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    kmmr_ota

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    タル蛍になる予定の小説。2022/4/11改稿

    ##原神

    不凍港(仮題) -3 くるりと宙で一回転。パイモンは手足をいっぱいに広げて、あくびまじりの声を上げた。
    「暇だ〜」
     パイモンはふよふよと蛍の隣に移動すると、キャッツテールの猫みたいにソファに収まった。蛍も正直なところ、けだるい空気に任せて体をぱたりと倒してしまいたくなる。
    「少しぐらいなら眠っても構わないよ?」
    「寝ないよ。依頼の途中だし」
    「うーん、俺だけじゃ絶対に通してはもらえなかっただろうからね。正直なところ、依頼としては繋ぎをつけてもらっただけで充分すぎるくらいなんだけど」
     横目で伺ってくるタルタリヤから目をそらして、蛍は茶碗を持ち上げて唇を湿らせた。最初この応接室に通されたときには、この高級そうな革張りのソファに腰を下ろすことすら怯えていたパイモンも、さすがに長い待ち時間に堪えたようだ。完全に気が抜けている。
     結論から言うと、絵の持ち主候補はあっさりと見つかった。聞き込み一人目になる花屋のフローラが、それなら王献臣おうけんじんさんだろうと答えたのだ。
     璃月港にて貿易で成功して、モンドに早々に隠居した資産家。花を活けるため呼ばれることがあるが、さまざまな美術品が並んでいるので詳しいと思う。ただ忙しい人なので時間が取れるかどうか。
     モンド城下に建つ屋敷の位置を教えてくれたフローラに礼を言い、いちかばちかと飛び込んだ蛍とパイモン、それにタルタリヤは、出迎えた使用人の思わぬ歓待を受けた。
     栄誉騎士さん! なんと、我が家をおとなってくださるとは。モンドを助けてくれたこと、感謝の念が絶えません。わたしどもの主人が残した商会も随分助かったとか。いえいえ、もてなさなければ主人にわたしが怒られてしまう。さあさあ、どうぞ。お連れさまもご遠慮なく。
     やっぱり君に頼んで正解だっただろう、とタルタリヤに耳打ちされた蛍は、おもわず苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて、タルタリヤにひとしきり笑われた。
     かくして通された応接室で要件を伝えると、ありがたいことに、噂の通り忙しいらしいこの屋敷の主がなんとか今日中に都合をつけてみせるという。ただし時間がいつになるかわからない、と。
     それで、こうして三人、応接室でだらだらと時間を潰している。
     整えられた応接室は居心地が良かった。風味豊かな璃月式の茶に、ドライフルーツやナッツが並ぶテーブル。座り心地のよいなめらかな革のソファ。最近、塵歌壺の中で試行錯誤を積み重ねてきたから、ようやく蛍もわかるようになったが、部屋の角の本棚は質のよい萃華材だ。オイルが丁寧に刷り込まれた、品の良い輝きがある。
     しかし、どんなに居心地がよかろうと、暇なものは暇だった。
     いつのまにかパイモンのかすかな寝息が聞こえてきて、へんに穏やかで懐かしいような、まどろみの空気があった。蛍は時間を求めて窓を見やる。フローラへの情報料と手土産を兼ねて買い求めたセシリアの花束が、使用人の手によって整えられて窓辺を飾っていた。白く清らかな花弁が、夕日を受けてオレンジ色に染まっている。
     蛍のぼんやりとした視線を追って、タルタリヤがふいに腰を上げた。立ち上がって窓辺に歩いていくのを、蛍は目線だけで追いかける。
    「この花ってモンドの名産かな?」
    「うん。星拾いの崖あたりに咲いてる」
     ふうん。どこか上の空の返事を声を上げて、タルタリヤはセシリアの花に顔を近づけた。
    「香りまで風の街らしいね。爽やかで清廉だ」
     蛍は同意を返そうとして、わずかな違和感を覚えた。単に事実を並べただけではない、興味とかすかな郷愁。蛍はしばらく言葉を探して、ああ、これだと思いついた。
    「珍しい?」そう、これ。
     蛍の言葉に目を丸くしたタルタリヤは、自覚がなかったようだった。顎に手をあててしばらくうつむき、うん、と頷いて静かに言葉を返した。
    「そうかもね」タルタリヤはまぶたを伏せて続ける。「俺の故郷で花といえばライラックだった。甘くて、重い香りがする。短い春を縫うようにぱっと咲くんだ。妹が……トーニャがドライフラワーを作るんだけど、部屋中にあの香りが充満してね」
     タルタリヤはかすかな笑みを浮かべ、セシリアの花弁をひと撫でした。大事なものを思う人間の柔らかい声。故郷に残した家族を思うあどけない青年の表情だ。
     こういうところが、よくない。
     蛍はこういう表情を見ると、張り詰めた警戒の糸をどうしたものかと途方にくれる。弱者を気にしている余裕なんてない、と言い切って璃月の民を溺死させようとした彼と、違いなく同一人物のはずなのに。
    「はあ……」
     なんだか、ばかばかしくなってきた。蛍はずるり、とソファーから腰を滑らせる。正直なところ、蛍はこの青年に向ける態度をずっと決めかねている。故郷の家族に会いに行く約束をして、相棒と呼ばれ、それでも殺し合うことはできる。蛍の気の抜けた声を聞いて、タルタリヤは壁に背中を預けて笑ってみせた。その笑い声をうらめしく聞き流す。
     ずっと空だけが蛍の基準で、蛍の一番大切だった。そんな空がいなくなってしまった。パイモンは蛍の閉じた世界に入ってきて、蛍は最近ようやくパイモンとふたりで歩く世界というものに慣れはじめてきたところだったのに。
     幼い頃の人形あそびを思い出す。小さくもうつくしく作られた家と家具、すてきな小物たち。テーブルに並んだ椅子に、人形を座らせていく。空はわたしの一番大切な家族。パイモンはわたしの相棒。じゃあタルタリヤは? 躊躇しているすきに、彼はすべてをテーブルから叩き落とし、家を破壊していってしまう。彼の呼び出す、あの空を泳ぐ鯨みたいに、すべてを押しつぶしてまっさらな土地でわらっている。
     蛍は宙を仰ぐ。王献臣おうけんじんさん、早く来ないかな。切実に、ノックの音という天の助けを求めていた。
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    kmmr_ota

    PROGRESSGWT / K暁 / エンディング後の話(書ききれるといいな)
    チープ・スリル(仮題)- 8 さまざまなマレビトと切った張ったの戦いを繰り広げてきた暁人でも、その門前に立ったときにはさすがに尻込みした。両手をいっぱいに広げても三人ぐらいは並べそうだ。高くもモダンなつくりの塀と木々で、屋敷の全容は外から把握できない。
    「どこまで続いてるんだろう」
     からだを乗り出して塀のさきを覗こうとした暁人の右手が、パントマイムみたいにぐい、と引っ張られた。KKの声がぼそりと呟いた。
    「やめとけ、知らんほうがいいこともある」
    「……それもそうだね」
     ひっぱられるままに任せて、暁人はもういちど身体を門の前に据えなおした。駅からここまでの道のりに立ち並ぶ家のなかでも、飛び抜けて立派な豪邸が本日の目的地である。
     あたりまえではあるが、東京に住まう妖怪たちについて、世間は認知していない。最後の関係者である娘にアポを取るにしても、どのように話を持っていくべきかと暁人は悩んだ。が、ええいままよ、と電話を掛けてみれば、あっけないくらいに電話のアポイントは快諾された。暁人が身分を名乗り、事情説明が隣家の主人と座敷わらしにまでおよんだ途端、あっけらかんと言われたのだ。
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