不凍港(仮題) -2「虎になった人が描いた絵」
「そう。知人が探していてね」
モンドの誇るレストラン、鹿狩りのテラスでパンケーキをつつきながら、蛍はにこやかに笑うタルタリヤを睨めつけた。パイモンも隣で難しい顔を作ろうとしていたが、口いっぱいに頬張ったパンケーキでふくれた頬と、満足げに緩んだ目がそれを妨げている。
朝から天気は快晴で雲ひとつ無く、軽い運動がてらに依頼をいくつか済ませたから、懐具合も悪くない。さわやかな風が大聖堂から鐘の音を運んできて、木漏れ日が揺れる文句なしの午後。ただし、タルタリヤと顔を合わせるまでは、という注釈付きだ。
どこかの世界でこんな話を聞いたような気がする、と蛍は思った。結婚の条件に無理難題を言いつける、月から降りてきた絶世の美女の話だ。残念ながらモンドの冒険者協会から依頼を受けたのは蛍で、詳細を聞きに行ったところ、依頼者として出てきたのはタルタリヤだった。夢も希望もない。
パイモンはパンケーキを味わううちに厳めしい顔を作る努力を忘れたようで、蛍の隣でふわふわと宙を泳ぎながら、夢見心地に口をもぐもぐとやっている。蛍の指はその頬に知らず吸い寄せられた。ぷにっとやると、もちっとしている。パイモンがなんだよう、と満更でもなさそうな声を上げて、その拍子に我に返って声をあげた。
「ほ、ほかに情報とかないのか?」
「持ち主がモンドにいるらしいってところまでわかれば充分だろ?」
「なら『公子』が最後まで探せばいいじゃないか!」
パイモンの奮闘を見守りながら、蛍は深くため息をついて、カトラリーを手に取った。正直なところ、タルタリヤが依頼人として出てきた時点でこのやりとりがどこへ行き着くかは決まりきっている。蛍はわかっていて、駄々をこねるポーズをしてみただけだ。報酬が上がりやしないかとのパフォーマンスを含めたささやかな抵抗ぐらい、許されたっていい。
蛍はパンケーキを一切れ口に入れた。表面はさくっと、中はふわふわ。バターの優しい香り、あまずっぱいラズベリーと、甘くとろけるシロップ。人のお金で食べる食事はなおさらにおいしい。薄暗い海色の瞳から目線をそらして、蛍はパンケーキと誠心誠意向き合うことにした。
「『公子』はこの街では動きづらいじゃないか。それに、うってつけの知り合いがいるじゃないかと思ってね」
「もしかして、オイラたちが依頼を受けるってわかってたのか」
「いやいや、まさか。さすがに俺も必ず君たちが出てくるとは思ってなかったよ」タルタリヤはコーヒーを煽って涼しい顔で続けた。「ただ君たちがモンドを訪れたのなら、こんな面白そうな話、逃すはずはないだろうと思ったけどね」
蛍は唸った。『好奇心旺盛なのはいいけどね、蛍』と言い出す兄の声がどこかから聞こえた気がした。忠告が遅いよ、お兄ちゃん。