魏嬰が小さくなる話 暫くして藍啓仁は意識を取り戻した。顔色は未だ悪く、今にもまた倒れてしまいそうにも見える。藍忘機から事情を聞いている間、小刻みに体が震えていたのも気のせいではないだろう。度重なる心痛に、もはや怒鳴る気力すらなかったに違いない。
「それでは叔父上、また参ります」
「おじうえばいばい!!」
羨羨は大きく手を振ると、藍忘機を追って走り出す。藍思追と藍景儀も一礼して二人に続いた。残された藍啓仁は大きく息をつくと、去りゆく幼子の後ろ姿を見つめる。態度とは裏腹にその瞳は存外優しいものだった。
「まったく……親が親なら子も子、か」
蘭室に藍忘機の声が淡々と響く。普段は神妙な面持ちで座学に挑む各家の子息達だが、今日ばかりは皆の顔に戸惑いが浮かんでいる。
前に立つ藍忘機は平素と何ら変わらない。ただ一つを除いては。彼の背には一人の幼子が背負われていた。二、三歳だろうか。
抹額こそないものの、抜けるように白い校服を来た幼児は何と眠っていた。藍忘機の背でそれはもう気持ち良さそうに。白の中で赤い髪紐が一際目を引く。
一人の子弟が声を潜めて皆に話しかける。
「含光君が背負ってるあの子、一体誰なんだ?誰か聞けよ」
「誰が聞くんだよ……!」
隣の少年がやや怒り気味で答えると、横の二人も無言でうんうんと頷いた。あの幼子が誰なのか、気にならない者はいない。
高潔で公平な誉高き含光君が幼子を背負ったまま座学を教えるなど誰が思うだろう。新手の修練か?と首を傾げる者もいる。
但し、誰もこの場で藍忘機に尋ねる勇気はない。
「そこ、静かにしなさい」
指摘され、少年たちの口からひぃ、と小さな悲鳴が漏れる。彼に背負われた幼子は、少年らの会話など知らず、気持ち良さそうに眠り続けていた。
「しぇんしぇん、らんじゃんとあそぶの……むにゃむにゃ」
(含光君を名で呼んでる!?一体何者なんだ?)
雲深不知処の中で藍忘機を名で呼ぶ者は一人しかいない。ただ、それだけで羨羨と魏無羨を結び付けられる者はいなかった。
座学が終わった後、藍忘機に一つ宜しいでしょうか、と尋ねた勇気ある者がいた。あの幼子は含光君のお知り合いでしょうか、と。
すると彼はなんと雪解けを迎えた春のようにあたたかな笑みを浮かべ、短く羨羨だ、と答えて去って行った。その場にいたある者はひっくり返り、ある者は唖然とし、ある者は顔を真っ赤にして硬直する。
(含光君が笑った……!?)