触りたいなら…職員室に用があると言う朱雀と一旦別れて玄武が事務所に行くと、珍しくプロデューサーと事務員の賢以外にはいなかった。各ユニットの予定が書かれてたホワイトボードを見ると皆何かと仕事やレッスンで外に出ているようだ。
「番長さん、賢アニさん、おはよう」
そう挨拶をすると2人は何故か自分が来るのを待っていたかのように目を輝かせて、ドドッとこちらに駆け寄ってきた。
「玄武、よく来たな!」
「待ってましたよ!」
何をそんなに喜んでいると言うのか。不思議に思っていると賢がまだ送り状が貼られてガムテープで口も閉められている段ボールを差し出した。
「玄武さん!まだ仮ですが衣装が届いたので早速着てみて下さい!あと台本も来たんですよ!」
台本と衣装と聞いて玄武はすぐに思い当たった。特撮ドラマの台本と役の衣装の試着用が届いたのだ。来年の特撮ドラマの主役戦隊の女性隊員役のオーディションに玄武は出たがそちらは落ちてしまった。しかし、番組プロデューサーから悪の女性幹部役のオーディションにも来てみて欲しいと声がかかり、何かの縁だと思いそちらにも出た所、見事に役を掴み取ることができた。玄武にとって初めての連続ドラマで初めての特撮作品で嬉しかったのはもちろんだが、プロデューサーも賢も自分が幼い頃夢中になっていた戦隊ヒーローに関われると目を輝かせていた。
「色々微調整はするけど、まずは丈感とか着心地とかを確認したいとのことだ。いきなりで悪いんだけど、着てみてくれ」
「もちろんだ」
了解して荷物を受け取り鍵のかかる別室で玄武はさっそく衣装に着替えることにした。
マントもちゃんとした素材で悪の組織のエンブレムも付いている。着ているだけで楽しい気分になってきた玄武はくるりと姿見の前で一周してから整えて、部屋から出た。
「おお〜っ」
「どうだい、番長さん。ちゃんと悪の女幹部っぽいかい?」
そう尋ねるとプロデューサーはすっかり少年の目で何度も頷いた。賢も拍手して喜んでいるところを見ると2人の感想に忖度はないだろう。
「バニースーツぽさもありながら秘書っぽさもあって玄武にピッタリの女幹部だな!」
「身長があるから映えますね〜」
「そんなに喜んでもらえるとは感無量だが、まだ撮影自体始まってもいないんだ。少し照れるぜ」
うんうんと頷いている嬉しそうなプロデューサーと賢に小っ恥ずかしくなってきた時、事務所の扉が開いて朱雀が入ってきた。
「朱雀、早かったな」
そう声をかけて朱雀と目が合ったと思うと、朱雀はずさっと後ろに下がってしまった。
「なんだよ」
予想だにしなかった反応に玄武は少しだけ訝しむと朱雀の顔はあっという間に真っ赤になってしまった。
「げ、げん、そ、その、玄武、そのカッ」
口をもつれさせながら何か伝えようとする朱雀の声をよく聞こえず玄武は距離を詰めようと一歩踏み出すとまた後ろに行く。
「おい、朱雀」
何がしたいんだと聞こうとすると朱雀はわっと声を上げる。
「その格好は色んなところが見えるからダメだ!」
色々なところが見えるからダメ
玄武はその言葉を理解した瞬間顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。
確かにバニースーツっぽさもあり、太ももは薄手のタイツとニーハイブーツで多少隠れてはいるが、大きく露出しているし、胸の辺りも開けている。
「馬鹿!お前がそういう目で見ているからだろうが」
思わず朱雀に責任転嫁して詰め寄ろうとするも朱雀はびよっと驚いた猫のように跳び上がった。
「わー!動くな!こぼれる!」
「幼児向け番組の衣装で脱げるわけねえだろ!スケベ!」
「す、すけ、違う!玄武が悪いんだ!こ、これ着てろ」
そういって朱雀は自分の長ランを脱ぐと、ぐいっと玄武に押し付けてきた。しかしその場所が悪かった。
「どこ触ってんだ!」
今度は玄武の方が後ろに飛び退くと自分の胸を庇うように前で腕を交差させて隠そうとする。その動作のせいで朱雀は自分が制服を押し付けた時に微かに感じた柔らかさの正体がなんだったのかが分かってしまい、パニックに陥る。
わざとじゃない、触るつもりなんて無かった、故意ではないが触ってしまった申し訳ない、それらが全てない混ぜになって、「あ、う、いや、これ」と言うばかりで一つもちゃんと言葉として出てこない。これはさすがにぶたれるかもしれないと朱雀が歯を食いしばろうとしたが、玄武は殴るどころか顔を真っ赤にしたままぽつりと呟いた。
「触りたいなら正々堂々と正面きって言え…」
思春期の心に過剰な期待を持たせるその発言に驚き、朱雀は聞き返そうとするもそんな隙を与える事はなかった。玄武は自分達のやりとりを微笑ましく眺めて待っていたプロデューサーに声をかけて、衣装の調整箇所の確認を再開させてしまう。
取り残された朱雀は色んな所がドキドキしてしまうのを落ち着かせたく「走ってくる!」とだけ叫ぶように伝えて外に飛び出してしまった。