異国の地にて「デカンショ デカンショで 半年暮らす アヨイヨイ」
入学式を終えた今日、寮で就寝していたとき、ガタガタと遠くから突如耳につんざく太鼓を叩く音や歌が聞こえてくる。私は何が起きたのかわからず、起き上がり、同じ部屋に寝ているテランスに慌てて近づいた。テランスもがばりと起き、「ディオン様!」と私を守るように盾になった。同時に同じ部屋で寝ていた生徒が起き、叫びだした。
「ストームだ!」
「これが先輩たちが言っていたあの……!?」
ストーム? なんだそれは? 私とテランスはわけがわからず呆然としていると、部屋の扉がバタンッ、と大きな音を立てて開け放たれた。
「新入生だな!?」
「この学校に入学した抱負を訊かせてもらおうか!」
「全員そこに並べ!!」
バタバタと乱暴に、先輩たちが部屋に続々と侵入し、私たち新入生に命令する。私たちは皆驚きつつも、先輩たちの言うとおりに窓を背に一列に並んだ。
「むっ……? そこの二人……」
私は心の中でため息を吐く。先ほど就寝する前にも、寮で同室になった新入生たちに説明したばかりだというのに。部屋に入ってきた周りの先輩たちから「シャンだ。シャンだ」と私を見つめて声が聞こえてくる。
「おい! 君たちは日本人ではないな!? どこの国のものだ!?」
先輩の一人が太鼓のバチで私とテランスを指さす。私は嫌々ながら故郷で勉強した日本語で口を開いた。
「私と、隣にいるテランスは仏蘭西からここへ入学しました」
「仏蘭西人が何故日本の、男子校に入学したのだ!?」
それは……。私は遠い仏蘭西国にいる父の顔を思い出す。父の想いに応えたいと、その思いでこの遠い東の国まで勉学のために来た。しかし、この東の国で、私は何が出来るというのだろう。私はただ……、厄介払いのために遠い異国へ行かされたのではないかと、その可能性を考えてしまう。思わず俯きかけたそのとき、横に並んでいたテランスがはきはきと先輩たちの質問に答える。
「それはここ日本で、高潔で勇ましい大和魂を学びたいと思ったからです。先輩」
テランス……、助けて、くれたのか……? 私は思わず横目でちらりとテランスを盗み見る。テランスは顔をあげてキッと先輩たちに負けないとばかりに半ば威嚇するようにしっかりと立っている。先輩たちもテランスの男気に気圧されたのか、「ぐぬぬ……」と押し黙ってしまう。
「な、なるほど……、君たちの意志はわかった。次っ」
そう先輩が私とテランスの隣に並んでいる同室の生徒に先ほどと同じ質問を始めた。なんとかこの場は切り抜けられたようだ。私は小さくホッとため息を吐いた。するとテランスが私の手をそっと握ってくる。私はテランスの顔を思わず見た。テランスは私を見て、にこりと微笑む。まるで大丈夫だ、と安心させるかのように。私はテランスの気づかいに心が温かくなるのを感じた。
◇◆◇◆
「まったく、ひどい目に遭った……」
「ストームってこんな夜中に来るんだな……、まいったなぁ。明日の授業、頭に入るのかな……」
同室の生徒達がやれやれといった様子で布団に戻っていく。ようやく先輩たちが部屋から出ていったのだ。私もテランスも大きくため息を吐いた。
「ところで……、ディオン、テランス?」
もう寝ようかと準備していたそのとき、同室の生徒から突然尋ねられた。その生徒は掛けている眼鏡をキラリと輝かせてグイっと顔を近づけてくる。
「君たちはもしかして……、硬派? なのかな?」
「……? 硬派?」
硬派とはなんだ? 私は意味が分からずテランスへ思わず顔を向ける。テランスも知らないと言うように首を横に振った。
「だって先ほどの先輩たちからの質問攻撃から、テランスはディオンを守っていたではないか。そしてその後の熱い手と手の抱擁……、見ていたぞ、僕にはわかる。君たちは男同士で愛を誓いあっている!」
「な!?」
な、何故私とテランスが愛し合っていることがバレているのだ!? テランスも驚愕の表情を浮かべている。同室の生徒はふふふ……、と口元をにんまりさせて笑っている。
「なに。これが日本男児というものよ。やはり男は硬派でなくてはな!」
「え、えっと……?」
つ、つまりこの生徒が言うには『硬派』というものは男同士で愛を誓いあう、ということなのか? しかし私は仏蘭西人だ。日本の『硬派』に当てはまるのか? と思っていたところ、別の生徒が声を荒げた。
「何を言う! 今の世の中軟派だぞ! 今後の日本は軟派が主流になっていくだろう!」
「そっちこそ何を言う! 日本男児なら硬派だ硬派!」
「否! 軟派だ軟派!」
『硬派』派と『軟派』派の二人が言い争いを始めてしまった。困った。やっとストームから解放されたというのに……。
「どっちでもいいよ。もう寝ようよ……」
すると奥の方にいた同室の生徒があくびをしながら話しかけてきた。もうその生徒は布団をかぶり、目を閉じている。言い争っていた二人も言葉を無くし、居心地悪そうに自分の布団へと帰っていく。その様子を確認し終えたテランスが、私に声をかけてくる。
「……ディオン様、私たちも」
「ああ、そうだな……」
おやすみ、とテランスに声をかけ、私は目を閉じた……。なんだか疲れる初日だった……。私はすぐに眠りへと落ちていった……。
◆◇◆◇
なんとか月曜日から土曜日まで授業を受け、そしてやってきた日曜日。私は前から行きたいと思っていたところへ、テランスと出かけることにした。
「テランス、行くぞ!」
「はい。ディオン様」
私とテランスが出かけようと部屋の扉へ向かおうとしたとき、同室の生徒が声をかけてきた。
「あれ? メートヒェンたち、今日どこか出かけるのか?」
またその呼び名か……。私は今学校で習っている独逸語を楽しそうに使う生徒を睨んだ。
「だから、メートヒェンはやめろと言っただろう」
私は腰に手を当て、あれからすっかり仲良くなった同室仲間に反抗した。
「じゃあフロイライン?」
私ははぁ……、と怒りのため息が漏れた。
「それもやめてくれ」
「おっとこわいこわい。怒るなよ~。気分転換に外、行くんだろ? キッスガールに気を付けろよ~」
それはない。私がキッスガールに引っかかるなんて、ありえない。私にはもうテランスと言う恋人がいるのだから……。
◇◆◇◆
「わぁ……」
「ここからなら、よく見えますね」
私たちは瓢箪池から浅草十二階を見やった。なんとモダンで美しい建物だろう。前々からテランスと浅草十二階の全体が見たいと思っていた。浅草十二階は人気だからまずは静かに、二人でのんびりと見て過ごしたかったのだ。瓢箪池の真ん中に人が座れる四阿があり、私たちはしばらくの間、そこで浅草十二階を眺めていた。
「今度、行くときは、エレベーターに乗ってみましょうか」
「でも階段の方が良いという噂も聞く。どうしようか……」
テランスと、池に泳ぐ鯉を見ながら誰にも邪魔されず、静かに会話を楽しむ。なんと心地良い気持ちだろう。
突然の留学、親との別れ、いつ帰れるかもわからない故郷、異国の地、全てが、恐ろしかった。しかし、そんな私にただ一人、付いてきてくれたのが私の愛する恋人、テランスだ。そんなテランスを、私はじっとみつめた。
「テランス、また身体ががっしりとしてきたな」
「ええ。いつでもあなたを守れるように、と」
テランスは学校で剣道部に入っている。毎日稽古で忙しいようだ。前に一度部室の剣道場を覗いたところ、テランスが一心に竹刀を振るっていた。その姿は勇ましく、私はまたテランスに惚れてしまった。
私はきょろきょろと周りを見渡す。瓢箪池に来ている誰もが皆、浅草十二階を楽しそうに眺めている。ここにいる異国の二人など気にも留めていないようだ。
「テランス……」
私はテランスの方へ顔を向け、瞳を閉じた。テランスも私の気持ちを察したのだろう。
「ディオン様……」
テランスが私の両肩にそっと手を乗せてくる。そして……、ゆっくりと、唇が重なった。
……なんて気持ちが良いのだろう。テランスの優しい心が私の身体に沁みこんでくるようだ。私はテランスの下唇をそっと甘噛みした。
「ディオン様……」
「ふふっ……」
鯉がちゃぷん、と跳ね、池に波紋が広がる。その波紋が池に映った浅草十二階を揺らす。
「ラメチャンタラ ギッチョンチョンで パイノパイノパイ~! パリコトパナナデ フライフライフライ~!」
「こら待ちなさい! 待ちなさいったら!」
私たちは突然聞こえてきた子供の歌声に慌てて身体を離す。ぱたぱたと子供が橋を渡ってきてこちらの池の真ん中の四阿にやってくる。それを追いかけてくる親の姿。
突然のことで少し私たちは呆然としてしまったが、おかしくなってしまって、テランスと一緒に私は笑いあった。
「さて、この後どこへ行く? テランス」
「浅草寺を見ていくのも良いですね……。他にはあなたとミルクホールで、最近買った探偵小説についても語り合いたいですし……」
テランスは案を一つ一つ出していく。私はそんなテランスの腕を組み、身をすり寄せた。テランスとならこの異国の地でもやっていける。私はそう確信し、またテランスにキスを求めた……。