「俺じゃないんで。だから君しかいないんですよ」
「はあ? オメーしかいねえの間違いだろ」
某ホテルのスイートルームで向かい合う藤堂と千早。互いに指さすのはテーブルに置かれた薔薇の花束。メッセージカードにはHAPPY WEDDING AOI&SHUNPE と印刷されている。裏側は白紙。
「……前の客の忘れもんとか」
「あり得ませんね。前の客がチェックアウトした後に当然清掃がはいっていますし。あんな派手な忘れ物があったら見逃すはずないでしょう。そもそもメッセージカードには俺達の名前が入ってるんで。あ、ひょっとして読めませんでした?」
「読めるわ! 言ってみただけだろうが! 腹立つ言い方しやがって」
藤堂が本気で言っているなんて千早だって思っていない。ただ、藤堂がいつまでたっても本当のことを言わないからチクチク言葉が増えただけだ。千早はこんなサプライズを仕掛けていない、ならば藤堂のはずなのに。
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どうしてもけじめをつけたいのだと藤堂は言った。互いに金を出し合った指輪、単身赴任期間がありつつの同棲、それぞれの家族への挨拶、信頼している友人への報告。戸籍に関しては、パートナーシップをとるか、移住するか、婚姻制度を待つか、何度も何年も相談して、まだ待つことにした。だからこそ式を挙げたいのだと。家族や友人に祝福されたいというよりは覚悟を示したいような、そういうニュアンスだった。
当初千早は渋っていた。挙式に意味などなくはないか? 別に家族にも友人にも互いがパートナーだと打ち明けているのだから、それで良くないかと主張した。照れがあったのは否めない。着飾って、それぞれの家族親戚友人知人の前でキスしたり馴れ初めを披露したり手紙を読んだり……結婚式と披露宴をごちゃごちゃにしているかもしれないが、とにかく何だか恥ずかしい……藤堂との関係が恥ずかしいのではないし、後ろ指をさされるようなものだとも思っていない。これはきちんと主張したし藤堂も理解してくれた。つまるところ、恥ずかしいのだ。
藤堂は千早のそういう性質を分かっているので、無理強いはしなかった。せめて互いの家族を集めた食事会はどうか、と提案した。千早が藤堂一家と食事をしたり、藤堂が千早一家と食事をしたりという機会は幾度かあった。けれど、全員揃ってというのは、友人同士のルームシェアではなく恋人同士での同棲だと打ち明けた時以来だった。千早もそれくらいならいいです、と同意した。
そうして行われた両家の食事会である。藤堂の父と姉妹、千早の両親、そして清峰、要、山田だけのささやかな会。そんな大事な会に招待されるなんて、と山田は恐縮していたが、大事な会だからこそ藤堂も千早もこの三人は呼びたかったのだ。
ホテル側にそういう趣旨の会であると伝えた際、主催の二人はその後泊まるがハネムーンのような対応は恥ずかしいからやめてほしい、と千早は申し出ていた。照れ屋なんすよ、と隣で笑っていた藤堂の手の甲を抓ったことも覚えている。にこやかに承知しましたとほほ笑んだスタッフの顔を思い出す。その時にお願いしていた事柄は全て完璧に取り計らってもらっていたし、至る所のサービスが行き届いていた。それを思うと薔薇の花束はホテル側のサービスではあり得ないだろう。
とすれば。
「……やっぱり藤堂君でしょう」
「ちげーってば。しつけェな。つーかマジでお前じゃねえの?」
「違います。俺は藤堂君みたいに花を贈る趣味はないので」
「や、だからこそ今日はお前が用意しました的なアレじゃねえの?」
これまでいろいろな記念日またはご機嫌取りの贈り物、そのほか取り立てて理由はないプレゼントやお土産を互いに贈り合っていたが、花を渡したことがあるのは藤堂だけである。千早はどちらかというと実用性のあるものや長く使えるものばかり差し出していた。
「つーかこれ何本あんだよ」
「見た感じ百本くらいありそうですよね……何本なんですか? 藤堂君」
「俺じゃねーんだって」
となると。
「……うちは花を贈り合う習慣はないんで、藤堂君のご家族の可能性は?」
「あー、なるほどなぁ……いや、ねえな。お前に花贈っては馬鹿にされるって姉貴や妹に言いまくってるし」
「はあ!? ちょっと! 何俺の印象が悪くなるような話してるんですか!」
「安心しろ。お前が馬鹿にしながら写真撮りまくってることも、わざわざ花瓶に移して飾ってくれてることも言ってっから。『かわいーねー』だってよ」
「かわっ……余計なことを言うなって言ってるんですよ!」
次は見向きもしないで捨ててやりますからね! とは言えなかった千早の負けだ。とはいえ恋人同士の戯れを家族に惚気るなんて、恥じらいとかないのか、と千早は心の中で罵る。それを見透かしたかのように藤堂は言った。
「いいだろ別に。そういうのを聞きたいんじゃねえの。千早の親御さんも」
ぐっと千早は言葉に詰まる。今日の食事会でも両親はとにかく普段の千早と藤堂の様子を知りたがった。元々家族で過ごす時間の少なかった千早にとって、恋人との赤裸々な生活の話をするのはものすごく気恥ずかしいことだ。両親がずっと心配していることも、ちゃんと分かっているけれど。いや、ちょっと待て。
「……藤堂君だって、お父様にはあんまり俺のこと話してなさそうでしたよね?」
「うっ……」
昔から自分のことはあんまり話してくれなくて、でも幸せそうで良かったです、ありがとう、と言葉少なに語ってくれた藤堂の父親を思う。藤堂だって姉妹には言えても親には言えないことがあるのだから、千早のことをとやかく言われたくはない。
親には恥ずいだろうがとぶつぶついう藤堂を尻目に考える。ホテルのサービスでも互いの家族でもないとなれば。
「ていうか、もう答えでてますよね」
「あ?」
「ストーカーか要君達、どっちだと思います?」
「その二択意味ねえだろ」
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藤堂と千早は花束と共にツーショットを撮って小手指野球部同期グループに送った。
『差出人不明の怪しいモノがあったんですけど笑』
『これ何本あんだ?』
一人あたり三十六本、合計百八本。
三人にお礼を述べた後、花束を互いに持たせて写真を撮ったりして遊んで気づけば時間が結構経っていた。
「とりあえず着替えねえ? つか風呂入ろうぜ」
「ですね」
食事会の後すぐ部屋に戻ったので、二人とも白のタキシードだった。式だの披露宴だのに興味はなくても着飾った藤堂を見られたのは、まあ悪くなかったなと千早は思う。口には出さない。ちなみに藤堂は似合ってんなとかかっけーなとか散々言ってきた。千早は馬子にも衣装ですね、と心にもないことばかり言った。最も藤堂は、いつまでも高校生の頃のような揶揄い癖がとれない千早を愛おしんでいるので、特に問題はなかった。
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「藤堂君、薔薇って本数によって花言葉が変わるらしいですよ。まあネットで調べた情報なんですけど」
百八本で結婚してください
三十六本だとドラマチックと、
「覚えています、なァ……ヤマはともかくよ」
「要君と清峰君の『覚えています』はなんか重いですよね」
「それな」
「多分百八本のとこしか調べてなさそうですけど」
「だろうな……つーかお前この状況でその話する? 俺の話聞いてた?」
「藤堂君がこっぱずかしいこと言ったのを聞かなかったことにしてあげただけですよ」
「うるせー、ちょっと憧れてたんだよ!」
「藤堂君たらハネムーン丸出しの浮かれポンチで恥ずかしいですねー」
お姫様抱っこでベッドまで運びたいってアホじゃないのか。せいぜい落とさないでくださいねって首にぎゅっと抱きついてやる。今日くらいはデレてやるのも悪くないかもしれない。