一月三日の朝
「苦しい」
魏家の一室で魏嬰が小さく呟いた。
「我慢しなさい、貴女が今年の初詣は振袖着たいって言ってたんでしょ」
腕を組んで呆れた顔をして娘の着付けを見ていた、ちなみに着付けをしているのは父親だった。
「まぁまぁ、結婚する前で良かったじゃないか。成人式はスーツだったからね。よし完成、阿羨に合ってるぞ」
「ありがとう父さん」
魏嬰はお礼を言った後全身が見れる鏡を見ながら長い袖を腕に巻いたりして満足そうな顔をしている。
「さて次は母の出番ね!可愛く結ってあげるわ」
自分の胸をドンと叩いてウインクした母に笑顔でウインクを返した。
「うん、羨羨をとびきり可愛くして藍湛が惚けるくらいに」
長い黒髪に櫛を通しローポニーテールに仕上げる髪飾りは落ち着いた色を使う、後ろ髪をまとめる紐はお気に入りの赤と藍忘機に貰った白の髪紐と使ってみた。
「よし、完璧、可愛いわよ阿羨~これは忘機くん惚れ直すわ」
「母さんこれ可愛い髪型だ、飾りも派手じゃないし・・・あっ藍湛がくれた髪紐つかってくれたんだね」
合わせ鏡でセットしてくれた髪型を見てうきうき声でお礼を言った。
「では写真撮影しましょう!」
カメラを持った母が笑顔で待ち構えた時インターホンが鳴り家族全員が部屋の時計に顔を向けた。
「藍湛だ」
「10分前にくるとは真面目な子だな忘機くん」
「流石うちの子をもらってくれる心の広い忘機くん」
「父さん、母さん・・・」
パタパタと父が先に玄関へ迎えに行く、母と娘はその後を着いていく。
「おはよう忘機くん、娘を迎えにきてくれてありがとう。丁度今準備が終わったよ・・・っておや」
ガチャりと玄関の扉を開くと和装用コートを纏った藍忘機が立っていた。
「おはようございます」
「「おはよう」」
母と娘が声を合わせて挨拶をした後魏嬰が固まった。
「忘機くんに合ってるよ」
「ありがとうございます。叔父と兄が薦めるので今年は着物にしてみました」
藍湛と父魏長沢は玄関でまったりと会話を続けていたが、
「娘も今年は着物が着たいと言っていたから丁度良かった」
「そう・・みたいですね。似合ってるよ魏嬰」
何故か母親の背中に隠れている魏嬰に声をかける。
「らっ・・・藍湛似合いすぎて俺困る」
「何であんたが困るのよ。それにほらちゃんと見せてあげないさい」
ヒョイと娘との位置を変わって背中を静かに押した。
「だって、こんなに似合っててかっこいいんだぞ、他の女子達の目がハートマークだらけになっちゃう」
ブンブン袖を左右に動かしていたのだががっちりと両肩を藍湛に捕まれ魏嬰は大きな瞳をぱちくりさせて動きを止めた。
「君しかいないと言った筈だ、後折角ご両親が可愛くしてくれたのだから暴れたはいけない」
ずいと顔を近づける、鼻と鼻が触れそうで触れない位だ。
「魏嬰、分ったら返事」
「はい」
「うん」
二人のやりとりを両親は肩を並べて見守っていたが母の方が思い出したかのようにカメラを取り出して二人を写した。
「はい、仲睦まじい姿を残せて母は嬉しいわ」
「全く君は・・・外でちゃんとしたのを撮影しようか」
「阿羨、これ首に巻いていきなさい」
魏長沢が黒系のもこもこショールを娘に巻く、その時母は髪を上げてくれていて夫婦の連携の良さを藍湛は関心しながら見つめた。
「黒系、珍しいですね。最近は見るようになりましたが」
「ほらこの子変な所でそそっかしいから、甘酒でも飲んだ時零しそうじゃない」
「ああ・・・」
藍湛が空を見上げて想像して口元をおさえてしまった。
「藍湛に変な事言うなよ、零さないよ子供じゃないんだし・・・」
ぷくぅと頬をふくらませてそっぽを向く娘の頬をつついてあやまる母。
「ごめんごめん、ほら遅くなると大変よ並ぶの」
「あっ、そうだった。行こう藍湛」
「うん」
いつものように大きく手を振ろうとする魏嬰の手を止め首を横に振ると慌てて袖を押さえて手をふる。
「いってきます」
「遅くなる前に戻ってきます、行ってきます」
深くお辞儀をした後歩道側を歩くように声をかえ二人が並んで歩くのを静かに見つめた。
「二人の後ろ姿撮影してもいい?」
「良いよ」
カシャと並んで笑っている二人を写してそれを嬉しそうに見た。
「来年からは二人だけになっちゃうわね」
「そうだね」
そして初詣で並んでいる間二人の心中は大変だった、こそこそと聞こえる声でモヤモヤ状態。
「あの人背が高くて顔も良くない」
「隣の子彼女かな?妹さんかな」
『やっぱ女の子達藍湛の事見てるよ・・・確かにカッコイイよ顔も良いよ背も高い・・・そして性格も良いんだぞ』
「あの二人恋人同士なのかな、あの子可愛いな」
「ああ、あの長身カップル・・・ってひぃ」
「どうし・・・こえぇ睨まれたぞ今」
時折魏嬰の事を話す男子もいたのだが魏嬰の耳にはまるで入っていなかったし冷たい視線を声の主に流していた藍湛の事にも気づく事はなかった。
そんな声が並んでいる間ずっと続く、神様に新年のあいさつが終わった後お守りとかおみくじも早めに切り上げ静かになれる場所を探した。
「やっぱりお前のかっこよさにみんなときめいてる」
頬をふくらませてぷんぷんしている魏嬰を静かに見つめながら座れる場所を探していたが見つからない。
「君も色々言われていた」
「どうせ似合わないとか並んで歩く俺が不釣り合いとかだろ」
首を横に振って耳元で小声で伝えた。
「嘘だろ」
「私が嘘をつくと思うか」
ブンブンと首を振ったが大きな手で包まれてドクンと鼓動が大きく鳴る。
「さっきも言った。折角可愛く結ってくれたんだ・・・後この髪紐使ってくれてありがとう」
冷たくなった頬がポカポカする大きな手も同じだった。
「あっ、うん・・・言うの遅れたけど、藍湛そのすごく似合ってる。俺、また帆惚れ直した」
大きな手が離れ自然と手を繋ぎまた歩きだす。
「ありがとう、私も同じで惚れ直した」
「この先もずっとずっと惚れ直ししそうだな俺達」
二人で空を見上げた空は、とても綺麗な澄んだ青空だった。