぅとしていて」
    「……いえ、僕の方こそすみません。あの、大丈夫ですか?」
    スーツも一大事だけど、ドレスだって濡れてしまっているかも。高価なものだし、と視線を向けて確認したけどドレスの方には目立つような染みは出来ていないみたいだった。「私は大丈夫よ。あなたの方が大変だわ。早く染み抜きしないと、スタッフを呼ぶわ」
    「あ、大丈夫です。これ……ワインですよね?」
    赤い染みからは仄かにアルコールの香りがする。赤ワインの染みの落とし方をテレビか何かで見たことがあった。
    「染み抜きの仕方は分かるので……」
    この場で面識のない人と話をするのは危険だと思った。相手が僕のことを知らなくても、色々聞かれたら答えない訳にはいかなくなる。
    「それじゃ……」
    僕は嘘をつくのが下手だ。それは自覚はしている。だからバレないようにするには、関わらないのが一番なのに。
    「待ってちょうだい。高価なスーツだもの、きちんとした人に任せた方が良いわよ。生地が傷んだりしたら大変でしょう」
    「あ、でも……ここから離れちゃダメだって言われているので」
    「そうなの?」
    赤いドレスの人は一生懸命に断ろうとしている僕に向かって微笑んだ。
    「でも、早く処置をした方が良いと思うわ。すぐ隣の個室にスタッフを呼んであげるから、いらっしゃい」
    「えっ、いえ……でも」
    「ホテルから出るわけではないし、すぐに済むわよ」
    優しげに微笑んだ女の人が僕の腕をいきなり掴んだ。びっくりしたけど悲鳴を飲み込む。相手は女の人だし、騒ぎを起こして人目を引くのは良くないと思った。それにきっと親切で言ってくれているんだと思うと邪険には出来なかった。
    でも、思っていた以上に女の人の力が強くて抵抗する間もなく、強引に引きずられるようにしてホールのドアをくぐってしまった。振り返った瞬間にドアが閉じる。
    「あ、の…………いたっ」
    これ以上離れたらカヲルさんに迷惑がかかってしまうかもしれない。戻らなきゃと引き返そうとする僕の腕が更に強く握られた。女の人の長い爪が皮膚にくい込んで痛みが走る。
    「あら、ごめんなさい。大丈夫。すぐに済むわ。部屋はこっちよ」
    「…………っ」
    周りに人はいない。誰かに助けを求めることも出来ず、強引に引く力に負け目的の部屋まで連れてこられてしまった。相手は女の人だけど、僕よりも断然力が強くて……。
    「上着は預かるわ。すぐにクリーニングしてもらうから、そこに座っていなさい」
    「……はい。ありがとう、ございます」
    染みのついた上着を脱いで渡すと、ソファーに座るように言われる。一人がけのソファーに座って、上着を持って出ていこうとしている女の人を見た。赤いドレスとヒールの高い赤い靴。焦っていたから顔はよく見てないけど、たぶん美人だったと思う。人の話を聞いてくれないし、強引で気が強そう。あんまり関わりたくない感じがする。
    早く上着を返してもらって戻らなきゃ。連れてこられたのは休憩室らしく、ソファーや椅子、テーブルのある小さめの部屋だった。ホールからはそんなに離れてないし、迷うことはないだろうけど何も言わずにいなくなってしまったからカヲルさんが心配するかも。……もしかしたら気づいてないかもしれないけど。
    「クリーニング頼んできたわよ」
    大人しくソファーに座っている僕を見て女の人が笑った。弧を描く赤い唇。その笑顔が何だか怖い。親切にされているのに、心を許しちゃダメな気がするのはなんでだろう。
    「少し時間がかかるみたいだから、休んでいくといいわ」
    「でも迷惑じゃ」
    「仕上がったスーツはここに届けるように伝えているから」
    それじゃ、ここで待ってないといけないってこと? 知らない人、しかも女性と二人きりなんて気まずいじゃないか。
    「遠慮しなくていいわ。私も休憩したかったから」
    ソファーで固まっている僕を見下ろしながら、女の人がまた笑った。何だか背筋がゾクッとして居心地がますます悪くなっていくような。視線を合わさないように俯くのと、同じタイミングで部屋の中にノック音が響いた。ハッとそちらを見ると、女の人が言った。
    「どうぞ。中に運んでちょうだい」
    「失礼致します」
    ドアが開いて、ホテルのスタッフらしい女の人がワゴンを押しながら中へと入ってくる。お願いしたスーツじゃないようだ。ワゴンの上にはお菓子の乗ったお皿とティーセット。それからオレンジ色の液体が入ったグラスがあった。僕の座るソファーの前までやってきたスタッフの人は、運んできたそれらを手際よくテーブルに並べていく。それが終わると一礼して部屋を出ていった。
    「飲みなさいな。喉乾いたでしょう?」
    「あ、僕……お酒は……」
    「ソフトドリンクにしておいたわよ」
    飲みなさい、と有無を言わさない視線を向けられて僕は仕方なくグラスを手に取った。一応アルコールの匂いがしないことを確認してグラスに口を付ける。ひとくち口に含めば甘酸っぱい柑橘の味が舌の上に広がった。本当にオレンジジュースだ。変に緊張しすぎだったかな。
    喉が渇いていたみたいでコップ半分くらいまで一気に飲んでしまった。満足したのか僕から視線が逸れて、目の前の女の人もカップを手に取ってお茶を飲み始める。少しってどれくらい何だろう。やっぱり一回ホールに戻ってカヲルさんに伝えた方がいいんじゃないかな。
    「…………あの、知り合いの人が探しているかもしれないので一度戻ってきてもいいですか?」
    「それはやめておいた方がいいわね」
    「え?」
    睨めつけるような視線に僕の動きが固まった。最初から嫌な感じはしていたけど、今は明らかな悪意を感じる。
    「カヲルさんが連れて来た婚約者って、あなたでしょう」
    まだはっきりと婚約者として紹介されていなかったのに、なんで知っているんだろう。僕の返事を待つ訳でもなく女の人は鋭い視線を向けながら話した。
    「あなたみたいな冴えない子供を婚約者にするなんて、何を考えているのかしら。どうせ偽物なんでしょうけど」
    「…………」
    違うって言わなきゃ。僕が疑われるのは初めからわかってた。でも役目を果たさないと。なのに、睨まれただけで身体が萎縮してしまう。口を開いても上手く言葉が出てきてくれなくて。嘲笑うような視線を受けながら、僕は蛇に睨まれた蛙の如くソファーに張り付いていた。
    「偽物の癖に指輪までしてるなんて身の程知らずね」



    憎しみすら感じる、鋭い視線が僕の左手の指輪に突き刺さる。その視線から大切な指輪を隠すように僕は自分の左手を握り締めた。カチャン、と食器が立てた音に僕がビクッと反応すると女の人はゆっくりと立ち上がる。薔薇色のドレスがふわりと揺れて近づいてくるのが分かった。
    動かなきゃ。逃げなきゃ。だけど僕がソファーから立ち上がるよりも先に女の人が僕の左手首を掴んだ。手加減なしで、ぎゅっと掴まれた手首に長く伸びた爪が食い込む。僕が痛みに小さく呻くと、女の人はにやりと嬉しそうに笑った。
    「渡しなさい。これは私の物よ」
    「……これは、僕が貰った物です」
    「いいえ、私が貰うはずだったの!」
    この指輪をカヲルさんがこの人に指輪を? そんなはずないことくらい僕にだって分かる。そうじゃなければ、僕が必要とされる理由がない。最初からこの人と婚約すれば済む話だ。この人は嘘をついている。
    「やめてくださいっ」
    ドレスと同じ色。赤く塗られた爪が手首を掴んで離さない。ギリギリと力を込められて、痛みに指の力が抜けた。その瞬間に女の人が薬指の指輪を取ろうとする。守らなきゃ。これは大切な指輪だから。
    「やだって言ってるでしょ……っ!」
    「きゃっ!」
    女の人相手に暴力を振るうなんて良くない。でも手首が痛かったし、明らかに正気じゃなかった。痛みに耐えかねた僕が力一杯突き飛ばすと女の人は床に倒れる。鈍い音がして、ハッとした僕は急いでソファーから立ち上がりドアへと向かった。
    「なんてことするのかしら。乱暴されたわ! その子を捕まえてちょうだい!」
    甲高い声が周囲に響いて、僕がドアを開けるよりも先に廊下側から誰かが入ってきた。真っ黒なスーツ姿の大柄の男の人。ぬぅと巨大な壁が立ち塞がって逃げ道を塞ぐ。ホテルのスタッフじゃない。
    「何をしているの!? 早くその子を捕まえてドアを閉めなさいよ!」
    「……あ」
    背後から女の人の声がする。ドアを塞ぐように立っている男の人の隙間から廊下に飛び出すのは不可能だった。手が僕に向かって伸びてくる。絶体絶命。捕まったらおしまいだ。
    「カヲルさん……っ」
    助けて。ここにいない人に助けを求めたって仕方がないのは分かってる。殴られたりはするかもしれないけど、命の危険はないだろうと思う。殴られたら痛いだろうけど。
    でも指輪を簡単に渡したくなくて、僕は両手を重ねて握り締めた。怖くなって目を瞑ればカヲルさんの顔が脳裏に浮かぶ。守ってくれるって言ったんだ。だからーーーー
    「……う、っ」
    男の人の手が僕の胸倉を掴んで、そしてそのまま身体が後ろに吹っ飛ばされた。背中から床に打ちつけられて一瞬意識が飛んだ。強い衝撃に身体が硬直して息を吸えない。
    「いいザマね。抵抗するからいけないのよ?大人しくしていればいいの」
    「……っ、……ぅぅ」
    痛みに呻きながら身体を丸め横になった僕の視線の先に赤いヒールが映る。その爪先が僕の左手を踏んだ。痛いけど、声が出ない。
    「……ちょっと何してるの? 早くドアを閉め……」
    「僕の婚約者に何をしているのかな」
    絶望に打ちのめされそうになった時、声が聞こえた。ずっと待ち侘びていた声が。
    「か、カヲルさん……どうしてここに?それに、私の護衛はどこに行ったのかしら……?」
    僕の手を踏んずけていたヒールがさっと退く。女の人の声が震えていた。ドアの方へと顔を向けると女の人の言葉通り、ドアの側にはカヲルさんが立っていて僕を投げ飛ばした男の人の姿はなかった。どこに消えたんだろう。
    「シンジ君、大丈夫かい?」
    早足で駆け寄ってきたカヲルさんに抱き起こされて、ホッとした僕は泣きそうになった。逞しい腕に抱きしめられてこんなに安心するなんて。来てくれて良かった。広い胸に頬を擦り寄せると、カヲルさんが頭を撫でてくれる。それが嬉しい。
    「……ちょっと、私を無視しないでくださる?」
    「ああ、ケガをしているね。本当にすまなかった。君を一人にするべきではなかったのに……」
    女の人の言葉をスルーしながら、掴まれて爪がくい込んだ僕の手首を見てカヲルさんが表情を曇らせる。
    女の人に掴まれていた所は赤い手の跡が出来ていて傷口から少し血が滲んでいた。そっと手首を持ち上げてカヲルさんが傷口に舌を這わせる。
    「……っ、ん……カヲルさん。……大丈夫、だから」
    腕を舐められた瞬間、背筋がぞくんと震えた。他人の目があるのに……心配されているのがわかるから振り払えない。ちらりと視界に赤いドレスが映った。
    「かっ! カヲル、さん……人が……っ」
    「気にする必要はないよ。それよりも傷が残らないか心配だ」
    「でも……っ、見られてるし。それに血とか、舐めたらダメだよ……っ」
    先程までの恐怖はどこへ行ってしまったのか、僕は顔を真っ赤にしながらカヲルさんの腕の中で藻掻いた。
    憎しみのこもった女の人の視線があんなにも怖かったのに、カヲルさんがいれば何ともない。だけど恥ずかしいものは恥ずかしかった。
    「カヲルさんっ、ほんとに、もう……やめてよぉ……」
    傷口を舐められるチクチクとした痛みと、濡れた舌が皮膚をなぞる感触が襲ってくる。カヲルさんに抱かれた時のことを思い出して、首筋の辺りから熱くなった。
    他人がいるのに、どうして……?
    なんで身体が疼いて力が入らなくなるんだろう。舌の動きに胸がドキドキして、息が上がる。
    なんで、なんで、なんで? 身体が変だ。おかしい。まるで、あの時みたいな……。足の力が抜けて床に崩れ落ちそうになる僕の腰をカヲルさんが強く抱き寄せた。その手の動きにすら反応して、身体がぴくんと跳ねた。
    「大丈夫かい?」
    「……ん……だいじょ、ぶ……」
    うそ。本当は大丈夫じゃない。でもこんな所で変な気分になったなんて言えないし。ぎゅうっと抱きしめられたら反応しかけている股間がカヲルさんの足に当たっちゃう……っ。隠せるはずもなく、僕の状態に気づいたカヲルさんは僕の身体を抱き上げた。
    「休める所に行こう」
    「…… はい」
    火照った頬がカヲルさんの首筋に触れる。カヲルさんの体温が低いのか、僕が熱すぎるのか。くっついた肌は冷たくて気持ちいい。匂いを嗅ぐと安心して身を委ねられる気がした。
    「ちょっと待って! カヲルさん、貴方の婚約者は私でしょう!?」
    無視されたままではいられなかったのだろう。女の人が声を荒らげる。



    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😍😭❤🙏🙏🙏🙏🙏💴💴💴💴💴💗☺👏💴💴💴💴💴💴💴🍼❤💴💴👏👏🙏🙏🙏☺☺🙏☺🙏💴💴👏👏💴💴💴💴🙏💴👏👏👏🍌
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works