安心してね「ディオン……どうしたの……それ……?」
「わ、わからぬ……! いつのまにか、こうなって……!」
僕たちは呆然と、お互いを見やった。まさか、こんなこと、あるはずがない。
しかし、現実に起こっている現象に、僕たちは唖然とするしかなかった。
そう、耳と、しっぽがあるのだ。猫の。ディオンの身体に。何故か。
「ち、ちょっと……触れても、良い……?」
僕は好奇心を抑えたまま、ディオンに安心させるように尋ねてみる。ディオンは「う、うむ……」と頷き、僕にそっと触れられるように身を預けてくれる。
「ちょっとごめんね。ディオン」
僕はまずディオンの頭部に生えた猫耳にそっと触れてみた。ふわふわとしていて触ると気持ちが良い。
「に、にゃんっ! くすぐったいぞ! テランス!」
「え……? ディオン、今にゃんって……」
「え……?」
検証するために続けて僕は、今度はディオンの臀部から伸びているしっぽを付け根から終わりの部分まで触ってみる。
「にゃあんっ! て、テランス……その触れ方……何か、何か身体がぞくぞくしてしまう……」
「ディオン……」
これは、視界と声の暴力だ。猫耳としっぽが生えたディオン。僕に触れられて悶えるディオン。なんて……なんて可愛らしいんだろう。この世のどんな猫を集めたって、こんな可愛らしい猫はいない。ディオン、ただ一人だけだ。
前々からディオンは猫みたいだなぁ、なんて思っていたが、まさか本当に猫になってしまうなんて。これは夢? でも実際に猫耳としっぽが生えている。
「テランス、私はいったいどうすれば……?」
「そう、だね……」
先ほどまではついディオンの可愛らしさに目が眩んでしまったが、このまま猫耳としっぽが生えたままではまずい。隠れ家の皆もびっくりするだろう。僕はディオンに提案してみた。
「ひとまず、ハルポクラテス先生のお力を借りよう。何かわかるかもしれない」
「う、うむ……そうだな」
ディオンは不安そうだ。ついうっかりディオンの可愛らしさに胸がドキドキと高鳴ってしまったが本人は不安だろう。そこに気づけなかった自分に腹が立った。
「ディオン、ごめんね……すぐに尋ねに行こうか」
「うむ……」
するとディオンのしっぽが僕の腕にしゅるりと巻きついてきた。僕は安心させるようによしよし、としっぽを撫でた。
「にゃあ……」
ディオンはとろんとした声を出した後、ハッとした顔をして口を押える。どうやら猫の鳴き声は勝手に出てしまうものらしい。僕は微笑んでディオンの頭を撫でる。
「さあ、行こう。ディオン」
「うむ……」
そして僕たちは、先生がいる書庫へと向かっていった。
◇◆◇◆
ハルポクラテス先生の持つ本によると、なんでも今日この日は猫耳やしっぽが生えてしまう者が多く現れてしまう日らしい。ハルポクラテス先生のところへ向かう途中でも隠れ家のなかの一部の人たちも同じ現象が起きていた。『シド』……クライヴも猫耳としっぽが生えている状態で皆が驚いていた。だがどうやら病気ではないらしく、明日になれば自然と消えてしまうらしい。なにかひどい病気にでもかかったのかと心配したが、杞憂だったようだ。
「よかった……ディオンに何かあったらどうしようかと……」
僕達は与えられた自室に戻り、ふぅ……と息を吐いた。ディオンも僕のベッドに座り、隣で僕に身をゆだねてくる。
「……」
可愛い。いつも僕のディオンは可愛いけど、こんな猫の姿をしたディオンも、また違った可愛らしさがある。僕は好奇心に負けて、つい手をディオンの顎の下に触れて撫でてみた。
「にゃあ……」
ディオンは喉を鳴らして身をすり寄せてくる。ああ……ディオン、そんな姿、僕だけにしか見せないでね……。
「テランス……もっと、もっとぉ……」
「気持ちいい? ディオン」
「うむ……もっと、触って?」
僕はディオンの気持ちいいところを触れていった。その度にディオンは「にゃあ、にゃあ……」と悶えて鳴く。こんなに可愛らしい人が僕の恋人だなんて……。僕はもう我慢が出来ず、ディオンに訊いてみる。
「ディオン……キス、して良い?」
しかしそれまで気持ちよさそうにしていたディオンが、ハッと身を引き、僕から少しだけ距離を置いた。
「だ、駄目だ……猫の舌は痛いんだぞ……もしお前の口の中を切ったりでもしたら……」
ディオンは不安そうに僕を見上げてくる。僕は大丈夫だよという気持ちを込めて、ディオンに近づき、不安そうにふるふると震える猫耳にそっとキスを落とす。
「ディオン……キス、したいな?」
「……」
ディオンはしばらくもじもじとしていたが、またもう一度僕に身を寄せて、瞳を閉じてくれる。僕は胸が高鳴り、ディオンの唇にそっとキスをし、舌を絡めた。
「にゃっ、にゃあ……テラ……」
「ん、……はぁ……ディオン……」
くちゅくちゅと水音が響く。たしかに舌を絡めるとちくちくと痛みが走る。でもそれがまた何とも言えない気持ちよさを感じさせた。僕たちはしばらく舌でお互いを愛撫し、堪能した後、唇を離した。お互いの唇に銀の糸が繋がって、切れる。
「可愛いよ……ディオン……」
「テランス……」
僕はディオンの心の中に渦巻いているであろう不安を無くすように腕の中に閉じ込める。ディオンもおずおずと、僕を抱きしめ返してくれる。ああ、僕の猫は世界一可愛い。僕はもう一度ディオンの猫耳にちゅっとキスをした。そしてディオンはもう一度「にゃあ」と甘えるように鳴いた。大丈夫だよディオン……。不安にならないで。どんなことがあっても僕は君を守るから……。
その意味を込めて、僕はもう一度、猫になったディオンと唇を重ねた。