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    紫雨(shigure)

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    紫雨(shigure)

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    本編終了後、しばらく経ってからの甥(金凌)と叔父(江澄)の話です。恋の前に、愛がある二人。
    一部ネタバレがあるためご注意ください。

    #魔道祖師
    GrandmasterOfDemonicCultivation
    #江澄
    lakeshore
    #金凌
    #凌澄
    lingCheng

    その先の二人の話「叔父上!」
     金鱗台での清談会が終わり、暇乞いを告げにきた江澄の姿を認めた金凌は、屈託のない笑みで叔父に手を振った。
     いつの間にか江澄の背丈に追いついた金凌は、かつての美少女めいた容貌を脱ぎ去り、すっきりとした目鼻立ちの好青年となっていた。我が儘な小暴君らしさはすっかり鳴りを潜め、まるで人懐こい大型犬のようだ。
     金氏らしく華やかな、しかし相応の威厳を感じさせる衣装を身に纏った甥の幼い仕草に、江澄は深く眉間に皺を寄せた。
    (怒られる!)
     雷を落とす予兆を見せた江澄に、金凌はギクリと身を固くした。
     しかし、いつもであれば即座に落とされる叱声が続けられることはなく、代わりに江澄は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた後に、恭しく金凌に対して拱手した。
    「金宗主」
    「あっ」
     金凌は慌てて、拱手して拝を返す。
     礼を解いた江澄は、いつも通りの皮肉をその顔に浮かべていた。
    「まったく。貴方は、いつまで子供のままでいるつもりだというのか。今の私と貴方は別の世家の宗主同士なんだぞ」
     金光瑤亡き後、若すぎる金凌に代わって、蘭陵金氏の門下の人間が宗主の代理を務めていたのだが、今回の清談会にてようやく、金凌が正式に蘭陵金氏の宗主を継承したのだった。
    「叔父上…………」
    「叔父上と呼ぶのは、もう終いだ」
     重い声色で告げられた金凌は顔を伏せ、しばしの間、何かを思い悩む様子を見せる。
     江澄は何も言わずに、金凌が叔父と甥という関係性の終わりを受け入れるのを待った。
     やがて金凌は顔を上げ、真摯な視線で紫黒の瞳を見据えて口を開いた。

    「江澄」

     それは、金凌が長く温めていた、宝物のような響きの音だった。秘められていた言葉から伝わる、若者らしい柔らかな熱に、江澄は気圧された。
    「だ……誰が、名前を呼べと言った! こういう場合、江宗主と呼ぶのが普通――――――」
    「嫌だ」
     金凌は、江澄の言葉を静かに遮った。
    「嫌だよ……江澄。甥と叔父でないというなら、俺――――私にとってあなたは、江澄だよ」
     雲夢江氏の宗主という肩書きなどで、呼びたくはない。
     一歩一歩、江澄に近づいた金凌は、互いの息遣いを感じるほどの距離でようやく立ち止まった。
    「江澄」
     その名前で、彼を呼ぶ者は今ではもう一人しかいない。
     かつて共に歩むことを誓った彼は、今ではほかの男の隣に在る。
    「江澄。ずっと、あなたの隣にいさせてよ」
     金凌が、江澄の手を取った。
     熱情を湛えた瞳には、困惑する江澄の姿が映っている。
    「これからは、あなたの後ろに隠れている甥じゃない。治める土地は違えど、あなたも、私も、宗主という同じ立場の人間だから。あなたが困っているときには、今度は私が助ける。守るよ」
     両の手で包み込んだ江澄の手をそっと持ち上げると、金凌はその甲に唇を落とした。
    「お前っ!」
     江澄は、驚いてその手を振り払った。
     勢いよく弾かれた金凌は、それを気にすることなくにっこりと笑った。
    「だって、叔父上はこれからも、俺が困っていたら絶対に助けてくれるだろ? 叔父上が俺のことを絶対に手放せないの、知ってるんだから。それと一緒だよ。何も変わらないじゃないか」
     若宗主としての顔から一転、江澄の可愛い甥っ子としての顔に切り替わる。
     ――――自分の甥は、こんな強かな男だっただろうか?
     今日だけで、自分が知らない金凌の表情をいくつも見ることになった江澄は、目まぐるしい展開に、頭痛を抑えきれなくなった。
    「勝手に、すればいい。我々雲夢江氏はこれでお暇させてもらう。しばらく会うこともないな」
     宗主として就任してしばらくは忙しく、以前のように気軽に蓮花塢に顔を出すこともできないだろう。いや、それはどちらもが宗主である限りずっと続く。
     ずっと隣に、というその言葉の儚さに、江澄は苦い笑いを浮かべた。
     金凌は、そんな叔父の表情の変化に気づいて、その理由にも思い当ってはいたが、あえてこの場で正すことはしなかった。
     彼の猜疑は根深い。時間をかけて解きほぐしていくしかないことを、金凌は誰よりも理解していた。
    「江澄。どうか道中、お気をつけて」
    「ああ。息災でな…………阿凌」
     互いに拱手し、江澄は濃紫の袍を翻して、去っていく。
     颯爽としたその姿を見送りながら、金凌は蓮花塢の蓮の花を想った。

     これから、各世家への挨拶回りが始まる。蓮の花が咲く頃には、仙子を連れて蓮花塢に行こう。そして、酒でも交わしながら、これからの話を江澄とするのだ。
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