今度からは教えてね そのことに気付いた瞬間、身体中から血の気が引いたような感覚が襲った。何度目を擦ってみても、結果は同じ。
いない。いないのだ。
「何故……」
私の大事な、テディベアが。いつも置いてある場所から、いなくなっていた。
◆◇◆◇
「これを……私に?」
「うん!」
それは、まるでテランスに似たブルーグレーの瞳をした可愛いテディベア。そのテディベアを持って、にっこりと微笑み、私へと差し出してくる子供の頃のテランス。
「家の中までは一緒にはいられないから……これを、僕だと思って」
「……!」
私は嬉しかった。心の中に花が咲いたようだった。私はテランスからテディベアを受け取り、ぎゅっと抱きしめる。
家は隣同士で、よくお互いの家に遊びに行ったりしたけれど、さすがに夜までは一緒にはいられない。私が「テランスともっと一緒にいたい」と泣いてしまったことを覚えていてくれていたのだろう。優しいテランスは私のために、テディベアを買ってきてくれたのだ。
「テランス……大好きだ」
私はテランスの頬に喜びのキスを贈った。テランスはハッとしてあわあわとしていたが、その様子がとても可愛らしかった。はやく大人になってテランスと結婚したいな。子供の頃の私はそう思って、腕の中にあるテディベアをぎゅっと抱きしめなおし、そのテディベアにもキスを贈った。
「あ! ずるい!」
さっきまで恥ずかしそうにしていたのに、テランスはテディベアに嫉妬した顔をしてくれた。私はまた嬉しくなってテディベアにキスをする。
「だめ! ディオンとキスするのは僕だけなの!」
「ははっ」
それは遠い過去の記憶。だけど大切な、テランスとの思い出だった。
◆◇◆◇
それなのに……。
「無い……なんて……」
何故? いつから? ずっとそこにあるのが当たり前でいなくなってしまったことに気付くのが遅くなってしまった。あんなに……あんなに今まで、大きくなって結婚してからも大事にとっておいていたのに。
「いやだ……いやだ……」
大事なものなのだ。子供の頃の寂しかった夜も、あのテディベアが慰めてくれた。結婚して一緒に住んでからもずっと傍にいてくれたのだ。大事な宝物なのだ。それを失うなんて、絶対に嫌だ。
「テランス……テランス……」
今日はテランスは仕事で大事な会議があって遅くなる。そんな大事な時に連絡したら迷惑をかけてしまう。しかし心の中はぐちゃぐちゃになって混乱してしまっている。次第に目から涙が盛り上がり、頬を伝っていった。
「テランス……私は、どうすれば……」
そのとき、家の呼び鈴が耳に届いた。
◆◇◆◇
「ただいま」
「テランスのばかぁ!」
「え!?」
私は家の玄関でぽかんとした表情をしたまま立っているテランスに、ぷいっと顔をそむけた。そのときに私が抱きしめているものを見たのだろう。テランスが口を開いた。
「あ、クリーニングから戻ってきたんだね」
そう。テランスはぬいぐるみ専門クリーニングにテディベアを送っていたのだ。
「よかったぁ。綺麗に汚れが取れてる。やっぱり専門店で洗ってもらえるとまた色合いが違って見えてくるね……ディオン?」
ふん。テランスのばか。
「ど、どうしたの? なんでそんな不機嫌そうな顔しているの?」
「今日は私、こっちのテランスと一緒に寝るからな」
「ええ!?」
「あらかじめクリーニングに出していたことを教えてくれなかった罰だ。さ、行こうテランス♡」
そうして私はテディベアのテランスにちゅっとキスをした。
「ああ! なにしているの! ディオンとキスするのは僕!」
そうしてテランスは私の肩を抱き、テディベアと一緒に私を抱きしめてくる。
「ごめん……ディオン……」
テランスはうるうると瞳が揺れはじめていく。それを見て、私の胸がちくりと痛んだ。……さすがに私も、態度が悪かったか……。
「……今度からはちゃんと、伝えるのだぞ?」
「もちろん」
そうして私たちは見つめ合い、そして……唇が重なった。テディベアは私たちに挟まれて、窮屈そうにしていたのだった。