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    柚子ひなた

    @2nekonekoneko22

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    柚子ひなた

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    もうちょっと長くなるかなと思ったんですが短くなりました。
    忘愛症候群の犬辻です。

    #犬辻
    tsuji

    初恋を何度でも防衛任務の時間が来るまでの間、隊室で雑談をしていた時だった。
    「その時犬飼先輩がさ、」
    「…犬飼さん?って誰でしたっけ?」
    辻ちゃんがそう言った時、なんとも微妙な空気がおれたちの中に流れる。おれとひゃみちゃんで目を合わせた後、2人揃って辻ちゃんを見やった。
    「……目の前にいるのが犬飼先輩だよ?」
    困惑したようなひゃみちゃんの言葉に辻ちゃんは訝しげな顔をしておれの顔を見た数秒後、さっと顔を青ざめさせた。
    「え……あ、そう…ですよね。俺、何言ってるんだろ…」
    少しの違和感を覚えつつも、おれはそれを気のせいだということにして、珍しく狼狽える辻ちゃんを揶揄う方向にシフトする。
    「辻ちゃんもそんな冗談言うんだね?」
    「は、い…なんか、言いたく、なって…」
    なんとも言えない表情でぎこちなく笑う辻ちゃんを丁度防衛任務の時間になったこともあって、放っておいてしまった。






    辻ちゃんがおれの名前をあまり呼ばなくなったと気づいたのはいつだったろうか。
    呼び止める時はあの、とか、すみません、とか、出来るだけ名前を呼ばないようにしていると気づいてからは不信感が首を擡げる。恐らく、これは……
    おれはそれを、思い切って2人きりの時にぶちまけることにした。
    「辻ちゃん、さ」
    「はい?」
    「おれの名前、言ってみて」
    「……えっ…と……その、」
    目に見えて狼狽える辻ちゃんにはは、と、乾いた笑いを零した。
    「…おれ以外のことは覚えてる?二宮さんとか、ひゃみちゃんとか……家族のこととか」
    「………はい」
    「…そっか。病院、行く?」
    辻ちゃんは苦しそうに頷いた。






    当然と言うべきか、おれは辻ちゃんの家族でもなく、ただの学校の先輩後輩という関係なため診察室には入れなかった。しばらく病院の待合で待っている間、スマホで辻ちゃんの症状と合うものがないか軽く調べていると、診察を終えたらしい辻ちゃんが出てきた。
    立ち上がって辻ちゃんの元に行くと心ここに在らずといったふうでしばらく無言で立ち尽くしていた辻ちゃんだったが、人気のない場所まで移動させるとゆっくりと話し始めた。
    「…多分、忘愛症候群だって言われました」
    辻ちゃんの口から出た聞き慣れない言葉に首を傾げる。
    「ぼう、あい…?」
    元々病気に詳しい訳でもない高校生のおれに、その病気の名前は全く聞き覚えがなかった。
    「症例がかなり少ないらしいんですけど…俺の症状と合致しているのがそれだと……少しずつ忘れる人もいれば、一瞬で忘れちゃう人もいるそうです」
    辻ちゃんは後、と続けた。
    「その…愛、する、人のことを忘れてしまう…そうです」
    その説明をしている辻ちゃんは少し顔を赤くしていて、不謹慎にも少し可愛いと思ってしまった。
    というか、愛する……って
    「……本当に、忘れてしまうんでしょうか」
    ぽつりとそう言った辻ちゃんにかける言葉を少し迷ってから口に出した。
    「…まぁ、おれの名前もわかんなかったくらいだし、お医者さんも言ってるし、そうなんじゃない?」
    おれの言葉を聞いてくしゃりと顔を歪めた辻ちゃんを見て言葉選びをミスったかもしれないと考える。
    「俺は……俺は、嫌です、……」
    何故か喋りをやめた辻ちゃんを不審に思い顔を見ると言葉を探すように口を閉口しているのを見て、おれの名前を言い淀んでいるのだと察して息を飲んだ。
    「辻、ちゃ、」
    「だって俺はっ、貴方としてきたことをちゃんと覚えてるのに…ッ楽しかった、のに……なのに、今は名前すら、出てこない……ッ」
    辻ちゃんの声は震えていて、今にも泣き出しそうだった。
    「…貴方のことを忘れてしまうなんて、そんな、の……嫌です……」
    医者にもどうしようもないのであれば、一学生であるおれに当然何かが出来るわけがない。でも。
    「……大丈夫だよ、辻ちゃん」
    おれの言葉に辻ちゃんは恐る恐るといったふうに顔を上げた。端正な顔はすっかり歪んでしまっていて、それがなんだかおかしくて、苦笑いしながら目尻に光る涙を指で拭ってあげる。
    「辻ちゃんが何度おれの名前を忘れても、おれが何度でも教えてあげる。もしおれとの思い出を忘れちゃっても何度でもおれと新しい思い出を作ろう」
    辻ちゃんの目からぽろ、と1粒の雫が流れ落ちた。
    「おれは……犬飼澄晴。辻ちゃんの先輩で、ボーダーでは同じ二宮隊のメンバー」
    「……いぬ…かい、先輩……」
    確かめるようにおれの名前を口の中で転がす辻ちゃんに、ふと言いたいことが出てきた。
    「……辻ちゃん」
    こんな時に言うのはずるいかもしれない、なんて頭では分かってるのに、おれの口は止まらなかった。
    「おれは…おれは、辻ちゃんのことが好き。付き合って欲しいって考えてる。辻ちゃんは…どう?」
    辻ちゃんは目を見開き、ゆっくりと首を横に振った。
    「………そ、な……だ、だって、そんな、」
    もう忘れちゃうのに、そう音もなく動いた口に眉を下げ笑いかける。
    「辻ちゃんがおれのことを忘れちゃっても、おれはずっと辻ちゃんのことを好きでいるよ」
    辻ちゃんが咄嗟に何か言おうと口を開いたが、即座に言葉を発することで何も言わせないようにする。
    「だから…どうか、頷いてほしい。…辻ちゃんがおれのことを忘れちゃうまで……忘れちゃっても、一緒にいよう」
    おれが言い切ると同時に辻ちゃんはより一層顔をくしゃりと歪め、おれの肩口に顔を押し付けたかと思うと、控えめに…だが確かに頷いた。







    「おれ思ったんだけどさ」
    「はい?」
    「辻ちゃんが全部忘れる前に新しい思い出をどんどん作ってけば実質忘れなくない?」
    「それは……無茶じゃないですか?」
    「そう?割といけると思うんだけど」
    「俺たちは学生ですし…学業を疎かにする訳にはいかないでしょう」
    「でも防衛任務とかは一緒だしさ、土日どっちもか、最悪どっちかは出かけたら大丈夫そうじゃない?」
    「……じゃあ、今度の土曜日に恐竜の映画見に行きたいです。それで…次は飛行機の映画を見に行きましょう。落ちないやつ」
    「そうだね、そうしよっか」







    「……落ちましたね」
    「落ちちゃったねぇ」
    どよんと沈んだ様子の辻ちゃんに堪えきれず苦笑いする。
    「映画の感想とか見てたら大丈夫そうだったのに…」
    「まぁ、大体の人が飛行機に興味無いだろうし」
    否定できないのか変な顔をして黙り込んだ辻ちゃんを見て思わずふは、と吹き出した。
    「ま、今度は恐竜の博物館とか行こうよ」
    「…………飛行機の博物館が先なら行きます」
    「ええ?三門にあるかなぁ」
    「無かったら遠出でもなんでもしましょう」
    「……頑固だね、辻ちゃん」
    「告白してきた時の犬飼先輩には負けます」
    しれっとそんなことを言う辻ちゃんにうぐ、と言葉を詰まらせた。
    「……あの時はおれも必死だったんだし、仕方ないでしょ」
    辻ちゃんは嬉しそうに笑ったかと思うと、不意に悲しげに顔を俯かせた。
    「…………もし、犬飼先輩が辛くなって、もうやめたいってなったら……いつでもやめていいですからね」
    何を、なんて、聞かなくてもわかった。
    「……おれは、諦めないよ」
    辻ちゃんの腕を引っ張り、辻ちゃんの体をおれの腕の中に閉じ込める。辻ちゃんは往来でこういうことをするといつもは何かしらの苦言を呈してくるが、今日は何も言えないようだった。
    「おれはずっと辻ちゃんが好きだし、辻ちゃんも何度おれのことを忘れても、きっと…きっと、おれを好きになる。……好きに、してみせる」
    あまり身長が変わらないせいで同じくらいの高さにある頭を撫でてあげると辻ちゃんは躊躇いつつもおれの背中に手を回してきた。
    「だから、信じて」






    「俺、実は犬飼先輩が初恋なんですよね」
    何気なく言われた爆弾発言に、流石のおれもノートの上で動かしていた手を止めた。
    「……そうなんだ?」
    「犬飼先輩は何人目ですか?」
    「失礼だなぁ辻ちゃん。おれのことをちょっとは信じようって気概はないの?」
    「…だって、犬飼先輩チャラついて見えますし…」
    「じゃあ想像に任せるよ」
    真剣な顔付きでおれを見て頭を悩ませる辻ちゃんに、おれも辻ちゃんが初恋だよ、なんて恥ずかしいことは言い出せそうになかった。






    「…せん、ぱい」
    「犬飼澄晴、だよ」
    「……すみま、せん」
    「辻ちゃんが悪いわけじゃないでしょ、謝らなくていいから」
    「……はい」






    「犬飼先輩。今度この映画を見に行きませんか」
    これは飛行機が落ちなさそうなんですよ、と言いながら辻ちゃんが見せてきた映画のPVは少し前に一緒に見たもので、息を飲んだ。
    「…犬飼先輩?どうかしました?」
    「……いいよ。いつ行こっか」
    「明日の放課後とかどうですか?」
    楽しそうに笑う辻ちゃんにこの前行ったよね、なんて、おれには口が裂けても言えなかった。








    迷子みたいな顔をしてる辻ちゃんに気づいてふ、と笑いかける。
    「辻ちゃん」
    びくりと震えた肩に気づかないように、おれは目を伏せた。
    「おれは犬飼澄晴。……分かる?」
    辻ちゃんはおれの顔らへんに目をうろうろとさ迷わせた後ぎこちなく頷いた。
    「……は、い。いぬかい、せんぱい…」
    「…そ、よかった」
    まだ、大丈夫だ。






    「犬飼先輩って大人びて見えますけど、実際の所結構子供っぽいですよね」
    ケーキ屋のシュークリームを頬張りながら言われた言葉にきょとんとする
    「えー?辻ちゃんだって女子に散々大人っぽいとかミステリアス〜とか言われてるけど恐竜とか甘いものの前とかだと年相応じゃない?」
    タルトの上でゼラチンか何かでキラキラと光るぶどうをフォークで突き刺し、口に持っていき咀嚼すると薄皮が破れ、フルーツ独特の甘みが口に拡がった。
    「それは……」
    まぁ、好物の前だと多少差があれど精神年齢は誰しも下がるものだと思うが。
    「い、犬飼先輩は好きな物の前じゃなくても子供っぽいってことですよ!人前でべたべたしたがるし…」
    「……それは誘われてたりする?」
    きょとんとしていた辻ちゃんは数秒後顔をぼっと赤くさせた。
    「なっ…んで、そうなるんですかっ?!」
    嫌な予感がしたのか、手に持っていたシュークリームをお皿の上に置いてじわじわとおれから離れようとする辻ちゃんにこちらもフォークを置いて近づけば、一般的な広さのおれの部屋ではすぐに壁に背中がついてしまう。
    「だって今2人っきりだし、そういうことかなって」
    辻ちゃんの手におれの手を這わせるとぴくりと反応しただけで、特に抵抗はしないようだ。
    「せん、ぱ…け、ケーキが…」
    「後で、ね」
    目を合わせようとしない辻ちゃんの頬に手を添え、少し乱暴に唇を奪った。






    夜、ベッドでぼんやりと天井を眺める。
    辻ちゃんがおれのことを忘れる頻度が段々と高くなってきた。恐らく、気のせいではない。
    名前だって、一昨日教えたばかりなのに今日はおれの顔すら分からなくなっていた。さりげなく話題を振ってみたが、この前一緒に行った恐竜博物館のことも記憶にないようだった。
    その時が、確実に近づいてきている。その事実に震えが止まらなかった。
    辻ちゃんに告白した時はあんな啖呵を切っておきながら、完全に忘れられることがこんなにも恐ろしかった。






    「辻ちゃん、おはよう」
    わざと明るく振る舞い、いつものような笑顔を作って珍しく遅れてきた辻ちゃんに笑いかけた。
    「今日遅いね?寝坊でもした?おれは寝不足でさー」
    辻ちゃんの表情が何かおかしくて、嫌な予感に心臓がどくりと跳ねた。
    「……辻…ちゃん、どうか、した?」
    辻ちゃんは身動ぎしたかと思うと口をゆっくりと開いた。
    「……あ、の、すみません、新しい隊員の方ですか…?俺、話を聞いてなくて…」
    辻ちゃんは少し脅えたような表情をしている。
    そりゃそうだ。知らない男に自分の名前を知られているのだから。
    薄く開いていた口を固く引き締めた後にっこりと笑顔を作る。大丈夫、上手く笑えてる。
    辛くないわけじゃない。でも、大丈夫だ。






    「はじめまして辻ちゃん、おれは犬飼澄晴です。おれと、付き合ってくれませんか?」







    おれは何度でも、この言葉を繰り返す。
    そう、決めたのだから。
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    Replies from the creator

    柚子ひなた

    DONEエワの展示物です
    タイトルの通りの話ですがモブの自我が強めなのと読みやすさ重視で「」内でも改行したりしてます
    ドルパロ犬辻がラジオするだけの話「やばいやばいニコイチラジオ始まっちゃう…!」
    肩に下げていた通勤用カバンを床に投げ捨て、スマホの電源ボタンを押す。そして慣れた手つきで配信アプリを開いた。
    ニコイチラジオ、とは、同じアイドルグループで活動している犬飼澄晴……通称先輩と、辻新之助……通称辻ちゃんの2人がパーソナリティを勤めるラジオの名称である。
    片方が片方の話しかしなかったり、時折ご飯を食べていたりなどなど、なんとも自由な緩いラジオで、彼らのファンを筆頭に人気を博している。
    かくいう私もそのファンの1人で、箱推し…というやつだ。
    そもそもアイドルなんて興味なかった私がハマっているのはかなり珍しく、友達にこの趣味をカミングアウトするとよく驚かれる。しかし、女の子の扱いが得意そうな先輩と、パッと見軽くあしらいそうなのに女の子が苦手ですぐ赤面してしまう辻ちゃんという正反対な2人なのに、その実阿吽の呼吸と言えるほどのコンビネーションや信頼関係を見せられてしまえば堕ちるのは必然と言うべきかなんというか……
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    DONE海の犬辻企画(一天四海)さまにと書きました、デートしたり海に行ったりキャッキャしたりする友人・先輩後輩・チームメイト・相棒以上恋人未満な犬辻です。
    ※「スノーケリング」じゃなくて「シュノーケリング」を採用しました🦐
    「ちょっと、いいものあげる」

     風呂上がりに自室に向かって歩いている途中、下の姉から不機嫌そうに呼び止められて押し付けられたのは二枚組の水族館のチケットだった。
    「なにこれ珍しいね。どうしたの?」
     聞けば、新しくできた彼氏くんの都合がつかなくなったとかで行き場を失ってしまったらしい。
     友達と行けば?と言おうとして、これはきっと藪蛇なのだろうなと悟り、口を噤む。長姉にも次姉にもそれなりに可愛がってもらっている自覚はあるが、姉という絶対強者の前で弟は無力な存在だ。一番スマートなやり過ごし方を即座に頭の中で計算する。チケットを素直に受け取り「ありがとね」とお礼を言うと、姉は少しだけ笑顔を見せてくれた。
     内心ほっとしながらこちらもへらっとした笑顔で応じたが、おれへの用が済んだ姉のドアの閉め方には淑やかさの欠片もなく、やはり相当苛立っていることがありありと分かって震え上がる。おれはまだ見ぬ彼氏くんに頑張れ……と心の中で合掌しながらエールを送った。
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