君と久遠の夢をみる- 1 -
庭で放し飼いにされている鶏が、けたたましく朝を告げた。夜半よりも濃くなった霧の隙間を縫って、霜のように冴え冴えとした光の筋が、窓辺に射しこんでいる。
いつも通りに目を覚ましたラン・ワンジーは、テーブルの上に木の実や果物が、窓辺には朝露に濡れた色とりどりの花が置かれていることに気がついた。
「おはよう、ワンジー! 起きるのが早いんだな」
タイミングよく、窓から八重咲きの白い花を抱えたシェンシェンがやってきた。
「じゃあこの花はラン兄ちゃんに」
楽しそうにラン・ワンジーに近づいたシェンシェンは、手にしていた花をそっとラン・ワンジーの髪に挿す。
「やっぱり、美人には花が似合うな!」
「やめなさい」
ラン・ワンジーは花を抜くと、シェンシェンの胸元に返した。
「似合ってたのに」
その言葉はシェンシェンの本心で、ラン・ワンジーの黒く流れる美しい髪に、華やかな八重咲きの白い花が添えられると、はっと目を引くようだった。
現在彼が羽織っているローブも、昨日着ていた寝巻きも、どちらも黒に近い紺色で、それはそれで美しさに迫力が出ていて似合っていたが、彼の清廉な美貌には、白も大変に似合うんじゃないだろうか、とシェンシェンは残念に思った。
「それで、君は何をしてるんだ?」
すごすごと花を窓辺に置いて、再び戻ってきたシェンシェンに、ラン・ワンジーは尋ねる。
「感謝の気持ちってやつだよ。あっ、もちろんこれだけで恩返しをお終いにしようって魂胆じゃないからな! こんなんじゃ、命を助けてもらった礼には足りないのはわかってるって。だから気にせず食べてくれ」
テーブルの上の木の実や果実は、シェンシェンが一晩中森を駆けまわって集めた選りすぐりの謝礼品だった。
断ってもシェンシェンは引き下がらないことを悟ったのだろう。ラン・ワンジーは「わかった」と小さく答えた。
「じゃあ、今日のところはいったん帰ろうかな。またな、ワンジー」
贈りものを素直に受け取ってもらったことに満足したシェンシェンが、あくびを噛み殺しながら去ろうとするのを、ラン・ワンジーが引き留めた。
「君はそろそろ、本性に戻る時間では?」
昨晩のシェンシェンの話から、日が出ている時間は、蛾の姿になってしまうのではないかとあたりをつけたようだ。
「こうして花から精気をもらえば、多少はこの姿を維持できるさ」
そう言うと、シェンシェンはケープの裾を捲りあげて、中から藁を一本取り出すと、窓辺に置いてあった花に刺し、蜜を吸いあげた。しかしその姿はいかにも眠そうで、昨夜の快活な様子と比べるとやや精彩に欠く。
「……日が沈むまで、私の家で休んでいきなさい」
「えっ、いいのか?」
意外な提案に、シェンシェンは耳を疑った。ラン・ワンジーとは昨日出会ったばかりだったが、シェンシェンが何をしても反応が薄く、自分には興味がないように見えていたし、むしろ迷惑に思われている可能性すら考えていたくらいだったのだ。
ラン・ワンジーは、手巾を小さく折りたたむとベッド脇の棚の隅に置いた。ここで寝ろということだろう。ほどよく陰になっており、日中も居心地よく過ごせそうだ。
「ありがとう。それじゃあ遠慮なく」
二日連続で蜘蛛の巣に突っ込んでしまうような不幸は避けたい。
そう納得したシェンシェンは、花を抱えて手巾のもとへふよふよと飛んでいくと、翅を閉じてころんと横になったのだった。
その夜、仕事を終えたラン・ワンジーが帰宅すると、小屋にはすでに、あたたかな明かりが灯されていた。
「おかえり!」
満面の笑顔で、シェンシェンが出迎える。
「自分の棲家に帰らなかったのか」
「考えてみたんだけどさ、命を助けた礼なんてすぐに思いつかないだろ。だから、ワンジーが俺にやってほしいことができるまで、毎日一緒にいようかと思って。通い妻するのも大変だしさ、ここに居候させてもらってもいい?」
名案とばかりに、自らの考えを披露するシェンシェンだったが、かえってラン・ワンジーの迷惑になるのでは、ということには気づいていなかった。
「好きにしなさい」
ラン・ワンジーは帽子を壁に掛けると、手に持っていた花の束をそっとテーブルに置いた。