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    冷や酒🍶

    @hiyazakeumai

    カヲシンとか書いてる

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    まだ続きそう。

    #偽装婚
    shamMarriage

    偽装婚カヲシン③指を絡ませるように握り込まれて、僕の心臓が驚きと羞恥できゅっとなった。冷静でいなくちゃいけないのに顔も熱くなった気がする。
    「なっ、渚さんの、そういう所がいけないんだと思う」
    「何がだい?」
    含みのある笑顔を向け、絡んだ指をすりすりと擦り合わせながら渚さんが言った。本当にわかってないはずがない。その目は相手の反応をしっかりと確認している。
    「結婚なんてする気ないくせに。……こんなふうに触れられたら女の人は本気にしちゃいますよ。僕は、勘違いなんてしませんけど……」
    「君とは結婚するつもりだけど、それでもダメなのかい?」
    「本当に、じゃないでしょう」
    この契約がいつまで続くかは分からないけど、僕は渚さんを好きになったりしない。今の所、僕の恋愛対象は女の子だし。いくら渚さんが格好良くて素敵な人だとしても、別れることが決まっているのに好きになるなんて身の程知らずの馬鹿のすることだ。歳だって十五も離れている子供が相手にされるわけない。
    「シンジ君。そんなに難しい顔しないで。君の可愛らしい顔が台無しだよ 」
    誰のせいで、とは言わないけれど。こうやって大人に揶揄われる方の気持ちも考えて欲しい。空いている方の手で、眉間に深く刻まれた皺を撫でられた。まったくわかってない。
    「いいですから。ご飯食べてください。冷めちゃいますよ……」
    美味しいものは美味しいうちに食べないと作ってくれた人に悪いんだから。僕を揶揄って遊んでないで、と多少ツンケンしながら絡んだ手を引き抜いた。変なやり取りのせいなのか、何だか少しこの状況に慣れてきたみたいだ。
    「……渚さんのお祖父さんに会う前に、渚さんのこと色々教えてくださいね」
    少しでも彼のことを知っておかないとすぐにボロが出てしまうだろうし。演技なんて生まれてこの方、学芸会の時にした程度だ。しかもセリフが一言だけの村人役だった。
    ……やっぱり僕には荷が重いような。頭を抱えたくなるけど、目の前の渚さんが「何でも聞いてくれて構わないよ」と笑顔を向けてくるから「無理だよ。やめたい」なんて言えなくて、僕は開きかけた口を閉じるのだった。







    渚さんの食事が終わり、あと片付けをさせて欲しいと申し出た。タダで食事をさせてもらうのは気が引けたから。これくらい、いつもしていることだ。しなくていい、と言う渚さんに懇願する形でキッチンに立った。
    綺麗なシンクはやっぱり使われた形跡がほとんどない。けれど最新式、みたいな豪華なキッチンには食洗機も完備されていた。でも食洗機なんて使ったことないからどうすればいいのかわからなくて困る。とりあえず汚れた食器とタッパーを普通にスポンジで洗って食洗機の中に立てて置くことにした。
    「シンジ君」
    タオルで濡れた手を拭いていると背後から名前を呼ばれる。振り向くと渚さんが立っていてちょいちょいと手招きしていた。呼ばれたら行くしかない。彼の前まで近づいて、高い位置にある渚の顔を見上げた。
    「渚さん? 何か……」
    「お風呂が沸いたから入っておいで。着替えはあるかい?」
    「着替えは……下着はありますけど」「パジャマや寝巻きはないのかい?」
    「荷物はあまり持って来なかったので」
    ボストンバッグに押し込んだのは必要最低限の下着と靴下。着替えの上下二着ずつ。まさか室内で夜を明かすことになるとは思っていなくて、初めの予定では屋外で野宿するつもりだったし。パジャマなんて呑気に入れている余裕はなかった。家出ってそういうものだろう。
    「そうか、ならパジャマは僕のを使うといいよ。新しいものがあるから、脱衣所に置いておくからね」
    「え、そんな。いいですよ、僕なんかにもったいない。お風呂も、渚さんの後で入らせてもらえれば十分なので……」
    本当に寝る場所を提供してくれるだけでも助かるのに。お風呂は、入らないわけにはいかないので有難く使わせてもらうけど。普通に考えて、家主より先に入るなんて出来ない。
    「そんなこと言わないで。君は僕の婚約者だろう? 僕は恋人を大切にするタイプなんだよ」
    「……でも、僕は本物じゃ……」
    「本物のように振る舞わなければ、だろう? 大切に扱われることに慣れてもらわないと、祖父の前で固まってたらすぐにバレてしまうからね」
    「…………そ、そうですよね」
    そんなふうに言われたら、これ以上は遠慮することは出来なかった。背中を押す渚さんに負けて、僕は脱衣所に足を踏み入れる。
    「中にあるものは好きに使用してくれて構わないよ。バスタオルはこの棚にあるものを使って。洗濯するものはこのカゴの中に入れて置いてくれれば家政婦さんが洗濯してくれるからね」
    「……はい。何から何まで、ありがとうございます」
    感謝の意を伝えるべく深々と頭を下げた。これだけ良くしてもらっても僕に出来ることがお礼を言うことくらいしかないのが辛い。そう感じるのは、何かをしてもらうことに慣れていないから。婚約者役以外に、渚さんの役に立てることがあればいいのに。とは思うけど、出来ることなんて限られてる。
    「そんなに感謝されるようなことはしていないよ。それじゃ、ごゆっくり」
    静かにドアが閉じて僕は一人になった。このまま甘えてしまっていいのかな。そんなことを考えるにはもう戻れない所まで来てしまっているような気がする。渚さんは悪い人、じゃないとは思う。僕達は利害が一致し協力関係になったのだから。
    「……はぁ……」
    湯船に浸かりながら僕はずっと考えていた。それから何のかんのとしっかり入浴して身綺麗にさせてもらってしまい、浴室内の時計で三十分は経っていることに気付いた僕は慌ててお風呂から飛び出す。
    教えてもらった通りバスタオルで身体を拭いていると、脱衣所の棚の上に置かれたパジャマが目に入った。渚さんが言っていたやつだ。真新しいパジャマだけど、本当に着てもいいのかな。でも他に着るものがない。これを着なかったらパンツ一枚で出ていかないといけなくなる。それだけは絶対にダメだ。借りよう。
    そしてパジャマに袖を通して僕は思った。着る前からわかっていたけれど、僕と渚さんでは体格差があり過ぎるのだ。丈は長いし、肩幅も足りてないから動いた拍子に肩が出てしまう。
    それでも着ないよりはマシだ。まだ成長期前だから仕方ないんだ。僕が特別小さいわけじゃない。長い部分は折って何とか動けるようになった。急いで脱衣所から出て、リビングにいる渚さんの姿を見つける。
    「お待たせしてすみません」
    本を読んでいたらしい渚さんが視線を上げて僕を見た。
    「リラックス出来たかい?」
    「は、はい。ありがとうございました。すみません、長々と……」
    僕が頭を下げると、渚さんがクスリと笑った気がした。パッと顔を上げるとにこやかに微笑む彼と視線が絡む。
    「少し大きかったみたいだね。ごめんよ、そのサイズしかなくて……」
    「い、いえ。……貸して頂けるだけで助かります」
    少しじゃなくてかなり大きいんだけどそう指摘しないのは優しさなのか。大体、渚さんの家に僕ぴったりのサイズのパジャマがある方がおかしいし。寝る時に着るだけなのだから、大きくたって問題ない。肩からずり落ちるパジャマを掴んでそう思うことにした。
    「明日買ってくるから、今日はそれで我慢してくれるかい?」
    「へ? 何を、ですか?」
    「君のパジャマだよ。ないと不便だろう?」
    「いっ、いいですよ。そんなわざわざ!」
    僕なんかのためにお金を使わせる訳にはいかないよ。渚さんには出来る限り迷惑をかけたくない、と全力で断ったけどダメだった。
    「祖父に会わせる時に、君に着てもらう衣装が必要だからね。それに普段着も買わないといけないから、そのついでだよ。毎日同じ服を着る訳にはいかないだろう? 着替えは必要だ」
    「い、いやいやいや、三着あれば十分で……」
    「そうかな。着回ししていたら、すぐに傷んでしまうと思うけれど」
    安物のTシャツとズボンしかないから傷んでも気にしない。と、いうか渚さんのお祖父さんに会うための服も必要なんだ!?
    言われてみれば確かに、渚さんの婚約者として紹介されるのにTシャツとズボンで、という訳にはいかないか。そもそも渚さんがしようとすることを止めるなんて僕には出来ない。子供が大人の決定事項を覆すことは不可能だと知っている。
    「服が、必要なのはわかりました、けど。……本当にあまりお金はかけないで」
    申し訳なさで、ぎゅっとパジャマを握っているとソファーに座ったままの渚さんが手招きして僕を呼び寄せた。そろそろと近づいて、目の前に立つ。
    「シンジ君が気に入るものを買ってくるよ。僕が入浴している間、これを見て決めておいてくれるかな」
    そう言った渚さんが僕に差し出したのは、とても分厚い洋服のカタログだった。熱心に読んでいたのはこれだったんだ。拒否することも出来ず、僕はカタログを両手でしっかりと抱えた。
    「……わかりました」
    渋々だけど頷いた僕を見て、渚さんは満足そうに笑いながら脱衣所へと消えていった。両手が重たい。とりあえず読まなきゃ、とカタログを持ってテーブルに移動した。椅子に座って、カタログの表紙を眺める。そこには子供の僕でも知っている有名ブランドの名前があった。
    「【TABRIS】って……」
    国内外問わず人気のある超ハイブランドで、Tシャツが一着数万円することでも知られている。庶民には手が出せないことでも有名だ。
    そんなブランドのカタログをどうして僕に渡したの!? 確かに高級なだけあって高品質だし、見た目も格好良くて、渚さんが着たら似合うだろうけど。僕には無理だよっ。
    数ページ見ただけで、そこに表示されている金額に頭が痛くなった。現実から逃げるように、そっとカタログを閉じてテーブルに俯せる。
    何だかどっと疲れを感じた。お風呂に入ったのもあってか、眠気が襲ってきて瞼がゆるゆると落ちてくる。寝ちゃダメだ、と瞼を擦るけれど我慢出来そうもなかった。
    脱衣所の方からシャワーの音が聞こえてくる。渚さん、まだ出てこないだろうな。待っててって言われたのに。もう完全に瞼が閉じてしまって、意識が薄らいでいくのがわかる。何も考えられなくなった僕は、あっさりと意識を手放した。


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