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     生きるのが辛いだなんて思う日が来るとは昔は思いもしなかった。いつか人並みの恋愛をして、一人か二人の種を残して朽ちていくのだと勝手に思っていた。だけれど同性愛には拒否感は無く、好きな人がいつか出来て好きな人に好かれたいなと夢見がちに思っていた。
     今思うとまるで女児のようにロマンティストな話ではあるが。

     高校に入学して五ヶ月が経過した頃であろうか、多少顔見知りの最上級生に告白された。年上の、まさか男性に告白されるだなんて考えたこともなかったが、こんな僕なんかに告白する程好いてくれたのだと思うと僕も応えなければいけないような気がして少しの迷いの後に首を縦に振ったのを覚えている。
     それから何度か放課後に出会いを重ねて、一人暮らしの家なんかにお邪魔したりして、それで──段々と彼の事を好意的に思うようになったのだと思う。それが恋か愛かは結論づけられなかったが、キスとかそれ以上の関係を拒まなかったぐらいには。だけれどまた二ヶ月程関係を続けてからだろうか、じんわりと彼の態度がおかしくなっていった。
     束縛が可視化された鳴り止まないトークアプリ、休み時間ごとに監視されているような訪問。嫌で拒否しても力づくで抑え込まれるような恋人同士の行為も、物理的な暴力も。周りの人は先輩の本性なんて誰も知らないから、一人で耐え続けていた。
     夜中呼び出されなかった日は安堵の息を吐いて、必ず寝る前におやすみなさいと一報いれて電源を落とす。電気を消す前にパジャマから覗く傷跡に心を乱されながらシーツに体を包んで浅い眠りに落ちるのが当たり前の生活になってしまった。
    「いつまで、続くんでしょう……」
     真っ暗な外界から身を守るように布団を頭から被って一人呟く。その声は誰が聞いても恐怖に震えていたようであった。


     朝起きるとまずはトークアプリを開き、自室の背景と顔が見えるように撮影した写真と共に朝の挨拶を送信する事から始まる。それから顔を洗い、冷蔵庫を開いて弁当に詰める分と朝ごはんの分だけ取り出して調理に取り掛かった。男のくせに、とは先輩に言われるけれど料理は嫌いではない。勿論自身を満足させる目的もあるが、作ったものを人に美味しいと褒められるのが何よりも嬉しくて、その顔が見たくて趣味にしたような面もある。
     作り終えた後はもそもそと朝ごはんを口に運び、食器を洗ってから制服に着替える。スマホで今日の天気を確認してから靴を履いた。
    「……行ってきます」
     その声も足取りも何もかも重くて、なにか偶発的な出来事があって轢かれて病院なんかに運ばれないかなあ、なんて不謹慎なことを毎日本気で考えていた。──そんな事は起こるはずもなく、極めて無事に校舎に辿り着いて、周りに足を踏み入れる前に気付かれない程度に溜息を吐いてから歩みを進めた。体も心も鉛のように重い。
     上履きに履き替えて顔を上げると悪い意味で心臓がはねるのを感じた。固定されたように笑みを形作る唇と一重の瞼が特徴的な人物は、紛れもなく僕がお付き合いしている人だった。
    「せん、ぱい……おはようございます」
    「京星おはよう。……隈が酷いな?」
     力強く腕を掴んで引き寄せると隈に指を寄せてなぞる。自然と近くなった距離から耳元に口を寄せると「……あんまり辛気臭い顔するなよ。腹立つんだよ、その顔」と言い捨てると腕を掴んだまま教室に向かって歩き始めた。言いがかりにも近い脅しに身を縮こまらせ、見送りに感謝の言葉を述べてから教室に入った。背中に刺さる視線に気付かないふりをしながら友人の少女に声をかけると諦めて上級生のクラスに戻っていったようだが。
    「あ、ひととせ。今日も先輩に送ってもらったんだ! ひゅう、あんまりイチャイチャしてるの見せつけられるとボクもにやにやしちゃうなあ〜」
    「あ、いえ、あの……、いや、ふふ、そうですかね」
     違う、と言いかけた言葉を飲み込むと笑顔を作る。ドメスティックバイオレンスに悩んでいるだなんてことは口から滑らせて彼女を困惑させたくないと固く決めていた。そうそうに話題を切り上げて時計を見ると始業のベルが近く椅子に座るように促し、それから僕にとっては興味深い学業が始まった。
     一限、二限、三限、四限と時間が進み、終了一分前を時計の針はいつの間にか指している。いつも時間が近付く度に変な汗が背中に流れるような感覚に襲われ、指の先が冷えていく。終わりのベルが鳴ったと同時に引っつかむように弁当を抱えて教室を出て、先輩と鉢合わせしないようにわざと遠回りをして目的地に向かう習慣がついてしまった。そのおかげで先輩は僕の居場所について検討つけることが出来ず、後から教室に訪れた先輩は諦めて踵を返しているのだろう(友人や先輩には委員会や先生、別の友人との用事だと話をつけている)。
     急いで廊下を渡り埃の被った扉を開けると比較的新築の私立高校とは思えないほどろくに掃除の行き届いていない校舎が僕を出迎えた。それもそのはず、この場所は旧校舎であり現在は誰も訪れない廃墟と言っても差支えのないはずだからだ。いつも僕はここの三階で昼食をとっては時間を潰し、都合の良い時間になってから校舎に戻って先輩との遭遇を避けている。
     これ程までに昼休みの先輩との接触を拒むのは過去の経験があったことに他ならない。屋上、外れのトイレ──人の訪れない場所に呼んではその時したい事をしてしたいように体に跡を残すのにトラウマを植え付けられたからだ。
     でもここだけは先輩に見つからない。学校で唯一の安寧の場所をこれから三年間使い続けるのだろう。あの時拒まなかったから、今も拒まないから……僕が弱いせいで、こんな事になってしまったのだ。耐えない自己嫌悪に蝕まれつつ階段を上りきるとそこに人影が落ちていた。
    「…………え?」
     思わず声を上げてしまい、急いで口を片手で覆う。しかし相手は流石に気付いたらしく一瞬身動ぎをする。ただ、起き上がるなんてことはしなかった。警戒しつつ観察すると上履きの色が先輩と同じ最上級生を表す赤色なことに気が付いた。顔の上に本が被さっており容姿は伺えないものの縛られた癖のある紫の髪と僕が一生を賭けても手に入れられないような恵体と長身が窓から差し込む日差しに照らされていた。
     階段上での予想だにしない出会いに思わず後退りするものの、紫髪の先輩は本を顔の上に乗せたまま「なんで帰ろうとすんの?」と声を発した。
    「ぁ……え、と……あの、ここ、使ってますか」
    「いや? 気にせず使えよ、こーはい」
     声をかけると先輩は本を顔の上からずらし、鋭く目力の強い金の瞳を僕に向けて人好きの良い笑顔を口元に浮かべて寛容な言葉を紡いだ。その顔が、何故か見覚えのあるような気がした。
     感謝の言葉を述べた後に彼の三段下に腰を下ろすと背中を向けたまま弁当箱を開く。すっかり冷えきってはいるが美味しさを残した弁当に箸を伸ばすといただきます、の言葉以外は何も発さないままただいつもの様に黙々と口に運び続けるだけ、と思っていたのだが。
    「それもしかして手作り? 一個くれよ」
     背中から突然声がかかりひ、と小さく悲鳴を上げて振り返る。そこには彼の恐ろしい迄に整った顔が間近にあり、また小さく悲鳴をあげる事になってしまった。
    「は、めっちゃビビんのな。……あー、俺破獄獅輝。お前は」
    「一年……京星です」
    「ん、これで俺とお前は名前と顔知ってる。つまり知らねぇ仲じゃねぇってこと。ンな怯えんなよこーはい……や、きょーせー?」
    「…………」
     ぽかんと気の抜けた顔を晒した後、思わず笑ってしまった。素で笑うのは久々だったがあまりにも彼の距離の近さが少し面白かったのだと後に回想する。
     それから自身の弁当箱に目を落とすと今日一際上手く出来た卵焼きと昨日の余りの唐揚げが目に付いた。美味しい、と言って貰えるかと期待するのをそっと胸内に秘めて箸で掬うと下に手を添えて口を開けた破獄先輩にあげた。
    「ん、……ん? めっちゃうめえな!」
     ぱあ、と太陽すら霞むような綺麗な笑顔を浮かべて僕を褒め、照れくささにかなり久々に褒められた嬉しさに俯きつつ喜びを隠せないような顔を浮かべた。すると下を俯いたことをきっかけに地面に落ちた本が目に入る。
    「あ……破獄先輩、この本ご存知なんですか」
    「獅輝先輩とかでいいぜ。この本は……あー、貰いもん。俺あんま活字読むの得意じゃねえから超絶ゆっくり読んでんの」
    「これ、とっても面白いんですよ! 僕、この本が一番好きなんです。えへへ……初めてこの本を持っている僕以外の人に出会いました。是非最後まで読んで欲しいです」
    「そ。じゃあ解説してくれよ、この本のこと。これからゆっくりでいいから」
     親しげに腕を僕の肩に回すものの、普段なら嫌だと拒絶するようなその行動が不思議と全く嫌ではなかった。今日は時間に押されて深く話ができなかったことを惜しく思いつつも僕は獅輝先輩に背を向けて階段を降りて教室に戻って行った。獅輝先輩は授業をさぼっているのか後を追うことはせず、また寝るために横になるのが視界の隅で見えた。

     それから何回も獅輝先輩と昼休みを過ごした。講義を聞いて興味を持った生物の話だとか、初めてお菓子作りに挑戦したら上手くいったことだとか(これは後日菓子を強請られた)、同じ作者の新作の本を買いたいけどお金が足りなくて困っていることだとか。影にチラつく先輩の面影を振り払いつつ、先輩がいない生活を夢想するように話し続けていた。代わりと言ってはなんだが毎朝多めに白ご飯やおかずを作っては獅輝先輩に分けることを日課にして。
     獅輝先輩と過ごすのは先輩のことを忘れられるような気がして好きだ。ただその分放課後に出会う先輩との時間が辛くて苦しくて、耐えきれないものが更に耐えられなくなっていく。
     昨夜もトークアプリで呼び出され、夜八時にも関わらず電車を使って隣町の先輩の家に向かっては酔った先輩にただ暴力を浴びせられた。露出しない場所にだけ痣を増やされ、最終的には酔いが回って使い物にならないものを口で強制的に奉仕させられては用済みになった瞬間終電を迎えた電車の線路沿いに徒歩で帰らされてしまった。
     堪えきれなくて流れた涙を無様に擦りながらしゃくりあげつつ家に帰り、口を濯いで風呂に入る。風呂の水で歪む真新しい暴力痕を眺めているとまた涙が溢れてくる。
    「ッしき、せん、ぱい……!」
     どうして口をついて出たのが友人でもなく昼休みだけにしか会っていない彼の名前だったのかは分からないまま、ただシャワーと湯船で頬を濡らし続けた。
     風呂から上がると体と髪を乾かしパジャマに着替える。ご飯を食べる気にもならず倦怠感も消えないまま歯を磨いてベッドに倒れ込んだ。──そして疲れていたらしくすぐさま意識は暗闇に吸い込まれる。


     ……いくら嫌だと願っても朝は来る。もぞもぞと起き上がるといつもの通り身支度を済ませ、昔より重くなった弁当箱を最後に鞄に入れると靴を履いた。誰もいないアパートにいってきます、を告げると扉を閉めた。
     早く昼休みになって欲しい。願わくば誰にも会いませんようにと願いつつ重い足を動かし続けた。
     先輩との会話も友達との会話も身に入らず、先輩の明らかに怒りをたたえた目を他人事のように見つめ返して昼休みを待つ。チャイムがなった瞬間号令を済ませてお弁当箱を突っ込んで外に出た。
     早く昼休みを願えば願うほど時の進みは遅い。ただその昼休みは矢のように早く終わってしまうから、もっと彼と話していたいなんて願いは儚いものだ。足を踏み入れる度に塵の舞っていた校舎は二人によって踏み荒らされてある程度人気のある様相を保っていた。二階まで登ると見慣れた顔の青年が階段に座っていた。いつもと違い天井をぼうっと見上げながら、南京錠をヘアピンで開けたり閉めたりしている。
    「こんにちは」
    「お、きょーせー。待ってたぞ」
     この人は僕の顔を見たら笑ってくれる。名前を呼んで歓迎してくれる。嫌でも昨日の先輩の記憶と比較してしまい思わず声が詰まった。
    「……どうした、なんか今日おかしいぞお前」
    「いっいえ、なんでも……なんでもありません」
    「嘘付け。如何にもなんかありますみたいな顔して俺がはいそうですかって納得できると思ってんの?」
     その目に射すくめられつい肩を強ばらせる。目を合わせていないはずなのに硬直してしまったようで、いつもは作れるはずの笑顔すら作り方を忘れてしまった。
    「ちがうんです、そんな……」
    「京星が言いたくないなら言わなくていい。でももし俺に話して楽になるなら話せよ。大丈夫、言いふらしたりしないから」
    「……しきせんぱい、」
     ああ、この人になら話していいのかも。この人なら無条件で信頼しても良いのかも。獅輝先輩と接した人間なら僕じゃなくてもそう思ってしまうような魅力が獅輝先輩にある。
     今まで迷い続けていたのが嘘みたいに意を決して口を開いた。
    「僕、三年の先輩とお付き合いしているんです。告白されたのがきっかけで──最初は優しくしてくれたんです。でも段々、暴力を振るわれるようになって、それでっ、つらくて、そのっ……」
     昔から自分の意見を述べるのが苦手で、言葉を漏らす度に自然と涙がぼろぼろと溢れていった。獅輝先輩は必要以上に体を近付けることも無くただ恐怖心だけを取り除くように背中に手を回す。大きな手から伝わる暖かな温度に心が解れていくような気がした。
    「先輩の事が好きなのか、分からないんです。別れたいけれど別れると言ってしまったらどうなるのかが分からなくて、怖くて……卒業まで我慢しようと思っているのに、耐えきれなくなりそうで、もっとつらいんです」
     涙混じりで拙く辿々しい言葉に口を挟むことも無く、獅輝先輩はただ無言で話を聞き続けていた。
    「別れるかどうかは京星が決めたらいい。でも、俺は京星と仲良くなったと思ってるから──お前には、普通に笑って欲しい」
     そう言って手を頭に回し、優しく後頭部を撫でる。背中と後頭部に手を回されたかと思えば少しだけ、向き合わせるように引っ張られた。
     背中を曲げて視線を合わせ顔を近付けられる。それにえ、と困惑の声を思わず漏らしてしまう。
    「獅輝先輩……?」
    「だから俺が今から言う事も京星が決めていいけど」
     視線がかち合う。
    「そいつに内緒で付き合っちゃおうぜ」
     今まで僕に見せていた純朴な笑顔とはまるで違う大人っぽさすら感じられるような笑顔が脳裏に焼き付けられる。ただでさえ近かった距離が更に近付いていく。ふと、場にそぐわない記憶が蘇る。
     先輩と付き合う前に一度だけ見た後ろ姿。周りより抜けて背の高い紫の髪の人と一緒に下校するその姿を思い出した。
     先輩と近い立場にいる人のはずなのに僕を知らないように振る舞っていた出会いに対する謎も、全部獅輝先輩の目を見るとどうでもよくなっていく。
     逃げられる猶予を残してゆっくりと距離を縮める獅輝先輩を身動ぎもせずに受け入れる。かさついた唇が押し付けられると同時にとん、と背中が壁に付いた。閉じた唇を舐められ反射的に薄く口を開けると慣れたように舌が口内に滑り込んだ。
    「! っん、んぅ、ぁ……」
     ぎゅっと閉じた目を開けると生理的な涙が一筋流れる。それと同時に熱を持った目で見つめられていることを知り心臓が跳ねた。
     舌を絡め、上顎と歯列をなぞって唾液を繋げながら唇を離す。なんだか名残惜しいような顔をしている自覚があって自分が嫌になった。
    「しきせんぱ、い」
     呂律の回らない子供のような呼び方で名前を呼ぶ。ん、と返事をして優しく笑みを返されて、恋人のように手を繋がれてそれごと壁に押し付けられた。
    「京星……」
     今まで感じたことがないぐらい心臓がうるさくて頭がぼうっとする。目を下に背けて俯いたまま耳、首まで赤く肌を染めて、は、と息を吐いた。頭の中がぐるぐるする。
     獅輝先輩がブレザーの中に手を差し込みぐ、と上に持ち上げると醜い青痣が露出した。その傷跡を僕でも先輩でもない人に見られるのは初めてで、それをどう思われるのかが怖かった。しかし獅輝先輩は何も言わないまま少し怖い顔をして傷跡をなぞる。
    「……、ッ……」
    「痛かったか? ごめんな」
    「いえ……獅輝先輩なら大丈夫、です」
    「! そうか。な、さっきの返事……」
    「……」
     はい、と答えるのはどうかと頭によぎる。僕は本当は先輩とお付き合いしていて、その裏で何をされていると言ってもこれは立派な浮気で……口に出してはいけないような気がして、それでも獅輝先輩の横にいたくて、これを断ってしまえば二度と獅輝先輩はこの場所には来てくれないような気がして、沈黙の後にゆっくり首を縦に振った。同時にぱあっと獅輝先輩は顔を明るくし、その顔を見れただけでも意味を感じた。
    「LINE交換しねぇ? 京星の事、もっと知りたい」
    「はい、是非。……うれしいです」
    「遊びとか行きてぇし。あ、今週の土日空いてるか? 京星、バイトとかしてたっけな」
    「アルバイトはしてないです。今週は先輩と会う予定もないので他所に泊まりとかじゃなければ大丈夫だと思います、先輩に浮気してない証明の写真を毎日送らなきゃいけないので……獅輝先輩と遊びに行けるなんて思ってもいませんでした」
    「そう? 俺はいつかあるかと思ってたけどな。証明写真とかなんとか寝てて忘れてたことにすればいいし」
    「そうですかね。そうかも……」
     そんな夢みたいな話をしているだけで口元が緩んでいく。獅輝先輩とならどこに行っても楽しそう、と心から思う。感情の重さこそは違うものの優しかった時の先輩にもそう思ったことはあるのに、どうしてここまで違ってしまうのだろう。破獄獅輝という存在に溺れてしまったような。
    「QRコード見せて、ほら。あんましLINE交換したことねぇの」
    「ごっ、ごめんなさい。どうぞ」
    「なはは、なんかきょーせーらしいな。もうすぐチャイム鳴るしちゃんと教室戻れよ? ま、いつかは一緒にサボろうぜ」
    「本当だ、いつの間にこんな時間に……今日もありがとうございました、獅輝先輩」
    「ん」
     ぺこりとお辞儀をして背中を向けようとした僕の腕を掴む。何か忘れてしまったのかと思って振り返ると唇に柔らかいものが触れた。それが獅輝先輩からのキスだと気付いた瞬間熱が引いたはずの顔に一瞬で赤が戻る。
     ひらひらと手を振る獅輝先輩からギギ、と錆びたロボットのように歪に首をそらすと逃げるように階段を駆け下りた。背中に獅輝先輩の楽しそうな笑い声が突き刺さって、それでも心臓のはやりを抑えられないまま新校舎の扉に手をかけた。

    続くかも
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