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    kmmr_ota

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    GWT / K暁 / エンディング後の話(書ききれるといいな)

    ##GWT

    チープ・スリル(仮題)- 5 翌日、久々に大学に顔を出した暁人は、講義室の扉を開けて目線をめぐらせた。それに気づいた顔見知りの学生が息を飲むのを視界のはしに捉えたが、愛想笑いもおかしい気がして、結局無視を決め込んだ。
     暁人は大学の事務局を通じて、自分の取っている講義やゼミの教授たちに忌引を伝えていた。表立って口にすることはなかったが、暁人が忌引といえば皆が状況を察するだろう。両親を亡くして、妹が火事で意識不明の学生。暁人は同窓生の中では少々有名人だった。
     言い慣れないのであろう「ご愁傷様です」という声を、構内を歩く中で何度か掛けられた。ありがたくもぎこちなく、身の置き場のない、いたわりを感じる。
     すり鉢状にならぶ机は、いつもどおり後ろの方から埋まっている。内職に励むつもりもない暁人は、無難に前のほうの位置に腰をおろそうかと足を進めかけて、最後部でぶんぶんと手を振る見慣れた友人の姿に気づいた。軽く手を上げて制そうとしたが、それより先に相手の声がホール上の講義室に響き渡る。
    「暁人! 久しぶり!」
     晴れ晴れとした、いつも変わらぬ元気な声だ。暁人は思わず笑みをこぼす。つられて、教室にあった緊張感をふくんだ空気が、ふわりとほどけた。暁人を盗み見ていた目線が自然と外れて、ありがたく階段を登る。暁人が友人のとなりの席に身体をすべりこませながら机の上を見やると、彼の手元には内職をする気満々の、すなわち書き込みかけの五線譜が散らばっていた。炭酸水のペットボトルに、チョコレート菓子までまざってごちゃついている。暁人は友人の差し出す手に拳をかるくぶつけて、苦笑交じりに問いかけた。
    「休んでる間のノート、本当に任せて良かったのかな?」
    「そりゃあもちろん! 俺が取ったわけじゃないからキレイだよ!」
    「それを誇るなよ」
     はい、と暁人の目の前に滑ってきたクリアファイルには、きれいな文字がならんだルーズリーフのコピーや、書き込みがされたレジュメのコピーが何枚か入っていた。パラパラとめくって、何人かの筆跡が混じっているのを暁人は見つける。あとでなんとか聞き出してお礼を言わないと、とぼんやり思い、数拍おくれてハッとして、あわてて暁人は声を上げた。
    「ありがとう。君が取ってない科目のも」あるよね、と暁人は続けようとしたが、友人がぐっと身を乗り出したので言葉を飲み込む。ひどく深刻な顔で、友人は言葉をかぶせた。
    「それで科目、全部だよね? ……ねえ、やけに少なくない?」
     暁人は面食らったが、言外に込められた意味を察して続けた。
    「いまだに必修に追われてるほうが珍しいよ」
    「卒業にはまだ間に合うから!」
     友人の必死の抗議に、暁人はおもわず笑いをこぼした。ひじで脇腹をつっつく。本当か実にあやしいものだけど、なんだかんだ要領のいいやつだから、そうなのだろう。暁人はふいに、もうひとつの気がかりについて聞いてみた。
    「ちなみに、就活のほうは大丈夫なのか?」
    「大丈夫じゃないねえ!」
     友人は炭酸水のペットボトルを煽りながら、やけにほがらかに答える。大学四年で就職活動が解禁されてから、暁人は早々に内定をもらっていたが、この友人が秋になってもまだ行き先が決まっていないのは、学年の多くの人間が知るところだった。なにせ、この友人は典型的な夢追いバンドマンだ。とはいえ、学祭でも披露していたギターの腕が相当に良いことは、同じようにみなが知っている。
    「でも俺、高校生のころからちゃんと貯金してたからね。しばらくフリーターでもオッケ~」
     想定外の言葉が友人から飛び出てきて、暁人はしばらく反応ができなかった。貯金。青天の霹靂というか、藪から棒というか、失礼ではあるが、堅実な言葉が実に似合わないやつなので。なにせ、暁人はテスト前に泣きつかれて、何度か勉強を教えてやったことがある。
     なので、しばらくたって暁人ができた反応は、
    「……えっ」
     これだけだった。
    「なにそれ、その反応! 失礼だな~」
     ぷりぷりと怒る友人に、教室のどこからか野次が飛んでくる。
    「いや、この教室のほとんど暁人とおなじ反応だぞ」
    「え~! そりゃあ、俺ペラペラ野郎だけどさ、ギターだけは本気だよ!」
     腰を浮かせ、教室のどこへやら言い返す友人を見つめて、暁人はぼそりとつぶやいた。
    「……意外だけど、納得はするかな」
     でしょ、と変な姿勢のまま振り向く友人に向かって、暁人はうんと頷いた。
    「その計画性を課題にも発揮してほしいですけどね?」
    「すいません教授!」
     いつのまにか教室に姿を見せていた教授の声に、友人は腰を痛めそうな姿勢のまま返事をした。みなもどやどやと姿勢を正して座り直し、授業の開始をつげるチャイムが響く。教室にすべりこむ学生を尻目に、暁人もクリアファイルから、もらったルーズリーフのコピーを取り出した。急いで目を通さなくては。
    「暁人」
    「ん?」
     友人のささやくような声掛けに、暁人は手元から目を離さすに小さな声で返事をした。背中にぽん、と衝撃が伝わる。叩かれているのか支えられているのかわからないような、温度を残していくだけの、きわめてかるい接触が、涙腺をじわりと刺激した。暁人はルーズリーフを読み込むふりをして、身体をきゅっとちいさく縮める。
     そのあたたかさには、覚えがあった。ちょっと前のこと、真里の通夜の日だった。
     真里のいちばんの親友に、来てくれてありがとうと暁人が挨拶をしたとき。彼女は泣きはらして震えた声で、お兄さんも大丈夫ですかと、とぽつりとこぼした。遠方の縁遠い親戚が、心配ないぞと力強い声で電話をよこした。
     なによりも、暁人にはKKがいた。通夜が滞りなく進むなかで、KKはときおり名前を呼ぶ。暁人。右手がぎゅっと、強く左手をにぎりしめた。傍からみたらそれは、己を律するための動作にみえただろう。でも、暁人にはその痛みすらある強さが、なによりも頼れる熱だった。
     その日は一晩中、蝋燭と線香を灯して寝ずの晩をした。暁人はゆらゆらと揺れるろうそくのたよりない炎を見つめながら、麻里の思い出話をぽつぽつとこぼしたが、KKは存外に良い聞き役となって、しずかに相槌を打った。
     ひとつひとつの思い出を、KKに向かって、ほら見てよ、と差し出すたびに、別れの悲しみがすこしずつ、やさしいものにかわっていくのを暁人は感じていた。両親の思い出ばなしもホコリだらけの引き出しからひっぱりだすと、存外にうつくしく輝いていたので、暁人はおどろいた。KKもつられてこぼしていた。オマエ、そんな顔して笑えるんじゃねえか。
     暁人は、よし、と顔を上げた。前回のおさらいを経て、講義が本格的に始まろうとしている。ぼうっとしているわけにはいかなかった。真っ白なルーズリーフを取り出して、シャープペンシルをとりだし、ふと、机の上の炭酸水のペットボトルを、じっと見つめた。透明な水のなかを、しゅわしゅわと炭酸の粒が、上へ、上へと昇っていく。
     悲しみは永遠に、暁人の中に残るだろう。だけど、それだけではなかった。
     もう大丈夫だよ、と言うべきなんだろう。
     でも。
     暁人は、かち、とシャープペンシルをノックした。
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    kmmr_ota

    PROGRESSGWT / K暁 / エンディング後の話(書ききれるといいな)
    チープ・スリル(仮題)- 8 さまざまなマレビトと切った張ったの戦いを繰り広げてきた暁人でも、その門前に立ったときにはさすがに尻込みした。両手をいっぱいに広げても三人ぐらいは並べそうだ。高くもモダンなつくりの塀と木々で、屋敷の全容は外から把握できない。
    「どこまで続いてるんだろう」
     からだを乗り出して塀のさきを覗こうとした暁人の右手が、パントマイムみたいにぐい、と引っ張られた。KKの声がぼそりと呟いた。
    「やめとけ、知らんほうがいいこともある」
    「……それもそうだね」
     ひっぱられるままに任せて、暁人はもういちど身体を門の前に据えなおした。駅からここまでの道のりに立ち並ぶ家のなかでも、飛び抜けて立派な豪邸が本日の目的地である。
     あたりまえではあるが、東京に住まう妖怪たちについて、世間は認知していない。最後の関係者である娘にアポを取るにしても、どのように話を持っていくべきかと暁人は悩んだ。が、ええいままよ、と電話を掛けてみれば、あっけないくらいに電話のアポイントは快諾された。暁人が身分を名乗り、事情説明が隣家の主人と座敷わらしにまでおよんだ途端、あっけらかんと言われたのだ。
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