大きな扉がゆっくりと開き、盛大な拍手の中、前髪をワックスで整えた辻ちゃんと真っ白なドレスに身に包んだ金髪の女の子が入ってくる。辻ちゃんは顔を少し赤らめて、けど嬉しそうに女の子に笑いかけた。
思ってた数十倍、きっついなぁ。
その感想を飲み込み、おれも観衆と一緒になって手を叩いた。
昔、辻ちゃんとおれはどちらから告白しただとか、そういう明確な言葉を掛け合わずに付き合っていた。普段はただの先輩後輩で、でも2人きりになったら手なんか繋いだりして。付き合ってることは誰にも言ってなかったけれど、ひゃみちゃん辺りは察してたかもしれない。
けれど、ある日突然辻ちゃんから自分じゃおれのことを幸せに出来ないと思う、という理由で別れを告げられた。引き止めればよかったのに、おれは物分りのいい男を演じ、頷いた。頷いて、しまった。
その日からおれたちはただの先輩後輩に戻ったのだ。
勝手に苦しさを覚えているおれを置いて、式は恙無く進んでいく。
辻ちゃんと花嫁が壇上に上がり、指輪を交換し始めた。辻ちゃんの手は少し震えていて、緊張しているのが伺える。指に指輪が着けられた瞬間、また歓声と共に拍手の音が響いた。ようやく音が止んだ頃、辻ちゃんが花嫁のヴェールを取り、おもむろに顔を近づけようとしたところでおれは息を詰まらせた。どくどくと心臓の音がうるさい。ほとんど無意識に目を逸らし、チャペルの床を見つめる。しばらくしてまた歓声が上がったことで心臓を抑えるように胸の辺りをぎゅっと握り締めた。
しばらくして2人が退場したことで、やっと呼吸の仕方を思い出したように息を吸い込む。
ああ、でも…あのまま呼吸の出来ないまま死んでいた方がマシだったかもしれない。
そう思いながら、次の会場に移るためにやけに重い腰を上げた。
妙に乾いた喉を潤すために飲みたくもないシャンパンを喉に流し込んだ。当然のように味は感じない。
「新郎の友人である犬飼澄晴さんからお挨拶」
「この度は結婚おめでとうございます。この度このような場にお呼びいただき光栄です」
これは嘘だ。おめでたいだなんて、心にも思ってない。けれど辻ちゃんのために、おれはおれ自身にも嘘をつく。
「これからはいつもの様に話させていただきます」
決意を固めるように、息を吸い込み、吐き出した。
「辻ちゃんと初めて会った時、実は辻ちゃんのことを気難しい子なのかなって思ってたよ。でもそれが違うんだなって思ったのはおれが機嫌悪いことが見破られた時だったかな」
あの時はほんとに驚いたな。会って1週間そこらだったのに、「もしかして、犬飼先輩今機嫌悪いですか?」なんて、ストレートに聞いてきたもんだから。デリカシーのない子だなって思ったけど、あれが辻ちゃんなりの気遣いだったんだろうね。
「正直、辻ちゃんは女の子と結婚すると思っていなかったから、スピーチを頼まれた時はとても驚いたよ」
恐らく普段の辻ちゃんを知っている人達から軽く笑いが起こる。
「でも、それと同時にすごく嬉しかった。おれに頼んでくれて、ありがとう」
これは半分本当で半分嘘だ。他の人に頼まれるくらいならおれがしたいけど、したくなかった。
「新婚生活が始まっても辻ちゃんはサポートがうまいから、きっとお嫁さんのことも支えてあげれるんだろうね」
「……最後にもう1回だけ言うね。辻ちゃん、結婚おめでとう。」
言い終わると同時に拍手が起こった。
「犬飼先輩!」
聞き慣れた声に振り向くと辻ちゃんが少し小走りでこちらに来ていた。
「スピーチ、ありがとうございました」
「あー…あんなんでよかった?」
「はい……あの、」
「ん?」
「おれがこうやって結婚出来たのも、全部、犬飼先輩のおかげです。ありがとうございました」
「……はは、そっか」
過去形のそれに、辻ちゃんの中でおれと辻ちゃんの関係はもう過去のものなのだと告げられた気分になる。
「幸せに…」
おれが辻ちゃんを幸せにしたかったよ
「幸せに、なってね。辻ちゃん」
背中に扉が閉まる音を受けながら自身の家に入る。
ぼーっと焦点の合っていない目をさ迷わせながら靴を脱いでいると急に胃がぐるりと一回転したような感覚に陥る。
「…ッ、ぅ…」
口元を抑えながら慌ててトイレに駆け込み、蓋を開けた。
「ぉ、え…ッ……ぅ……」