ためらう小指「ね、道長。ちょっと俺のこと、抱きしめてみてくれない?」
「抱きしめる……ですか?」
突然の薛洋のお願いに、暁星塵は少し戸惑ったように聞き返した。
薛洋は、暁星塵がこうやって困ったような顔をするのを見るのが大好きで、隙があれば突拍子のないことを言って、暁星塵の反応を楽しんでいた。
冗談だよ、そう告げようとした薛洋の前に、白い影が差した。少しだけ屈んだ暁星塵が、薛洋の肩に手を回してそっと抱き寄せたのだ。
上衣の袖が薛洋を覆い、全身が暁星塵に包み込まれる。
息を吸うと、胸いっぱいに暁星塵の匂いが広がった。土埃と、汗の臭い。
薛洋は衝動に突き動かされるように、両手を暁星塵の背に回そうとした。
ところが、その肩に手を添える直前で、左の小指が疼き、薛洋は我にかえった。
――――ああ、だめだ。小指がないのがバレちまう。
薛洋は左手を下ろすと、右手でパンパンと暁星塵の背を叩いた。
「冗談だよ、道長。本気にするやつがあるかよ。小さいガキじゃないんだから、そんなことねだったりしないって」
「そうですか?」
暁星塵は、そっと距離を取ると穏やかな笑みを薛洋に向けた。
薛洋は、自分の中にいる幼い子供を見据えられたように思えて、ひどく落ち着かない気持ちになった。
「あぁ、そろそろ、買い出しに行かないとな。今日も俺が行ってきてやるよ」
「私も一緒に行きますよ」
「いいって。個人的な用事もあるからさ」
「では…………お願いします。いつもありがとう」
薛洋はひらひらと手を振りながら、籠を持って義城を後にした。
峠を降りながら、薛洋は右の手のひらを鼻先にあてて、暁星塵の残り香を探した。
あの時、小指が疼きさえしなければ、彼を抱きしめることができただろうか?
失ってもなお痛む小指を、薛洋は憎らしく思った。