あの世から心を込めて 相変わらず、ここは暗い。光の射さない空と底の無い足元、時間の流れも魂の存在も曖昧になるこの場所は、所謂地獄というヤツだ。ま、責め苦を受けるわけでも無ければ戦いが起こるわけでも無い、穏やかでひたすら無味な死後の世界と言った方が当てはまるかな。
ここにやって来たヤツは、初めのうちはその魂を保っている。どうやら、現世でそいつの事を覚えている存在が多いほど、魂の輪郭を保てるみたいだ。時間が経てば人は死人を忘れていく。曖昧で、ぼんやりとしたかつての自我の欠片達が流れていく。
俺?俺は…そうだな、死んでから結構時間が経ってるけど、まだ俺を保ってる。現世で未だに俺の事を引き摺ってるやつが居るんだ。俺の事をずっと覚えてて、ずっと悼んでくれている。それが誰かはわかってる。時たま、暗い空が割れて、あっちの声が聞こえる。またあのバカ、俺の墓の前で謝罪してる。いい加減前を向いて欲しいもんだ。
俺が死んでから随分と経つけど、俺はあいつのこれまでの人生を知ってる。なんでかって?あいつは何かあるたびにわざわざ俺の墓の前までやってきては、つらつらと近況報告をしてくれるのだ。死人にいちいち報告しに来るんだぜ、他に話す相手、居ないのか?
初めて俺の墓前に来た時、アイツはまだ怪我が治っていなかった。いや、俺が死んだときの怪我じゃなかったのかもしれない。頭に巻いた包帯に、しっかりと血が滲んでいた。また無理をしてる。それからしばらくは酷かった。どのくらいの間だったろう、墓前にやって来るあいつの身体に新しい傷があり続けたのは。よっぽど化けて出てやろうかと思ったよ、俺がせっかくつないだ命を無為にするんじゃないって。自分をもっと大事にしろって。まぁ、杞憂だったし、化けて出るやり方なんか分かんなかったけど。
あいつが墓前で語る話の内容はいろいろだ。彼女の、サトコちゃんとの事。息子の、ジュンと名付けた子の事。特機団の活動、新たなメンバー、相も変わらず頭の固い上層部への愚痴や、終わることのない怪獣災害と戦う日々…。
でも、いつだってあいつの話は謝罪と、感謝が詰まっていた。何度謝られただろう。何度礼の言葉を述べられただろう。俺はもうお前に言葉を伝えることなんてできないのに。謝罪も感謝も、お前からの一方通行になってしまうのに。お前の言葉も気持ちも、十分すぎるくらいに伝わっているのに。何か言葉を返せたなら。一言でも言葉を返せたなら。どれだけ時間が経っても輪郭を失うことの無い魂の全てで、そう思っていた。
だからさ、嬉しかったんだよ。お前が新しい出会いを話してくれて。お前の隣にはもう俺じゃない相棒が居るんだって、お前が心から信頼できる相棒が、お前の隣に居てくれて。
一方通行の地獄に穴が開いて、言葉を託せる友人が現れた。それは奇跡だと思ったけど、でもきっと、お前が繋いだ縁なんだろう。な、ゲント。俺はきっと幸せ者だったんだと思うよ、こんなに想ってくれるお前がいてさ。でも、本当に幸せ者なのはお前の方なんだ。ずっと、ずっと幸せ者で居てくれ。家族と、仲間と、そして相棒さんと。ずっとそうして居てくれたら。
いつかの未来でお前がこっちに来ることになったら、その時にまた話そう。