誓い「ディオン様……あそこに古びた建物が見えます、あそこで雨宿りしましょう」
そう言ってテランスは鉛色の空から叩きつける雨から守るようにマントで私を包み、少しだけ早足になった。びしゃびしゃと雨のなかで歩くたびに地面の泥が跳ね、靴が汚れる。しかし私たちは気にせず、突如降り出した雨から逃げる様に建物の中へと入っていった。
「ここは……」
テランスがまず建物の扉を開けると、しばらく呆然とした様子で中を見ていた。私もテランスの後ろから覗き見ると、その建物の正体は教会だった。テランスと旅をしてしばらく。様々な場所を見てきたが、ここの教会はザンブレクの教会と少し似ていた。中央に置かれている像は、竜……だろうか?
「驚いたな……このような場所に、竜を崇める宗教があったとは」
オリジンでの闘いからどれくらい経っただろう。私は奇跡的にあの闘いから生還し、テランスと共に生きることを誓い、旅に出ることにしたのだ。世界は広く、外大陸はまだまだ知らないことだらけだった。ヴァリスゼアにいただけでは、けっしてこのような竜を崇める宗教があったことなど知ることも無かっただろう。
「この竜……優しい瞳をしています」
テランスが教会の奥まで進み、竜の像を仰ぎ見る。見慣れない竜の姿だったが、雄々しさの中にどこか……ここに祈る全ての人たちを守りたいと思っているのか、慈しみのような雰囲気を感じさせた。私も、昔はバハムートとして生きてきた過去があったため、その竜の像に親近感が湧いた。しかし、私は過去の事を思い出し、胸がずきりと痛んだ。アルテマによって暴走し、民をこの手で殺めてしまったことを。バハムートの翼を見せれば民は皆安心してくれた。しかしそのバハムートの力で皆を苦しめてしまった。この罪は一生消えない。テランスと共に今進めている旅は、己を見つめなおす旅になっている。オリジンから帰還してすぐの私は今後どう生きていけばいいのかわからなかった。死ぬつもりだったのだから。そんな戸惑う私にテランスは旅へ……外へ行こうと道を示してくれたのだ。「ディオン様……あなたには生きて、新たな道に進むべきです」と……。新たな道。それはどのような道なのか、まだ私には掴めていないが……。
「……ディオン様」
「……?」
しばし考え込んでいたその時、テランスから声を掛けられた。
「教会の中をざっと調べたところ、特に異常はありませんでした。しかし……教会椅子にこのようなものが……」
そう言ってテランスが何かを私の前に差し出してくる。これは……。
「ベール?」
そう、テランスが持っていたのは、白くて薄い生地で出来ているウェディングベールだった。何故これがこんなところに? ここで過去に結婚式でも行われていたのだろうか? そしてウェディングベールだけ何故か取り残されて?
「不思議だな……」
こんな古びた教会に、謎のウェディングベール。不思議なことがあるものだ、と私が思っていたそのとき、テランスがそっと、私の頭にそのウェディングベールをかけてくる。
「てっ、テランス……?」
「ディオン様……」
どきりとした。ここは教会。そしてウェディングベール。これではまるで……。
「テランス……」
心臓がドキドキと高鳴る。外は雨の音しか聞こえず、魔物や人の気配も無い。テランスと私、二人だけの空間。その空間が甘い空気になっていくのを感じる。
「ディオン様……とても、綺麗です……ずっと、そしてこれからも、お慕いしております……」
そうテランスは呟き、私の唇にそっと口づけをした。ああ、そんな、この状況はまるで結婚式ではないか……。もう私とテランスはオリジンからの帰還後、リハビリ中に隠れ家でお世話になっている間に皆に見守られながら結婚式を挙げているというのに。
しかし今は違う。誰もいないこの空間。私たちは今、知らない土地の教会のなかで。二人だけの結婚式をするのだった。
「テランス……私も、お前を愛している。これからも、ずっと……」
テランスの啄むような口づけの合間に私も言葉を返す。テランスは目を細めて、そして何度もキスをしてくれる。私も顔の角度を変えて、テランスのキスを受ける。
「ディオン様……」
「テランス……私の夫……」
この教会のなかでは誰も私たちを祝福してくれる人はいない。ただ埃っぽい空気の中、何故ここにあるのかわからないウェディングベールを頭にかけて、自分たちのしたいようにやる結婚式を挙げている。
そんなとき。
「……!」
「ディオン様……?」
突如、竜の像の方からエネルギーを感じ、私は顔をそちらに向けた。一瞬感じた強いエネルギー。それは……。
「バハムート……?」
忘れることなど絶対に出来ない、いつも身近に感じていたあのバハムートの気配が一瞬だが感じられたのだ。そして私は、ふと思った。もしやバハムートが私たちを祝福してくれたのではないか……。
「……まさか、な」
もう、バハムートはこの世にいないのだ。しかし先ほど感じたあの感覚はまさしくバハムートの存在そのものだった。
「テランス」
私はテランスの手を取り、竜の像の前に改めて立つ。そして私は口を開いた。
「竜の神よ。私はテランスと共に生きることを誓う。たとえどのようなことがあっても、二人で乗り越えてみせよう」
竜の像は、当たり前だが何も言わない。だがしかし、ふわりと心が温かくなるのを感じた。
バハムート……。
やはりバハムートの存在を感じることが出来る。私はそれがたまらなく嬉しかった。私は思わず涙がこぼれた。
「ディオン様……」
テランスが心配そうに私を見つめていた。私は心配させてはいけないと思い、ぐいっと腕で涙を拭いた。
「テランス……愛している……」
私はテランスに抱きつき、もう一度キスを求めた。その際にウェディングベールがふわりと舞うのを感じた。