納得「ん……? ディオン・ルサージュ、香水を変えたのか?」
「え……?」
ディオン・ルサージュは前腕を鼻元に持っていき、匂いを嗅ぐ仕草をする。すんすんと音がした後、ディオン・ルサージュは首を傾げた。
「いや……いつもの私の付けている香水の香りだが……」
「? そうか……気のせいだったか……」
ザンブレクのベアラー兵として生きてきた過去があったため、ザンブレクの香水には多少知識があった。ディオン・ルサージュが仲間になったとき、彼から香る香水に、少しばかり懐かしさを感じた。しかしディオン・ルサージュの付けている香りは今まで嗅いできた香りとは少し違い、どこか品があり、優しい気持ちにさせてくれる、彼の人柄に合った香水だった。そんな彼の香りがふと違うもののように感じたのは気のせいだったのか……?
「あ! ディオン! リハビリは順調?」
するとそこへジョシュアがサロンへの階段を上りながら俺たちに片手を少し上げてやってきた。俺たち三人はオリジンへ向かい、生還したが、傷の治りが遅いのはディオン・ルサージュのみだった。ディオン・ルサージュはまだ不自由な身体を治すため、ここ隠れ家でリハビリを行っている。
「ジョシュアか。なんとか日に日に良くなっていっているように感じている。昨日なんか……」
そう言いかけたとき、ディオン・ルサージュははっとした顔をし、顔を掌で覆った。掌の隙間から見える顔色は何故か紅く染まっている。俺は不思議に思い、顔を覗き込む。
「……? ディオン・ルサージュ? どうしたんだ?」
「あ……それは……」
「ディオン様!」
するとそこに、サロンに響きわたる声が聞こえてきた。あの声は……。
「テランス……」
「ディオン様! また勝手に部屋を抜け出して……今日はベッドで一日中横になると決めていたではないですか!」
「すまないテランス……今日は天気が良くて、つい……」
「駄目ですよ……御身をお労わりください……まだお身体が完全な状態ではないのですから……」
そう言われ、ディオンはこくん、と頷くと、俺とジョシュアに顔を向けた。
「すまない二人とも。今日はこれで失礼する」
「ああ」
「ゆっくり休んでね。ディオン」
ディオンは俺たちににこりと微笑むと、ディオン・ルサージュの恋人、テランスに支えられて、部屋へと戻っていった。
「……?」
そのとき、爽やかな香りが鼻腔を擽った。これは先ほどディオン・ルサージュから漂っていた香水の香りではないだろうか。その香りはテランスが来てからより強く香るようになった気がする。
「なあ……ジョシュア」
「? なに? 兄さん」
「ディオン・ルサージュの香水、変わったと思わないか? 前のと違って今のはもっと爽やかな香りがしたんだが……それに先ほどテランスが来てからより一層その香りが強くなった気が……」
「え……?」
ジョシュアは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐその顔が破顔した。
「やだもう兄さんったら。気づいてないの?」
「え……?」
俺はわけがわからずただ笑っているジョシュアの顔を呆然と見ることしか出来ない。気づいていない……? 俺は何か見落としているのだろうか?
くすくすとジョシュアがしばらく笑い、息を整え、最後はふぅ……と息を吐いた。
「仲が良いよね。ほんと、あの二人」
ジョシュアは部屋へと戻っていくディオン・ルサージュとテランスを見やる。俺も自然とジョシュアを真似するように二人の様子を見てしまう。すると突然ディオン・ルサージュがテランスをぎゅっと抱きしめ、熱い口づけを交わした。それを傍で見ていた恋多きアスタが黄色い声を上げている。
……ああ……なるほど……そういうことだったのか……。
俺はつい照れくさくなり、またジョシュアも一緒だったのか、お互いに目が合い、思わず笑みがこぼれてしまった。