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    Sum41Arisa

    @Sum41Arisa

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    Sum41Arisa

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    未完成.歌姫先生の勇姿を書きたかったが、無念。
    モブ女×歌姫から五歌にさせたかったのですが、話がとっ散らかってしまい…。歪な空気感を出したかった。

    華を踏む。どこまでも広がる空。澄み渡った空気が肺を冷たくさせる感覚。
    それとは真逆に陽射しが優しく私を照らしていた。
    はぁと吐いた息は白くはない。体の水は全部出し切ったから、体内はカラッカラだった。

    「冬麗だね」
    隣にある体温を感じながら、そう話しかけた。
    「そうね。死ぬのにはいい日なんじゃない」
    興味なさそうな声は私の背中を押してくれる希望だった。そうだ、こんな世界に未練も執着もない。唯一怖いのは貴方と離れることだけだ。
    「歌姫」呼び掛ければ、微笑みをくれる。
    「なぁに」彼女の息は白い。
    昨日、私だけが泣いた。私しかこの感情を背負っていないのに、彼女は私と一緒に死んでくれる。
    泣いて、死んでくれと願った私を受け入れた。叱ることもせず、抱きしめることもせず、ただ頷き微笑んだ今のように。
    「どうして、一緒に死んでくれるの?」
    「自暴自棄になったアンタが後から、一人で後悔しないように」
    歌姫は意味がわからない事を言う。後悔させたくないなら、止めないの。だって死んだらこの先何も無いのに。
    そう思ったが声にするのも億劫だった。

    これから私達は死ぬ。


    「そりゃさっきはかなり取り乱してたけど、今は冷静だよ」
    「冷静を装っているだけでしょ?」
    歌姫は呆れたように言った。
    「いいじゃない、取り乱したって死にたくなるのも思春期にはあることでしょ」中学生の言葉とは思えないくらい、大人びていた。

    「歌姫、変わったと思ったけど、本質は変わってないね。小さい頃からノリと勢いで行動しちゃうの」
    「あのね、死ぬって時にノリと勢いで死ぬ覚悟決めねぇんだわ」
    「後、口が悪いのも変わってない。……覚えてないだろうけどさ、小さい時、歌姫が輪から逸れている私の手を引っ張ってくれたの」
    最後らしく情に浸る。
    「ひとりぼっちの私をみんなの輪に入れさせるんじゃなくて、遠ざけてくれた。それでいて、私を一人にしないでくれた」
    二人だけの世界は一人よりも居心地が良く、大勢で遊ぶよりも楽しかった。
    「歌姫はすごいよ。だから独り占めたいとおもった。一人で死んでよかったけど他の誰にも歌姫を渡したくなかった」
    手を握る。離さない、離れないように。

    「んじゃ。そろそろ、飛ぼうか」




    ※開幕  歌姫 22歳 高等4年生

    歌姫からして五条悟は人生の中で第一印象最低最悪の指三本にはいる。できることなら関わりたくない人物だ。噂の御三家様の五条家の後継者と知る際、呪術師の未来と自分の先の命は短いなと悟ったほどである。

    歌姫が四年生になり、普段通り座学、任務をこなしていた日々に五条悟の噂が舞い込んできた。
    いくら耳を塞ごうが五条悟のことは勝手に耳に入る。それだけ呪術会に強い影響力を及ぼす人物だからだ。

    あの御三家の五条家に生まれ100年後の六眼を持ち、相伝の術式無下限呪術の担い手。強い者としかまともに取り合わず、団体行動を嫌う。弱い奴は足で蹴られるから近寄るな。全てを持ち、神に最も愛された男。
    それが噂で知る五条悟であった。

    本人とはまだ一度たりとも顔を合わせたことはないが、歌姫の頭の中では噂だけでパズルを1つ1つ組み合わせるように人物像が完成させていく。
    1週間経っても学校での五条悟の話題が消える気配はない。
    『強い』『不良』『屑』『外道』『白髪』『グラサン』五条を知らない者同士が中身のない内容を伝言ゲームのように噂を流している。

    たかだか噂というが、火のない所に煙は立たぬとも言う。歌姫も丸呑みにはしないが少なからず善人ではないだろうとは考えていた。
    いやいや噂で人を判断するのはよくないと頭を横に振るいその考えは打ち消す。だが、数日後今まで噂しか知りえなかった五条悟を初めて見かけたその日に、噂の信憑性を知ることになる。

    座学が終わり教室を移動している最中に騒ぎ声が耳に入ってきた。ひっょこりと障子の隙間から校庭の方を見ると白髪の男と2人の男がもめ事を起こしている。歌姫はすぐ直感的に噂の五条悟だと確信した。
    五条は絡んできた上級生に手を使わずに術式と蹴りのみで負かせ1人を椅子代わりに、もう1人に裸踊りをさせているのを一部始終を偶然にも見てしまった。
    「うわぁ…周りにいてほしくないタイプだわ」自分の顔が歪んでいくのが、鏡を見なくても分かった。


    昼休みを知らせるチャイムが校舎内に響く。昨日作った夕飯のおかずと冷凍食品を詰め込んだ弁当と水筒を両手で持ち教室を出る。
    昼時のみ建物の影になっている花壇に腰を下ろす。

    学校は生徒や呪術師を隠すように緑の木々に覆われおり、建物から植物までも伝統に趣きがある。


    何も考えずボーッと青空を眺めていると、ふと歌姫の頭の中に数時間前の光景が去来した。
    五条悟。五条、五条と頭の中で字を書く。大きな権力を持つ御三家なのに小学生でも書ける簡単な漢字だ。もっとかっこいい漢字だったらいいのにと、どうでもいいことが頭に浮かんでは消える。
    かなりの高身長で同い年の平均身長を悠々と超えていた。胴ではなく股下が長く、家柄に呪力や顔、そしてスタイルまでも上。人生生まれながら勝ち組とはまさにこのこととだろう。ちっとも羨ましいとは思わないが。

    なんとなく漂う雰囲気は記憶で知る彼女に似ている。特に遠めでも分かる人を愚弄する態度とか、高い地位の家柄だとか。彼女は一度も家のことを口にしなかったが、聞いた話によると本人もいいところお嬢さんだったらしい。

    名家となれば甘えられて育ったのか、それとも厳しく育てられていたのか分からないが、捻くれた性格は共通していると歌姫は思い出し笑いをした。

    歌姫が中学1年生の頃、カラオケに行く際に、暇そうにしている彼女をとっ捕まえて行った時は散々馬鹿にされたものだ。
    「え、歌姫って名前でしょ?それなのにこの点数はどうなの。名前負けしているって恥ずかしくないわけ?こぶしもしゃくりもビブラートも全然なってない」カラオケの採点を見て信じられないと顔に出す。歌姫が信じられないのは彼女の上から目線の物の言い様だ。
    「煩い!いいでしょ94点もあれば。それに採点なんて気持ちよく歌うのに邪魔でしかない」
    「ふぅん、それでいいんだ。94点さんは親に申し訳ないと思わないの?」
    親は私にカラオケで100点取ってほしくこの名前にしたわけじゃない!それすらも負け犬の遠吠えに聞こえてしまう。採点機能を勝手に入れて、点数の低さを指摘するのはあまりにも専横ではないか。煽り持て遊ばれている頭では理解していても、口からは意と反する言葉が出ている。
    「あん?!よし分かった。100点なんてすぐ出してやるわよ!」
    「はいはい。あ、ラーメン頼むけど。ここ奢りでよろしく」
    今思い返しても彼女の性格は最悪なものだった。あの五条悟も当たり触らず同じような性格をしているのだろうか。

    あんな後輩は嫌だなと思うも、相手は弱い呪術師には興味なし、高専で会うのも1年に数回会うかどうかだ。引率する場合もあるだろうが、きっと言葉を交わすことなく嵐のように終わらるだろう。この先で五条と関わることはほぼないので、余計な心配だと頭の隅に追いやり、弁当を開く。

    しかしこの業界はとても狭いことを歌姫は忘れていた。

      ※

    五条は突然任務の呼び出しに不機嫌だと顔に書いて隠さない。普段から瞳孔が開ききっているのが今は眼を半分だけ開いた状態になっている。口も半開きになっており、文字通り脱力状態だ。そこに担任の夜蛾は腕を組み仁王立ち、五条を見下ろす。「至急だ」サングラスで目線が見えないのも相まって威圧感が尋常ではない。
    「いーやだね!俺忙しいの見てわかんねぇの?」
    「寝る気満々だったろ。二級1名と三級1名が早朝に呪霊三級を祓う任務に出た。今の時間帯から20分前に戻ってきたが満身創痍で応援が呼ばれた」口を尖らせ、文句を言う五条を相手にせず夜蛾は一通りの説明をした。
    「生徒の大切な睡眠時間を奪うなんて言語道断じゃない?あとさその報告だと俺じゃなくて硝子が出る幕だろ。別に硝子が出なくても、その術師をこっちに連れ戻して治療すれば終わる話だろ」はいこれで話はお終いと五条は机に突っ伏す。

    目を瞑れば、桜吹雪と花見をする楽しそうな民間人の姿が瞼裏に通り抜ける。

    春は偉大だと五条は思う。
    陽気な陽だまりと桜だけで、人の気持ちを軽くする。そして命さえも。
    3月と5月は自殺者が増加する傾向がある。
    夏油は先日そんな話を持ち出した。五条は他人が勝手に死ぬ理由など興味はなく、左から右に聞き流していた。
    閉鎖空間の教室から空を見る。一本の白い線が引かれた青空は綺麗だ。死ぬのなら青空の下で死ねたほうが幸せなのかもしれないと感じるが、その考えもアホらしく思う。
    「悟、聞いてるかい」
    「んー、聞いてる聞いてる。つまりアレだろ、弱いからそうなるんだろ」
    その発言に親友が咎めるように五条の名を呼んだ。
    「それは生まれながら強者しか言えない台詞だ。その考えは改めるべきだな」
    弱い奴が死ぬのは当然の摂理じゃん。そんなの俺達が気にしてもしょうがないだろ。その言葉を口にすれば、夏油はいい顔をしないと思ったので珍しく自重した。


    夜蛾に名を呼ばれ、数秒落ちていた意識が浮上する。

    「おい、悟寝るな。負傷者を連れ戻す事は不可能だから、要請がかかった。本当は悟じゃなくて他の者、夏油の方がいいんだが何せ人手が足りん。後硝子にも無論付いてきてもらう」
    普段なら五条悟、夏油傑、稀に家入硝子の3人で行動を共にするが、夏油は今日だけ他の任務に行っており、この場にはいない。
    それもあり五条はつまらないと不貞寝しようとしていたが、先程叩き起こされさらに不機嫌になっていた。

    雑魚は任務もまともに遂行できないのかよ面倒だなと心中で悪態をつく。

    「もしかして、特級の呪霊?」体は起こさず頭だけ夜蛾に向ければ、難しい顔をして首を横に振るう。
    「いや呪霊がまだ祓われていないかもしれないが、特級ではない」
    「は?じゃあ俺が呼ばれる理由はなに」ますます不機嫌になる五条を夜蛾は溜息をつく。
    「来ればわかる」
    よほど時間が惜しいのか、それとも説明が難しいのか。珍しく説明を濁す夜蛾に五条は嫌な予感がした。

    乗り込む前は駄々をこねていた五条だが車内で睡眠をとると機嫌も随分となおっていた。車を走らせて20分東京都内とは思えない山々に囲まれた田舎に到着した。
    「おい、着いたぞ」
    五条は硝子に叩き起こされ、ゆだれを裾で拭き取った。

    車を道端に止めると、登山する服装には似つかわしくないスーツを着込んだ1人の男性が駆け寄りご苦労様ですと声をかけてくる。応援を求めたのはこの補助監督だろう。
    帳は?まだ張ってあります。2名の容体は?よろしくありません。
    夜蛾と補助監督が一言二言話してから、後部席の2人に声をかけた。車から降りると、強い日差しと自然の強烈な匂いが同時に襲う。都会の空気とは違って鼻を刺激される匂いだ。

    「2人ともついてこい。すこし走るぞ」
    整備されていない山道を足早に向かう。森の奥へと進み続けると、真逆なことに野鳥のさざめきが遠のいていく。不穏な空気が山にたちこめる。

    現場は森の奥にあるので自殺名所の場所かと思えば案の定、似たり寄ったり。廃墟として有名な教会だった。



    ようやく黒い円形の帳が見え、4人は躊躇いもなく中に入り込む。昼間の肌を射す日差し日差しから一遍して辺りは暗くなり、夜の顔が五条達を迎え入れた。
    「アレです!もうすぐ着きます」山特有の隘路と紆曲によって先に続く道が見えないが見上げれば目的地の建物はもうすぐ側まで来ていた昭和もしくは明治時代に建てられた教会らしいく、現在は廃墟。チャペルからステンドグラスがなくなり、代わりに大きな空洞が見えた。人の手を加えられないので建物はあちらこちら崩壊し、伸び切った蔦が神聖な場所を守るかのように教会に覆いかぶさり生命の強さを感じる。

    「五条、硝子。俺は建物の裏で何か情報がないか調べてくる。お前らは先に行け」五条と硝子が頷く間もなく夜蛾は道を外れ森の奥に消えていく。
    「なんかめんどくさい予感がするんだけどぉ」夜蛾が任務に情報を多く出さないことが五条の不安を煽る。それも大体は検討がつく。五条が嫌がるのが分かってるいるから話したがらないだろう。つまり面倒ごとだ。
    「これには珍しく同意」硝子は走りながらスカートのポケットから煙草のストックを確認して、これから起こる面倒な任務に迎え入れる。

    そのまま紆曲を曲がると先程の建物が目の前に現れ、お目当ての相手も居た。
    最初に目に飛び込んできたのは教会の入り口に立つ黒い陰。巨大な鴉かと見間違えるほど至極色に染まっていた。その陰は夜蛾が言っていた重傷を負った人間であった。頭から血を被り肌色は見えなく、血が黒く変色したということは報告を受けた時間よりも長く負傷して長時間経過していることを表している。

    高等の黒制服に上書きされた血の赤が黒に変色し固まり、肩で息をするたびに瘡蓋のようにポロポロと取れている。左右にはこの場に似つかわしくない黄色い花の山吹が咲いていた。

    「これはひどいな」硝子が驚きの声をだす。五条は六眼で把握していたが、なければ硝子のように驚いたのかもしれない。
    そこに立つ陰は人にしては形がおかしい。今にも崩れ落ちそうながらも一人背負っているのだ。担がれた人間は意識がないようで手足を投げ出している。

    まるで比翼の鳥のようにお互い寄り添う姿は芸術作品のようだ。
    今にも死にそうな黒い陰。背後は崩れた教会。黒の世界に唯一色を映やす黄色の花。
    五条は手でフレームを作る。するとそこだけ空間から切り離されたような感覚に陥る。
    「このまま絵画コンクールに出したら、受賞されるじゃねぇ?」独り言を言う。

    五条にとって美術は逆立しても理解できない世界だ。上手いか下手なら分かるが、数千万の価値にどうなるのかこの六眼があっても解せない。
    美術館で飾られているのは無表情の人物画やら景色ばかりだ。画家が何を思い描いたなどのうんちく説明されても頭に入ることはない。絵の価値が全く理解できない自分と相性の悪い世界だ。
    ただレーピンの『息子イワンの死体を抱くイワン雷帝』には目を惹かれた。
    息子を抱きかかえる父親の瞳の瞳孔が大きく開き、遠くを濁った眺めている。焦燥している顔は悪魔のようで印象に強く残った。絨毯よりも死んだ息子の額から流れる赤く映えた血が悲劇を物語っていた。
    あの絵を見たからだろうか。五条は一般的に外れた感性から今この瞬間が滑稽で美しいと昂った。悲劇は人生の媚薬だ。

    「何馬鹿なこと言ってるんだ」

    そんなことを横で考えているとは知らず硝子は佇む陰に眉を顰め、現状を見極めようとしているところに声がはいる。

    「担いでいるのが二級の庵歌姫。肩の上に担ぎ上げられているのが」
    補助監督が三級の名を告げる前に、五条の睨みで口を閉ざす。
    今この状況で名前など何の価値にもなりはしない。必要なのは相手の損傷箇所と現在状況の確認だ。
    「こうなった状況は?2人は術式のようなものを受けてる可能性は」硝子が助け舟を出す。
    「不明です。血みどろになって建物から出てきました。そしたら突然動かなくなって、近づこうものなら牽制してきて。意思疎通を図ったですが効果なく」
    碌な情報がないのに、堂々とした発言に苛立つ。いかにも自分の責務は果たしていますと言わんばかりだ。最初に夜蛾が口を濁したのが、理解できた。ちゃんとした情報が手元になかったからだ。
    「大丈夫、六眼で見ても呪霊の残穢は感じない」そう言い切り、軽視の目線を男に向ける。
    「それにしてもさ、補助監督ならもう少し状況把握ぐらいできろよ」使えないと吐き捨てられた言葉に補助監督は収縮する。
    「補助監督としての任務は果たしている。そう突っかかるな」五条を宥めるが、硝子の声にも苛立ちが見える。

    動くか動かまいかで考えを巡らせていると夜蛾が戻ってきた。
    「悟、硝子来い。少し話すぞ」
    2人を手招きした。
    「裏側から崩れた場所から建物に入り確認したが、呪霊の気配はない。
    ただ、報告の被害から考えれば三級では割に合わない。恐らく一級だろう。報告にあった呪霊の階級とは違ったが応戦したたと考えられる」
    「それでなんとか勝ち仲間を担いで生還したものの、脳が処理しきれなくてあそこに留まってると。意識朦朧としながらも防衛本能から近づくものは全てが敵になっているんですね」夜蛾の言葉に続いて硝子が推測する。
    五条は暴れられるわけではないと分かり不機嫌になる。呼ばれた理由は目標の鎮圧。しかも負傷者の保護とは。精密など辞書にはない破壊王な五条にとって相性がとても悪い任務である。嫌な予感が当たった。
    「あー助かりそうにないから、もうほっとこうぜ」
    夜蛾の拳が脳天に振り落とされた。
    「冗談じゃん!」
    「冗談でもそれはダメだろ」呆れた硝子のツッコミが入る。
    「ちゃんとやれよ」夜蛾が来た道を折り返そうとしているので五条と硝子は驚いた声を出す。
    「急用の任務が入った。ここは2人に任せる」
    「なら、変わりに俺がやるよ」五条の言葉に夜蛾は悟には1人お目付け役がいないと駄目だと硝子を指すと本人は大層嫌そうな顔をした。信用しているからな2人共と最後に狡い一言を残し、来た道に戻っていった。

    「硝子、たんこぶできてない?大丈夫?」先程受けた鉄槌に頭をさすり、硝子に見せるが、知らんと素っ気ない一言で会話は終了した。

    「早く終わらせて、昼寝するか」
    五条が距離を縮めようと動いた微かな音に陰が反応した。ずるりと屈んでいた体を起こし先程まで荒かった呼吸を止め、隙間風のような呼吸に変わる。警戒心が敵意へと変わったのだ。それを見て五条は動物園に来た子供みたく面白そうに笑う。
    「マジでただの獣じゃん」
    「五条」硝子が咎める。
    「はいはい。鎮静させろってことね」手加減できるか自信がなかったがここまで来たら腹をくくろう。
    相手は憔悴しきっており、目に覇気がない。
    「無理させるな。視野の範囲からでも全身からの出血が酷い。重心が左に傾いているからきっと右足は打撲している。脇腹にも深い傷があるから内臓に穴が開いている。しかも一人背負っているんだ」
    硝子が五条に相手の損傷している部分を説明している間も陰はじっとこちらの様子を窺っている。猛獣が餌を狙っているかのおような気迫だが、呼吸は整っていない。
    「仲間想いじゃん。死ぬけど」
    「死んでない」すかさず訂正が入る。
    「いいか、無理はさせるな。血を流しすぎている」
    「最強の五条悟君でもこれは、適合じゃない?」
    「同感、夏油が向いてる」
    それはそれで不服だと五条は顔を顰めた。夏油が向いているのは全員一致だが、自分がこの程度の人間には適わないと思われているように聞こえ、自尊心に傷をつけられる。
    「一瞬で終わらせる。…あぁでも怪我増やしたらごめんね」五条の発言に硝子は溜息を吐き、首を横に振るった。



    相手は重症なので下手して殺してしまうかもしれない。体術のみで宥めるしかない。しかも攻撃の場所は限られる。体術がいくら得意な五条でもやりづらいさを感じた。
    軽く体を捻り準備体操をする。
    軽く地面を蹴り、一気に距離を縮める。陰は五条の動きにはついて来れていない。
    早く終わらそうと頭を狙う。狙いは脳震盪だ。
    「馬鹿!頭を狙うな!うまく加減できないだろう」硝子いう通りだ。首から上が飛んだら笑えない。思わず舌打ちが出る。だが勢いを殺すことはできない。そのまま頭に命中するかと思われた蹴りは寸前で腕によってガードされる。
    五条は多少なりとも驚いた。まだ攻撃を受け止めるという理性が陰にはあった。
    だがガードした腕は勢いを殺せず、拳が陰の頭に当たる。しかしそれでも、仰反るが倒れない。抱えているものを降ろさない。地面に膝をつかない。

    血塗れの女は、仲間を守っているというよりは、獲物を取られまいと唸る獣のようだ。

    動くものは倒すという頭の信号で朦朧とする意識を保っているのだから感動的だろう。五条からすれば馬鹿同然の行為だ。危険と判断したなら仲間を見捨てる選択をすればよかったのだ。1人逃げ出し応援をよべばいい。そうすれば1人は助かる。合理的で嫌いな正論だ。
    応援を呼んで仲間が助かれば万々歳。仲間が死んでも自分が助かれば万々歳。弱い奴はそう生きるしか道がないんだから。

    澄み切った青と淀んだ黒の視線が絡む。
    据わっている瞳。よく見る色の瞳が、まるで違って見えた。鴉のように黒い瞳。
    不純物も取り込む色。視線を外しても追っかけられているかのような不気味さ。
    五条にとっては二級という相手に役不足を感じつつも、愉悦であった。
    「クズ!さっさと終わらせろ」硝子の罵声が飛ぶ。
    硝子は気づく。五条がこの状態を楽しんでいることに。本当に性格が悪い。

    五条が動いた。胴体を攻撃するのはまずい。相手は全身を赤く染め、どこに深手を負っているの正確につかめない。
    攻撃場所は四肢に絞られた。左手は担ぎ上げている呪術師のひざ裏を挟み、手首で固定しているため動かせない。

    打撲している右足に蹴りを入れた。獣は短い悲鳴をあげ、バランスを崩す。その隙に右手を掴み練り上げる。痛みで担がれた術師は地面に転げ落ちたと同時に五条は背中に乗り上げ地面に体を押し付け身動きを封じた。
    硝子はすぐに駆け寄り、地面に投げ出された術師の容体を見る。応急処置を終えて、五条に駆け寄る。


    「怪我人相手に遊ぶな。まったく余計な怪我まで負わせて私の仕事を増やすな」
    五条が蹴りを入れた右足が腫れて、出血場所から白い塊が見えた。
    「えー、優しさじゃん。左足織ってたら車椅子でしょ、だから松葉杖にしてあげたんだよ」笑う五条にばかかと吐く。
    「理に適ってないだよ。足を引っかけるでも良かったんだ。一人背負っているんだから体重で押し負けて転ぶのに、マジクズ」
    これでも配慮した方なのにと五条は納得がいかない顔をした






    硝子の隣に松葉杖をつく女性が、この節はと切り出してきた。
    五条はその声を遮り「あれ、足は」と聞く。
    「足を治すのは後回し。夜蛾先生がこうでもしないとまた次の任務で同じことをやらかすからって、あえてしてない」硝子が答える。
    つまり冗談で言った松葉杖生活になっているのか。

    「右足のこと怒ってる?いや、怒ってたなら烏滸がましいって話だけど」助けてあげたわけだし。
    どことなく吹く風の五条に女性は沈黙する。
    顰蹙を買ったなと硝子は2人の空気を品定めする。
    女性ははっと、息を吐き捨てる。
    「怒ったりしてない。そこまで履き違えてない。わざとなら憎たらしいとは思うけど」
    「分かってんじゃん。あ、八つ当たりして足折ってごめんね」
    軽蔑した目線を向けるが男は飄々としている。クズの親玉みたいな男だと思った。


    「ここまで有難う後は大丈夫。またお礼いさせて」女性は硝子に振り返り朗らかに笑いかける。
    「…いえ。何か不調を感じたら言ってください」
    「え、俺のこと無視してる?」

    それにしても。五条がサングラスをクイっとおろし、六眼で歌姫を見据える。濡羽色瞳の女、たいした呪力もない存在に初めて目をかけた。
    「本末転倒もいいところだった。自分すら守れないのに、他人の命まで背負ってきて、おかげでこっちは無駄な労働力割かれていい迷惑。これを『無能の働き者』って言うだよね」

    「無謀な正義を振り回して、此方にも火の粉が飛んできてたまらない」

    あの時の何処も見てない漂う目線と違い、今はしっかりと五条を写している。

    「黙りきめこんでないで、何か言ったら」
    「言い放題じゃない。ムカつくけどその通りだから」

    五条悟とは呪術師の中でも卓越した存在。
    強者だからか、それともカリスマ性か。支離滅裂で理屈が通っていなくてもこの男の言葉は引力がある。
    普段おちゃらけてる分、真摯な言葉には何も言い返せない。高度な技術は持ってないだろう。

    「まぁ次はお荷物抱えないで一人で逃げる事をお勧めしとくよ。先輩」
    「荷物じゃない」有無を言わせない凛とした声が廊下に響く。
    「今回は全て私の力不足の問題が招いた結果だから、彼女が責められることは何にもない」

    「それに、最後まで戦い抜いた。私の、自慢の後輩よ」誇らしげに笑う。


    羨ましい、目をかけられて、ここまで言わせるなんて。二人はそう思わずにはいられなかった。







    「あっ、まだ治ってないんだ。弱〜」
    何処か心ここにあらずの顔をしてた歌姫がげっと顔を盛大に歪める。

    「えー後輩ましてや命の恩人に挨拶もなくスルーするの?」
    「大丈夫。心の中でお礼言っといた」
    「それに普通は後輩から挨拶してくるもんなの」

    服が水吸って重たくなるのじっとして待つ

    「そんなんだから、弱いだろ」

    「まさか、私の怪我に気でも使ってるつもり?」



    「そんなことしなくて結構。放って置いてくれない?めんどくさい。怪我の責任は自分で背負う。気を使われる必要ない。アンタに何か言われる必要ないでしょ」

    「私は弱さを盾に逃げない。
    強さを盾に勝手に私を無力と決めつけるな」
    「私は既にここに骨を埋めてるんだよ!」

    去る歌姫の背中に親指と人差し指で測る。
    「弱いくせに威張んなよ」
    小さくなっていく背中を潰す。
    「そんなに先輩面したいなら、そのプライドを俺が直々に潰してやるよ」

    空き缶を捻り潰す。
    「ー!なにあの態度?!」
    先ほど自販機で買い

    「アレが!先輩に対する!態度かっ!」
    缶は見事なレシーブを描き、分別と書かれたゴミ箱に入った。

    カコン
    乾いた音が響く。
    すると歌姫に突然フラッシュバックした。





    「アンタの吐口に私を利用すればいい。でも弱いからって人を貶すのは辞めなさい」



    「強さが全ての世界でも、適材適所ってのがある。窓だって私たちを補助してくれてる人をぞんざいに扱うアンタは呪霊よりタチが悪い。
    祓うのと同じくらい無意識に人を危害に晒してる。アンタはヘマしないけど、それが他人に被れば尊い犠牲とは言えないのは理解できでしょ。少しでいいから仲間の彼等に気を遣いなさい」

    不貞腐れた顔をし、うざっ正論かよと吐き捨てる。熱がスッと冷める。失望ではなく、虚無に近かった。この男はもう成長できない。そう思った。
    「わかった」
    「へっ?」
    「多少は、気をつけることにします」
    「あっ、ハイ。有難うございます」相手に敬語を使われると思わずこちらも敬語を使ってしまう。
    「でも歌姫に敬語は使わない」
    「は?」
    不敵な笑みを浮かべる。
    だって歌姫が言ったじゃん、吐口にしていいんでしょと笑う。
    吐口にしていいとは言ったが、敬語を使わなくていいとは言ってないだが。


    「調子乗んな!
    恩着せがましいだよ。顔を合わせたびに傷を掘り返してきやがって!そりゃ礼をする気持ちも萎えるわ。それと名前を呼び捨てにするな許可した覚えないわよ」捲し立てたせいで胃から抗えないものが逆流してくる。咄嗟に口を押さえたが、指と指の隙間から血が垂れる。興奮したせいで軽い吐血をおこさせた原因に再び睨みを効かせる。
    「先輩を敬え」


    よほどあの言葉が癪に触ったらしくく、興奮して吐血をおこしたり、こめかみから血管が浮き出ていたり。
    最後の噛み付いてきた捨て台詞は傑作だった。
    「はは、負け犬の遠吠えみてぇ…」

    五条が何か言えばほとんどの人間は口を閉ざすのに、それどころが2倍になって帰ってくる。背負えない責任だって背負うし、この業界で正義と常識を唱えてる。イカれてる女だ。
    これは面白い。いや、まずい。
    弱いのに、厚かましいのに、好ましいと思うなんて。

    脳でピアノ線が切れる噪音がした。

    「弱いのに?」



    「まるでトムとジェリーだな」夏油が突然、茶色のねずみと鼠色のねこを口にした。
    突然なんの脈絡もない事を言い出した男の視線をたどる。廊下でなにやら歌姫が五条に激怒し松葉杖を振り回している。
    前者は餌と狩る者、後者は一応後輩と先輩。立場は大きく違えど歌姫を揶揄い怒らせるのを愉悦とする五条の姿を見れば硝子は深く納得した。
    今度、怪我の過程検査で優しくしてあげようと硝子は決めて煙草の煙を蒸した。

    それから一週間経った放課後。夏油が五条の居ない合間を縫って硝子に話しかけてきた。
    「ずっとここのところ悟が松葉杖をついた女性に付き纏ってるだけど、硝子何か知らないかい?」
    まだ懲りてないのかと呆れ顔になる。
    「四年生の庵歌姫センパイ。夏油がいない時に色々あったの」
    手短く説明して、医学書に意識を戻す。読書している硝子にお構いなしに夏油は再び問う。
    「どんな人」
    本は閉じず、目線だけ夏油に向ける。
    「大人」
    「大人なら私達の周りにいっぱいいるだろ」それでは大した情報にならないと夏油は首を振った。
    「悪ガキを叱る大人」
    「悟が嫌うタイプじゃないか」
    「んー、系統と違う」
    「想像がつかないな」
    「そりゃ、話した事ないからでしょ」この話はお終いとばかりに硝子は医学の本に顔を戻す。
    「あ、硝子も随分と気にかけてるよね。どうしてなのかな」
    夏油と硝子の間に居心地の悪い沈黙が続く。
    空気の重さに耐えかね、夏油に見れば続きをどうぞと言わんばかりの脅迫めいた視線に促され口を開く。

    「感情豊かで善人だなーって感じかな、話すと雰囲気が柔らわかい。口調は結構荒いのに」
    「ほう」それで。
    「…あと反応が面白くて、五条が揶揄うのも分かる可愛い。例えるなら仔犬かな」
    先輩だろと、五条と対して変わらない考えの硝子に夏油やれやれ困ったものだと苦笑いする。
    「高専は腹に一物抱えた輩ばっかだから疲れる」
    お前も五条もと訴えんばかりの目線に今度は夏油が無視する。
    「あの人は、煙草と一緒。なんて表現したらいいのか。ストレスの時に吸いたくなる的な」
    「煙草の表現だと、それは先輩に対して失礼をあたらないか」
    夏油の正論に何が面白いのか硝子は軽く笑う
    「んー確かに?歌姫センパイは健康には悪くないからね」
    医学の本を閉じる。数日前にあった歌姫の笑顔に自然と口角が上がる。
    「鼠色のねこみたく単純で素直。それに一緒に居て楽しい。だから狡賢い五条に目をつけられたんだろうな」
    「可哀想に、悟(ネズミ)は悪戯でも手加減を知らないからな」夏油は心底歌姫(ネコ)に同情した。



    ※追及 

    第一印象がよくて、第二印象が最悪な相手は今までで彼女しかいない。
    人の直感は覆ることはほぼない。つまり、それだけ人の直感は信用できる。

    雑誌に載るモデルや俳優のような美人でない。どちらかと言えば顔は幼く、小さな劇団にいる可愛い子という外見をしていた。それでも可愛いらしい外見は変わらない。
    だが、彼女の魅力は外見ではない。人間の本能に訴えかける魅力を醸し出していた。明るそうな外見に合わないどこか陰を感じさせる。外見ではなく彼女が纏っているベールのようなもに私たちは魅力に感じ、彼女が一体どんな人なのか、どんな休日を過ごしているのかと検索してしまう。一言で言えばスピリチュアルな子だった。
    もう1人の同級生の彼は、そんな彼女を魔物と呼んだ。

    「アイツは魔物だよ。メデューサとかインキュバスとかの」
    「なんで?」
    「男を地獄に落とすだ。なぁ、初対面の俺に向かっての第一声になんて言ったと思う。『笑うと不潔な顔になるね』って言ったんだぜ。やばくない?」

    自己紹介後に2人がそんな会話をしていたのかと歌姫は知った。最初は彼女に告白でもしそうな勢いがあった彼は、歌姫はすぐに担任に呼ばれ座学の準備を手伝っていを終わり席に戻ることにはじっと恨めしそうに彼女を睨んでいたことを思い出す。

    歌姫も彼女の第二印象はよろしくない。
    自己紹介の後で下の名前で呼ぶ依然に、ニックネームで歌姫を呼んだ。
    「姫って呼ぶのやめて」
    この名前が嫌い。家系の習わしで歌姫なんて名付けられた。小さい頃はヒメちゃんヒメちゃんと呼ばれることは平気だったけど、この名が自分に相応しくないと気づいたころから名前で呼ばれるのを拒否した。でも拒否しているのが逆に意識されていると思われるのも嫌だった。
    「んー。何で」彼女は顔を反らした。この時歌姫は怒られるのが慣れてないのかなと思い注意することなく話を進めた。
    「恥ずかしいしから。せめて名前にして欲して」
    彼女は歌姫が話しているのに視線を合わせず窓の外の花壇に植えられた花を見ていた。その時は蝶よ花よと可愛がられ、人から指示されるのが慣れてないのかと思い咎めはしなかった。
    「やだ。私が姫って呼ぶの可愛いから呼ぶの。わかった姫?」振り向むき、少し血色が悪い唇が持ち上げられた。愕然とした歌姫は開いた口が塞がらない。いい子から悪い子に変わり、可愛らしい女の子がやべー女に変わった瞬間であった。
    目尻を下げる彼女の顔を唖然と見つめていると放課後の鐘がなった。




    不思議と彼がいる場合のみ歌姫も彼女も自然に会話ができた。
    それは3人が顔を合わせ1ヵ月経った頃。彼女がたまたま他の任務で教室に2人しかいないときに彼が歌姫に椅子を向け話しかけてきた。

    歌姫には2人の同級生が居た。
    独特な雰囲気を持つ少女と空気が読めない少年。

    「一度しか言わないから、忘れんな」歌姫が正座した少年を見下ろす。
    「もう忘れた」
    少年が反抗的な態度で口にした直後、分厚い本の角が少年の脳天に直撃。痛みに悶え転がる少年に歌姫はもう一度言ってみろと冷たく言い放つ。
    「死んでも忘れないように、墓に刻みます」あっさりと根を上げる少年に見学していた少女が恫喝を飛ばす。
    「もっと勢いつて叩かないと、その壊れたテレビは直らないわよ」
    「おい!なんで追い討ちかけてくんだよ!」少年が声を荒げる。
    「ちゃんと私の忠告を聞かないから。本当に頭悪いね」少女は自業自得と言い放ち、憐れみの目を向けた。
    歌姫がため息を吐く。
    「もういいわよ。今度からは気をつけなさいよ」
    「これでお終いなわけね、そんなんだから二級止まりなのよ」
    「は?関係あるのそれ?」
    「大いにあるわよ。正しい判断ができてない。口約束で終わらせてまた同じ失敗を繰り返したらどうするわけ」
    「なら、そっちが教えてあげればいいじゃん」
    「私、面倒事嫌いなの」
    なら何も言うな。

    「あーもう。俺が全面的に悪かったから!庵聞こえてるか、俺を見ろ庵」里美と睨み合っている歌姫の腕引っ張り無理矢理顔をこちらに向けさせる。
    「今日の昼飯奢らせろ。次回やらかしたら朝食と夕食つきにするから。もう勝手な行動はしない約束だ。これでいいか芦沢」
    「いいよ。私は焼肉定食ね」
    「芦沢ァ!お前には言ってねぇからな!お前は何度俺に奢らせるつもりだ!」
    「…私を煽って朝霧からただ飯ありつこうって魂胆だったわけ。朝霧も場を収める為にそんなことしなくていい」
    何処行くだよ。いちいち聞くなお手洗い。
    「お前、俺達のこと嫌いなのか」
    里美は何処吹く風のように答える
    「嫌いね。真面目でいい子はもっと嫌い」
    「あっそ。嫌いなら相手の傷つく事なんでもしてもいいってか?庵に八つ当たりしすぎだ。庵はお前にあんなによくしてやってるのに、可哀想だろ」
    「 そんな事頼んだ覚えないわよ」
    「お前は少し傷つけ。傷つかなきゃ、他人の苦痛は理解できない」
    「なんで他人の苦痛を理解する必要あるの?」
    「人の痛みを知ることは、相手を知るのに一番早い近道だからだ」
    「はっ、くだらない。カウンセラーでもなるつもり?傷を舐め合うのが友情になるなんて最高ね」

    「何が悪い?痛みを知る同士が拠り所を見つけるんだ。親の虐待とか悪循環の環境によって精神が不安定になり、苦痛を受け入れる人ほど可哀想な事はない」
    「言い切るのね」

    「言い切れる。苦痛を慣れれば、どんな理不尽も受け入れてしまう。それが平常だと言えるのか?そんなの心が壊れてるだろ」
    「脳が麻痺してるだから、本人はなんとも思わないからいいじゃない」
    「そんなの虚しいだけだ。輪廻転生できないんだぞ」
    「輪廻転生を信じてる朝霧もどうかと思うけど、それはゴミ箱に捨てておくわ。それがどう繋がるのよ?」
    「死後、閻魔様も裁くことができないからだ。なんだって痛みを受け入れて、それを悪だと思わないから。悪事を働いても罪の意識がなければ裁きようがないのと一緒だ。地獄は痛みで反省させる場に、苦痛に慣れた人には効果ない。そういう人は天国とか地獄に行くのは保留って事で、浮いて」
    「そして全てから剥離された存在になる」

    「意味わからない。それって自由になったてこと?」
    「まさか。誰にも救ってもらえない孤独な存在になるって事だ」



     



    「庵って性格は明るいけど、意外に考え方が根暗だよな」
    「はい?」
    突然の悪口に歌姫は低い声が腹の奥から出る。
    「怖ぇえよ。しょーがねぇだろお前の顔に書いてあるんだから。“こんな希望もない世界に生まれてきたけど頑張って生きてます“ってさ。未来に何の希望もない芦沢と思想だ。芦沢はそれに加えて、ガキみたいに癇癪起こしてるけど」
    彼の達観した考え方に歌姫は目を細めた。彼の言うことは芯があり人の心えぐるのだ。それは彼女も感じていたようで、彼と弾んだ会話しているのを見たことがない。彼は俗にいう空気が読めない。それに加えて悪気など一切ないのがまた心をえぐる。
    「間違ってる?呪術師は何百年も闘い続けてる。永久機関みたいなものでしょ術師ってのは」自己と他者、人の感情それらがある限り、根を立って葉を枯らすことができない戦いに歌姫達は身を置いてるのだ。

    「それは今の目線からで物を言ってるからだろ。終わりがないなんて誰が言ったんだ。未来なんて神様じゃないんだから分かりっこないだろ」ほらこうやって無意識に揚げ足を取る。
    「視野を広げて見てみろよ。実際に世界はいい方向に向かって進んでる」
    「たとえば」
    「宗教に多様性が生まれて中絶ができるようになったり、絶滅危惧種も少なくなった。なのに揃いも揃ってここの連中は術師の未来を悪い方向にしか捉えられない。それが俺は不思議だね。数年後は術師なんてのは必要なくなって、都市伝説になってるかもしれないだろ。それに永久機関は存在しないって熱力学第二法則がそう述べてる」
    「例えにいちいちツッコミいれないでよ。それこそ楽観的な無責任な発言でしょうが。アンタはいつ神様になったのよ」
    「揚げ足取るなよ…。俺は希望の話してんのさぁ」そして彼が素直な所が好きだった。

    「未来は人の匙加減で見方が変わるもんだ」まだこの話を続けるのかと食い下がらない少年に歌姫は疲れを見せる。
    「名作の映画にあるんだ。殺人が起こっても無関心な社会の中で刑事が最後に『この世は素晴らしく、戦う価値がある』その言葉で映画は締め括られる」この台詞はある詩人の引用なんだけど。
    「希望がない終わりだったのに、観客は最後で希望を植え付けられた。何故だと思う」「知らないわよ」興味もない。「希望は口から生まれるからだ。逆にいえばだから口は災いの元だって言うしな」

    その後、歌姫は何度も彼の言葉を思い出す。
    「つまり?まとめるとなに」
    「少年少女よ大志を抱け!」
    「いい未来を想定して行動すれば同じ結果になる。因果関係的なやつだ」
    「そう割り切れるもんなら苦労してないわよ。誰も」
    話続けるつもりかと視線を送れば、少年は、こちらの意図を読み取らずに、暗い方向ばかりにいくという。

    「若いうちにそんな薄幸顔はやめたろよ。庵は確かにお世辞にも強いとは言えないけどさ、凄い才能を持ってるだから、もっとスマイルスマイル」
    男が歯を見せて笑う姿に、歌姫は彼女が不潔な笑顔と言ったのが理解できた。
    前歯に海苔がくっついている。毎日早弁でもしているのかと呆れ、指摘するのも億劫になる。
    そんなことを知らずに彼の話は続く。
    「庵は人から頼られてるじゃんか、アレ凄く羨ましい。特別な血筋でも呪力が強いわけじゃない。現場でも新人の枠なのに人が集まってくるよな」
    「舐められるのかもね。あれこれ雑用を任せられるし」
    「それでもいいじゃん。俺は避けられる人間より、舐められてもいいから仲間の近くにいる存在になりたい。でもそれって案外難しくってさ、誰もが無意識に壁を作って本音をひた隠す。それは多分俺も同じで、特に初対面の人間とかには簡単に壁を壊せないんだ」
    「でも、庵は初めましての時でもそんな壁を感じなかった。それは才能だと思う。この人なら信頼できるそう思わせてくれるんだ」
    「それに大袈裟すぎる。そんな大層な人間じゃない」

    「謙遜すんなって!それに、庵はどんな奴でも誠意を込めて接してるし、本当にすげぇよ。だから、悪態を吐くやつなんてそうそう居ないだろアイツ以外に。魚心あれば水心っていうやつ?好意を悪意で返すなんて居心地悪すぎるからな」
    「わ、私だって嫌いな人間は1人か2人いるわよ!」
    「俺なんて嫌いな奴36人いるからな。高専に来てプラス11人は増えたぜ」
    「偉そうに言うな。いくら何でも多すぎでしょ」
    「俺のせいじゃない俺の周りが悪いだよ」「里美みたいなこと言うな」

    「庵はそういう才能を生かしたことを将来の仕事に就けるといいと思うぜ」
    「…ご教示どうも。あと、前歯に海苔ついてるから、鏡見て来い」


    朝霧と歌姫は相性が良かった。彼は明るく秋の太陽のような存在のようであった。戯言でも個々の心が共通していると感じ相手を知りまた自分も知る。そうして少し大人になっていくと歌姫は思っていた。


    その4週間後、朝霧薫は死んだ。

    「死因の理由は呪詛師による襲撃。
    次の日の早朝に死体は火葬された。葬式は昨日、親族のみでとり行ったみたいだ」

    淡々とした口調で担任から彼の死と埋葬も終わった事を告げられる。
    歌姫達が聞かされたのは全て終わった後、同級生で友達なのに最後まで檻の外。死体どころか、遺骨さえ見ることは許されなかった。

    「担任は教えてくれなかったけど一級呪詛師らしいだよね。朝霧を殺したの」
    朝霧は三級、敵うはずもない。
    「私の身の回りに起きた出来事だから親の権力で調べたの。そしたら本来は、準一級2名が行う任務だったみたいでね、呪詛師の住処の目星を掴んだから叩こうって作戦が当日に突然の中止。それが朝霧に回されたみたい。でも、朝霧に言い渡されていた任務は呪霊三級一体の討伐」
    里美は憐みの目をここではない何処かに向ける。
    「それと、もう一つ。朝霧薫は私生児だった」
    私生児。夫婦以外の関係から生まれた子ども。
    朝霧が?どうして。母親が父親を認知できなかったら?それとも両親の反対で結婚できなかった?どの推測も間違いだ。答えは既に導き出されている。朝霧薫は意図的に強い呪詛師を当てがられて殺された。つまり、学校を裏から引導できる大きな存在、その浮気相手の子供。御三家の一つが関わっているのは明白だ。
    「意味わかんない。なにそれ…」何もかも初耳だ。朝霧が新生児だなんて、一言も歌姫に言わなかったし、噂も回ってこなかった。つまり隠されていた。
    36人も嫌いな人がいるのにも腑に落ちた。邪険な扱いをされていたのだろう。
    「術式に関わる争いに巻き込まれたんでしょ。こればっかりは同情しちゃうわね」
    「…それが本当なら許せない。公表すべき案件でしょ」
    「無理よ。人を殺すならまだしも、隠ぺいできるほどの権力者に敵うわけない。はい、もうこの話は終わり!権力も呪力も術式も凄くない私達に何もしてあげられないわよ。死体の周りを掘り返し引っ掻き回して最後はキチンと葬ってあげられるの?絶対に中途半端で終わって、泥沼化させるだけ」
    「友達が殺されたのかもしれないのよ後の事を気にしてられない。時間が経てば闇に葬り去られるだけ!」
    「友達じゃなくて、同胞で同級生でしょ。友達が欲しいなら、よそで作りなよ」
    「………は?何言ってんの、殴るぞ」
    「暴力反対。本当に姫は、真面目でいい子ちゃんよね。正義を振りかざして楽しい?何でも正義を翳して表に出さないと気が済まない?」「たしかに胸糞悪いわよ。でもここは腐った場所よ。どうにもならないの」
    「…最低、薄情者。アンタなんか嫌い。どうしてそんなに無関心でいられるのよ」
    「なんとでも。
    「この話はまた放課後に話しましょ」
    「しない!里美と話すことなんてない。朝霧を蔑ろにしたアンタとなんか口も聞きたくない」
    「あ、そう」
    何処か空虚、それでも通常通りの一日が終わった。

    教室に戻り席に座れば、歌姫と里美で挟んだ真ん中の彼の机は空っぽで虚しかった。歌姫は夕方、供花の花と花瓶を買居に出かけた。店員から合計6000円になりますと言われ、こんなに高い買い物を誰かにしたの初めてだと、足が浮かない気持ちになる。


    次の日に歌姫が教室に入ると、2台の机しか置かれていなかった。喉に熱と締められたような苦しみが駆け上がる。
    ぐらりと目眩が突然起こり手元から花瓶が滑り落ちて、割れた。
    割れた音が教室に響き渡るが、歌姫は今ひどい頭痛に襲われてそれどころではなかった。 わかりきった事だなのに、どうしてこうも動揺する。

    膝から崩れ落ちそうになるのを寸前でドアに横たわり止める。
    目眩、頭痛、喉に激痛が走る。脳が倒れろ気絶しろ楽になれと訴えてきたと同時に里美が現れた。
    「ふーん。ここまでやるのね」

    そのまま彼女は横を通り過ぎ席に着く。その背中を何も言わずに見つめることしかできなかった。突然起きた体の異常は何処かに飛んでいた。まだ実際に残ってはいるが、強烈な一言によって忘れた。
    「呆けてないでこっちにおいで」腕を掴まれ教室の中に引きずり込まれる。
    そこは歌姫達が知っている教室ではなくなっていた。
    「見なよ。朝霧が此処に居た証明が何処にもない。机や椅子どころか、壊して買い直した備品も、書き込んでたカレンダーも新品に変わってる。ここまで徹底してるなら指紋さえも拭き取られてるかも。学校は禪院家に買収されて朝霧薫が在籍してた事なしにするらしいよ。卒業アルバムにも乗らないね」

    腕を離された。
    あまりに突然な衝撃な出来事についていけない。知りたくもない。頭が、痛い。
    歌姫の脳は考えることを拒絶し、白い靄がかったように情報が断たれていく。
    椅子を引く音に、ハッと意識を戻されるが、頭は依然何も考えられない。どうにか手足を動かしす信号を送り、歌姫も席に着いた。
    校庭の窓側の左席に彼女が据わり、右の席には歌姫座る。
    真ん中の席は消え2人の教室となる。


    「ねぇ」声がきこえた方向を向くと、里見が机に肘を乗せ、掌に顎をつけて歌姫を見ていた。
    瞬間に歌姫は察して、耳を塞ごうとしたが手遅れだ。耳を塞ぐ前に、覚悟をするのが先に必要だった。
    「さっさと死んだお友達助けに行きなよ」
    「可哀想だよ生きてた事すら消されて。とりあえず、学長に談判しに行けば、相手にされないだろうけど。なら禪院家で暴れる?あ、でもそんな事したら家と勘当されるかもね。それどころか学校に居られなくなるかも。結局は、被害を被って何もできずに終わるね。それでもやるの?朝霧君のお友達の歌姫さん」
    その正論は誰のためでもなく、無造作にただ歌姫を傷つけた。
    里美の口から禪院家の名が出たということは、朝霧は禪院家によって殺された。嘘であってほしかった。せめて御三家以外なら歌姫もなんとかできたかもしれない。その希望すら糸も容易く断たれた。
    「ごめんなさい。さっきは意地悪かったわ。でもね本当の事でしょ、太刀打ちできない相手だから大人しく身を引っ込めた方がいい。何をしても朝霧薫は戻ってこない。これは姫の整理の問題なのよ」
    ドアの中からの返答はない。しくしくと悲しい音だけがタイルの部屋に響く。涙の音は、ときに途切れひっくひっくと、過呼吸になりかけてりる。
    「今日はもう帰って休んで。担任には私から説明しとくわ。明日には平常に戻っていてね」
    冷たくするなら、最後まで貫いてよ。嫌いにさせてよ。歌姫は唇を噛む。


    足音がドアから遠のいて行く。それでもトイレから聞こえるすすり泣く声は止むことはなかった。 
    「おはよう」次の日、歌姫は里美に挨拶し席についた。
    「おはよう」里美も挨拶を返す。
    「昨日のニュース見た?」話を持ち出してきたのは里美の方からだった。
    「見てない。なんかあったの?」歌姫も不自然なく返す。
    「6股した芸能人が妻に殺さたらしいの」
    「そう、それはお気の毒様ね」
    「それは殺された被害者に?それとも浮気された加害者?」
    「どっちでもいいわよ」
    「呪術師はいつだって呪いを祓う側よ。両者一刀両断でしょ」
    「皮肉効いてて、いいね」

    「ねぇ」歌姫が反応して横に振り向く。
    「姫は優しさと思いやりの区別がついてない。優しさは自己満でしかないのよ。死んだ朝霧を思いやるなら、現状は何もしないのが一番。大人になれば少しは上にも意見を言える。それまで力を蓄えておくの。その為に私は出来ることをしている」
    「痴漢から名刺をふんだくることが?」
    「それこそ、一番の努力の結晶でしょ」

    「姫の悪い事ばっかり言ったけど。いい所もあるわよ。私からは言わないけどね。私は他人に関心がないから人の為に動こうとは思わない。姫は私と正反対で、他人ばっかり気にしてない?」
    「私だって他人ばかり構ってない。それでも自分を先に見直すべきだと分かってる。…何で他の人ばかり目を取られてるのか自分でもよくわからない」
    「そう。分からないことを追及しても無駄ね。なら、私を手本にしてみない?
    一緒にいるだけでいいのよ。ほら、
    私みたいに何事もそつなくこなせるようになるよ」
    「……そうね」力なき声で歌姫は同意した。歌姫は里美のようになりたいとは思っていなかったが、昨日の癒えきれていない疲れに疲労し里美の凛とした強さには憧れていた。
    里美は子供が作戦に成功したみたいにニコリと笑う。
    これは悪魔の契約書にサインをしたのと同じ意味だと歌姫は知る由もない。本当の苦しみはここから始まった。



    3人で過ごした時間は嵐のようで、よく言えば退屈しない騒がしい日常だった。里美の温情もない言葉に歌姫は噛みつき、言い合いになると決まって朝霧が収めてきた。
    その朝霧が死んだ。油と水のような2人を収める者は消え、成り立っていた関係は崩れ去った。
    これからは歌姫と里美で関係を築いていかなければならない。



    1人の同級生を失った2人は皮肉にも、朝霧が居た時よりも距離が近くなった。彼の死が2人を結んだ。
    そもそも同性、同級生、寮の部屋も隣りとなれば距離が今まで離れていた方が逆に不思議なくらいだ。まさに朱に交われば赤くなるように2人で行動することが多くなった。



    彼女が任務で重傷を負った。
    苦手だ。相手が弱っている時の会話は言葉がたどたどしくなる。歌姫も手が震える。
    「体に傷を作るって辛いね。しかたないだけど辛い」
    「でも呪術師としては普通で当たり前しょ。本当に労働災害保険あってよかった」

    彼女が弱音が歌姫にも伝染したように手先が震えている。

    この場にいることに後悔する。彼女が弱ってる姿にどう言葉を返していいのか分からない。解答用紙になんと書けば正解なのか。捲し立てる剣幕に動揺が隠せない。
    なんて答えるのが正解?逃げたいっていえばいいのか。言った後はなんて答えるべきだろうか。逃げるなんて彼女は家柄的に無理なのに軽率に口に出していいのか。勝手な希望を与えて、落ち込ませたらどうしよう。
    どうやったら、彼女を元気づけてあげられるだろう。私に何ができる。

    「里美が逃げ出す時間くらいなら、私が作るから」

    なんとか絞り出した声、彼女の希望になればと放った言葉は里美によって簡単に割れる。
    「そんな度胸もないくせに」
    「え?」
    心にナイフを突き当てられる。里美の為なら身を投げ出すと言った想いは本物なのに歌姫は信用もされていおなかった。
    「歌姫は弱いから何もできない。自分でもわかってるでしょ」
    歌姫は本心を暴かれ動揺を隠せないのを知ってか里美は歌姫の冷えた手先を重ねた。
    「いいんだよ。姫はずっと弱いままで」

    無機質の部屋に、無機質な声が響く。先日、歌姫が買ってきた一輪挿しのガーベラは枯れていた。


    もらっても困る。寮室には花瓶などない。
    でもたしか教室には花瓶がある。
    「何その花?」
    「親切な人からおそそわけして、貰ったの。私の寮室に花瓶ないし教室に飾ろうかなって」
    「…ふーん。ねぇ、その花私にくれる?」
    「いいけど、部屋に花瓶あるの?」
    「なんで?花瓶なんて必要ないよ」ドライフラワーにするのかと思えば、里美は茎を降りミモザをゴミ箱に捨てた。
    「私、黄色の花大嫌いなの。これもう私のものでしょ?なら捨てていいよね」
    「怒った?」
    「何も捨てなくても…」
    「なんで花なんてもらってきたの?虫が寄るし、しかも蛍光色って目障りなのよ」
    お嬢ちゃん、この花はね感謝という言葉があるだよ。他にもーー
    「ごめん。今度から気をつける」
    「泣いてる?」
    「泣いてない」
    「ふふ、かぁわいい」








    約97%が何らかの精神障害の診断がつく状態で自殺を図る。後からの調べでも彼女は何一つ精神障害を持ってはいなかった。
    自殺には必ずプロセスが存在する。唐突に死を考えない。蓄積されたものが何かをきっかけに崩壊をはじめるのだ。
    だが歌姫は分からなかった。何故里美が飛び降りたのか。
    それは当然だ。彼女は枠にはまらない存在で歌姫に理解できるはずもなかった。


    歌姫と里美は海に居た。歌姫は一度もに行ったこともない知らない浜辺に塩の匂い。写真での海は太陽の光に光りが屈折しキラキラと輝いていたが、上を見上げれば青空はなく。曇天が空を覆い尽くしていた。
    塩と混じった風が髪を持ち上げ、べっとりと肌に髪が纏わりついた。

    くるぶしまで浸かっている。
    走馬灯ではない。歌姫が作り出した想像の中でもない。確かに彼女の呪力を感じる。これは本物だ。


    「呪物で相手に幻覚を見せるなんて聞いたことない」
    「わたしは特別なの。誰よりも」
    「特別なのはたしかね。私にとってだけど」

    「姫のこと大嫌いだったの。貴方は本当にいい子で真面目。本当につまんない人間。こんな世界に慣れて、ただそばにいただけで、腹がたった。でもそばに置いてたのはね。貴方の歪む顔が好きだったの。意地汚くて薄汚れた私だけを見て、愛してくれた」
    「しってる?苦痛に慣れ親しんだ物は誰からも裁かれず、漂う魂になるの」

    ボードレールの『悪の華』の詩を読み上げ、「殺してはならない、死んでしまっては苦しみを味わえない」

    私は貴方みたいないい子が嫌い。だから死ではなく苦痛を与えたの。


    姫が悪い子だったら良かったのに、そしたら一緒にいれたのに。
    分からない?
    「最後まで姫を傷つけて、酷い女でしょ?」
    「苦しんでたのに、そばにいてあげることしかできなかった。私は貴方の理解者にはなかった」


    「姫のこと大嫌いで、好きだったよ。トランクに詰め込んで旅行に持っていきたい思うくらいにはね」
    「私は、貴方の隣で歩きたかった。好きな服とかワクワクすることをトランクに詰め込んで、隣で歩きたかったの」
    歌姫に振り向き、背中に手を添わせる。触れるほどの僅かな力で抱きしめられた。
    歌姫も背中に手を回して服に皺ができるほど強く抱きしめた。
    わかっているこれは私の身勝手な想い。でも許して、最初で最後だから。
    気持ちが伝わるように強く。思いが伝われば、怖くて尻込みしてしまうのを止めるように強く抱いた。
    里美から体温も匂いも鼓動も感じない。そこにあるのは人の形をした何かの感触だけ。当然だ夢でも現実ではないのだから。それが余計に切なくなる。生きている間にこうしたかった。




    「私はね、自分は不変で代替のない存在だと思ってる。だからこそ怖かったの傷つくのが。体や心にも傷を負って生きていたくない」
    「顔に傷を負ったの。でかい傷よ。その時、生まれて初めて恐怖を感じた。私が弱くなるのを感じたの」
    「痛くて、怖くて、震えた。衝動的に刃物を持ち出してね学校に来てた」
    「なんで」
    「死ぬのは怖くなかったけど、あのまま死ぬのは嫌だなって思った。アイツみたいに何も残さず死にたくなかった。なら、何か残して死んでやろうかなって」
    「それで、姫を思い出した」
    「そこで、ようやく私の存在を思い出したのね」
    「ようやく?私の人生に歌姫は関係ないでしょ。最後に姫を思い出したのはたまたまだよ」
    「それで、最後首を指して飛び降りた」
    「私にとって貴方は最高の遊び相手だったよ。アイツが死んで弱ってる姫に、依存先を示せば簡単に転がり落ちてきた。後は普通に過ごして、たまに甘いオヤツを与えればいいだけ。楽だし手頃で良かった」
    「簡単に、苦痛を受け入れてくれたね」
    「でも」
    「私の後を追って、死ぬかと思ったのに」
    意地悪い顔で笑う。
    「まだ生きてるのね」

    「私は最初貴方の上で転がされたぢけかもしれないけど、好きだから傍に居たの。性格も最悪で人として尊敬できないのに、好きになった。貴方は誰よりも自分を信じて生きてく姿は輝いていたの」
    「里美が思う通り、私は依存していたわ。だから、貴方が消えて凄く不安になった。感情が何処かに消えて死んでやろかと思った。でも」
    私を恨んでるっておもった。でなければ2人でお昼ご飯を食べた思い出を落下地点にして自殺なんてするはずがない。最後、私宛に白紙の手紙とお守りを置いとなにめななねくはずがない。
    同時に里美が歌姫を生かした事を知った。里美は感情はいつか収まるといった。ならば歌姫も里美への悲しみも同じ事を指す。歌姫を憎んでいるなら、死んでくれと頼めば、あの時の歌姫なら手を繋いで一緒に死んでくれただろう。
    しなかったのは、歌姫に生きて欲しいという願いもあったから、歌姫はそう自己解釈していた。
    でも全部違った。

    複雑な計算はいつも単純な答えで終わってしまう。

    「最初は私のせいだと思った。三ヶ月貴方を探した。だから里美は私を憎みながら自殺したんだって」
    「でも、とんだ思いやがり」
    「私は里美を美化してた。里見は私の言葉に左右されて死ぬような人間じゃない。そこまで私は貴方にとって大きな存在じゃなかった。貴方は自分自身の決定に従ったまでで、そこに私はいないのよ」「私ばかり好意を持って、貴方はそれを揶揄い楽しんでた」
    本当は私のことなんか恨んでもなんでもないのに、呪力を込めた御守りを残して、私がコレをどうするのか楽しんだ」

    「人の忖度で、呪いは死ぬ理由にも生きる理由にもなる」
    里美は試したのだ。



    私が自分を恨むか、里美を恨むか、それともどちらとも選ばない選択をするか。どう転ぶか面白半分で形見を残した。

    彼女は決して他者に無関心だったわけではない。彼女の理解者が誰もいなかったから、誰にも心を開かなかった。つまらない舞台から降りた。そしてその舞台に小細工をした。自分を気にかけてくれた存在に、痛みを与え自分と違う意味で舞台から剥離した。
    そして、好奇心で歌姫に呪いをかけた。

    所詮歌姫も部外者に過ぎなかった。尊敬し好意を寄せていても、世界を共有しあう存在にはなれなかった。歌姫には自分の世界を壊す度胸がない。なぜなら、それが歌姫だから。
    規約を守り、真面目であり続ける。
    里美は待っていた卵の空を破壊して隣に立ってくれる人をずっと。
    でもその希望の卵は割ることをやめて死んでいると気づいた。

    その機会を捨てたのは誰でもない。私だ。


    「性悪すぎるわよ。他人の気持ちも考えない里美らしくて、笑っちゃう」

    「いいもの見れたわ。そっか、姫はそう決断したのね」

    「可哀想に、私のせいでこんなに傷ついて。でも、大丈夫。一度は直れたんだしまた立ち直れるよ」

    「姫のこと嫌いで、好きだったよ。トランクに詰め込んで旅行に持っていきたい思うくらいにはね」
    「私は、貴方の隣で歩きたかった。好きな服とかワクワクすることをトランクに詰め込んで、隣で歩きたかったの」
    歌姫に振り向き、背中に手を添わせる。触れるほどの僅かな力で抱きしめられた。
    歌姫も背中に手を回して服に皺ができるほど強く抱きしめた。
    わかっているこれは私の身勝手な想い。でも許して、最初で最後だから。
    気持ちが伝わるように強く。思いが伝われば、怖くて尻込みしてしまうのを止めるように強く抱いた。
    里美から体温も匂いも鼓動も感じない。そこにあるのは人の形をした何かの感触だけ。当然だ夢でも現実ではないのだから。それが余計に切なくなる。生きている間にこうしたかった。
     
    抱き合ったまま2人は生前できなかった別れを口にする。
    「私を好きになってくれて有難う」
    「うん」
    「1人にしてごめんね」
    「…うん」
    「愛してあげられなくてごめんね」
    「謝らないで」
    「…ちょっとだけ自分が嫌になった。想いが一緒じゃなくても、こんなに私を愛してくれたのにね」
    「後悔してる?」
    「んー、すこしね」
    「なら生まれ変わったら、貴方が好きになった人を愛してあげて」
    「そこは自分の名を言わないのね」
    「私じゃ役不足よ」
    「力不足じゃなくて?」

    今、ちょっと泣きそう。
    美しい黄色の音が、空気に溶け下に落ちた。波にさらわれてもう彼女は戻っては来ない。
    波のさざめきが遠くなり“秘密の恋が”終わりを告げる。
     
     


    歌姫が目を覚ます。真っ先に白い天井と点滴が見えた。知らない天井ではない。医務室の部屋は
    上半身が寒いと思えばキャミソールに病院の
    を着ていた。

    左を向けば先輩も同じような状態で寝ている。

    右を向けばサイドテーブルに自分が着ていた制服が置かれていた。
    手を伸ばし血だらけの制服のスカートのポケットを弄る。すると小さいポケットナイフが出てくる。ナイフからはこべりついた血が消えていた。

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