さあさあと軽い音を立てながら、雨が降っていた。
昨日から降り続いてるこの雨に辟易しながら、家路を辿る俺。
雨降ってると買い物行くのもめんどくさいんだよな。洗濯に関しては、乾燥機様々だ。
この天気のせいか、外を出歩いてる人もあまり見かけない。
買い物にもよく立ち寄る、近所の商店街。その中にある1本の路地が近道になるため、俺はいつもそこを通り抜けていた。
車2台がギリギリすれ違えるぐらいのこの道は、左右に住宅が多く建ち並んでいる。晴れている日は時々塀の上に猫がいたりするのだが、流石にこの天気だと全く遭遇しない。
ほんと、雨っていい事ないな。休みの日の雨だったら、そこまで嫌いじゃないんだけど……
とか考えながら歩いていると、脇道から急に出現する人影。
「~~っ!?」
完全に油断していた俺はその人を避け損なってぶつかり、たたらを踏む。
ぶつかった相手は、若い男の人だった。年の頃ならハタチ前後だろうか。白い開襟シャツに黒のスラックスを身に付けた、赤毛の男性。
「あ、す、すみません! ……って、あれ……」
雨が降ってるのに傘も差していないその人は、頼りなく数歩ふらついたかと思ったら、そのまま地面にどさりと倒れ込んでしまった。
……えっ。
…………
しばらく見守っていたけれど、起き上がってくる気配がない。俺の心臓がバクバク鳴り始める。
ど、どうしよう。
これ、俺のせい? 俺のせいだよな?
「だ、大丈夫ですか!?」
倒れた彼に駆け寄って声を掛けるが、めぼしい反応は返ってこない。けど呼吸が微妙に荒く、何だか苦しそうにしていた。
どこか具合が悪いのだろうか。それとも何か持病でもあるのか。素人目には全く分からない。
「そうだ、救急車……!」
スマホを取り出したはいいものの、混乱と焦りで掛けるべき番号を一瞬忘れてしまう。あ、119だ119。
初めての救急車召喚にドキドキしながらキーパッドを押そうとした、その時だった。
「ぅわっ!?」
倒れてた男の人に、がしっ! と腕を強く掴まれて思わず悲鳴が上がる。
腕の力強さとは裏腹に、彼は弱々しく俺の顔を見上げると、口を微かに動かす。
──やめてくれ、って言われた気がした。
その直後、今度こそ彼はがっくりと項垂れて、動かなくなってしまった。
後に残されたのは、スマホ片手に固まっている俺だけ。
……困ったな。
救急車を呼ぶなと言われても、どうしろというのだこの状況。
何か、ワケありの人なんだろうか。おおごとにしたくないとか、失礼だけどお金が無いとか……
うーん……
そんな路地裏での出来事から、ややあって。
俺の部屋の片隅には、布団の中で昏々と眠り続けている、先程の彼がいた。
だって、あのまま放置しとく訳にもいかないし。何も見なかった事にするには後味悪すぎるし。肩に腕を引っかけて──足はちょっと引き摺っちゃったけど、何とか部屋まで運んできたんだ。この時ばかりは、人通りが少ない事に感謝した。
濡れてた服はとりあえず黛が置きっぱにしてるスウェット借りて、着替えさせて。……俺の服じゃサイズ合わないからな。
それから来客用の布団をリビングの端っこに敷いて、寝かせてあげた。終わってみれば結構な重労働だ。服は後で洗濯して、ハンガーにでも掛けておいたらいいかな。
「連れてきたのはいいけど……これからどうしよ……」
彼が寝ている布団の横に座り込んで、はぁ、と溜息をつく俺。
担いだ時に手とか熱い感じがしたから、熱あると思うんだよな。
それによく見たら、顔にちょこちょこ擦り傷なんかもできてる。手当てしてあげたら滲みるかな……などと俺が彼の様子を観察していると、
「……ぅ……」
小さく呻いて、件の彼がゆっくり目を開けた。
「あ、よかった。気が付いた?」
「……ッ!?」
声を掛けると、あからさまに動揺した様子を見せ、ばっ! と勢いよく上半身を起こす。
身構えている彼に向けて、俺は慌てて両手をぱたぱた振りながら、
「覚えてないかな、さっき外でぶつかって……」
「……あ……」
思い出してくれたのか、彼の警戒心がちょっと薄れた……気がする。肩の力を抜くと俺から視線を外し、辺りをきょろきょろ見渡している。
「ここ……何処だ?」
「俺の部屋、です。救急車呼ぼうとしたら、腕掴んで止めてくるから……俺の住んでるマンション近かったし、とりあえず運ばせてもらったんだ」
「とりあえず、って……」
俺の言葉に絶句する彼。
「ほっとく訳にもいかないでしょ。雨降ってて、具合も悪そうだったし。ところで、えっと……」
そういえばお互い名前も知らなかった。
アラタです、と俺が名乗ると、向こうも『あ、こりゃどーも』って感じに軽く頭を下げて名前を教えてくれた。アカツキさん、ていうらしい。
俺は彼──アカツキさんに、気になっていた事を尋ねてみる。
「アカツキさん、あんな所で何してたの? 倒れるぐらい具合悪いのに」
するとアカツキさんは、どこかきまりが悪そうに後ろ頭を軽く掻きながら、
「いや、ちょっと仕事でヘマしちまってさ。ほとぼり冷めるまで姿隠そうと思って、2日ぐらいあの辺ウロウロと……」
ええええ。
更に聞けば文無しに近い状態で、ご飯もまともに食べてなかったらしい。そりゃ体調も崩すって。
ていうか、アカツキさんの言う『仕事』って何だろう。ちゃんと会社に報告とかしなくて平気なのかな……
──あ、そうだ。
「アカツキさん、熱計ってみてくれる?」
まだまだ疑問はたくさんあるが、ひとまず彼の容態を把握しようと、体温計を手渡した。
数分後、受け取った体温計を見ると──表示されているのは38.4℃。
思った通り、やっぱり熱ある。しかもちょっと高いなあ。
俺は心の中で、よし、と気合を入れると、
「ね、ご飯は食べられそう? あと梅干し平気?」
「え? あ、ああ。平気だけど……」
「じゃあ少し待ってて!」
言って俺は冷凍庫で保存しておいた1人分のご飯を取り出し、それを水と一緒に鍋に入れて火に掛けた。
ご飯をほぐしつつ、適度に塩を入れたら粘り気が出るまもうで少し煮詰めて、最後に刻んだ梅干しを放り込んでできあがり。
かんたん、梅粥の完成である。
「はい、まだ熱いから気をつけて。ちょっとでもいいから食べてね」
お粥とスプーンの乗ったトレイをアカツキさんに手渡すと、それを持ったまま、アカツキさんが掠れた声で呟いた。
「……なんで……」
ん? と軽く小首を傾げる俺に、信じられないものを見るような目つきを向けてくる。
「何でここまでしてくれるんだよ。見ず知らずの、こんな怪しい人間に」
じ、自分で怪しいとか言っちゃってる。俺はちょっとだけ苦笑して、
「ここまでアカツキさん連れてきたのも、ごはん作ったりしてるのも、全部俺がそうしたいからしてるだけだよ」
情けは人の為ならずって言葉があるけど、それとは少し違う。
俺の場合、自分が嫌な思いをしたくないという、とても自己中な考えなんだ。だからほんとに気にしないでほしいんだけどなあ……
「そうだ、ちょっと買い物行ってくるね」
アカツキさんに、ゆっくり食べてて、と言い残して俺は部屋を出る。
向かった先は、マンションから徒歩数分のところにあるドラッグストア。
俺はそこで水やスポーツドリンクに栄養ドリンク、更にはパウチゼリーだのをカゴに入れていく。薬は……解熱鎮痛剤ってのでいいのかな。ついでに冷えピタも買っとこ。この辺はあって困るものでもないし、無駄にはならないだろう。あ、パックのお粥とか冷食もいくつか買おう。
買い物を済ませて部屋に戻ると、アカツキさんはお粥を完食してくれていた。からっぽの器を見て何だかホッとする。さっき買ってきた薬も素直に飲んでくれて、ようやく人心地ついた感じだ。
俺はアカツキさんのおでこに冷えピタを貼ってやりつつ、そういえば冷蔵庫にアレもあったなあと思い出す。
「良かったらプリンも食べる?」
「プリン?」
俺の言葉に、アカツキさんの目が一瞬輝いたような気がした。が、すぐにバツの悪そうな表情になる。
……今、食べたそうな顔したんだけどなあ。遠慮してるのかな。
ひとまず俺は冷蔵庫に向かうと、中からプリンを2つ取り出した。牛乳瓶型の容器に入ってる、デパ地下で買ったちょっとお高いやつ。……ほんとは黛と一緒に食べようかなって思ってたんだけど。事態が事態だし、仕方ないよな。うん。
「はい、どうぞ」
「…………」
スプーンと一緒に差し出したプリンを、なかなか受け取ってくれないアカツキさん。何だかちょっと恥ずかしそうだ。
「プリンって、熱がある時にもピッタリなんだよ。体力回復するためにも、食べとこ?」
そう言ってもう一度差し出すと、ほんの僅かな逡巡の後、躊躇いがちではあるが手を伸ばしてくれた。良かった。
ぱくり、と一口食べたアカツキさんが、感嘆の声を漏らす。
「……うめぇ」
んむ、程よい甘さとトロットロのなめらかさがとてもおいしい。
ていうかアカツキさん、やっぱりプリン好きでしょ。今、周りにお花咲いてる気がする。
「これ、結構いいとこの?」
「へへー、実はそうなんだ。俺も初めて食べたけど、美味しいね」
「そもそも瓶詰めの時点で安い気がしねぇわ……」
「普段ならコンビニとかで全然いいけど、たまにこういう良いプリン食べたくなるんだよね」
「あー、分かる」
うんうん頷くアカツキさんに、俺は軽く笑って、
「アカツキさんはどんなプリンが好き? 俺はこういうなめらかなのもいいけど、焼きプリン好きなんだ」
「そうだなあ、オレも硬いの好きだけど──」
などとアカツキさんとプリン談義に興じていたら、テーブルの上に置いといたスマホがブルブル震え始めた。
「あ、ちょっとごめん」
スマホを手に取ると、画面は電話の着信になっていて、相手の名前は──
あれ、黛からだ。なんだろ。
俺はスマホを持って廊下に出ながら通話ボタンを押す。
「もしもし? ……うん、うん。え!?」
……黛が、これからうちに来たいらしい。
ど、どうしよう。アカツキさんいるし、絶対めんどくさい展開にしかならない気がする。アカツキさんだって、知らない人間が増えるのはストレスになっちゃうよな……
黛には悪いけど、今日は断らせてもらおう。そうしよう。それがいい。
『おい? アラタ?』
黛の訝しげな声を聞き、ハッとした俺は慌てて口を開く。
「ご、ごめん、今日は都合が悪くて……」
『今日は? 明日ならいいのか』
「あ、明日もよくないし多分あさっても駄目! ていうかこれから何日かは絶対に駄目だから!」
そう一気に捲し立てたが、流石に怪しすぎたかもしれない。でも急に上手い言い訳とか思い付かないし、嘘もつけないし……
『……アラタ』
「ん?」
『お前、何か隠してないか』
ぎく。
「そ、そんな事ないよ! 黛の考えすぎだって!」
あはは、と軽く笑ってみるが、電話向こうの黛が沈黙していて不安を煽る。なんかコワイ。
「……黛?」
『今からそっち行く』
「え? 駄目だって言ってるだろ! ちょ、黛──」
俺の呼びかけに黛はもう答えず、そのまま通話が切れた。
あああああ。まずい、まずい。
やばい事になった……と思いつつリビングへ戻ると、
「アラタ? どうかしたん?」
俺の焦る声が聞こえていたのか、アカツキさんが少し不安そうな表情で俺を見る。
「そ、それがその……」
これから知り合いが来るかも知れない。
何とか帰ってもらうよう説得するから、とアカツキさんには話したものの、正直全く自信がなかった。
だってあの黛だぞ……おとなしく俺の言う事聞いてくれるかどうか……
それから程なくして、部屋のインターフォンが鳴った。あいつ本当に来たのか。さっき電話出ちゃったから居留守は使えないし、半ば諦め気味に下のオートロックを解除してやる。
俺は玄関に向かいドアの鍵を外すと、黛がやって来るのをその場で待った。あー、なんて言おう……
やがてドアが開き、何やら不機嫌そうな顔付きの黛が姿を見せる。
「今日は駄目って言ったのに……黛、せっかく来てくれて悪いけど──」
途中で止まる、俺の言葉。黛の視線が俺じゃなく、足元の方へ向いてる事に気付いたからだ。
玄関に置いてある靴。その中のひとつ、明らかに俺のサイズじゃない革靴へと向けられた眼差し。
──あ。
しまった、と思った次の瞬間。
黛は靴を脱いで上がり込み、俺の横をすり抜けてリビングの方へズカズカ進んで行く。
「ちょっ……黛!」
俺も慌てて黛を追いかけ、リビングに入り──
「ぶっ!?」
黛の背中に激突した。は、鼻がつぶれる。
「誰だ、こいつ」
リビングに入ってすぐの場所で立ち止まっていた黛は、部屋の奥に視線を留めたまま固い声で呟く。
彼の視線の先──布団に入って上半身を起こしたままのアカツキさんも、警戒心丸出しで黛を睨んでる。さっき、目を覚ました直後も多少こちらを用心していたが、今のがもっと険しい表情だ。
な、なんでこんな一触即発の空気になってるんだよ。2人とも初対面ですよね!?
「黛、落ち着いてったら! この人は──」
こうなったら仕方がない。俺は黛に事の成り行きをざっと説明した。
話を聞き終わった黛は、呆れたように大きな溜息をつく。
「……犬や猫じゃあるまいし。そう簡単に人間を拾ってくるな」
「だ、だって! 放っておけなかったし……」
「しかも、だ。よりによってこんな奴──」
「初対面の相手をこんな奴呼ばわりするアンタも、相当礼儀がなってねぇな」
吐き捨てるようなアカツキさんのセリフを、鼻で笑い返す黛。
「悪いか? 大体お前、カタギじゃないだろ」
その黛の言葉で、アカツキさんの表情が強ばるのが傍目にも分かった。
……かたぎ?
あ、そうだ。確か漫画か何かでヤクザが使ってた言葉だ。一般人とかそんな意味だっけ。
カタギじゃない、って黛の言い方からすると、つまりアカツキさんは──
……え、まさか、そういう事? ナントカ組とかいうやつ!?
「……は」
部屋の沈黙を破ったのは、アカツキさんの小さな笑い声。挑発的な笑みを浮かべつつ、黛の方を見やる。
「じゃあ言わせてもらうけどな、そういうアンタだって相当──」
「黙れよ」
底冷えするような黛の声が、アカツキさんの言葉を中断させた。
「……黛?」
自分でもよく分からない不安に襲われて、黛の顔を見上げたけれど。
アカツキさんから目を全く外そうとしない黛。その眼差しも、今まで俺が見た事ないくらい冷たい感じがした。
まゆずみ、と小声で彼の名を呼んで腕を軽く引くが、こちらを向いてくれる様子もない。
「何だよ、アラタの前でこういう話はして欲しくねぇって? オレが『そう』だって分かるのも、アンタ自身が後ろ暗い事やってるからじゃねぇの? 最初、ご同業かと思ったぜ」
「黙れって言って──」
「も──!! 2人ともいい加減にしろっ!!」
言い争いを続ける2人の間に割り込んで、俺は大声を張り上げる。まずは黛の方を睨み付け、
「黛! アカツキさんは具合悪いんだからケンカ売るような事言わない!」
そして今度はアカツキさんの方に向き直り、
「アカツキさんも! 大人しく横になってないとダメ!」
そのままアカツキさんの側に寄ると、彼の身体を強引に寝かしつける。掛け布団を直してやりながら、ぽつりと呟いた。
「……俺、黛とアカツキさんが言い争いしてるのなんて見たくない。もう、やめてよ……」
俺の眼下で、気まずそうな表情を浮かべるアカツキさん。そして背後から聞こえる黛の声。
「……まぁ俺も、弱り切ってる三下を苛める趣味は無いからな」
「こら! 何でいちいちそういう言い方するんだよ!」
黛の方を振り向いて咎めるが、俺の言う事など全く気にする様子もなく、
「今日は俺も泊まってく。いいな」
それだけ言うと、ふん、と機嫌悪そうにソファへ腰を下ろした。そんな黛の姿に俺は小さく嘆息する。
「アカツキさん、ごめんね。気を悪くしないで……って言っても難しいと思うけど……」
「謝んないでいいよ。オレもアラタの友達に酷い事言って、ごめん」
そこでアカツキさんは、俺の方にちらりと視線を向けて、
「それよりアラタは気になんねぇの? オレが、その……」
何やら言い淀むアカツキさん。さっきの……ヤクザ云々の話だろうか。
「……ほんとなの?」
「ああ。……まぁ、アイツの言う通り、使いっ走りの三下だけどな」
肯定し、どこか自嘲めいた笑みを浮かべるアカツキさん。
「ヤクザと一緒になんて居たくないだろ? ごめんな、すぐ出て行くから──」
彼が身体を起こそうとするのを俺はやんわりと制して、首を左右に振る。
「熱あるのに無理しちゃダメだよ。ヤクザどうこうの前に、今のアカツキさんは病人だし。それに……」
「……それに?」
「プリンが好きな人に、悪い人はいません!」
俺がきっぱりはっきりそう言うと、アカツキさんは一瞬きょとんとして、
「なんだよ、それ」
ぷはっ、って感じで笑ってくれた。
その笑顔は今までのアカツキさんの表情に比べて、ちょっと子供っぽくも見えて。
俺にはやっぱり、この人が悪い人だとは思えなかったんだ。
「……あふ」
俺の口から漏れる、大きなあくび。
時計を見れば、時刻は12時を過ぎて日付が変わっていた。眠いわけだ。
俺ひとりならもう寝てる時間なんだけど、黛とアカツキさんの雰囲気が相変わらずよろしくない事が気になって、なかなか部屋に戻れなかったんだ。夕飯と風呂を済ませた後も、テレビ見たりしながら一緒に起きてたものの……正直かなり限界である。このままだと、隣にいる黛にもたれ掛かって寝落ちしそうだ。
「……そろそろ寝る。明日も学校あるし……」
目を擦りながらソファから立ち上がり、アカツキさんの枕元に水の入ったペットボトルを置くと、
「俺、向こうの部屋で寝てるから。何かあったら遠慮なく呼びに来ていいからね」
「……ああ。今日はありがとな。おやすみ」
横になったまま、俺の頭をぽふぽふ叩いてくれるアカツキさんに『おやすみなさい』と返して、黛の側まで戻る。
「黛はどこで寝る? って言ってもここのソファぐらいしかないけど……」
「お前の部屋」
「は!?」
そう言うが早いかソファから立ち上がり、リビングからさっさと出て行こうとする黛。俺はそんな黛の後を追いつつ、アカツキさんに断ってから部屋の電気を消し、一緒に廊下へ出た。
「……黛! アカツキさんいるのに何考えてんだよ!」
黛に向けて小声を掛けるが、ガン無視である。
もはや黛にとって勝手知ったる俺の家。俺の抗議など意に介する様子もなく、勝手に部屋のドアを開けて俺のベッドに──は、入り込まず、何故か床でごろりと横になった。
「これなら文句ないだろ」
あるよ。大ありだよ、全くもう。
俺は溜息をつきながらベッドに上がると、そのまま壁際に寄って、
「そんなんじゃ身体痛くなっちゃうだろ。一緒にベッドで寝よ」
「ただでさえ勝手に押しかけてるのに、ンな事できるか」
……意地っ張り。
「いいから。黛、ほら」
ベッドの空いてるスペースを、ぽんぽんと叩く。
それでも黛はまだちょっと渋っていたけど、俺がもう一度名前を呼んだら、不承不承といった感じではあるがベッドに上がってきてくれた。流石に男2人──特に黛が体格いいもんだから、くっついてないとベッドが狭い。気付けば俺は、黛の腕の中にすっぽりと収まっていた。
「……黛」
「ん」
「今日の黛、何か変だったぞ。アカツキさんは、その……ヤクザでも悪い人じゃないし、そんな心配しなくても大丈夫だよ」
「いい悪いの問題じゃなくてだな。そもそもお前みたいな奴は、ああいう連中と関わるべきじゃないんだ」
「ああいう連中、って?」
暗がりの中、黛の顔を見上げたけれど。黛は沈黙したまま答えない。
「黛……?」
「……俺もあんまりあいつの事は言えないか」
独り言ち、僅かに息を吐く黛。
正直なところ、今の黛が言ってる事も考えてる事も、俺にはよく分からなかった。それでも黛の様子に、上手く言えないんだけど……やっぱり、漠然とした不安みたいなのを感じてしまう。
アカツキさんと言い争ってる時のやり取りや、あの冷たい眼差しも、それに拍車を掛けていたのかも知れない。
──俺の知らない、黛の一面。何だか彼の存在が、ちょっとだけ遠くに思えてしまって。
俺は黛の背中に両手を回して、そのままぎゅっとしがみつく。すると、俺を抱き締めてる黛の腕に力が籠も……って、あれ、ちょっと。なんかミシミシいってるんですけど!?
「いててて、痛いって! 力入れすぎ!」
「いいからもう寝ろ。明日、学校なんだろ」
「そ、そうだけどさあ!」
やっぱり黛のやつ、変だ。
強い力で、黛の胸に顔を押しつけられながら。
黛の真意もあやふやなまま、俺は寝る事を余儀なくされたのだった。
(とりあえずここまで)/(^o^)\