Unknown⑥「……そんなことを、考えていたのか」
話の途中から、ほんの少し首を回して片目だけ覗かせていた先輩が、今は完全に身体を起こして僕を見ている。
まんまるになっている両目に向かって僕は頷きがわりに笑ったけど、申し訳なさからそれは少し歪んでいただろうな。
何も言わなくてすみません、と、今更だとは分かっていつつ謝った僕に、先輩もいびつな笑みでかぶりを振った。
「有り難かった。変わらず傍にいてくれたことが。俺は──」
言いかけながら一度唇を閉じて、また開きかけて、それから僅かに首を傾げた先輩に、僕はどうぞ、と視線で続きを促した。
「あのとき……雑踏に紛れて聞こえていなかったか、それとも意味が通じていなかったか──どちらにしろ伝わらずに済んで、それまでと同じ距離に居られるのならそれで良かったと、安堵してしまっていた」
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