愛しているからそばにいて 873年、我が団員の一人が遂に婚姻を結んだらしい。紛争の最中、何か彼を駆り立てる物があったのか、令嬢に求婚をしたと。報告にきた部下の脂下がる顔に、つい驚いてしまった。
しかしその部下の嬉しそうな表情を見て、私の心は温かくなった。部下の様子から察するに、そのご令嬢とは昔から仲が良いのだろう。きっとこの部下はこの先素晴らしい家庭を築いていける。どんな戦がこの先に待ち受けようとも、必ず令嬢のもとへ帰っていくだろう。
私は部下に祝いの言葉を告げ、今度団員達で祝いの席を設けようと提案した。部下は破顔して提案を受け入れてくれたが、その瞳には涙が浮かんでいた。私はその涙の意味を知っていて、あえて言葉にしなかった。
◆◇◆◇
夜空には月が光り輝いている。私は酒の席で盛り上がっている天幕から外に出て、風に当たっていた。
「ディオン様」
するとテランスが私の後を付いてきて一緒に天幕から出てくる。私はテランスを見て、焦燥感に襲われた。数か月前に起きたウォールードとの闘い……。そのときに数多くの仲間を戦で失った。明日は我が身。あの部下はそう思って婚姻へと急いだのだろう。思い残すことのないように。
「テランス……」
私はテランスの胸に飛び込んだ。以前テランスが死ぬのではないかと、テランスを庇った過去を思い出す。あのような恐ろしい思いを部下も感じたのだろうか。私は父上、無辜の民のためここに立っている。恐れていることなど何もない。それなのに、ふと心細さを感じる時がある。それが、今だ。
「ディオン様……ディオン……」
テランスは私の様子を察したのだろう、ぎゅっと抱きしめ返してくれて、私を安心させるように唇を吸ってくれる。その甘い啄みが心地良く、しばらく私たちはお互いを求めた。顔の角度を変えた刹那、テランスが私の顔を掌で包み、瞳を覗き込んでくる。テランスの瞳には顔を赤くした私が映っている。
「ディオン……私は必ず、あなたの元へ帰っていきます」
「……」
その言葉に、私は嬉しくなり、涙がこぼれ落ちた。何があろうとも、テランスが私の傍にいてくれる。どんなに遠く離れることがあろうとも、私たちは繋がっている。
「テランス……」
「ディオン……愛している……愛しているよ……」
ああ……その言葉だけで、私はまた頑張れる。血に塗れた大地に立っていける。私はその言葉を何度も心の中で反芻しながら、また口づけを求めた。