あの子の晴れ姿が見たい!文化祭真っ最中の学校はどこもかしこも騒がしかった。
去年まではこの喧騒が嫌で、サボって空き教室でゆっくりと惰眠を貪っていた。しかし今年は玄武と一緒に文化祭を楽しもうと約束した手前、遊ぶ時だけ校内に姿を現すという図々しい真似は流石にできず、雨彦はこうしてお化け屋敷の模擬店を出している自分のクラスの前で看板を持って突っ立っている。
お化け屋敷なのに陰陽師風の衣装を着た雨彦は集客係として看板を持って校内をウロウロしたりこうして突っ立っているだけなのだが、他校の女子生徒を大量に吸い寄せる強力な客引きパンダとして活用されていた。
「葛之葉お疲れさん!交代の時間だ!」
同じ様な陰陽師の衣装を着たクラスメイトに声をかけられると、雨彦は、ん、と言って看板を渡し着替え室代わりの空き教室に引っ込んだ。
「葛之葉、楽しそうだな」
「そうかぁ?」
「だって隣のクラスは童話モチーフの喫茶店だろ。そりゃ、黒野さんのコスプレ姿楽しみだろうよ」
扉越しにクラスメイト達の会話を聞きながら、雨彦はさっさと着替え終えて、教室を飛び出した。
そう、雨彦は玄武のクラスは童話をモチーフにした喫茶店だと聞いて胸を弾ませて今日を迎えたのだ。しかも女子は主に赤ずきんやアリスのコスプレをすると風の噂で聞いた。
これは彼氏として見なくてはなるまいと、玄武が働いている時間に間に合う様に自分の勤務シフトを調整したのだ。
早足で階段を下り、目的の教室に行く。教室の扉は造花や蔦、青い鳥で飾られいかにもメルヘンな雰囲気でいっぱいだ。この扉の向こうに可愛らしい格好の玄武がいるに違いない。雨彦は意気揚々と扉を開けた。
教室の中は風船やお菓子の家を思わせる飾りでいっぱいなメルヘン空間になっている。男子生徒は子豚や桃太郎などウケ狙いのコスプレだが、女子生徒は赤ずきんやアリス、グレーテルなどのコスプレをしていて華やかだ。
黒野は何処だろうかとキョロキョロしていると、狼の着ぐるみパジャマを着た男子生徒が雨彦に気付いて寄ってきた。
「あ、葛之葉。黒野さんに会いに来たのか?」
「ああ…」
「黒野さんならあそこで子供達に絵本の読み聞かせをしてるぜ」
そう言って指し示す方を見ると、確かに幼稚園児から小学校低学年の児童達が玄武を囲むように半円になって座っている。子供達に絵本を読み聞かせている玄武はウサギの耳がついたシルクハットを被っているのが見えたが、玄武の膝の上に赤毛の少年が座っているのでどういう服装かは見れない。
ウサギの耳にシルクハットの童話のキャラクターがいただろうかと雨彦は考えを巡らしていると、絵本の読み聞かせが終わり、玄武や他の生徒達が子供達にお菓子を配り始めた。膝の上の少年にもお菓子を渡し立ち上がった玄武と目があった。
「あ、雨彦」
嬉しそうに笑った玄武だったが雨彦はガックリと膝をつきそうになる。
「黒野、その格好は」
「不思議の国のアリスに出てくる白いウサギだ」
そう言って少しだけ自慢げにシルクハットに手を添えた玄武は燕尾服に身を包んだ男装の麗人だ。お尻の白いモコモコの尻尾を見せたいのかくるりとその場で回って見せてくれたが、その瞬間、幼児の母親と女子生徒からうっとりしたため息が漏れた。恐らく彼女達の目には玄武が流麗なターンを決めたように映っているのだろう。
「似合うか?」
「あ、あぁ…」
あまりに似合い過ぎていて、認めざるを得ない。雨彦が女子で玄武を彼氏にしていたら、周囲に自慢したくて、今日は帰るまでその格好のままでいてくれと頼み込んでいただろう。それくらい玄武は完璧な男装の麗人だ。しかし現実は逆で、雨彦は可愛らしい格好をした玄武を心待ちにしていたのだ。
「雨彦、気分でも悪いのか?」
「いや、大丈夫だ」
「そうか。まだ30分ほどあるし、紅茶でも飲んで待っててくれ」
そう言って玄武はクラスメイトに雨彦にケーキと紅茶を出す様に頼むと、先ほどの読み聞かせですっかり玄武のファンになってしまった児童たちに手を引かれそちらの方に行ってしまった。
そんな二人を遠巻きに見ていたクラスメイト達は、お節介にも雨彦が密かに可愛いコスプレの玄武が見れることを楽しみにしていたことが痛いほどわかってしまった。彼氏の気持ちも考えず、自分たちの見たい玄武を優先させてしまった、といらぬ反省をした。
そして、二日目、昨日と同じ様に玄武を迎えにやって来た雨彦はなんとも可愛らしいフリフリなスカートでウサギの耳がついた赤ずきんの格好をした玄武を見てしまい、望みが現実になった驚きと、想像を超えた可愛さで膝から崩れ落ちた。
いきなりその場に崩れ落ちたので玄武が慌ててしゃがみ込み顔を覗くも、真正面から雨彦の「まずい、可愛い…」という独り言を食らってしまいこちらも腰が抜けて立てなくなってしまった。