空港ロビー〜駐車場 空港ロビーから駐車場へ向かうまでの移動ひとつとっても、宮城にとっては不服だった。三井が車を停めたのだから、三井が先頭を歩くのはわかる。
――だが、その隣をどうして深津が歩いているのか。
「深津さん深津さんっ、聞いてくださいよ〜!」
無いものとして扱われていてもめげずに話しかけている沢北のことも考えてほしい。さすがの三井も気にしてちょこちょこ後ろを振り返っている。
この状況は、今いる四人にとって初めてではない。半年ほど前、三井が何故か深津を伴ってアメリカに来た時だ。あの時も、騒ぐ沢北を無視する深津は三井にしか話しかけず三井は困惑していた。
宮城とて、日本から遠く離れたアメリカで同郷のよしみで話すようになった沢北本人から深津との関係性について聞いているからこそ、今のこの状況をようやく飲み込むことができているだけだ。
沢北の言によると、沢北は深津の彼氏であり深津は照れ屋でシャイなので沢北への愛情表現が苦手かつ沢北からの愛を素直に受け止められない、らしい。話を聞くに、本当に付き合っているとは思えないが、ともかく沢北は自分が正真正銘深津の彼氏であると信じている。あまりにまっすぐなその目に、宮城はそれ以上何も言えなくなってしまった。
たとえ沢北から何通もエアメールを送ったところで一通も返信が来なかろうと、深津の最新情報は深津の同じ大学に進学した松本からしか来ない状況であろうと、沢北にとって深津は愛しい人であることに変わりはないのだ。
オレだったらぜってームリだわ。宮城は横目で果敢に深津へアタックする沢北を見た。飼い主に懐いた犬のようにキラキラと目を輝かせ、めげずに「さっきロビーめっちゃでっかい銀色のカバン持った人がいて! あれ大金が入ってるんじゃないかなって思うんですけど、深津さんは宝くじ当たったら何が欲しいですかっ」と話しかけている。
「おい、深津、そろそろ沢北に返事してやれよ……」
「三井は替えのパンツ何枚持ってきたピョン?」
当の深津は、沢北の存在など見えないし騒がしい声も聞こえないというスタンスをまったく崩す様子がない。徹底していた。
「えっ? に、二枚だけど……」
そんな深津の言動に三井が戸惑っているのがわかる。三井サン後輩と絡むの好きだもんな、と宮城は自身を含めた高校時代の同級生と後輩の顔を思い浮かべた。三井がバスケ部に復帰した時にいた後輩たちで三井から奢ってもらったことのない奴はいないのではないだろうか。そんな三井にしてみれば、深津のあの態度は理解の範疇を超えているに違いない。
「二枚で足りるピョン?」
「た、足りるだろ……」
「深津さんは何色のパンツ持ってきたんですか!? オレは黒っす!!」
こんなに大きな声でセンシティブなことを話す奴はそういない。宮城も深津の気持ちが少しわかった。一緒にいて、知り合いだと思われたくない。宮城は少し歩くペースを落として沢北と距離を取った。
「温泉入るとき見せ合いっこしましょーね!!」
ロビーを出てエレベーターに乗って移動した先が駐車場だ。駐車場という場所はどこも音の反響が大きい。沢北が大声でとんでもないことを言うものだから、本当に恥ずかしかった。沢北が顔が良くて背も高くて筋肉もついていて、どれだけ魅力的な外見を兼ね備えていようとも――むしろそんな風に人目を引くからこそ余計に目立つので、絶対に知り合いだと思われたくない。
「あ!」
そんな風に沢北から距離を置いていたことが災いし、宮城が見たことのある三井の家の車に到着した時にはすでに助手席が埋まっていた。
「ちょっと三井サン、なんであの人が隣座ってんの」
トランクに荷物を積む三井のシャツの袖を引く。さすがに深津本人に直接食ってかかるにはまだ勇気が足りなかった。
「深津がナビするって言うからよお……」
「だからって! オレだって地図くらい読めるし、ナビくらいできる!」
「でもお前、長旅で疲れてるだろ?」
三井はそう言って眉を下げる。宮城はぐ、言葉を詰まらせた。十時間を超えるフライトと半日分の時差は、宮城の体にたしかに疲労をもたらしている。けど、せっかくの旅行なのに、と続けようとしたところで三井の温かな手が宮城の頬を撫でた。
「だからさ、宿まではゆっくり寝てろよ。せっかくの温泉旅なんだしよ」
クマできてんぞと笑う顔は歳上ぶっていて、宮城の心をきゅうと締めつけた。