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    kmmr_ota

    @kmmr_ota

    いま好きなものを書きます / ジャンル不定の雑食

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    タル蛍になる予定の小説。「詩書画三絶」は実在する言葉ですが適当なこと言ってるので注意してください。絵のモチーフは趙之謙『花卉図』です。

    ##原神

    不凍港(仮題) -5「昔、わたしは璃月で何人かの従業員を雇用していました。彼もその一人です。とびぬけて力が強く、寡黙で、人より何倍も働く良い従業員でした。当然、わたしは彼に目をかけて、ある日の終わりに酒でも奢ると連れ出そうとしましたが、彼は言葉少なに断りました。
     いや、驚きました。彼の反応といえば黙って頷くばかりだったので、首が横に動くなんて思いもよらなかったのです。だからわたしも思わず、何か用事でもあるのかと、軽い気持ちで聞きました。
     絵を描きに行くのだと、彼ははっきり答えました。そして、堰を切ったように、こう捲し立てたのです。
     いつも皆が食事をとる人気の店の通りの入り口に、昔は洒落ていたのだろう茶屋がぽつんと立っている。侘しいものだが、夕刻にあなたの使いで街に出た時、その茶屋の前を通りがかったのだ。今日は夕立があった。だから、茶屋の店先の枯れた明かりが、石畳にぬめるようにひかっていたのを見つけてしまった。それからというもの、いちにち心奪われ気もそぞろ、今宵は筆を握らずにはいられぬのです、と。
     また、驚きです。当時、璃月において、絵画は詩と共に語られていました。詩書画三絶。すなわち、詩があってこその絵、絵があってこその詩、ということです。どちらかが欠けても、それは完成しない。尊き文化人たちの嗜みであって、身分のいやしい者には優れた絵は描けないと考えられていました。
     だからこそ、文字もまともに書けぬ彼が絵を嗜むと聞いて、わたしに卑しい愉しみがささやいたのです。ただ彼の雇い主という立場でしかないのに、彼の絵を品定めしてやりたいと思いました。絵心や風流など皆目検討がつかぬ成り上がりであるのに、知識人ぶって絵を買い上げて、恩でも売ってやろうと思ったのです。
     どう言いくるめたものか覚えていませんが、結局、後日彼の寝ぐらにある絵を見せてもらう運びになりました。もちろん当初の目論見を果たすべく、手土産に酒を持っていくと約束して。実のところ、彼が三杯酔の酒に目がないのは、皆のよく知ったところだったので。
     そして、月がわずかにかけたうつくしい夜に、わたしは彼の絵に相見えることになりました。
     …………。
     見事でした。いや、まったく。
     言葉を失うわたしを尻目に、彼は酒を煽りながら、機嫌よく身の上などを話しました。普段言葉もしらぬ寡黙なありさまだというのに、絵が絡むと傲慢なまでに雄弁な男であったのです。
     なにが彼の気に召したのか、いまでもわかりませんが、わたしはたびたび彼の寝ぐらを訪って、絵を眺めることになりました。
     結局、絵を買うことはそれから一度もありませんでした。彼が自分の絵を売り物だと認識していなかったということもありますが。商売人としての本能は商機を囁いていましたし、彼を応援したかったのであればなおさらです。金銭はあるに越したことはないのですから。
     でもそうはしなかった。であるなら、二度と訪れなければよかったのです。酒に任せた夜に妖魔にでも化かされたのだと。もしくは、くだらない、見向きもされぬ作品だと一蹴すればよかった。でもそのすべての選択を見送ったのは、つまるところ、ただの劣等感です。風流を解さずに上流階級に馴染めぬ成り上がり物の、つまらない矜持が……。
     しばらくして、彼は仕事を辞めると言い出しました。金が貯まったので、しばらく山奥にこもって絵を描くのだと。そして勤務の最後の日、選別にと絵を一枚よこしました」
     王献臣はそこまでひといきに語り切ると、重く息をつき、茶を煽って唇を湿らせた。いつのまにか、部屋の中には明かりが灯っている。窓の外は暗闇に沈み、部屋の隅に夜を運んでいる。王献臣が「きみ」と部屋の隅に佇む使用人に呼びかけると、使用人はひとつ頷いて、部屋を立ち去った。それを最後まで見送ることなく、また口を開く。
    「彼の雅号は虎狂こきょうと言います。詩どころか文字のわからぬ彼を、獣とか揶揄する人間がいました。本人はそれを面白がって、こう名乗ることに決めたのだそうです。だから、虎の描いた絵というのならば、おそらく彼の絵を指すのでしょう。先程も申し上げましたが、あまり絵を売るような男ではなかったので、世にある作品といえば、わたしの手元にあるものだけではないでしょうか」
     軽いノックを響かせて、使用人が数名部屋に入ってきた。先頭に立つ使用人は、手に持った木製の盆に、掛け軸をひとつ載せている。王献臣がひとつ頷くと、あれよあれよという間に机の上はきれいに改められて、代わりに掛け軸が開かれた。
     蛍が想像していたよりも、それは小さな作品だった。
     果実が木にたわわに実っている。荒々しい筆致だ。しかし重なり合う葉は驚くほど細かい。ぽっかりと抜ける果実は白く、柔らかく染まっている。絵の技工について蛍は疎かったが、好きか嫌いかはわかる。好きな絵だ。生き生きとした力強さがあり、でも、すっきりしている。
    「――さて、この絵が欲しい人間・・がいると?」
     絵をじっと見つめていたタルタリヤは、その言葉を聞いてわずかに相好を崩した。
    「人間、ええ、そうです。でもご友人の絵であるならば、」
    「友人か」
     王献臣は友人、ともう一度口のなかで繰り返して、視線を落とす。
    「彼もわたしをそう呼んだ」
     王献臣はあきらかに、その単語を持てあましていた。沈黙の中に落ちた唸るようなその声を聞いて、蛍はとなりで神妙な顔を作って黙っているタルタリヤをちらりとみた。タルタリヤはすぐにその視線に気づいて顔を上げた。蛍はなんでもない、とかぶりを振る。
    「……どうぞ、持っていってください。お代はいりません。代わりに、わたしの恥を黙っていていただけませんか。彼が許してくれるかどうかはわかりませんが、あるべき場所にあったほうが絵は喜ぶでしょう」
     あるべき場所。
     蛍はもういちど、開かれた絵をじっと見た。あるべき場所。
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    kmmr_ota

    PROGRESSGWT / K暁 / エンディング後の話(書ききれるといいな)
    チープ・スリル(仮題)- 8 さまざまなマレビトと切った張ったの戦いを繰り広げてきた暁人でも、その門前に立ったときにはさすがに尻込みした。両手をいっぱいに広げても三人ぐらいは並べそうだ。高くもモダンなつくりの塀と木々で、屋敷の全容は外から把握できない。
    「どこまで続いてるんだろう」
     からだを乗り出して塀のさきを覗こうとした暁人の右手が、パントマイムみたいにぐい、と引っ張られた。KKの声がぼそりと呟いた。
    「やめとけ、知らんほうがいいこともある」
    「……それもそうだね」
     ひっぱられるままに任せて、暁人はもういちど身体を門の前に据えなおした。駅からここまでの道のりに立ち並ぶ家のなかでも、飛び抜けて立派な豪邸が本日の目的地である。
     あたりまえではあるが、東京に住まう妖怪たちについて、世間は認知していない。最後の関係者である娘にアポを取るにしても、どのように話を持っていくべきかと暁人は悩んだ。が、ええいままよ、と電話を掛けてみれば、あっけないくらいに電話のアポイントは快諾された。暁人が身分を名乗り、事情説明が隣家の主人と座敷わらしにまでおよんだ途端、あっけらかんと言われたのだ。
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