次会うのは一年後その人とは年に一回だけ会える。
オレの腕を触る細い指がすすと動いて血の流れを調べる。
年に一回会えるのはこの病院で、オレは安いスチール椅子に座って彼に腕を見せている。
長身の彼は腰をかがめて指を動かし血管の太さやら何やらを見ているのも毎年同じだ。
オールバックの黒い髪、額に傷跡があり、垂れ目がちな灰色の瞳、そして眼鏡をかけている。あ、眼鏡、変えたんだ。去年は黒縁だったのに、アンダーリムになってる。
細身で背が高くて、顔が整っている彼を見た時モデルかと思ったが、ここは病院。そして首にかけられた名札、彼が身に纏うのは清潔感のある紺色の看護師服。
そうモデルではなく、彼はここの看護師だ。
彼はこの病院で勤務する看護師で、勤め先の健康診断の採血のときだけ会える。いや、本当はオレが風邪をひいた時や怪我をした時にはここの病院に必ず来ているのだけれども。勤めているバイクショップからも住んでいるアパートからも近いからと言い訳して、忙しそうに働く彼が廊下を横切る姿や、病院が嫌だと泣く子供に優しく声をかけているのを遠くから見ているだけだ。
それでも首から下げた名札に書かれた黒野玄武という名前は一度で覚えた。いつか呼びたいと思っているから。
「太い血管…。うん、今年も左から採りましょう」
オレの腕にある一際青く太い血管を人差し指が再度確かめるように優しく触れる。彼はオレの腕をアルコール綿で消毒し、無駄のない動きで注射器をセットする。
「少しチクッとしますよ」
そう言われてすぐに腕に小さな痛みが走る。
前は採血も予防接種も嫌いだった。でも今は彼のその整った顔をじっくりと見つめているからこの時間はあっという間に終わってしまう。血が溜まった採血管を空のものに交換した彼と目が合った。
「もうすぐ終わりますよ、紅井さん」
見つめ過ぎてオレが不安になっていると誤解したらしい彼はそう優しく微笑んだ。
オレに笑いかけてくれた。しかも名前まで呼んでくれた。
受診票を見ずに初めて名前を呼ばれたオレの体温は一気に上昇してしまった。
すっかり舞い上がっていたため採血はいつも以上に早く終わり、注射針を抜いたオレの腕に止血用の絆創膏が貼られる。いつもはこの別れの印にガッカリさせられていた。でも今日は違う。オレはもう居ても立っても居られなくなっていた。
「30分くらい経ったら絆創膏外してくださいね」
採血を受けているのはオレ1人だ。だから今しかないと思った。それに今日はなんだかイケる気がした。それは名前を呼ばれたからというほんの些細なきっかけがあったからかもしれない。返ってきた受診票を受け取りオレは顔をあげる。
「あの…っ」
その声は重なっていた。
目の前には顔を赤らめた彼が驚いている。きっとオレも同じくらい真っ赤な顔で驚いているのだろう。
オレは続きの言葉を出そうと息を吸った。