約束は暁に「うーわー……もう駄目っぽぉーおいぃぃー……」
「何が」
食事を終えて風呂に入りそして上がってくるなり俺にもたれてきたサギョウの目はほとんど開いていない。
「ねむー……ぅいー……」
「そうだろうな」
半乾きどころかびしょ濡れのままの髪。頭に乗っているタオル越しに撫で回すとこっちの顔にまで水滴が飛んできた。
「あばばばば、揺れる揺れる〜」
「ここのところ忙しかったからな」
「そんでー、明日は普段よりはー、遅くから勤務なのにー、もう眠いー……」
「髪を乾かすまで待て」
「うぃー……」
ドライヤーを手に戻ると、前方を見つめているサギョウの目はぼんやりとしつつ、しかし眉間には皺が寄っていた。
「何を怒っている」
「あー……自分の──不甲斐なさ?」
「眠気は仕方なかろう」
「やー、でもさぁー……」
少しの間に自分でも拭いたのか、触れた髪はさっきほどは濡れていない。後ろから温風をあてた緑色の毛先は穏やかに揺れた。
「今日はせっかくできると思ってさぁー、準備だってしたのにさぁー、絶ーっ対無理だこれ、途中で寝る、どころか布団に背中をつけた時点で寝る、僕は」
「それでいい」
「えぇー……? あっさりしてんなぁ……そっかぁー、先輩はする気なかったのかー……」
「そうは言っていない、だが──」
ドライヤーの音にかき消されぬよう、互いにやや声量を上げた会話。俯き加減だったサギョウの額に手の平をあてて上向かせて、
「無理をおして仕事に障る可能性を自ら作るほど、お前は愚かではないだろう?」
逆さから覗き込むと、不満げだった半眼はすぐに細くなった。
「……そういう言い方されたら、僕は安心して寝ちゃうしかないなぁー、ふへへ」
緩み切った笑みにこちらの視界も自然と狭くなる。額に置いていた手で掬った前髪もさらりと乾いた。
「ほら終わった、おやすみ」
「あー、ありがとうございますー……てか、先輩まだ起きてんの?」
仕上げに指先で梳いた髪はサギョウが振り向いた拍子にすり抜けた。
「……何故?」
明確な答えを避けたのに理由はない。強いて言えば何となく──そう、サギョウが、その聞き方にそこはかとなく含みを持たせているように思えたから──それだけだ。
サギョウは分かりやすく、大袈裟なまでに緊迫した表情になって、言った。
「……いや、もし僕が寝たあと、先輩がひとりでするってんだったら、なんか、上手く言えないけどとにかくすげぇ居た堪れないけど、でも止める権利も無いし、それだったらせめておてつだ」
「無い、その予定は一切無いからお前もう寝ろ、今すぐ寝ろ」
何かと思えばそういうことか、と呆れて抜けそうな身体の力を引き止めてサギョウを抱き上げた。
「うわー、寝かされるー」
サギョウは立ち上がるときこそ俺の首に腕を回したが、あとはけらけらと笑いながら自力でベッドに歩いた。
「じゃあおやすみなさーい」
「うん、おやすみ」
もう一度言いながらカーテンを閉めて、それから俺もベッドに入った。
「……あれ、寝るんですか」
「寝る」
意外そうに聞いてくるサギョウの瞼は震えている。
「同じだ、俺も、眠い」
「なぁん、だ、そうだったのかぁ……」
抱き締めた身体、腰に回された腕に力はない。
「次、絶対、しましょうね」
「うん……」
疲労、よりも、ぬくもりとにおいが眠気を加速させる。
揺らぎ始めた意識の中で、声がした。
「……約束、って、いいね」
胸元にあたっている唇の動きは微か。
「僕ら、いつ、どうなるか分かんないけど、でも、約束があると、うれしいなって──頑張ろうっ、て、おもぅ……」
サギョウのその言葉と、声が、ますます俺を微睡みに引き摺り込んだ。それでも──
瞼を閉じ切ってしまう、ほんの直前で、小指同士を絡めて、そして控えめに香る髪に口付けてから、
俺は、いい夢が見られそうだと我知らず微笑みながら、心置きなく瞼を伏せた。