狡い狼 何も無い時間に、ハリスと二人でいるのが好きだ。ソファに座って手の甲を撫でたり、肩を寄せたりするだけで満たされる気分がするのは、自分だけだろうか。
初め、彼女はこの行為に困惑していたように思う。自分たちはただの同僚に過ぎず、こんなふうに過ごす必要性はどこにもないからだろう。
けれど、いつからか慣れたのか、あるいはもはや諦めたのか。文句の一つも言わず、触れることも許してくれるようになった。
「(諦めの早さは長所であり、短所ですね)」
よしよし、と手のひらを指の腹で撫でてやる。決して爪が触れてしまわないよう、慎重に。こういう時、シリオンというのはまったく不便だと思う。
「(爪が丸ければ、このように肝を冷やすこともないでしょうに)」
「ライカン、今日は随分考え事が多いな。私の隣にいるというのに」
一見すれば傲慢にすら捉えられかねないその言葉も、気遣いから出たものだと理解しているから愛おしい。手のひらを撫でることはやめないまま、口を開いた。
「いえ。ただ……昔を思い返していただけです。私と初めて出会った時の貴方は、随分荒れていて……それに、他者が近づくことも厭っていたように思います」
「それは貴方も大差ないだろう……まあ、あの頃に比べたら丸くなったな、お互い」
くすくすと笑って、金色の目を細くする。その瞳には愛情や信頼が見えて、ほんの少しくすぐったい。胸が苦しくなり、その原因に苦笑する。
「……ハリス。貴方は、私のことをどう思っていますか」
「うん? 大切な友人、信頼できる同僚、守るべき仲間……だろうか」
あまりにもさらりと言うものだから、ああこれは脈がないな、と理解する。まあ、彼女は根本的に他者が嫌いなのだろうし、自分のことをそう思ってくれているだけで十分な収穫ではあろうが。
「そうですか。私は……貴方を好いていますよ」
「……は?」
「おや、もうこんな時間ですね。そろそろ部屋に戻りましょう」
ソファから立ち上がり、かつかつと義足の音を響かせて部屋を出る。背後から聞こえる「おい待て! 今のどういう意味だ! ばか!!」という子供じみた罵倒は、明日の朝また聞くことにしよう。