理由あってポメラニアン!何が起きたのか皆目見当もつかない。今、朱雀にわかるのは明らかに等身が縮んだということだ。何が起きたんだ?そう呟いた時
「ワンッ」
何処かで犬が鳴いた。
この事務所に猫はいるが、にゃこは「ワン」とは鳴かない。不思議に思いつつ、もしかするとにゃこが鳴いたのかと思い、にゃこを呼んだ。
「クゥン」
何処かでまた犬が鳴いた。
おかしい。何が起きているんだ。
何一つ分からないまま、とりあえず等身が縮んだ今の自分を確認しようと、事務所の角に置かれた姿見へ駆け寄った。姿見は一向に自分を映さず、赤毛の子犬を映している。なんだドッキリか?そう思わず声に出すと、姿見の犬は「キャンキャン」と鳴いた。
朱雀が恐る恐る右に行くと、赤毛の子犬もゆっくりと右に、駆け足で左に行くと左にぽてぽてと跳ねるように移動する。
そして、確信した。
オレ、犬になっちまってる!!!!
「クゥ〜ン」
子犬は困ったように伏せってしまった。
どうしようか。幸か不幸か事務所には今は一人のようだ。誰か呼びたくとも、ワン、クゥン、キャンキャンしか喋れない上に、もこもこの小さな手はスマホを取り出すことも出来ない。どうしたら良いのかと途方に暮れていると、トントンと階段を上がりこちらにやって来る靴音がはっきりと分かった。この足音は紛れもない相棒である玄武のものだ。
玄武ならば姿形が変わってもこの子犬が誰か分かるのではないかと、朱雀の心に光が差す。
ガチャリと扉が開き玄武が入ってきた。
「ん、俺一人なのか。番長さんも賢アニさんもいなさそうだな」
その高い身長だからこそ入った瞬間に部屋を一望でき、自分一人だけとすぐに把握した。
玄武、オレだ!とキャンキャン言いながら跳ねるように近付く。
「犬?誰かの飼い犬なのか?」
目の前に現れたふわふわの赤い毛玉のような子犬に玄武は首を傾げる。子犬は尻尾をフリフリと左右に揺らしながら、玄武に向かって何か話しかけるように鳴いている。
鳴き方や尻尾の動きから威嚇しているわけでは無さそうだと判断し、玄武はその場にしゃがみ込んだ。
「お前が一人で留守番してたのかい?」
声をかけると子犬は鳴きながらくるりと回転した。その可愛らしさに玄武の頬がゆるむ。
「おいで」
優しい声で呼び込んで手を伸ばせば、子犬は自ら玄武の手に抱っこされに行った。小さくて温かくてふわふわな子犬はまるでこの世の幸福を具現化したようだ。頭を撫でてやりながら、ソファーに腰掛ける。
「お前はどこの子だ?」
改めて聞くと、子犬はワフッと鳴いて、玄武の鼻先を舐めようとしているのか、しきりに顔を近付けるようとしてくる。
「こら、くすぐってえよ。お前は、きっと、ポメラニアンとかか?珍しい赤毛だな」
無邪気な子犬にじゃれつかれ玄武は幸せなひと時に浸かっていた。
玄武!オレだ!オレ!
「キャンキャンッ」
朱雀は必死に話しかけるが相棒は優しい瞳で自分を見て、その長い指で耳の付け根や顎の下を撫でてくれるばかりだ。
ううっ、気持ち良いけど今はそんな場合じゃ…
「キュー…ン」
このまま相棒とは犬として触れ合うことしか出来ないのだろうか、神速一魂がわんにゃん一魂になっちまう!とややズレたことを悩み始めた朱雀のことなどつゆとも知らず、玄武は抱き上げて目の高さに合わせる。
玄武!気付いてくれ!
「ワンッワフッ!」
ここぞとばかりに話しかけるが、玄武の慈愛に満ちた瞳は子犬を映している。
「お前は本当に元気が良いな。俺の相棒そっくりだ」
そっくりじゃなくて、俺!
「キャンキャンッ!」
そう言ったその瞬間、額に玄武の唇が押し当てられた。
オレ、オデコにチューされてんのか?
と状況が掴めずにいると自分の体が急に重くなった。ドンっと音を立てて朱雀は倒れ込む。
「いって…」
予期せぬ衝撃で膝や額やらを打った朱雀はたまらずに呻いた。しかし、ソファーの背もたれについた手が人間のものだったことに気付き歓喜する。
「やった!元に戻れた!玄武!元に戻ったぞ!」
腕を振って自分の下にいる玄武に元に戻れたことをアピールするが、玄武はポカンとして何が起きたのか分かっていない様子だ。
「玄武?」
まさか気絶しているのではないかと、顔の前で手を振ってみると、玄武の目に光が戻り体をびくりと震わせた。
「朱雀、お前…っていうか、重いぞ。どけ」
「あ、わりっ」
ずっと玄武の膝の上に向かい合うように座っていたことに今更気付き、横の空いている席に座る。
「神出鬼没、お前一体どこから出て来たんだ?」
「オレ、犬になってたんだよ。玄武が抱っこしてたあの子犬がオレだよ。犬がオレに変わるところ見てただろ?」
そう言うと玄武は「何言ってるんだコイツ?」と朱雀を怪異でも見るような目で見返している。そして、ペタリとオデコに手を当てられた。
「熱は無しか…。昼は学食でラーメンだったから特にはおかしなものは口にしてないはず」
どうやら自分は犬になっていたと話す朱雀に何らかの不調が起きているのでは無いかと、疑っているようだ。
「玄武、信じてくれよ!オレ、犬だったんだよ」
「俺から番長さんに話してやるから今日は家で寝てろ」
「オレは元気だって!信じてくれよ!」
訳の分からないことを話す相棒に玄武は頭を抱えてしまった。
その日朱雀はずっと「オレは犬だった!」と言い続け、会う人全員から心配された。
後日…
「黒くてデッケーポメラニアンだな!もふもふだ」
喜ぶ朱雀の膝の上にはポメラニアンと言うには大きすぎる黒いポメラニアンがいて、もみくちゃに撫で回されている。
朱雀!俺だ!撫で回すなバカ!
「ウー…ワンワンッ!!」
「おっ、元気良いなぁー!お手っ!」
訴えるもの全く通じてない朱雀は無邪気に手を出した。
今はお手してる場合じゃねえ!
「ワンッ」
玄武は悪態をつきながらも童心に返ってお手を待つ相棒のために、仕方なく差し出された手に手を乗っけた。
「良い子だ!!」
ちょっ、馬鹿!撫で回すな!くそっ気持ち良い…
「クゥン」