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    zeppei27

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    傭泥連載「鍵と錠」の第四話〜〜しばらく会えなかった二人が再会するところから!大体半分近くは書けた……これを含めて三話で終わる予定です。

    鍵と錠 #4 誰かに会うことに、クリーチャー・ピアソンがこれほど緊張したことはなかった。たった数日会わなかっただけで、さながら千年も過ぎ去ったかのような遠い時間の流れを感じる。友人のアンドルー・クレスやノートン・キャンベルには二週間近く会っていないが、彼らに会う際はなんら気負うことはないだろう。家から出たままの、力が抜けた調子で出会っても何一つ問題ない。

    ましてや会おうとしている相手――ナワーブ・サベダーは知人に足を突っ込んだ程度の数日間のお友達である。以前にも幾度か理性が鼻で笑った通り、クリーチャーの胸に今押し迫っている感情は、到底数日間の仲に向けるべきものではなかった。まるで、何年も会えなかった旧友や兄弟、家族のような面映さを持った人間がこれまでいただろうか?ただ言えるのは、あの世馴れた青年の導きに従う時間は悪くないということだけだ。

     直接会って話したのは二日間、それから先は先方の都合で丸々会えず、さながら糸電話のような頼りなさでメッセージのやりとりを重ねた。クリーチャーとナワーブの関係の主題は、如何にクリーチャーを魅力的に仕立て上げるか、であるので当然ながら内容は日々の過ごし方に終始する。おかげさまである程度までは衣服を比較的センス良く選ぶことができるようになったし、姿勢はしゃんとまっすぐに伸びつつある。職場での評判も良い。今ならば、以前よりも胸を張ってエマ・ウッズにだって挨拶できる気がしていた。

     誇らしい成果をもたらしてくれた上に、さらに先へと連れていってくれるはずの男は、今日ようやく波止場に降り立つのである。帰る日の夜遅くに会いたい、というナワーブからの申し出を受け入れたのはクリーチャーの意思だった。夜遅くにと言われたにも関わらず、ソワソワとして仕事に集中できないがためにこうして夕日を眺める理由は、我ながら理解できないでいる。こんな真似をするのは勤めるようになってから初めての出来事で、聞き入れた上司のバルクも僅かながらに怪訝そうな表情を見せた。

     波止場に足を踏み入れるのはもうずいぶん久しぶりのことで、傾きつつある太陽がどんどんと海を紅に染めてゆく様子を眺めながら、クリーチャーは呆然と船着場の柵にもたれかかっていた。ザアザアという寄せては返す波、ミャアミャアと鳴くのはウミネコで、叫びながら走っているのは恐らく置き引きにあったらしい客、それと港湾警察官のホイッスル、クラムチャウダー売りの呼び込みなど、波止場はひどく賑やかである。まるで自分ばかりが世界から切り離されたような居心地の悪ささえ覚えた。

    「どんな顔して会えばいいんだか」

    唇からこぼれ出る声があまりにも浮ついていて面映い。誰かに聞かれていはしまいかと慎重に周囲を見渡したが、波止場を往来する人々は皆自分自身に忙しく、他人にかまける暇は少しもないようである。世間とは大体そんなもので、クリーチャーなど勘定のうちに入れずに進んでゆくのが常だった。そんな日常を打ち破るかのように、たった二日しか出会ってもいない青年に、会って話がしたい、と誘ったのは青天の霹靂である。

     この数日間、あれこれ言い訳をしていたものの、どうしようもなくナワーブに会いたくなってしまった。会って、話をして、自分が騙されていないことを確信して――言葉だけでは表しきれない名状しがたい気持ちを晴らしたい。あっさりと応えた相手は好感触のようで、誰かと親しむ経験が少ないクリーチャーは素直に喜んでいいものかとかえって頭を悩ませた。全ての答えはこれから真っ暗闇の中でわかるだろう。

     気分転換も兼ねてナワーブが見たいと期待する『クリーチャー・ピアソン』像に想いを馳せる。きっと、彼が旅立つ前よりも洒落て、しゃんと背筋が伸びて、もう少し自信に溢れた姿に違いない。こんな風に何時間も前から待ち構えて心の準備をする男ではないだろう。要するに、今の自分はどう足掻いても格好悪いのだった。服装に関しては、今日も職場に遊びに来たトレイシー・レズニックや常連客の美智子(彼女はホテルの経営者なのだ、東洋風のもてなしが人気らしい)に太鼓判を押してもらったので安心して良い。問題は姿勢の方で、どうにも落ち着かずに柵に背中を預けるのがせいぜいの様子だった。

    年長者らしい落ち着いた振る舞いを想像する時、クリーチャーの頭に浮かぶのは街で専用の劇場を構えるセルヴェ・ル・ロイである。稀代の魔術師である男は、成功した人間らしい余裕と太々しさ、ついで洗練された仕草で人々を魅了していた。あそこまでぎらつきたいとは望まないが、あの余裕は見習いたいと思う。彼であればエマだってきっと――否、エマならばナワーブの方を選ぶだろう。彼のように若く溌剌として、その癖余裕もあって洒落た、心安らげる好青年に太刀打ちできる人間は少ないに決まっている。

    つらつらと僅かな思い出を引っ張り出してはこれから会う姿を想像すれば、こぼれ出るのはため息ばかりだ。ナワーブはクリーチャーを魅力的に仕立て上げると宣言したが、どう足掻いても彼ほどにはなれまい。多少改善されるだけである。その多少さえも、今まで通りの生き方ではなし得なかったのだから奇跡なのだが、どうにも月とスッポンのような比べようもない末路だった。

    汽笛の音が響き、すっかり暗くなった海に船が進みゆく。波をかき分けて現れる船の名を見て、クリーチャーは深く息を吸った。




     誰かに会うことを、ナワーブがこれほど切望したことはなかった。必死の思いで電話をかけて以来想いは益々募り、肥大した希望は今や妄想との区別がつかないほどである。たった二日しか会っていない、客であるクリーチャーに抱くには重すぎる感情だ。甲板から身を乗り出さんばかりに前のめりになって港の方角を眺め、今か今かと彼との距離に苛立つ。船は自分の何倍にも広いというのに、海と来たらばさらにその何倍にも膨れ上がって阻むのだ。

    子供のような怒りはどこにもぶつけようがなく、いつまでも引き止めようとした前回の雇い主への怨嗟に終わった。ジョゼフは申し分のない、金払いの良い客である。おまけに悪趣味であっても与えられる役割は挑戦しがいがある。ただ、今回はあまりにも間が悪かった。折角クリーチャーを導く楽しみが軌道に乗り始めたというところなのに、盛大に邪魔をしてくれた挙句に予定以上に拘束されたのである。否、契約を隅々まで確認しなかったナワーブの問題だろう。

     幸いなことに、不慮の事態は二人の関係には影響がなかった。クリーチャーは従順にナワーブが指示した通りに自分磨きを続け、あまつさえこちらに会いたいとまで言い寄るほどになっている。寧ろ大きく前進したと言って良い。前進?我ながら突拍子もない単語に思考が停止する。どこへ向かって進もうというのだろう。二人が乗り込んだ計画の最終駅は、彼が魅力的になることによってたどり着く。あるいは契約期間を終えた時が終わりで、それ以上はあり得ない。ナワーブとクリーチャーの仲がどうなろうが、その軌道には関係のない話だ。前進したところで、どんな新たな展開があるというのか。

    「格好悪いな」

    うだうだとくだらぬ悩みに終始する姿は、クリーチャーのトレーナーたる『ナワーブ・サベダー』らしからぬものだ。腑抜けた体の指示に従う人間は多くはあるまい。潮風に混じって時折頬に当たる波の礫が目に入って沁みる。疲れているせいか、今の自分は何もかもが剥がれ落ちたありのままのナワーブ・サベダーから立ち上がれない。仮面をかぶって脚本通りに動かなければつまらぬ人間だ、もちろん自分にとってはそれで良いのだが、このまま彼に会うのは如何なものか。

     年齢の割に、妙に素直な物知らずの男ならばあるいは、受け入れてくれるだろうか。埒外な考えに唇を歪めると、ナワーブは見る間に大きくなってゆく港の姿にため息をこぼした。どんな顔をして彼に会えば良いのだろう?ひとまず服の皺を伸ばし、ほこりを叩き、ついでに気合いを入れるべく両頬を叩いて降り口へと向かった。

     街は既に夜を迎え、1日の終わりを早々と告げるかのようにそっけない。そこここで再会を喜び合う人々を尻目に、ナワーブはあるはずの姿を探してキョロキョロと当て所なく探し始めた。市民広場で初めてクリーチャーに会った日が懐かしい。あの時はさして迷わずに彼を見つけ出すことができた。もう十分に見知った今の方が必死で探すことになるとは不思議な話である。

    「サベダー君」
    「っ」

    控えめながらも熱のこもった声が投げかけられ、ナワーブはグッと胸に押し寄せたものを堪えた。暖かくて優しくて、ついで涙をもたらそうとする波が、津波となってすぐそこまで来ようとしている。だが理性が働いたのはそこまでで、体は既に相手に向かって走り出していた。

    「ピアソンさん!来てくれたんだね」
    「約束したからな」

    くしゃりと顔を歪める男は、もう何年も会っていなかったかのように懐かしかった。呼吸を整えなければ、と思うもどうにも落ち着かない。宵闇が自分のこの余裕のない顔を誤魔化してくれて本当に良かった。そうでなければ、クリーチャーはもはやトレーナーとしてのナワーブを不要とするだろう。ここにいるのは、彼に会えて嬉しいという気持ちで手一杯の男に過ぎない。

    「お疲れ様。なんの仕事かは知らないが、大変だったみたいだな」
    「うん。思ったよりも時間がかかって……急に会えなくなって、ごめんね」
    「良いさ、仕事じゃ仕方がない」

    君の本業なんだろう、と悪戯げに告げる彼からはすっかり洗練された格好(とは言え、選んだのは殆どナワーブだ)も相まって、年長者らしい余裕が漂っている。今の彼ならば、以前よりもエマに堂々と相対できるだろう。あのエマに、と島での出来事を思い出してナワーブはゾッとした。言い知れないもやもやとした不安が腹の辺りを渦巻いて気持ちが悪い。

    「写真、毎日送ってくれてありがとう。レッスンも頑張って続けたんだね。マルガレータが褒めてたよ」
    「……騙されてないって、信じたかったからな」
    「え?」
    「なんでもない。マルガレータが褒めてたなんて驚きだな。会うたびに厳しく扱かれるだけなのに」
    「それだけ見どころがあるってことだよ」

    事実である。クリーチャーのセリフには引っ掛かりを覚えたものの、ナワーブは花開いた晴れやかな表情に流されることにした。そもそも、マルガレータがナワーブに連絡をよこすことからして珍しい。才能のあるなしではなく、クリーチャーの直向きな努力を汲み取ってくれたのだろう。緩やかに体つきも締まり始めたような気がして、ナワーブは心のままに痩せた体を引き寄せた。

    「わ、」
    「もっと近くでよく見せて。暗いからあんまり見えないんだ」
    「疲れて目が霞んでいるんじゃないか?もう家に帰って休んだ方がいい。もう店も閉まってる」

    真っ当な意見だが、今の自分が欲しいのはそんなものではない。どんなに疲れて眠くとも、彼に会いたいと願った。応えたのはクリーチャーで、目覚めたのはナワーブの奥深くに眠っていた飢えだ。電話をかけるまでに、どれほど逡巡し懊悩したかを彼は知るまい。幾度か躊躇い、手のひらを彷徨わせて、ナワーブはぎゅうとクリーチャーを抱きすくめた。

    「来てくれてありがと、ピアソンさん」
    「どういたしまして?」
    「うん。ね、明日もまた会える?」

    何が起きているのかわからず、目を白黒させるクリーチャーは可愛らしい。これまで何度か感じていたが、やはりこの年上の男性は自分の心の琴線をくすぐってやまない。可愛いだなんてどうかしている、だが実際可愛いのである。悩むくらいであれば受け入れてしまった方が楽だと疲れた頭が宣言し、ナワーブは素直に従った。

    「明日も会えると思う。でもなあ、君は疲れてるだろう?一日休んだ方がいいんじゃないか」
    「俺なら大丈夫。それにもう時間があんまり残ってないでしょ」

    純然たる事実を突きつければ、クリーチャーが押し黙る。彼の優しさは残酷だ――かつて演じられた役割に惚れてしまった誰かの捨て台詞が脳裏を過ぎる。からきしウブでモテない人間が、自分を振り回すとはずいぶん生意気な話だ、とナワーブは鼻を鳴らした。抵抗されないことを良いことに、背中に回した腕をさりげなく動かして相手の体型を把握する。出会いたての頃のものから緩やかに変化を迎えつつあることが、服の上からでもおぼろげに知れた。体の持ち主は悩ましげに眉間に皺を寄せるばかりである。が、うんとひとつ唸った後、不意にこちらを抱きしめ返してきた。

    「な、なに」
    「いや、君の体はつくづくよくできていると思って。で、でも、少しは私も変わってきただろう?」

    耳元で火山が噴火したかのようだった。良い体をしている、と遠回しに褒められたのだと分かった瞬間、ナワーブの血圧は一気に急上昇し、顔を耳まで綺麗に赤く染め上げた。全身赤くなっていたかも知れない。夜が深くなければ誰にだって不思議がられていたことだろう。なんとか気力を総動員してクリーチャーを引き剥がすと、ナワーブは長々とため息をついた。疲労のせいもあるだろうが、どうにも今の自分は不安定でいけない。

    「どうだ?」
    「うん。姿勢も良くなったし、筋肉がつき始めてるね」

    クリーチャーは体を離した理由について、自分の体を検分するためなのだと判断したらしい。本当はどうにかなってしまいそうだったからなのだが、ナワーブはありがたく便乗することにした。沸き起こった衝動については、まずは自分が冷静に理解してから実現するとしよう。
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    zeppei27

    DONE傭泥で、謎のスパダリ(?)ナワーブに悩まされるピアソンさんのお話です。果たしてナワーブの真意はどこにあるのか、一緒に迷いながら楽しんでいただければ幸いです〜続きます!
    ご親切にどうもありがとう/1 他人に配慮することは、相手に目に見えぬ『貸し』を作ることである。塵も積もればなんとやらで、あからさまでなしにさりげなく、しかし何とはなしに伝えねばならない。当たり前だと思われてはこちらの損だからだ。返せる程度の親切を相手に『させた』時点で関係は極限に達する。お互いとても楽しい経験で、これからも続けたいと思わせたならば大成功だ。
     そう、クリーチャー・ピアソンにとって『親切』はあくまでもビジネスであり駆け引きだ。慈善家の看板を掲げているのは、何もない状態で親切心を表現しようものならば疑惑を抱かせてしまう自分の見目故である。生い立ちからすれば見てくれの良さは必ずしも良いものではなかったと言うならば、曳かれ者の小唄になってしまうだろう。せめてもう少し好感触を抱かせる容貌をしていたらば楽ができたはずだからだ。クリーチャーはドブの臭いのように自分の人生を引きずっていた――故にそれを逆手に取っている。
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