染身「フォトウエディングをしましょう!」
「「フォトウエディング?」」
静かな事務所内で綺麗に声を揃えたのはホークス事務所の所長であるホークスと、雄英高校卒業後すぐにSKとして所属を果たしたツクヨミ──常闇踏陰だった。
大戦の最中に個性を失ったホークスはヒーローを引退するのではないかという憶測が飛び交ったが、サポートアイテムを駆使して今もホークス事務所の看板を下げることなく『ヒーローが暇を持て余す未来』のために空を飛び回っている。それに追従するように常闇も共に空を駆け、時には働き詰めな師に休むように進言しながら福岡の街を事務所総出で最速を出して護ってきた。
そんな公私共に仲睦まじい二人が入籍したと世間を賑わせたのは一月前。隠すことなくその日に公表した際には、かつてのトップランカーやら新米ヒーローから鬼のような連絡があり揃って疲弊していた姿が懐かしい。事務所ではお祝いムードが充満していて、照れくさそうにしていた二人に「結婚式には呼んで」と誰かが声を掛けた瞬間、その空気は一変した。
「話し合ったんですけど、俺達は結婚式しませんよ」
「ああ、今は人々が安心して過ごせるようにするのが何よりも優先すべきゆえ」
ヒーローとしては百点満点の答えだが、常闇が学生の頃から二人のヤキモキする関係を見せられてきた事務所の面々の表情が何とも言えない険しいものになっていく。「相変わらず仕事人間やね」「そうなんですか」とぎこちない笑みを浮かべて口々に返してみるも、その場にいた全員の気持ちは一つ。
『そうは言っても二人の結婚式はめちゃくちゃ見たいが?』
その時、広報担当もしている一人の職員がこっそりと呟いた。
「私がなんとかしてみます」
そうしてホークスと常闇に内緒で動いていた彼女は、見事に結婚情報誌の仕事をもぎ取ってきたのだった。閑話休題。
「いやいや、前にも言いましたけど俺達はそういうのは……」
「もちろん、存じ上げていますとも! 今は人々の安心出来る生活を護ることが何よりも優先事項であり、お二人のあれこれは後回しにされていることも。ですので、仕事としてフォトウエディングをしましょう! とある結婚情報誌の特集でフォトウエディングの体験談を集めるそうなんですが、その特集内でお二人には実際にフォトウエディングをしていただき、その感想をインタビュー形式でいくつか集めて記事にするそうです」
仕事なら問題ありませんよね! と胸を張る姿にホークスも思わず口を噤み、常闇は諦めろというように首を横に振った。
「心遣い感謝する。俺達のせいで要らぬ心労をかけてしまい申し訳ない」
「あー、そうだよね。皆さんすみませんでした! ありがとうございます」
先に頭を下げた常闇に後頭部を掻いたホークスも続く。どこか気恥ずかしそうな二人の様子に「頭を上げてください」と慌てて口にした彼女は、撮影と取材に向けて必要な事前情報をスタジオに提出するためのアンケートを差し出した。
「当日の撮影で着用していただくタキシードの色でしたりサイズ、その他ご期待に出来る限り応えたいと先方が仰っていたので、存分に悩んでから提出してくださいね」
にっこりと微笑むと後方で待機していた事務所の面々に駆け寄り、肩を叩かれ労われる彼女を微笑ましく見ていたホークスと常闇だったが、手渡された用紙を前に二人揃って頭を悩ませる。
「サイズだけでなく色までとは……」
「これさ、アンケートっていうより実際にフォトウエディングする人向けの書類だよね。仕事の延長線とはいえここまでやってもらっていいのかな? そりゃ俺だってタキシード着た常闇くん見たかったけどさ」
用紙と常闇を交互に見ながら「もちろん、和装も似合うと思うよ」と笑うホークスに「俺も」と返しかけて、ここが事務所であることを思い出した常闇は咳払いをして誤魔化す。
「……こほん、今回は厚意に甘え雑誌を手にした人が同じようなフォトウエディングをしたいと思ってもらえるように臨むのが最良の礼では?」
「そっか、そういう考え方もあるね。俺達のラブラブっぷりを見せつけて売り上げに貢献しちゃう? あいて!」
納得したのか力強く頷いたかと思えば、ニヤリと口角を上げてこっそりと腰に手を回してきたホークスの手の甲を照れ隠しに抓ってやりながら、常闇は皆から贈られた慈愛を噛み締めるのだった。
そうして迎えた撮影当日。ホークスの「お楽しみは当日に取っておこうよ」という提案により、互いにどのような衣装を選んだのか明かされることなく各々控え室に入り準備を始めた。
「あの人はどんな色を選んだのだろうな」
常闇は迷いに迷って選んだタキシードにそっと触れる。最後の最後まで常闇は「色合いくらいは揃えた方がいいのでは?」と渋っていたが「仮に色がバラバラだったとしても、自由に空を飛んでる俺達っぽくない?」というホークスの一声で納得した。
「フミカゲ選んダヤツ カッコイイ!」
「そうか、あの人もそう思ってくれたらいいんだが」
想像以上の緊張と不安を察したらしい相棒がシュルリと身を出し安心させるようにタキシードを褒めると、強張っていた常闇の表情がフッと自然に軟らかくなる。
それを後方で微笑ましそうに見守っていた会場スタッフの手により、あれよあれよという間に着替えは終わり髪も整えられた自身の姿が鏡に写し出されると黒影の興奮は止まらない。
「スゲェー! フミカゲ カッコイイゾ!」
はしゃぐ黒影の頭を撫でてやっていると、出ていったスタッフと入れ替わるように常闇の耳に届くコンコンと控えめなノックの音。
「っ! はい」
「あ、踏陰くん。俺だけど入っていい?」
「……どうぞ」
常とは異なり緊張気味な少し固い声に常闇も引きずられて返せば、ゆっくりと扉が開かれた。
「え、それって……」
絶対に常闇なら黒を選ぶだろうと思っていたホークスの視界に飛び込んできたのは、イエローオーカーのタキシードに身を包んだ愛しい人の姿。その色はまさに。
「……俺んヒーロースーツ」
ホークスは驚きのあまり瞳を真ん丸にして、扉を閉じきらずに入り口で固まってしまう。
「ああ、そうだ。似合っているだろうか?」
「うん、それはもう最高に! かっこよかぁー! さすが俺ん踏陰くん!」
あまりの衝撃に動けなくなってしまったホークスだったが、不安そうに目を伏せた常闇を前にして飛び立っていた意識が戻ってくる。急いで部屋に身を滑り込ませ扉を締めると常闇に駆け寄りその手を両手で包み込んだ。
「俺と結婚して」
「フッ、もうしているぞ?」
「こんな君の姿見たら、何回でもしたくなるって」
額を寄せ合い、くすくすと笑う常闇とホークスを幸せそうに眺めていた黒影がスッと戻っていくと、常闇はホークスを包む漆黒のタキシードに優しく触れ、そのまま鮮やかな赤いネクタイに手を伸ばす。
「あなたが黒を選ぶとはな」
「まぁね、もしかしたら君と同じ理由かも。さてと、お仕事に行こうか」
珍しく朱く染まったホークスの耳に気付かないふりを決めこんだ常闇は、差し出された手に自身のそれを重ね撮影場所へと仲睦まじく向かうのだった。
後日、発売された雑誌の中で『何故、そのタキシードを選ばれたのですか?』という問いに対し二人揃って『白と悩んだのですが、その由来を考えると既に彼に染まりきっているので』と答えていたことが切っ掛けで、プロヒーロー同士の結婚式では相手のヒーロースーツカラーの衣装に身を包むことがブームになるのだが、それはまた別のお話。