[習作]無題 死亡診断書を受け取った場合、七日以内に死亡届を役場に提出しなければならない。
そう記載されたプリントの文字を目で追いながら、暁人は看護師から説明を聞いていた。わからないところはありますか? 同情といたわりをこめた優しい声が問うて、いいえ、と暁人は返した。三度目なので、勝手はわかっている。口には出さなかったが、それが暁人の現実だ。病院と提携する葬儀社に連絡をしてもらい、滞りなく手続きは進む。葬儀は三日後と決まって、暁人は渋谷中央病院の相談室を後にした。
いったい渋谷になにが起きたのか? 世間はさまざまに騒ぎ立てたが、暁人がニュースを見るかぎりでは真相に届くものはなかった。とある科学者が彼岸と此岸の境界を無くそうとした、など誰も思い浮かばないだろう。いまのところ、台風の影響で発生した謎の大停電というのが有力な説になっているが、それだけでは説明のつかない問題がありすぎて、報道は混沌を極めていた。
魂の抜けた麻里の亡骸は、元通り病院の部屋に横たわっていたという。両親が連れてきてくれたのだろうか? 死亡診断書の原因欄には、滞りなく一酸化炭素中毒と記載された。暁人には、それで充分だった。
* * *
暁人が自宅のドアを開けると、もう夕闇が部屋の隅々に染み込んでいた。スニーカーを揃えもせずに脱いで、足速に短い廊下を進む。火事が起きてから――麻里が入院してから住み始めたワンルームの部屋は、あたりまえだが誰もいない。ベッドに煩雑な書類の入った鞄を投げ出して、暁人は床に座り込んだ。上着を脱ぎ去る気にもなれなかった。
麻里の高校と友人に、連絡を入れなければいけない。遺影にする写真を選ばなくては。葬儀社との次の打ち合わせはいつだっただろうか?
疲れた、と暁人は思った。その単なる事実は、暁人をほんの少しだけ救った。疲労は、いま暁人が後ろめたさを感じることなく受け止められる唯一のものだった。