二度目のダブルデート(箱根旅行編)『温泉でも行くか?』
次に帰国する日程を相談したら思ってもみない提案をされたものだから、ついつい自慢してしまったのだ。同郷のよしみでなんやかんやつるむようになった男に。
「へえ〜! いいな!」
そいつはまるで自分のことのように喜んでくれて、何故か「オレもその辺に帰ろっかな〜」なんて言っていた。その時は何の疑問も抱かなかった。むしろリョータも「そしたら同じ飛行機取る?」なんて話したくらいだ。結局その時は沢北が二人分のチケットを取ってくれて、お互いに帰国の日が楽しみだなんて笑いあった。
それはたしかにそうだったのだが――
「いや、だからってさあ」
これはナイ。ぜってーナイ。リョータは顔を引きつらせた。
目の前には大事な恋人がいて、ぴかぴかの笑顔で大きく手を振ってくれている。紆余曲折あってお付き合いするに至った恋人の三井だ。彼も日本人としては長身の部類に入るので、空港のロビーではリョータのひいき目抜きでも目立っていた。
――問題は、彼の背後だ。リョータから見て、恋人の右斜め後ろに不穏な影がある。
すっきりとした一重、分厚い唇、なんの感情の読み取れない表情。見れば何を考えているのか一発でわかるリョータの恋人とは何もかも正反対の男。
リョータはグルンと勢いよく、隣を歩く男を見上げた。
「深津さぁ〜〜〜ん!!!」
三井よりもさらに大振りに、しかも両手を振っている。恥ずかしい。さらにリョータの羞恥心を煽るのが、沢北に名前を呼ばれている相手が、まるで「呼ばれてるのは俺じゃないぴょん」とばかりに無視を決め込んでいることだ。目も合わせない。
ひとまず元山王工業の面々のことは置いておいて、リョータは自分の恋人に駆け寄った。
「おかえり、宮城」
「……ただいま」
こちらを見つめて目を細める三井の、その視線に込められた甘さがこそばゆい。リョータも会えなかった期間にあった変化をつぶさに知りたくて、その体を抱きしめた。また少し筋肉がついただろうか。リョータが会うたびにパンプアップしていることに対抗して筋トレをがんばっているとは手紙に書かれていたが、メニュー内容を知るのと実際にこの男の肉体がどう変化したのか触れるのはまた別の話だ。
胸板に顔を埋めては仄かに香る香水を堪能する。リョータにかっこつけたい三井は、まだ高校生の頃からデートの時には香水をつけていた。当時は大人っぽいなと内心コンプレックスに感じいていたものだが、今では「この人オレの前でかっこつけたがるの、マジでかわいんだよなあ」とドキドキさせられている。
「いつまでやってるピョン」
そんな胸の高鳴りを、一瞬にして平定させる声が三井の向こう側から聞こえた。その声は、けっして大きくはない。音量を測定したなら三井の三分の一にも満たないだろう。
高校二年の夏に対峙した時も、声を荒げるタイプには見えなかった。リョータの母校は、一学年上の赤木を筆頭に声を出せという方針だったことに加え、騒がしい後輩もいたせいでどうも全体的に声が大きかったが山王はその限りではなかったのか、それともこの男だけがそうなのかはわからない。なにしろ深津と同じ山王出身の沢北は声がデカい、なんならリョータよりも騒がしい。
リョータはそっと三井の背に回していた腕を下ろした。
「早く行くピョン、温泉が待ってるピョン」
無表情のまま、しかしその懐かしい接尾語に合わせるように体を上下に揺らす深津。リョータは目の前の恋人を見上げた。
「ほんっとにこの人も行くの?」
しかし、返ってくる言葉もわかりきっている。
「みんなで行ったほうが楽しいだろ?」
にか、と笑う三井は本当に無邪気だった。