大型連休、というものは、年に数回ある。
そしてその大型連休は、その間も休まず働き続けている者たちの所属する組織によって支えられているという点を、忘れてはならない。
ここ新横浜の吸血鬼対策課もそのひとつだ。
その日、半田は非番明けで更に日付を超えた深夜からの勤務であった。
一方、その恋人であるサギョウは今まさに普段よりも長く連なった勤務を終え、翌日は非番ではないにしろやや余裕のある勤務時間だと一息をついていたところ。
日中の一般警務への応援も増えるこの時期、勤務体系は普段以上に複雑に入り乱れる。その影響で、ここ暫く私的な時間を共に過ごせていないふたりは奇しくも正反対の状況で更衣室において久方振りに顔を合わせた。
公的な場に相応しい形式的な挨拶を交わしつつ、私服から制服へ、そして制服から私服へ、またしても正反対の着替えを進める中で、表情に疲れが滲むサギョウへ半田が潜めた声で告げた。
「冷蔵庫にカツサンドが入っている」
聞いた瞬間、サギョウは疲労により澱みかけていた天鵞絨の瞳を爛と輝かせた。それをちらりと一目した半田も、その金糸雀色の瞳をきらりと光らせた。
そしてそれ以上は──否、半田が一言だけ、
「少しでも休め」
と残して更衣室を去り、少し遅れてサギョウも家路へ着いた。
足早に、微かに頬を紅潮させて。
半田が勤務を終えたのはそれから十数時間後。
音を立てぬよう鍵を開け、入ったのはサギョウの部屋。
まだ眠っているかもしれない、と慎重に足を進めた先で、半田は目を見開いた。
「あ、おふぁえりなはい」
おかえりなさい、と言ったのだろうと一瞬遅れつつも理解した半田は、ただいま、と返して鞄をソファに置き、
「そんなに疲れていたのか」
と眉を八の字にした。
サギョウが、今、十数時間前に自分が冷蔵庫に仕舞ったカツサンドを食べていたからだ。
帰ってきたときには食べる気力すら無かったのか、と案じる半田に、サギョウは口に入っていた分をじっくりと飲み下してから、きょとんとした顔で答えた。
「や、別にそこまでじゃなかったんですけど、せっかく先輩が作ってくれたもんだから『疲れたな〜』っていうぐだぐだの状態じゃなくて、ちゃんと寝て、『一日の始まりだー!』っていういい感じのときにじっくり味わって食べたいなー、って思って、昨日は牛乳飲んでさっと寝て、そんで今万全の状態で食べてましたはむぅ」
途中から、我慢できないとでもいうように大きく口を開いてサギョウがかぶりついたカツサンドはどうやら最後のひとつのようだ。皿にはもう、何も乗っていない。
それを見て、半田は丸くしていた目をじわじわと細めながら、笑った。
「……っ、ははっ!」
「っふぇ、らりー?」
え、なにー? とサギョウは聞いたのだろう、それも理解して半田はひらひらと片手を振った。
「いや、食う元気があるなら安心したんだ、良かった」
「……っんぐ、なぁんだ、全然大丈夫ですよー? あ! もしかしてこれひとりで食べちゃダメだった 最初見たときたくさんあるなぁと思ったんですけどすんごい美味くて止まんなくて!」
「いやいやいいんだ、美味かったのならば何よりだ!」
慌てふためくサギョウの髪をがしがしと撫でながら半田は隣に腰を据え、最後の一口まで満面の笑みで食す恋人を愛おしく眺めていた。
その数時間後。
目覚めた半田は、先に部屋を出た家主である恋人が食卓に置いていった、
『これをレンチンしてご飯に乗っけて食べてって』
というメモを見つけた。その近くには、てらてらと魅惑的な茶色を纏って焼き上げられた豚肉が乗っている皿がある。更に、読み上げたと同時に鳴った、炊き上がりを知らせる炊飯器のタイマー音。
「本当に、タイミングを外さないな、あいつは」
呟きながらまた金糸雀色の瞳を細めた半田は、茶碗ではなくそれより少し大きめの丼に炊き立ての白米を盛り、言付けられたとおり温めた豚肉を乗せ、
「いただきます!」
と、宣言してから極上の豚丼を頬張った。