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    冷や酒🍶

    @hiyazakeumai

    カヲシンとか書いてる

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    冷や酒🍶

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    えちなし。

    #偽装婚
    shamMarriage

    偽装婚カヲシン⑯あのホテルの一件から三日。
    あの後、何事もなく僕はまたカヲルさんの家にいる。家出して一週間経ったけれど、特に問題はなかった。カヲルさんの家から全く出ることがないから、見つかる心配はない。
    家政婦さんもカヲルさんに頼み込んで雇うのをやめてもらったので、カヲルさんが仕事でいない間は専ら家事をしていた。家は広いから掃除のしがいがあるし、洗濯も二人分で高価な物はクリーニングに出して貰えばいい。
    料理は普通、だと思うけど初めて作って食べてもらった時「すごく美味しいよ」って笑ってくれてたから多分、平気。買い物も僕が行けたら良かったんだけど、見つかりたくないから諦めた。だから買い物だけはカヲルさんにやってもらっている。
    仕事で疲れてるのに毎日買い物に行ってもらうのは申し訳ないと伝えたら「シンジ君には色々お世話になっているから、これくらいして当然だよ」と言ってくれた。
    違うよ、僕の方がカヲルさんのお世話になってるんだ。ベッドだって用意してもらったし。僕は別に、なくても良かったんだけど……。本物の婚約者でもないのに、いつまでも一緒に寝るなんて変だから仕方ない。
    ぼんやりテレビを見て時間を潰しながら洗濯が終わるのを待つ。そうしていると考えごとが色々と頭の中に浮かんで来た。学校のことも気になる。一応僕は義務教育中な訳だから。この生活が気に入ってるし、学校に通いたいとかいう話じゃないんだけど。
    ただ、長く休んでいれば学校側も怪しむだろう。そうなったら、もっと大事になって捜索願とか出されてしまうかもしれない。気になるけど、残念ながら僕は親戚にとっていわゆる厄介者だったので、携帯電話なんてものは持ってなかった。頻繁に連絡をとるような友人もいなかったし、必要性を感じなかったけど今となっては不便だ。学校がどうなってるのかは知っておきたい。だけど、友達の連絡先も分からないんじゃどうしようもないか……。
    実の所、僕もいつまでこの生活を続けたらいいのか分かってない。諦めて叔父の所に戻ったとして、後見人の話がなくなってなければ意味無いし。
    それに、少しでも長くここにいたいと思っている。カヲルさんと離れたくない。僕の中に生まれてしまった感情を無視することは出来なかった。好きになっちゃいけない人だって、わかってるけど。でも、だけど。あんなふうに優しくされたら好きになっちゃうよ。好きにならないなんて無理だよ。カヲルさんは同性で歳も離れているから大丈夫だと思ったのに。いつの間にか好きになっていた。
    好きになっちゃった……どうしよう。好きになったら、契約違反になってしまう。カヲルさんの婚約者でいられなくなる。他の人がカヲルさんの婚約者に選ばれるかもしれない。それは嫌だ。絶対にやだ。
    はっきりと自覚したそれは、嫉妬。こんな強い感情が僕の中に存在していただなんて……。僕は、別に何かを望んでる訳じゃない。本当にカヲルさんと結婚出来るなんて思ってもなかった。家出してる僕とカヲルさんでは身分が違いすぎるから。本当は好きになる資格もないんだろう。身の程知らずな恋をしてしまった。僕は馬鹿だ。だけど今更、好きじゃなくなるなんて出来るわけないし。
    「…………はーー」
    ソファーに座ってテレビをじっと見る。昔やってた恋愛ドラマ。確か、教師と女生徒が恋をして、様々な障害に阻まれながらも最終的に結ばれて結婚するって話だっけ。見たことなかったけど、人気だったから何となく内容は知ってる。歳の差恋愛って難しいんだ。歳なんて気にしたことなかったけど、十四の僕と二十九のカヲルさんとでは十五も離れているわけで。
    実際の恋愛もドラマみたいになればいいのにな。自分の状況と重ね合わせて思いを馳せてみるけれど現実は虚しい。僕はカヲルさんにとって結婚を回避するための偽物の婚約者でしかないんだ。そこを忘れちゃいけない。僕は家出中のただの中学生で偶然であったカヲルさんに匿ってもらってるだけ。カヲルさんの偽物の婚約者になることで世話をしてもらってる。
    カヲルさんは本当の恋人が欲しい訳じゃないし、僕も住む場所が欲しかった。ただそれだけの関係なんだ。ちょっと、いや、だいぶ虚しい。だけど想いを伝えたらこの夢のような生活が終わってしまうのは分かりきっているので、そんな馬鹿な真似だけはしないと誓った。
    思うだけなら迷惑にならないよね? 僕が口に出さなければ。カヲルさんの気持ちを求めたりしなければ、きっとバレない。求めても得られないことには慣れているから、辛くなかった。隠し通そう、絶対に。それが自分のためでもあるから。奥の部屋から洗濯終了のメロディーが聞こえてきて僕はテレビの電源を切った。
    「今日のご飯何にしよ」
    カヲルさんが帰ってくる時間はいつも違う。早い時もあれば物凄く遅い時もある。そういう時は夕飯前には家の電話にカヲルさんから連絡がくるから、その時間に合わせて夕食を作ることにした。
    お腹がすいたのなら先に食べていいんだよとカヲルさんに言われたけどそんな事は出来ない。一人で食べるの何か寂しいし。叔父の家にいた時は一人で食べてたし、何とも思わなかったのに変だな。カヲルさんがいてくれるだけで嬉しくなる。鼻歌なんか歌ったりして上機嫌で、洗濯物をベランダで干していると家の電話が鳴った。きっとカヲルさんからだ。慌ててリビングに戻って受話器を取った。
    「あ……もしもし、渚、です」
    この家の電話だからカヲルさんの名字である渚と名乗るのは当たり前のこと何だけど、ちょっと照れる。本当に結婚したみたいで……って何考えてるんだろ。ドキドキしながら耳を澄ませていると受話器の向こう側から柔らかな声が聞こえた。
    「ふふっ……シンジ君かい? カヲルだけれど」
    「は、はい……」
    この家の電話は、カヲルさんからしかかかってこないから相手はカヲルさんだって分かってた。今日は早いのか遅いのか、どっちなんだろう。顔を赤くしながら受話器をぎゅっと握り直して耳を傾けた。
    「今日は早く帰れそうだよ。何か買って帰る物はあるかい?」
    「えっと、じゃあ……」
    申し訳ないなと思いつつ、買ってきて欲しい食材を伝えた。明日の献立に必要な物だ。他にも日用品をあれこれ頼んじゃったけど、カヲルさんは嫌そうな素振りどころかどこか嬉しそうな声で「分かったよ」と返事をくれた。
    本当だったら家政婦さんに全部やってもらうような身分の人なのに。僕が外に出られないからカヲルさんに頼るしかないんだ。それなのにカヲルさんは本当に優しくしてくれる。だから、その優しさに応えなきゃ。
    「……あの、僕……美味しいご飯作って待ってますから……」
    「それは、急いで帰らないといけないね」
    「えっ、いや、ゆっくり……気をつけて帰ってきてください……」
    「ゆっくりかい? 僕はシンジ君に早く会いたいんだけどな」
    「……はぅっ……」
    受話器越しに聞こえてくる笑い声に全身が熱くなった。冗談だってわかってるけど不意打ちは心臓に悪すぎる。良かった。目の前にカヲルさんがいなくて。一応僕はカヲルさんの婚約者だからこういう会話をしてもおかしくないんだろうけど。
    熱くなった顔を片手で仰ぎながら、こういうの普通に返せるようになった方がいいのかなって考える。こんな冗談を言われる度に恥ずかしがってたら変だし。でもまだ僕にはレベルが高過ぎるというか……。
    「出来るだけ早く帰るからね。また後で」
    「…………はい」
    ドキドキしながら受話器を置く。やっぱり、バレないようにするの無理かもしれない。困るような、幸せなような、二つの感情に挟まれながら、僕はやかましく騒ぎ立てる胸を両手で押さえた。








    ピンポーン、とチャイムが鳴る。『帰ってきたよ』の合図に僕はソファーから勢いよく立ち上がった。一階のオートロックを解除する時に部屋に知らせが来るようになっているのだ。エレベーターに乗ってこの階に辿り着くまで少し時間がある。玄関まで小走りで向かってじっと待った。
    地面を蹴る靴の音が少しずつ近くなる度に、僕の心拍数が上がった。落ち着け、落ち着かなきゃ。買ってもらったばかりの新品エプロンをぎゅっと握って深呼吸する。
    他の人が入ってきたらいけないので鍵はかけたまま。だからここを開けれるのはカヲルさんだけだ。鍵を開け、ゆっくりとドアが開く。夕日を反射する綺麗な銀髪が視界に入った。
    「……カヲルさん。……お、かえりなさい……っ! 買い物ありがとうございます」
    「ただいま、シンジ君。何か変わったことはなかった?」
    「何もなかったです。……あ、あの?」
    玄関に入ってきたカヲルさんの手からスーパーの袋を受け取ろうと手を伸ばしたら逆に握られた。するりと指が滑って絡みついてくる。恋人の繋ぎ方だ。カヲルさんの手は少しひんやりしていた。
    「会いたかったよ」
    「……ひぇ……っ……あっ、ぼ……ぼく、僕、も」
    急に変なこと言うから吃っちゃったじゃないか。やっぱり冷静に対応するのは難しい。カヲルさんは僕の手を握ったまま、靴を脱いでリビングに向かった。買ってきた食材をキッチンの天板の上に置く。その間も手は繋がれたままだった。
    後ろをついて歩く僕を見てカヲルさんが眩しそうに目を細める。なんでそんな顔をするんだろう。見つめられてドキドキしながら話しかけた。
    「ええと、夕飯の用意は出来てます。お風呂も沸かしておいたので……すぐに入れますけど。どうしますか?」
    カヲルさんの希望にすぐに応えられるように準備はばっちり。今の僕は家事くらいしかすることがないから、きちんと役に立たないと。カヲルさんが買ってきてくれた食材をテキパキと冷蔵庫にしまいながら返答を待った。
    「…………困ったな」
    「?」
    「今日は汗をかいたから先にお風呂に入りたいんだ」
    「だったら先にお風呂に……」
    「でも、お腹も空いているからシンジ君のご飯も食べたい」
    「……んん?」
    「どちらも選べなくて……困るね」
    汗を流したいけどお腹も空いてる。確かに悩みどころかもしれないけど。そんなに深刻そうな顔をしなくても、と思うくらいにカヲルさんの表情は暗い。片手で顔を押えたポーズで固まってる。悩んでる時間が勿体ないような気もするんだけど。
    「あの、急いで汗を流して来たらどうですか? その間にすぐに食べられるようにテーブルに食事を用意しておくので」
    さすがに食事しながら湯船に浸かる訳にもいかない。やろうと思えば出来なくはないだろうけど。僕の勝手な希望だけど、そんなカヲルさんの姿は見たくないというか。
    露天風呂でお酒とかならカッコイイって思うのに何でだろ。いや、でも……カヲルさんは何をしてても絵になるんだけどさ。間を置かずカヲルさんが顔を上げた。
    「そうだね。わかったよ、先にお風呂に入ろう」
    「あ、じゃあ。カヲルさんの着替えを持ってきますね」
    洗濯物をしまう時に今日の着替えは準備してある。それを使ってもらうつもりで、取りに行こうとした時だった。手首を掴まれて僕の動きが止まる。
    「カヲルさん? ……どうしたんですか? 着替えは持っていきますから、先にお風呂に」
    「シンジ君も一緒に入ろう」
    「え?」
    「二人で入った方が時間の節約になるよ」
    え? ちょっと待って何言ってるのか理解できないんだけど。お風呂に二人で入るの? 何で? 混乱して固まってしまった僕の手を引き、もう片方の手が腰に回る。
    カヲルさんの巧みなリードに足をもつれさせることはなく……と言うよりは半ば抱えられるようにして脱衣所まで運ばれた。どうにも本気らしい。
    確かに時間の節約にもなるし、ガス代とか電気代の節約にもなるかもしれない。でも、なんで急に二人でお風呂に入るなんて言うの。今までそんなこと一度も言わなかったじゃないか。
    「あの、カヲルさん……ぼ、僕は後からでいいので……」
    「僕と一緒に入るのは嫌なのかい?」
    「へっ、いやとか、じゃなくて」
    嫌とかそういう訳じゃなくて恥ずかしいだけなんだけど。
    「なら良いだろう? 裸を見るのは今回が初めて、という訳ではないんだし」
    「それはそうなんですが……っ」
    カヲルさんには見られてるけど、でも僕はカヲルさんの裸をちゃんと見たことない。毎回それどころじゃなくなってるから。きっと裸の姿もカッコイイんだろうなって思うけど!
    本音を言うと興味はある。それでも直視するのはまだ心の準備が出来てないわけで。一緒にお風呂に入りたくないとか、そういうことじゃないんだけど。
    「君はじっとしているだけでもいいよ。僕がシンジ君を隅から隅まで綺麗に磨いてあげよう」
    「……あぅ……ぅ?」
    パニックになっている僕の前にカヲルさんが立った。僕よりもずっと背が高いカヲルさんが目の前に立つと天井の明かりが遮られてしまう。表情がよく見えない。
    「僕に任せて。安心して身を委ねるといい」
    カヲルさんが手を伸ばして僕の胸に触れる。薄手のTシャツの上を掌が滑るようにゆっくり、ゆっくりと移動していく。それだけのことなのに胸がジンと熱くなった。この痺れるような感覚……危険だ。そんな触り方されたら反応しちゃうに決まってるじゃないか。
    勝手にぷくっと膨らんだ乳首がTシャツを押し上げているのが目に入って真っ赤になった。何、何でこんなふうになるの。こんなの、期待してると思われちゃう。カヲルさんがTシャツの裾を掴んだ。上に持ち上げられた布で乳首が擦れる。
    「……ん、ふぁ……ぅっ」
    硬くなった部分が敏感に反応してしまう。堪えきれなかった甘さを含んだ声がしん、とした二人だけの空間に響く。ヤバいと思った僕はとっさに海老のようにビクッと後ろに逃げた。両腕を交差して前を隠す僕をカヲルさんの赤い目が見つめてくる。
    「じっ……自分で、脱ぎます……っ」
    「…………そうかい?」
    心無しか残念そうな声色でカヲルさんが手を引っ込めた。いけないことを想像させる手つきで脱がされるくらいなら、自分で脱いだ方がまだ恥ずかしくない……と思う。カヲルさんの中ではもうすでに一緒にお風呂に入ることは確定しているみたいだから、僕も腹を括らなきゃ……。
    早く脱いで早く浴室に逃げよう。湯船に浸かってしまえば、身体を丸めて隠せるし。そう考えてTシャツを脱ごうとするけれどカヲルさんの視線が気になり過ぎて先に進めなかった。そんなに凝視されたら脱ぎにくいよ。ちらりと視線を投げると微笑みが返ってくる。
    「……あの…………あんまり、じっと見ないで」
    一応僕も男だし、痩せっぽちの平らな身体なんか隠す必要ないのは百も承知だけど。全然、全く、魅力がないのは分かってるけど。カヲルさんとは、そういうことをしちゃった仲だから。
    「見ていたいんだ。……ダメかな?」
    「……ぅ……っ、だ、だっ…………だめ……ですっ」
    そんなふうに聞くのはずるい。つい『いいですよ』と言ってしまいそうになる。両手でTシャツを握りしめる僕を見て、カヲルさんが唇の端を吊り上げて笑った。ちょっと意地の悪そうな感じの笑い方だ。カヲルさんって、そんな顔もするんだ……かっこいい。いやいや、ちょっと待て。ドキドキしてる場合じゃない。
    「僕は君の婚約者なのに?」
    「婚約者、ですけど……」
    契約ではあるけれど、僕はカヲルさんの婚約者。お互いの左手の薬指で輝く指輪がその証拠だ。契約が終了するまでは僕はカヲルさんのものでいられる。
    「そうだろう? 婚約者である僕には君の全てを見て、触れる権利があると思うんだけれど」
    「……えっ……あ…………か、からかってるでしょ……」
    こんなこと言われて赤くなるなとか無理だよ。好きだってバレちゃいけないのに、カヲルさんは僕の気持ちなんかお構い無しに距離を縮めようとしてくるんだから。絶対、僕の反応を見て楽しんでる……。僕が何をしても大人のカヲルさんに適うわけないのは分かりきってた。このままここにいたらもっと遊ばれる。
    やっぱりお風呂に逃げよう。カヲルさんの手に捕まる前に僕はTシャツを脱ぎ捨てた。ダメって言ったのにじっと見られてるけど、もう勢いで行くしかない。カヲルさんから視線を逸らしながら続けてズボンと下着を脱いで洗濯かごに投げ入れる。
    「脱いだ服はかごに入れておいてくださいねっ」
    後で仕分けて洗うから、と早口で言いながら浴室のドアを開けて中への飛び込んだ。脱衣所の方からクスクスと楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
    むっ……やっぱり僕、からかわれてたみたい。もう……なんなのさ。契約上好きになられたら困るのはカヲルさんの方なんじゃないの?
    「はぁ……」
    こっちはバレないように必死なのに。ひどいよ、もぉ。でも、ますます好きになっちゃうから余計に困るというか……。ともかくカヲルさんが入ってこない内に浴槽に浸かっておこうと掛け湯をして広い浴槽に急いで沈んだ。今日の入浴剤は温泉気分を味わえる乳白色の湯でしっかり浸かれば身体を隠してくれる。そんなつもりで選んだ訳じゃないんだけど結果的に役に立った。
    「シンジ君、入ってもいいかい?」
    脱衣所から聞こえてきた声にビクッと反応すると、お湯が激しく波打った。男同士だから、裸を見たり見られたりすることに慌てる必要なんてない。冷静になろうとすればするほど、頭の中がこんがらがっていく。
    返事をする間もなく、カヲルさんが浴室のドアを開けて入ってきた。気にしちゃダメ。意識しちゃダメだ。そちらに視線を向けないように白く濁ったお湯をじっと凝視した。すぐ側までやってきたカヲルさんの気配にドキドキが最高潮になる。気持ちを落ち着けようとしてずるずると湯船に沈む。
    「……シンジ君、少し前に詰めてもらえるかな?」
    「う、うん……」
    大人が二人で入っても余裕のある広い浴槽だから、僕の対面側は空いてるんだけどなぁ……。言われた通りに少し前に移動すると、カヲルさんが僕の背中側から浴槽に入ってきた。わざわざ振り向くのは変だし、このままでいいかな。
    平常心。平常心でいなきゃと必死に自分に言い聞かせるけれど、ドキドキは止まらないしもう逆上せそう。だけど湯から上がることも出来ない。本当に逆上せて倒れたらヤバいんだけど。
    「……っ……ひゃん、っ……」
    ぐるぐる考えていると膝を抱えるようにして座る僕を挟むようにカヲルさんが足の位置を調整する。脇腹を撫でる手にビクッと反応した腰を強く引き寄せられて身体がくっつく。カヲルさんの素肌の感触に身体が硬直した。
    「はぁ……風呂はいいねぇ。……そう思わないかい? シンジ君」
    「……っ……そ、そう……ですね……っ」
    カヲルさんが満足そうに吐いた息が首筋に当たって、僕は堪らず目をギュッと閉じる。身体中が、ゾワゾワする。温かいお湯に使っているのに鳥肌が立つ感じ。それは気持ち悪いからじゃなくて、その反対の感覚から生じていた。
    ドキドキ脈打つ心臓を落ち着かせたくて胸を押さえてもその原因がすぐ側にいるんじゃどうしようもない。俯いて動けないでいる僕の項に何かが触れた。それは温かくてぬるっとしていた。
    舌だ。項のへこんだ所を下から舐め上げられて背筋が戦慄く。そのまま歯を立てられて走った軽い痛みに驚いた身体がお湯を跳ね上げパシャンッと音を立てた。
    「……んぁ……っ……か、カヲルさん……なんでっ?」
    「驚かせてしまったかな、ごめん。あまりにも美味しそうだったから……」
    「……は? ……ぇ?」
    美味しそうって何。訳が分からなくて思わず顔を上げて振り向く。当然だけど振り向けばすぐ横にカヲルさんの顔がある。いきなりのドアップに吃驚し過ぎた僕は目を見開いて固まった。
    見つめ合ったカヲルさんの瞳に何とも言えない色気を感じて胸がザワザワした。カヲルさんが瞬きをする様子も、髪を伝って落ちる水滴もハッキリと見える。一度見てしまうと目が離せなくなってしまう。綺麗で格好良い顔。……自分じゃ自覚なかったけど僕って面食いなんだ。それもかなりの。
    「シンジ君」
    「あ……」
    カヲルさんの顔をぼんやりと見つめていると、お湯が揺れてその中から白い手が出てきた。喉を撫でながら上に上がってきた手が僕の顎を捉える。クイッと軽く引き寄せられ、上向いた唇を塞がれた。
    ちゅっと音がして、軽く重なった唇が離れていく。瞬きを繰り返す僕の視界にはカヲルさんの赤い瞳がいっぱいに映っていた。また顔が近づいてきて、唇に熱い吐息がかかる。閉じた唇を誘うように舐められて背筋が震えた。
    「……さぁ、シンジ君。口を開けてごらん」
    僕には選択肢があるようでいて実はない。相手がカヲルさんで、こんな状況で「いや」だなんて言えるだろうか。言えるわけないよ。一瞬くらいは悩むかもしれないけど。この後に何をされるのか知っているから……「いや」だなんて言えない。
    「…………っ、むぅ……」
    唇を薄く開くと、カヲルさんの唇が角度を変えて深く重なってくる。大きく開かれた口に一瞬だけ食べられちゃうんじゃないかと思って、僕は反射的に目を閉じてしまった。



    続く。






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